第30話 親孝行冒険者
「ここ……だよな?」
目的地らしき場所に辿り着いた俺はその建物を見上げながらクエスチョンマークを言葉の最後に付けてしまった。
「訊かれても知らないよ」
「まあそうだよな」
トーさんからこの商店のことを聞いたのは俺で、その時のトキは飯に夢中で耳に話が入ることはなかっただろう。
なのでここが目的地で合っているのかどうかを知っているのは俺だけだ。
地図も渡されて今手に持っているが、トキはこれを読めないしな。
この子には今後地図の読み方をはじめとする日本の義務教育課程で教わることくらいは教えないといけないな。
「なんか、商店らしくないね」
「だよな……」
やはり俺の勘違いではなかったらしく、トキも俺と同じような感想を抱いていた。
目の前にあるのは、怪しい扉だった。
王都の路地をクネクネと移動した先にある人気の少ない建物の隙間にその扉があった。
扉の隣に看板らしきものがかかっていたので見てみると、『ミライ商店』と書かれてあった。
「やっぱここだな」
その名前は以前トーさんから教えてもらったものと一致する。不安になるが、ここが目的地なのだろう。
「サントール、どうしたの?」
看板の文字を見つめて考え事をしていると不思議そうな顔をしたトキが服の裾を引っ張ってきた。
「ああ、悪い。入ろうか」
思考の海から引っ張り出された俺はハッとしつつドアノブを掴んだ。
ミライ……か。最近どこかで聞いたような気がする。だがどこだったか全く思い出せない。
気のせいかもしれないし、一先ず頭の隅にでも放置しておこう。
「いらっしゃっせー」
中に入ると、やる気のない店員の声が出迎えてくれる。
中は外見から想像するよりも広く、商品らしきものが雑多に置かれていた。
あの怪しい雰囲気からもっと怖い人が店員をしているのかと思いきや、意外にも好青年が店番をしていて──
「あれ、アーリーじゃないですか」
その店員の顔を見た俺は驚きで目を丸くしてしまった。
なぜなら、店員用のテーブルに突っ伏して面倒そうにしている男は俺の知っているギルドのリーダーだったからだ。
「……サン?」
名前を呼ばれた男はゆっくりと顔を上げ、やがて俺の顔を見るなり呆然としてしまった。
「こんにちは。この商店、アーリーのお店だったんですね」
なるほど。商店の名前に見覚えがあったのはアーリーの両親の店だったからか。
「実際には俺の両親のな。今日は何か用事があるみたいで急遽俺が駆り出されてんだよ」
「へえ、親孝行者ですね」
アーリーは親の事なんて考えずに冒険者として世界中を飛び回っている印象だったのだが、親の仕事に手を貸す心優しき青年だったとは。
ギャップというか、意外だな。
「そういうお前は何しに来たんだ? ここは闇市でも無ければ武器屋でもないぞ」
アーリーは俺の事を底辺冒険者としか認識していないんだったな。それなら困惑しているのも頷ける。
「俺、本業は料理人なんですよ。ここならアシヤミがあるとトーレン・バールさんに教えてもらって来ました」
まだ店は開いていないが、それでも俺が料理人……というか牛丼屋店員であることは変わらない。
アシヤミさえ手に入れば、すぐにでも店を開くことができる。牛丼に大事な残りの要素は全てクリアしたからな。
「爺さんの客が来るって言われたっけな。それがお前らなのか」
「そうなりますね」
「おーけー。確かにウチには普段ならアシヤミがある」
変な言い方をするアーリーに俺は首を傾げた。
「普段?」
引っかかった言葉を復唱してみせると、気だるげな顔をしたままの店員はその要素を残したまま申し訳なさそうな顔をした。
「今は在庫切らしててな。明後日には来ると思うんだが」
「……マジですか」
まさか今日ゲット出来ないとは。
すぐにでも貰えるもんかと思っていたので、つい落胆してしまった。
おもちゃを買って貰えなかった子供の気分である。
「すまんな。せっかく来てもらったのに」
「仕方ないですよ。……じゃあ、また今度改めてお伺いさせていただきます」
「ああ。仕入れたら連絡するよ」
店に入った時はあんなに鬱陶しげにしていたというのに、知り合いパワーというのは凄いもんだな。
たまたまとはいえ、あの日クエストを受けて正解だったな。と思ってしまう。
「にしても、その子はなんだ?」
アーリーは興味深そうに俺からトキへと視線を移動させた。
「お前、子供なんて居たのかよ」
「違いますよ」
確かに年齢差的に親子に見えてもおかしくはないと思うが、それでも俺は最近成人したばかり。トキほどの子を産んだのならませているという話では済まない。
「以前言っていた連れってのがこの子ってわけか」
クエストの時にそんな話もしていたような記憶がある。アーリーはよく覚えていたな。
「この子はトキ。ウチの看板娘です。最近拾ったんですよ」
「拾った……ねえ。赤髪のエルフなんて良い話を聞かないけど」
どうやらアーリーは呪い子の話を知っているらしい。トキの姿を一瞥して嘆息した。
冒険者ともなればその手の噂は知っていてもおかしくはない。アーリーはCランク、それなりのベテランだしな。
「トキは大丈夫です」
「どうしてそう言い切れる?」
「魔力の暴走は抑えましたし、今は魔力の生成も制限しています。まだ魔力操作は習得していませんが、今のうちに覚えさせれば今後暴走することもないでしょう」
それでも暴走する可能性がゼロだとは言い切れないが、限りなく無いとは言える。
「ほんと、何者なんだよお前」
いつぞやにも聞いた言葉を再び発するアーリーに苦笑を浮かべる。
「ただの料理人でFランクの冒険者ですよ」
「だから余計おかしいんだろうが」
そうして、俺たちはそこそこの時間雑談に花を咲かせた。それこそ、トキが空腹に音を上げてしまうほどには。
流石にトキが倒れてしまうと困るので、俺達は店を去ることにした。
後日、またアシヤミを受け取りに来ることにしよう。




