二人の距離
再び
コース一周の練習が終わり、夕暮れの風が少し冷たくなってきた頃。
まどかはマシンを押しながら整備場へ戻ろうとしていた。
転倒からの再挑戦でコーナーを曲がれたものの、胸の奥にはまだ“怖さ”が残っている。
その背中に、静かな声がかかった。
「桐生。」
まどかはびくっと肩を揺らし、振り返る。
そこには、ヘルメットを小脇に抱えたひかりが立っていた。
「……白石さん?」
ひかりはまどかの前に歩み寄り、少しだけ視線を落とした。
「さっきのコーナー……悪くなかった。
でも、まだ“偶然曲がれた”って感じがする。」
まどかは不安そうに目を伏せた。
「……はい。怖くて……次もできるか分からなくて……」
ひかりは小さく息を吐き、言った。
「少しだけ時間ある? コツ、教える。」
まどかは驚き、目を丸くした。
「えっ……わ、私に……?」
「嫌ならいいけど。」
「い、いえ! お願いします!」
コース脇の空いたスペース。
ひかりは自分のマシンを横に置き、まどかの前に立つ。
「まず、桐生。あなた……コーナーに入る前に“怖い”って思ってるでしょ。」
まどかは小さく頷いた。
「……はい。倒れる瞬間が……怖くて。」
ひかりはまどかの手を軽く取って、ハンドルの握り方を直す。
「怖いのは、“倒れる”と思ってるから。
でもね、マシンは倒した方が安定するの。」
「えっ……倒した方が……?」
「そう。中途半端に立てたまま曲がろうとすると、逆に不安定になる。
だから、倒すときは“自分から倒しにいく”。」
ひかりは自分のマシンに跨り、倒し込みの動作をゆっくり見せる。
「ほら、こうやって……身体を先に入れる。
マシンは後からついてくる。」
まどかは真剣に見つめ、何度も頷いた。
ひかりは説明を続けながら、ふと視線を落とした。
「……桐生。あなたの走り、見てて思ったの。」
「え……?」
「怖いのに、逃げない。
それって……すごいことだよ。」
まどかは驚き、胸が熱くなった。
「わ、私……そんな……」
「あるよ。
私、あなたみたいに“怖さを抱えたまま前に進む”人……嫌いじゃない。」
ひかりは照れ隠しのようにそっぽを向いた。
「……だから、教えたくなったの。」
まどかの目に、涙が浮かんだ。
「白石さん……ありがとうございます……!」
ひかりはまどかの肩を軽く押した。
「じゃあ、やってみて。倒し込みだけでいい。」
まどかはマシンに跨り、深呼吸する。
(怖い……でも……白石さんが教えてくれたんだ……)
身体を内側へ――
ゆっくり、でも確かに倒し込む。
ひかりが小さく頷いた。
「そう。それでいい。
桐生、あなた……ちゃんとできてる。」
まどかの顔がぱっと明るくなる。
「ほ、本当ですか……?」
「嘘ついても意味ないでしょ。
明日、コースで試してみなよ。」
まどかは深く頭を下げた。
「白石さん……私、明日も頑張ります!」
ひかりは少しだけ微笑んだ。
「……うん。期待してる。」
夕暮れの風が二人の間を通り抜ける。
本音




