第29話 赤髪は個性
「じゃあな。プレオープン、楽しみにしてる」
「おう。またな」
馬車に乗っていたせいかそれなりの時間を使って店の前に到着した。
「さて、アシヤミを貰いに行くか」
時刻は昼。結構な時間が経ってしまったらしい。太陽が真上にまで昇っていた。
「お腹空いた」
「さっき食ってたよな」
「あれは朝ご飯」
コイツの身体の中はどうなっているのだろうか。本当にブラックホールでも内蔵されているのではないか。
「我慢しなさい」
「ケチ」
「お金無いって言ってる」
「貰ってたじゃん」
「二の舞になるだろ」
確かに金は貰った。ただそれをすぐさまトキの食費に当てたらまたクエストに出る羽目になる。それは避けたい。
「ほら行くぞ」
「むー」
飯を貰わないと動きたくないのか必死に抵抗するトキ。だが小柄で幼い彼女が俺の腕力に抗えるかといわれると不可能で、ズルズルと引きずられていく。
「アシヤミが貰えたら昼飯食うから。それまで我慢しな」
俺とて昼飯抜きの状態で満足に動けるかといわれるとそうではないので、後々飯は食べるつもりだ。
ただ今は遠回しにされ続けたアシヤミが最優先。飯はその次だ。
「……わかった」
遅くはなるが昼飯はあると伝えたのが良かったのか、トキは渋々といった様子で了承した。
まさか先程まで散々食べていたというのにまだ食べようとするとは。驚きである。
「そういえば、昼食べたら髪でも切りにいくか?」
ふと思い出したことを口にしてみる。
トキを拾った時に髪を切ることも考えていた。王都に戻ってきてから大忙しだったからすっかり忘れていたな。
「んー。サントールは切るべきだと思う?」
まさか俺に訊いてくるとは思わなかったので、俺は僅かに大きく目を開く。
「お前が決めろよ」
「意見を求めてもいいでしょ」
意見……か。
正直な話をするとどちらでも良い。
経営的には切った方が良いだろう。
赤髪のエルフは呪いの子。その話は人間の間では噂程度でしかない。
でもそれを知っている人が居ないわけではない。そいつらが誤解をして店を悪く言ってしまうかもしれない。それは避けないといけない。
それも本心だ。ただ、絶対切るべきだと考えているわけではない。
「好きにしろ。お前のそれは足枷のようなものだが、同時に個性でもあるからな」
赤髪に生まれたがゆえに、コイツは忌み子という運命を背負うことになった。
ただ、トキの持つ赤髪は天性のもの。
多種多様な生物が生きるこの世界でも赤色の毛髪を持つものは少ない。染めることはできるだろうが、それでも天性のものに比べると劣る。
だからコイツの持つ赤髪は唯一無二なのだ。
それを切るというのは勿体ないとすら考えられる。
「サントールは、好き?」
「何が」
「この髪。貴方はどう思ってる?」
自身の髪を一束持ち上げてうっすら笑う。
そんな彼女の問いに俺は少し悩んでから答えることにした。
「悪くないとは思う」
いたたまれない気持ちになったので、すぐさま視線を逸らす。
「そっか。じゃあ切らない」
俺の返答を聞いて、トキは即座に答えを導き出した。
「そうか。じゃあ服屋に寄るか」
トキが髪を切らないと決めたのなら、俺は別の行動ルートを選択する。
「なんで? 制服というものなら前に買ったよ」
不思議そうな顔をするトキの手を引きながら俺は服屋に行く理由を説明してやる。
「お前のその髪は良くも悪くも目立つ。髪を切ろうが何だろうが、帽子は被らせる予定だったんだよ」
結局切ったところで目立つことに変わりは無い。それを隠すために、帽子を買い与えると決めていた。
だから俺はトキが髪を切らない選択肢を取っても問題なかったのだ。
「じゃあなんで切るっていう提案したの?」
「ウザイかなって思ったんだよ」
腰くらいにまで伸びたその髪をまとめることもせずに放置しているトキの姿を見て、俺は素直に吐いた。
これだけ長いと暑いだろうし、ウザったいと思う。少なくとも俺は一時期髪を切るのが面倒で伸びたままにした時ですら鬱陶しかったからな。
それに長い髪というのは手入れが大変だしな。
なら切ってしまった方が楽ではないかと考えたのだ。
「お前はもう呪い子ではないが、それでも面倒なこと言ってくる人は居るからな」
コイツが呪い子だと言われていたのは、きっとその魔力量が原因だ。
出会った時の森全体に広がるほど膨大な刺々しい魔力。あの時は暴走寸前だったからかと思ったが、落ち着いた今もその魔力量はあまり変わらなかった。
といっても、あの細工した肉のおかげで抑えられている方なんだけど。それでも一般的なエルフより何倍も多い。
「魔力制御も覚えないとな」
「それって難しい?」
「人間の俺だってできるんだ。簡単だと思うぞ」
「サントールは異常だから参考にならない」
酷いことを言う娘である。俺のどこが異常だというのか。
「今は落ち着いているが、その効果が切れるのがいつか分からないからな。それまでに自分の意思で魔力を扱えるようにして暴走の可能性を減らそうってわけだ」
いつか魔力を制御できたとしたら、この子が呪い子だと言われることを気にすることもなくなるんじゃないだろうか。
拾ってしまったのだから、俺が責任をもってこの世界を生きていけるようにしなければならない。
俺はその責任感というものを感じつつ、アシヤミを求めて歩き続けるのだった。




