3、昔感じた温かさ、それは偽りの温かさ。
校舎から出ると、既に夕闇が辺りを包み込んでいた。
下校時刻を過ぎた後は電気が点かず、異世界と同じ、夜の暗闇が視界を奪う。
宗太は光魔法で光源を確保すると、家までの道のりを歩み始める。
家にはすぐに着いた。
宗太は家の中に入ろうとして、足を止める。
ここで、両親が本当に宗太に対する害意を持っていたのか、確認しておこうと思ったのだ。
両親が宗太に対する明確な害意を持っていれば躊躇いなく復讐を遂げることができるし、害意を持っていなければ復讐をしなければ良い。
どちらにせよ、ここでそれを確かめておくことは、後に迷いや悔いを残さない為に必要なことである。
異世界に転生するまで信じていた両親なら、日が沈んでも帰ってこない宗太を心配してくれているはずだ。
そんな僅かな期待を胸に、家の中を魔法で覗き見る。
――そして、その期待は容易く裏切られた。
「まだ帰ってこないわね。まさか、今日こそ殺された?」
「いや、放っておいて勝手に死ぬことなんて有り得るのか?」
「かなり手酷いいじめを受けていたし、可能性はあるわ」
「そうだと良いんだがなぁ……。そろそろ、あいつを育てるのも限界だし……」
「もう殺す? 殺しちゃう?」
「いや、もう少しくらい待ってみよう」
中での会話は、宗太を心配するどころか、むしろその逆の内容だった。
積極的に宗太を殺す話すら出ている。それは、宗太が予想していた以上に酷い内容だった。
宗太の中に、二つの感情が生まれる。
復讐が出来ることに対する歓喜と、僅かとはいえ信じていた両親がこのようなことを目論んでいたことに対する落胆。
それらが入り混じって、宗太の心は辺りの夜闇のように黒く染まっていく。
――しかし、不思議なことに復讐心は生まれてこなかった。
歓喜と落胆が入り混じった複雑な心境。複数の色が混ざると黒に近付くように、この感情も混ざれば黒い復讐心になるのだろう。
だけど、今はそんな気分ではなかった。混じり気のない、歓喜と落胆が、綺麗に半分ずつ、宗太の心の中を埋めていた。
宗太は、いつも帰るとそうしていたように、チャイムを鳴らす。
家の中でドタバタと音がしたのが聞こえて、その後すぐにドアが開かれる。中から顔を出すのは母親だ。
ここまではいつも通りである。
「宗太! 心配したのよ!」
母親の、思ってもない綺麗な言葉に、気持ち悪さすら覚える。
宗太はそれを必死に飲み込んで、違和感を与えない演技をする。
「遅くなってごめん……」
「良いのよ、何もなかった?」
「うん……」
茶番だ。
お互いに、本音を隠しての会話。
これに何の意味があるのかと問われると答えに窮するが、茶番があるからこそ復讐が盛り上がる。
いきなり襲い掛かるよりも、いつも通りのところから襲い掛かった方が、両親はより大きな恐怖を覚えるだろう。
復讐心があまり膨らんでいない今は、まだその時ではない。
内心を偽り、薄っぺらい笑みを貼り付けながら、母親と会話をし、リビングで待つ父親と合流する。
既に夕飯が出来上がっていた。
温かい夕飯だ。
宗太はかつて、この夕飯に愛情を感じていた。
愛情なんて籠っていよう筈もないのに、そこに架空の愛情を妄想し、それを本気の愛情だと信じて疑わなかった。
――あぁ、滑稽だ。
宗太は無意識に溜め息を吐く。
それを敏感に聞き取った母親が、心配そうな顔をしていた。
きっと彼女は、この溜め息の原因が自分にあるだなんて想像もしていないのだろう。
「「「いただきます」」」
家族全員で、夕飯を食べ始める。
今まではそこにあった温かな雰囲気は、宗太の心持ち一つで凍てつくような冷たい雰囲気に変貌してしまっていた。
一口目を食べる。
それは温かかった。
だけど、それは偽りの温かさだった。
ルーシャが作った、野菜スープを思い出す。
かつて一度だけ食べた、ルーシャの手作り料理だ。
あの頃は、ルーシャのことを何とも思っていなかった。
それでも、今ここで食べている料理よりも美味しく、優しく、温かい料理だった。
気付くと涙を流していた。
偽りの温かさで、本物の温かさを思い出して泣くだなんて、皮肉なものだ。
両親が、心配そうな顔を浮かべていた。
その顔に、無性に腹が立った。
ルーシャとの思い出を汚された気になったからか。偽物の温かさに絶望したからか。もしかしたら、他の理由があったのかもしれない。
とにかく、両親のその顔は宗太の歓喜と落胆を消し去り、或いは混ぜ合わせて、内に眠っていた復讐心を増幅させた。




