チケットの特典について
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湾岸エリアでのライブチケットの販売開始は、その日の日付変更直後からということだったけど,申込数がチケットの準備(想定)していた数を上回っていた。具体的には、三倍くらい。
シングルの売り上げは、ダウンロードや、地方の店舗であっても変わりがないため、売り上げについて大きくなることは予想もできるけど、ライブは基本的に、その場所でしか行わない。
別の地方から来る人もいるだろうけど、少数派であるはず。
そんな状況だったから、前売りのチケット数を、抽選で五百枚だったところ、急遽、八百枚にまで増やしたらしい。
それに伴って、当日の販売分も、百枚程度だったところが、三百枚になったとか。
加えて、チケットのない、フリー観覧のスペースも設けられた。これは、位置的には後方で、外周部分になる。その場所分のチケット代はこちらの収益にはならないけど、もしかしたら、グッズとかの売り上げには繋がるかもしれないし、人が人を呼ぶという状況にはなるかもしれない。そうすれば、認知が広まる可能性も増える。
チケットを購入できた人からは、不満が出る可能性がないわけでもないだろう。自分たちは、抽選で当選して、お金まで払ったのに、フリー観覧できるなんて、といったような。
とはいえ、これは、売り上げから急遽とられた措置だから、もともと、スペースはあったにしろ、受け入れてもらうより他にない。
できることなら、チケットのある人には、ステージに近いということだけではなく、なにか、特典がつけられるといいけど。
「チケットを買ってくれた人、この状況だと、買うことができた人と言ったほうが良いのかもしれないけど、その人たちには、特典をつけたいよね」
たとえば、特典会があるとか、限定の配布物をつけるとか、ただ、優先入場なんかに関しては、私たちの管轄ではなくなるけど。
なにしろ、事前に買ってくれたというだけで、ありがたさはあるからね。
当日の読むことができない利益より、すでに販売されて、出ている利益の分がある。そこからのグッズの売り上げも、ある程度予想して立てることができるし。
倍率が三倍くらいだったということは、実際には、それだけ申し込んでくれた人がいたということで、ありがたさという意味では同じなんだけど、これはもう、抽選だし、仕方ないというか。
「当日の特典会だと、さらにスケジュールが大変なことになるから、配布物があるほうが嬉しいかも」
「ポスターとか、トレカとか、ステッカーなんかの、限定の柄のもの、みたいな感じかしらね」
私たちのスケジュールとして、当日に動くものじゃなく、事前に作って、置いておくことのできる物、という意味で、そちらのほうが楽だということ。
当日の時間はすでに決まっているからね。増やすことができるとしたら、前か後にしかならないわけだけど、この場合は、事前に準備しておいたほうが良い。
奏音と琴音も前向きで、さっそく、蓉子さんに提案することにした。
「そうですね。チケットの差別化で対応することにしましょう」
提案はすぐに採用されて。
「具体的には、どれにするのか、考えていますか?」
大きさということなら、ポスター。
持ち運ぶことを考えるのなら、トレカ。
地方というか、現地感を出したいのなら、ステッカー、みたいな感じだろうか。
さすがに、全部の種類(ここで挙げたものということなら、三種類)を用意することは不可能だ。コスト的、準備時間的にということもあるし、配布に関して、ランダムでも不満が出ることは避けられないだろうし、選んでもらうなら、たとえば、トレカだけに人気が殺到して、なんていう事態にもなりかねない。
それなら、最初から一種類だけにしておいたほうが良い。作るのも、もらうにしても、楽になるからね。
「当日、持ち運びというか、収納しやすいということまで考えたら、トレカかなあとは思うんですけど」
「では、そのようにしましょうか」
もちろん、既存の構図で、背景だけを現地のものに合成する、などということはしない。背景は合成するけど、ポーズなんかは、撮りおろしだ。
仕事が増えたわけだけど、自分たちで提案したことだからね。
スタジオで何枚か写真を撮るだけで、衣装も、特別にすることはなく、ステージ衣装だから、とくに問題はなく、スムーズに進んだ。スタジオ自体も、翌日には押さえられたから。
背景が合成なのはあれだけど、事前に準備するにはこれしかないから、そこは仕方ないというか。
とはいえ、特別感はあるから、喜んでもらえるとは思う。少なくとも、私は嬉しい。
「現地での実際の写真は、当日の撮影で、SNSにあげるとかだね」
オフショットとか、ステージ写真とか。
今回は、遠征は遠征だけど、前日から泊まりこむ、みたいなことにもならないから、早朝とかに移動してとか、あるいは、ライブが終わった後、夕方や夜の撮影で、みたいな感じになるのかな。
もう少し、日程的に後だったなら、夏休みに被っていたから、泊りみたいなこともできたかもしれないけど。
とはいえ、長期休暇かどうかにかかわらず、地方でのイベントの際には確実にそうなるわけだから、そのときまでの楽しみにしておこうかな。
「私たちは、泊りもよくやっているから、特別感はあんまりないかもしれないけどね」
近いうちにやる? と奏音から提案がある。
「それよりは、レッスンと今ある仕事に集中しましょう。チケットは出ているとはいえ、これが成功しないと、キャンセルがあったり、今後の予定もなくなるのだから」
琴音がそう締めて、私たちは、今日のイベントがある店舗へと足を踏み入れる。
バックヤードのほうで着替えをさせてもらって。
「混雑を避けるために、整理券の形式ですでに配布させていただきました。事前にご連絡なく、申し訳ありません」
そう、店長である冬馬さんから頭を下げられる。
「そんな、頭を下げたりなんてしないでください。むしろ、列整理までしていただいたということなら、ありがたいことですし、私たちのほうこそ、感謝するべきですから」
ありがとうございました、と私と奏音、琴音で揃って頭を下げる。
どれだけの人が来てくれるのか、実数はわからないけど、店舗の前にずらりと長い行列ができていたりすると、他の店、そちらの利用客の人たちにも迷惑がかかるから。もちろん、店舗内であっても同じこと。私たちのイベントが目当てという人ばかりでもないわけだからね。
このまま譲り合いを続けていても不毛なので、そこそこに切り上げて、用意されたイベントスペースの椅子に座る。
サインは今から入れる、というより、お客さんの前で直接描いて渡すわけだけど。
数百回程度のサイン入れで音を上げるような鍛え方はしていない。サインをたくさん描くことも、アイドルの仕事。手首や指先の連続稼働くらいは、なんということもない。
「今回のサインは、詩音さん、奏音さん、琴音さん、三人分のサインをケースにしていただくことになりますので、スペースの配分を考えてよろしくお願いします」
蓉子さんからそう注意が加えられて、一応、あらためて、CDケースを確認しておく。
三角形の配置にするのが良いのかな。
「誰がどこに描く?」
「じゃんけんで決めたらいいんじゃない?」
奏音から提案があり、琴音もとくに反対はなかったみたいだから。
まさか、ここで、歌やダンスで勝負するなんていうわけにもいかないからね。
結果は、奏音がセンター、私が右に、琴音が左に、という形になった。座る位置もそれに倣う。




