鬼も笑うことなのか、それとも
「いっそ、事務所に寮みたいなところを作ってほしい」
移動の車の中で、奏音がそんなことを言い出した。
「そうすれば、移動の手間とかも減るし、楽になると思うんだけど」
「それは無理だと思うよ」
さすがに、土地の問題は、思い付きでどうこうできるほどに簡単でもないというか。
私たちの稼ぎでといっても、寮を建てられるようなものでもないし。
「そもそも、奏音、学校はどうするつもり?」
まさか、教科書類を全部学校に置きっぱなしにする、なんて言わないよね?
結局、学校には通うんだから、どこに住んでいても変わらないというか。
たしかに、帰ってきたときに、奏音とか琴音とかに出迎えてもらえるっていうのは、かなり興味をそそられるけど。
「学校も新築しない?」
「だから、どこからその費用が出るのよ」
琴音も溜息をついて、肩を竦める。
そもそも、学校って、今奏音が通っている高校のこと? あるいは、私たちで、新しく芸能系の学校を創設しようとか、そういう話?
そこまでは、さすがに。
私は、まだまだ、現役でいたいし、学校の運営までとなると、そこから学び直さないといけないから、相当、それこそ、人生を賭けるくらいじゃないと。
たしかに、大手の事務所では、寮が併設されているところもあるみたいだけど。それは、本当にこの業界での最大手みたいなところだから。
それこそ、『星辰プロダクション』とか、『アークライトエンターテインメント』とか、あとは、『東雲芸能』とかもそうかな。
移動の手間を減らすというためだけ(でもないかもしれないけど)に、そんなものを建てられるような余力は、まだ、うちの事務所にはない……はず。
それに。
「前にも言ったと思うけど、いつも一緒、ずっとべったり、みたいにいるべきじゃないと思う。もちろん、アイドルとして、仕事として、レッスンのときとか、そういうときはべつだし、普段から仲良くしないっていう意味じゃないけど、一人でいる時間も創作には必要だと思う」
もちろん、奏音や琴音とか、それこそ『フレアスター』の皆と一緒にいたいという気持ちはあるけど。
それは、レッスンとか、仕事とか、たまに、お泊りだったり、遊んだり、そういうことができたらいいかなって。
四六時中一緒だということを否定したいわけじゃなくて、それはそれで、べつに得られるもの、体験や経験があるんだろうけど、ようは、どっちのほうが向いているのかとか、やりたいことに近いのかとか、そういう問題かな。
今の私たちの状況なら、常から共同生活をするほどではない、というか。
「週の半分以上はレッスンとか仕事で顔を合わせているし、泊りだってたまにやるんだから、それでいいでしょう」
とくに、新曲を考えるときには、一緒に泊まることも多いわけだから。
それとも、事務所までの私の家からの距離が物理的に近いから、そう思っているだけだということかな? 奏音の家は、電車で数駅程度とはいえ、ちょっと暇ができたから散歩感覚で、みたいに来られるわけでもないし。
「いつか、大ヒットしたら私が寮を建ててやるんだから」
奏音が拳を握る。
まあ、夢を語るのは自由だからね。
私は、新しく建てないでも、たまに、今の事務所とか養成所とかで寝泊まりできれば、それで十分とも思っているけど。布団やらもあるし、料理もできるし。
さすがに風呂はないけど、シャワーならあるから。
たしかに、あったら楽しそうと思うことは事実だけど。
たとえば、今は地方から出てきて、みたいな人が、うちの養成所には入り辛いから余所に行く、というようなことはあるだろう。その点、自分の事務所で寮まで完備しているところは強い。
それでも、やっぱり、毎日ずっと一緒というよりは、仕事やレッスンで毎日会うとしても、基本はべつというほうがいいかな。
「そもそも、大ヒットしたなら、新しく建てないでも、近くのマンションやらアパートやらを借りたらいいんじゃないかしら?」
「琴音、しっ」
奏音が楽しそうなんだから、それはそれでいいことだ。
とはいえ、そろそろ、引き戻しておかないとね。
「奏音。そろそろ、戻ってきて」
顔の前で手を振って、奏音を現実に連れ戻す。
奏音は咳ばらいをひとつして。
「インタビューではしっかりするから、任せて」
「今みたいに暴走しないでね」
今後の目標は? みたいなことを聞かれて、アイドル事務所と養成所を併設した寮を建てることです、なんて言われても、どう反応していいのか困らせるだけだと思うし、読んでくれた人もわけがわからないと思うよ。
一旦、事務所まで戻ってきて、ひと息ついたところで、丁度、扉がノックされる。
丁寧に挨拶をしてくれたのは、今日のインタビュアーである、とある芸能雑誌社の男性記者。
挨拶もそこそこに、レコーダーのスイッチが回されて。
「今回、新曲のお披露目がバズっていましたが、放送後の反響はいかがでしたか?」
「そうですね。おっしゃられたように、ネット、SNSで話題に上げていただいたこと、今までより、普通に歩いているときとか、学校とかでも、より注目されていると感じられるようになりました」
一番反応が良かったところということでは、建て直したところだろうけど、それは、すでに話題になっているという意味だから、ここでもう一度話題に出す必要はない。
「最近、変わったなとか思えるメンバーはいらっしゃいますか?」
「琴音に少し自信がついてきたところでしょうか。よく、私や奏音にもツッコミを入れてくれるようになりました」
頼りになってきた、ということ。
パフォーマンスの面でも、技術的なことじゃなくて、私や奏音、あるいは、周囲に合わせられるようになってきた。
「当日は緊張されましたか?」
「緊張よりは、楽しみでした」
なにせ、番組に出ながら、新曲まで作れる。
もちろん、あの人の持ち込みだったから、まったく警戒していなかった、ということもないけど、そんなことは、インタビューでは話せないからね。
「私は緊張しました」
「琴音はまだ経験値が浅いのに、いきなり、あれだもんね」
淡々と琴音が答え、奏音が軽く笑う。
「三人の中で役割分担みたいなことはありますか?」
「詩音と奏音はわりとすぐに暴走しがちなので、私がまとめ側に回ることが多いです」
「暴走じゃないよ。推し活だよ」
「得意分野ということなら、私はダンスで、奏音は歌。言ってくれたように、琴音がまとめてくれるというか、うまく取り持ってくれる感じです」
私の得意分野は、実際には、アイドルだけど。
「それなら、詩音ちゃんに聞いたほうが良いのかな。ダンスを短時間で覚えるコツみたいなものってある?」
コツといっても、その人によるんだよね。まあ、そんなことは先方も十分に承知の上か。
基本的に数度見て聴いて身体を動かせば覚えるんです、なんて言っても、面白くないだろうから。
「最初から速いテンポでやろうとするんじゃなくて、スローテンポから始めることでしょうか」
それで、身体が慣れてきたら、だんだん、早くしていくような感じで。
「今回の新曲『ここにいる理由』という曲名になっているけど、テーマはどんな感じで?」
「そのままですね。『ファルモニカ』として十曲目の記念にしようということで、アイドルとして立つ原点回帰というような感じです」
ようするに、アイドルそのもの、という感じのテーマだということ。
あとは、最近はまっているものとか、オフの過ごし方とか、移動中のこととか、定番の質問を挟みつつ。
「それでは、最後に、今後の目標はありますか?」
「今度のライブの成功です」
小さいことを言えば、たくさんあるけど、大きいことと言えば、それかな。




