ひかりの過去
努力家
養成所を出たひかりは、
小さなキャリーケースを引きながら電車に乗った。
窓の外を流れる景色を見ながら、
胸の奥が少しだけ重くなる。
(……帰るの、久しぶりだな)
兄・白石悠斗が亡くなってから、
家に帰るのはどうしても気が重かった。
でも――
中間試験を終えた今、
ひかりは“向き合わなきゃいけない気がした”。
母「ひかり……おかえり」
ひかり「ただいま」
母はひかりの顔を見て、
少しだけ安心したように微笑む。
母「痩せたんじゃない?
ちゃんと食べてる?」
ひかり「食べてるよ。
試験も……なんとか合格した」
母「そう……よかった」
二人は少しだけ沈黙する。
その沈黙の奥には、
“悠斗の不在”が静かに横たわっていた。
ドアを開けると、
そこには昔のままの兄の部屋があった。
レースの写真
トロフィー
ヘルメット
そして、事故の前日まで使っていた整備ノート
ひかりはゆっくりと部屋に入り、
兄の遺影の前に座った。
ひかり「……兄さん」
声が震える。
2年前のSG決勝。
高速での接触から転倒し、
そのまま帰らぬ人となった。
ひかりはその日、
テレビの前で兄の走りを見ていた。
画面が揺れ、
実況が叫び、
母が泣き崩れた。
ひかりはただ震えていた。
(……怖かった)
(……走りが怖くなった)
(……でも、兄さんが愛した世界を嫌いになれなかった)
そこには、
兄の字でこう書かれていた。
「できるかどうかじゃない。
やるかどうかだ。」
ひかりは涙をこぼした。
ひかり「……兄さん……
私、あの言葉……ずっと覚えてるよ」
ページをめくると、
兄がひかりに向けて書いたメモが出てきた。
「ひかりへ
お前は怖さを知ってる。
だから強い。
走りたいなら、走れ。」
ひかりは震える手でその紙を握りしめた。
墓前に立つと、
風が少しだけ吹いた。
ひかり「兄さん……
私、養成所で走ってるよ。
怖いけど……でも、やってる」
ひかりは静かに目を閉じる。
ひかり「中間試験、合格した。
遼って子がいてね……
努力家で、まっすぐで……
兄さんみたいに“風を掴む”走りをするんだ」
ひかりは少し笑った。
ひかり「私、負けてられないよね」
風がまた吹いた。
まるで兄が
「行け」
と言っているようだった。
墓参りの帰り電車の中。
ひかりは窓の外を見ながら呟く。
ひかり「……兄さん。
私、もっと強くなるよ」
その目は、
休暇前よりずっと強く、
そして少しだけ優しくなっていた。
負けてられないよね




