第31話 商売上手は強い
「さてトキ。この後のお話をしよう」
食事の匂いに誘われたトキに引きずられて、俺はいつの間にか昼食を摂っていた。
それが一段落したところで満足気なトキに声をかける。
「帽子を買いに行くんだよね?」
「ああそうだ。よく覚えていたな」
「流石に覚えてるよ」
忘れているもんかと思っていたのだが、案外子供の記憶力というのは侮れないな。
……これは単純に俺がトキの事をなめていただけかもしれない。
「今したいのはその後だ」
「その後? 帰るんじゃないの」
ああそうだ。本来であれば帽子を買ってすぐ帰宅する予定だった。
なぜならアシヤミを入手してしまえば牛丼の作成に取り掛れるから。
アシヤミが本当に米の代わりになるのかの実験。使えなかった場合にどうするかの思案。そして使えた場合は開店準備。
帰ってからもやる事は尽きない。……そのはずだった。
「アシヤミがすぐに貰えなかったから急いで帰る必要が無くなったんだよ」
その予定が全て崩れたからな。一日の半分以上が空いてしまったのだ。
「せっかく外に出たのだから、何かやりたい事があれば済ませておきたい」
俺の性格上、一度家の中に入ってしまえば次何か必要に駆られない限り外には出たくなくなる。
だから今のうちにトキにやりたい事があれば済ませておきたいのだ。
またどこか行きたいって言われても面倒だしな。
「……特に無い、かも?」
曖昧な返事をするトキに呆れて溜息を出してしまう。
この返答が一番困る。有るなら有る、無いなら無いとはっきり言って欲しいものだ。
「じゃあ俺の用事に付き合ってもらおう」
元々この外出全てが俺の用事といえばそうなのだが、ここからは店に関係の無い話になる。
トキ自身に自覚は無くても、彼女にやってもらわないといけないことがあるのだ。
「……の前に、まずは帽子だ」
そう告げて、俺は立ち上がった。
金を置いて店を出る。
後ろからトコトコと着いてきたトキの手を掴んで、人混みでも離れないようにする。
王都は人が多い。だから小さなトキがはぐれないようにしないといけないのだ。
「帽子、どんな物がいい?」
「知らないから何とも」
「そりゃそうか」
一口に帽子と言ってもその種類は様々だ。
俺のファッションセンスを信じられなくてトキ自身の好みを求めたのだが、よく考えてみればこの子にそんなもの分かるわけがなかった。
そもそもここは人間の国。特に虐げられてきたエルフには未知の世界そのものだ。
「ここは寒いから、できれば暖かいものが嬉しい」
悩んでいるかのように唸ってから意見を口にするトキ。
そうか。ラヴィーナは比較的温暖な地域だが、ファンカトリと比べると気温は低い。エルフのトキからすればここは寒いのか。
ラヴィーナが寒いというより、ファンカトリが暑いというか湿度の高い地域なのだ。
「じゃあニット帽的なものがあるといいかな」
「ニット帽……?」
なぜかキョトンとするトキが不思議で首を傾げてしまったが、すぐに彼女の様子の理由に気づいた。
よく考えてみればニット帽というのは日本の名称だ。
米や肉が全く違う存在であったように、ニット帽も違う存在なのかもしれない。
似たようなものがあるといいんだけどな。編み物だし、ありそうなもんだが。
「動物の毛みたいな糸を編んで作る帽子の一つだよ」
「そんなものがあるんだ」
日本との共通点がどれほどあるのか、それもまた今後調べていかないといけないことだな。
今まではサントスレア領の外に出たことがなかったから日本との違いを見つけることもあまりできなかったが、今はもう自由の身だしな。
「ここにあるかな」
どんなものが良いのか考えながら歩いていると、服屋らしきものを見つけた。
「いらっしゃいませー」
明るい笑顔を顔に張り付けた店員さんの歓迎を受けながら店の中に入る。
ありきたりな服屋といった様子で、中には帽子も複数ある。
「帽子をお探しですか?」
商品と睨めっこしながら何が似合うか悩んでいると、先程の店員さんが声をかけてくれた。
「この子に似合う帽子を探していて。何かオススメありませんか?」
ここはファッションのプロに任せるべきだと判断した俺は店員さんにそう訊くことにした。
「そうですね……どういった物が好き?」
本人の趣味嗜好を尊重してくれるらしく、店員さんは視線を合わせるようにしゃがんでトキに声をかけた。
「分からないけど、寒いから暖かいものが欲しい」
「んー、そうだなぁ」
トキの要望を聞いた店員さんは店内を見渡しながら少しだけ悩む素振りを見せる。
それから良いものを見つけたのか、トコトコとその商品のもとへと歩いていった。
「こんなものはどう?」
店員さんがこちらへ近づきながら商品を掲げる。
それは俺の想像していた通りのニット帽なのだが、なぜか猫の耳のようなものが付いていた。
この耳は店員の趣味だろうか。
「サントール、どう思う?」
「俺に訊くなよ。トキが付けるんだぞ」
なぜかこちらを見つめてくるトキに俺は呆れたように溜息を吐いてしまった。
「……じゃあ、これにする」
その帽子を手に持って、トキは店員さんに告げた。
「ありがとうございまぁす!」
その言葉を聞いた店員さんは何故かとても嬉しそうにしていた。
どうしてそんなにテンションが高いのか分からなかったのだが、会計時にその理由を知ることになった。
「……高すぎんだろ」
帽子とは思えないほどの値段を提示されたのだ。
「希少素材である『ウールドラゴンの毛皮』を用いたものですので。最低でもこれくらいしちゃうんですよ」
なるほど。どうやら俺達は嵌められたらしい。
満面の笑みを浮かべる店員さんの顔を見ながらそのことに気づく俺だった。
「商売上手ですね」
「ありがとうございます」
皮肉を込めてみたのだが、店員さんは随分と鋼のメンタルを持っているらしく気にも留めていないようだった。




