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輝きが向かう場所  作者: 白髪銀髪


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トークのネタには困らない

 私たちは全員右利きだから、最初にサインを入れるのは琴音、それから奏音、最後に私という順番だ。

 つまり、最後に買ってくれた人に手渡すのは私の役目だということ。

 

「いつも応援してます」


「ありがとうございます」


 そんな風にひと言を添えたりしつつ、手早くサインをして、微笑みながら、差し出す。

 

「今度の湾岸でのライブも絶対、見に行きます」


「嬉しいです。お待ちしていますね」


 今の段階で、抽選の当落はまだ発表されていないはずだ。なにせ、チケット数が割り増しされるということが発表されたばかりだから。

 運営的には予定どおりかもしれないけど、ファンの人たちにとっては、いきなりのことだ。

 それでも、どうでもいいから、早く当落を発表してくれ、というのが本音ではあるかもしれないけど、だいたい、申し込みの期間に一週間。

 現状ですでに倍率が三倍ということだから、最終日までには、もうすこし増えるかもしれない。五倍くらいかな。

 本当に欲しいと思ってくれている人は、それこそ、販売開始日に申し込んでいると思うから、今から、それほど増えるようなこともないかもしれないけど。 

 もっとも、チケットがなくても、フリー観覧のスペースはあるから、気持ちがあれば誰でも観にくることはできる。

 このサイン会にも、たくさんの人が来てくれたけど、時間の都合上、この店舗でのサインはここまでです、みたいな状況にはならずに済んだ。

 時間が足りなくなるくらいたくさんの人が来てくれるというのは、もちろん、嬉しいんだけど、それは私たち側からの視点であって、並んでくれた人たちの側からすれば、時間をかけて並んで待っていたのに、結局、イベントに参加できずに終了、なんて悲しいから。

 

「琴音もサインに慣れてきたみたいだね」


 CDのケースみたいな小さいところで、私と奏音の後、最後にサインを入れていたにもかかわらず、スペースからはみ出てしまう、みたいなことにもなっていなかったから。

 

「たくさんしてきたもの」


 琴音の声には実感がこもっている。

 今回のイベントという意味じゃなくて、ライブのグッズだったりにも入れてるからね。

 公式で主催しているファンクラブみたいなものは、私たちに限らず、『フレアスター』ではまだやっていないから、そちらの還元グッズがあるわけじゃないけど。

 今日だけに限ってみても、百は優に超えている。具体的に数えていたわけじゃないけど、体感として。千に届いているかどうかはわからない。

 

「まだ、この後、今日だけでも二店舗くらい回るけど、大丈夫そう?」


「ええ。ただ、少し手が疲れているところはあるけれど」


 琴音は、手を握ったり、開いたり、手首を回したり、伸ばしたり、感触を確かめている。

 

「マッサージしてあげようか?」


「詩音が?」


 母と一緒に、何度か『健康ランド』に遊びに? 行っているから、それなりに覚えてはいる。

 プロと比べるようなことはできないけど、素人に毛が生えた程度のことはできると思う。


「それじゃあ、お願いしようかしら」


「任せて」


 琴音の指と指との間に、自分の手を差し込んで。

 これは、大分柔らかくて、温かい、気持ちの良い手ですね。

 張っているというほどではないけど、きちんと手入れされているし、すべすべだし、指は細いし……って、そうじゃなくて、今は真面目にマッサージをしないとね。

 大分揉みほぐれてきたところで、反対の手も。こちらは、サインをしたり、ペンを持っていたというわけではないから、それほどこっている様子でもなかった。

 

「奏音もやる?」


「やる!」


 というわけで、奏音の手も順番に。


「なにやってるの?」


「片手は空いてて暇だし、こう、柔らかいものを掴んでいたら良くなるかなって」


 だから、私の頬を摘まんでいるって?

 

「さすがに、胸を揉むわけにはいかないし」


「頬なら良いと言った覚えもないんだけど」


 諦めているだけで。

 そもそも、胸を揉んでいるときもあるよね? なにをいまさら言っているのかな。


「え? じゃあ、胸でも良いの? ご利益ありそう」


「それは、由依さんとか、真雪さんに頼んでみたら?」


 私よりずっと、ご利益あるでしょう。

 もちろん、由依さんたちを生贄にという意味はまったくないけど。単純に、胸というか、身体のランクでも、事務所内で一位、二位を争っているわけだから。少なくとも、私はそう思っている。 

 

「私は詩音の顔のほうが好きだけど」


「ありがとう。じゃなくて、結局、そこに戻ってくるんだ」


 しかも、柔らかさ関係なくなっているし。


「いやいや、詩音。顔の造詣っていうことだけじゃなくて、柔らかさとか、良い匂いとか、きめ細かいとか、味とか、いろいろ、複合的に考えて、詩音が一番だって言ってるの」


「混ざっていてはいけないようなものまで聞こえた気がするのだけれど」


 琴音の突っ込みは、当然スルーする奏音。いや、私もスルーしたけどね。 

 

「それって、疲労回復の効果とは関係ないんじゃ」


「滅茶苦茶関係あるよ」


 こんな風に、一緒になって他愛のない話をしていることで、疲れなんて忘れ去っているということなら、そのとおりだから、たしかに効能はあるのかもしれない。 

 ただ、マッサージは関係ないけど。 

 正確には、マッサージだろうと、他のなにであろうと、関係ないということ。

 スキンシップというか、コミュニケーションによって、疲労を吹き飛ばそうというのが目的だからね。

 実際、私の披露なんて、遥か彼方に吹き飛んでいるわけで。


「それは、詩音はアイドルと話をしているだけで回復するかもしれないけど」


「そっか。奏音は私と話しているだけじゃあ、回復しなかったみたいだね……」


 わざと、沈んでいるように見せるけど、もちろん、奏音に通じることはない。


「回復量の違いかな。話しているだけだと、こう、徐々に回復していく、みたいな感じだけど、スキンシップまであると、一気に超回復みたいな感じ」


 奏音の腕が急カーブを描く。

 

「それは、光栄だね、とか言っておいたほうがいい?」


 アイドル如月奏音の、アイドル活動の一助になっているというのなら。 


「そんなことで光栄なんて思ってたら、私なんて、いつも詩音を崇めて拝んでいないといけないことになっちゃうから」


「なにしてるの、奏音……」


 個人の勝手ではあるけれども。

 さすがに、少し呆れ気味に返すと。


「というのは冗談で」


「どこから?」


 あはは、と笑ってごまかす奏音。

 

「本当に、二人はトークのネタには困らなさそうね」


「まあ、アイドルのことなら一昼夜でも語れるからね。そういう琴音は、なにか、こう、鉄板みたいなネタはないの?」


 そのあたりは、ファンも理解してくれていて。

 多分、またか、みたいには思われているかもしれないけど、それでも、ついてきてくれるくらいには、私とアイドルのことについては理解が深くて、本当に、ありがたいと思っている。

 

「……詩音と奏音についてのことなら、いえ、事務所や養成所の皆のことについてなら。そういう意味では、私も詩音と同じかもしれないわね」


「琴音ー!」


 ついつい、抱き締める。私の反対側からは、奏音も。

 氷川琴音は、こういう風にはキャラを作ったりはしない。だから、今のも、本心からだとわかる。

 

「今度のトークのネタはこれにしよう」


「賛成!」


「止めて」


 奏音からすぐに賛成されて、琴音からは即座に否定される。

 

「そう言われても……します!」


 むしろ、こんなこと、話さないほうがファンに対して不義理でしょう?

 琴音のファンも喜んでくれると思うよ。

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