大会前夜
二人だけの夜がゆっくり流れていく ―
大会前日の夜。
GARAGEはいつもより静かだった。
佐伯店長は早めに帰り、
店内には風見と遼だけが残っていた。
蛍光灯の白い光の下、
大会仕様のZX-6R が静かに佇んでいる。
遼は工具を片付けながら、
ふと風見の横顔を見た。
風見はいつもの軽い雰囲気ではなく、
“走る人間の顔”をしていた。
風見「遼、トルクもう一回見とけ。
大会前は“確認の確認”が大事だ」
遼「わかってるよ」
遼は一つ一つのボルトを触り、
締め忘れがないか確かめていく。
風見はその様子を見て、
少しだけ笑った。
風見「……お前、ほんと整備上手くなったな」
遼「風見さんが教えたんだろ」
風見「いや、才能だよ。
手の使い方がいい。
走りたい奴の手してる」
遼「……またそれかよ」
風見は笑った。
でもその笑顔は、どこか優しかった。
遼「風見さん……緊張してんの?」
風見「してるよ。
大会前は毎回緊張する」
遼「風見さんでも?」
風見「俺は強くねぇよ。
ただ……走りたいだけだ」
遼はその言葉に胸が熱くなった。
風見は続ける。
風見「遼。
明日、俺が走るのは“勝つため”じゃねぇ」
遼「……?」
風見「走れる身体があるうちに……
走りたいから走るんだよ」
遼は言葉を失った。
風見「遼。
最後にチェーンの張り、見てくれ」
遼「俺がやっていいのかよ」
風見「お前がやれ。
大会仕様の最終チェックは……
お前に任せたい」
遼「……っ」
遼は慎重にチェーンを触り、
張り具合を確認する。
遼「……よし。
完璧だ」
風見「ありがとうな、遼」
遼「……風見さん、絶対勝てよ」
風見はゆっくり頷いた。
風見「勝つよ。
遼が仕上げたZX-6Rで走るんだからな」
遼の胸が熱くなる。
整備を終え、
二人はGARAGEの外に出た。
夜風が少し冷たい。
風見「遼。
明日、来いよ」
遼「行くよ。
絶対行く」
風見「お前が見てるなら……
俺はもっと速く走れる」
遼「……風見さん」
風見は空を見上げて、
静かに言った。
風見「遼。
明日、風を掴んでくる」
遼はその背中を見つめながら思った。
(……風見さんは、本当に走るために生きてるんだ……
俺も……いつか隣で走りたい……)
静かで、熱くて、忘れられない夜だった




