地方遠征の予定
ライブに想いを馳せつつも、まずは、目の前の仕事を確実にこなしていかないといけない。
そうして、記念のイベントがある以上、発売に際してのイベントは、あまり大きいものにはしなかったみたいだけど。
とはいえ、いつものイベントと変わらない程度の規模はあるということ。
ショップの中に作られたスペースに置かれたテーブル、そこに掛けられた白い布、綺麗に積まれたCD、サインを入れたポスターの掲示……などなど。
今日、明日、明後日と、それぞれ一時間づつの予定で、各日とも、三つの店舗を回る予定になっている。
必然的に、最後の店舗につく時間は夜になるけど、生放送での仕事があったり、レッスンが遅い時間だったりする場合には、そのくらいの時間になることもあるから、それ自体は問題ない。いつものイベントよりも多少、日数とか、店舗とかが多くなっているけど。
「こんなにたくさんの店舗でやって、大丈夫なのかしら」
琴音は心配そうにしている。
「大丈夫なんじゃない? 多分、予約数から逆算して、日程を決めたと思うから」
ある程度、しっかりと根付いているファンなら、CDの発売に際して、予約してくれているはず。
普段は、ダウンロードして買ってくれているという人もいるだろうけど、CDにはCDの特典があるから。たとえば、今回のイベントのような。
「それに、CDの価値は収録されている曲だけじゃないからね。ジャケットの写真、ディスクの絵柄、付随しているダウンロードコンテンツのQRコードとか」
それから、当日、直接買いに来ることで、イベントに参加して推しと顔を合わせたり、サインをもらえたりする機会ができることとか。
むしろ、CDのほうがおまけみたいなところはある。
「それから、コレクターズアイテムとして、並べて眺めて楽しめるとか、普段開催しないようなところにも行くから、イベントということで新規が見込めるとか、それから、単純に、たくさんの場所で開催してくれる、つまり、自分たちの近くの店でも開催してくれるとなると、行きやすくて嬉しい、そういう人も多くなるということだから」
これを言うと身もふたもないけど、イベントをどれだけ開催するのかということを決めたのは、事務所と店舗側だからね。
採算とか、そういうことは、私たちが気にすることじゃない。
仕事である以上、費用と儲けを気にしないわけにはいかないんだろうけど、できるだけ、たくさんの人に喜んでもらいたいから。
さすがに、飛行機とか、新幹線みたいなものまで使って、地方にまで遠征に、ということにはなっていないからそこはすみませんっていう感じだけど。
でも、この先、もっと売れてくれば、そういうこともあるかもしれない。
実際、今度のイベントのチケットの倍率次第、購入の申し込みがあった相手の地域次第では、地方公演という仕事も、完全に夢とも言い切れなくなるはず。
「地方遠征は楽しそうだね!」
そんな先のことでも、奏音は顔を輝かせる。
「その予定は一応、ありますよ」
そんな爆弾ともとれる発言が蓉子さんから投下される。
「え? 予定って、地方遠征のですか?」
「はい」
どうやら、聞き間違いではなかったらしい。
今までは、事務所の近郊、というか、首都圏でしかやってこなかったのに。
「発表では、好評につき急遽開催決定とする予定ですが、実際には想定内の拡張ということで、そのための宿泊場所や開催場所の確保や、移動や宿泊のスケジュール調整、現地でのスタッフ手配なども済まされています」
もちろん、私たちは全員驚いた。
売上次第ということだから、まだ、確定ではないということだけど、想定では、おそらく、十分にあり得る確率として、そうなるだろうと見込まれているということ。
むしろ、すでに予定が組み込まれていて、スタッフの手配とか、宿泊場所まで確保されているということなら、プレッシャーがかかるんだけど。
とはいえ、いずれはそこに辿り着こうと、目標の一つにはしていた場所だ。驚いてばかりもいられない。
それは、わかっているんだけど。
「さすがに、各地方で一都市づつとまでは行きませんが、とりあえずは三つほど、反応が良ければ、一つ、二つくらい増える、といったところでしょうか」
それでも十分に快挙だと思う。
もちろん、成功する都市、成功と言えない都市、と差ができるとは思うけど、それでも、開催を決定したというところだけでも、いままでからすれば、大きすぎる成果だと思う。
「ちなみに、それは『ファルモニカ』だけで、ということですか?」
他のユニットは?
「集客が見込むことのできる首都圏では『ファルモニカ』単独での開催を考えていますが、地方ではどれほどの集客ができるか読みにくいこと、あとは、コストの分散のため、他のユニットとも合同でやることを考えています」
つまり、皆で一緒にお泊りっていうことだね!
「詩音、落ち着きなさい。運転中よ」
腰を浮かしかけた私を、琴音が押さえる。
「でも、琴音。地方遠征だよ? ツアーとは言わないけど」
むしろ、なんでそんなに落ち着いていられるのか。私からすれば、そちらのほうが疑問というか。
今回のシングルの売上次第とはいえ、それだけ、期待もされているということ。嬉しくもなる。
「私だって、嬉しくないということはないわよ。ただ、事故に繋がるからって言っているの。まったく、詩音はたまにこうやって暴走するわよね」
「詩音だからね。アイドルのことになると、ブレーキ壊れちゃうんだよね」
べつに、壊れてないから。
たしかに、興奮が過ぎたかな、とは反省しているけど。
そもそも、奏音の興奮の具合も相当だったよ?
「詩音がそうやって盛り上がってくれるから冷静でいられるのよ」
「一緒に盛り上がってくれてもいいのに」
まだ、一応は未定とはいえ。
「まだ、内密のことですので、皆さんもSNSや、番組内などの発言で、露わにしたりはしないでくださいね」
それは、発表についても、販売戦略というか、そういうところに組み込まれているだろうから。
ようするに、日程が近くなってから発表して、熱狂を作り出して、その熱狂のままに売り上げを確保しようと、端的に言えばそういうことだ。
ツアー、とまでは言えないにしろ、それも、先には見えているということ。
「この前はまだ、夢のまた夢、みたいな感じで言っていたのにね、全国ツアー」
奏音が、とりあえずは、落ち着いたような様子で呟く。
数か月も前の話でもないよね。
「琴音が入ってから?」
私と奏音の視線が集中した琴音は。
「違うわよ。もともと、二人のポテンシャルがあって、そこに気づかれたということでしょう」
べつに、謙遜しなくてもいいのに。琴音が魅力的な女の子であることは事実なんだから。
まあ、たしかに、あの人のおかげとは素直に言いたくないというのはわかるけど。
いや、琴音のおかげというところが多分にあるというところは事実なんだけどね。それは、つまり、紹介してくれた相手の功績でもあるということ。
多分、奏音も同じ相手――久遠透氏のことを思い浮かべたと思う。
実際、悪い人ではないんだけどね。有能な人でもあることは間違いない。それでも、素直に感謝させてくれないんだから、すごいよね。
決して、私たちが捻くれているだけ、ということはないはず。
切り替えて。
「とりあえず、目の前の仕事に集中しよう。まだ見ぬ先の夢の話より、目の前に来てくれているお客さんが大切だよ」
うわの空での対応なんてできない。
それこそ、予定が予定のままに終わってしまうから。




