1、帰ってきた、あの日のあの場所
四章突入です。
リアルが落ち着いたので更新頻度上げられるかな?
宗太が目を覚ましたそこは、紛れもなく地球だった。
殺されたあの日まで毎朝を迎えていた自室。
何故ここにいるのかという疑問は、生まれなかった。
ソータは死んだ。勇者に、殺されてしまった。
復讐をすると誓いながらも、あっさりと。勇者の、自身を滅ぼすことすらも厭わない命懸けの復讐心に負けてしまったのだ。
いや――もしかしたら、全てが長い夢だったのかもしれない。
いじめられる日々に耐えかねた宗太が、現実逃避の為に創り出した、幻想だったのだ。
一度そう思い始めると、それが答えである気がしてくる。
「そうたぁ! 朝よー!」
明るい声が聞こえてくる。
母親の声だ。
しかし、その明るい声が、どうしても演技にしか思えない。
父親との会話を聞いてしまったからか。
謎の空間で見せられたあの映像を、丸呑みにしたわけではない。しかし、あれを見て、何となく腑に落ちた部分があったのもまた事実だ。
宗太はその内に秘める感情を押し殺し、母親が待つリビングへと下っていく。
ずっと異世界に居たので、やたらと綺麗な階段が懐かしい。
生活水準はこちらの方が圧倒的に高いのだ。
しかし――暮らしやすさは異世界の方が圧倒的に上だった。
最強の力を手に入れ、元の世界ではなし得なかった復讐をすることができたのだから。
それも最悪な形で終わった訳だが……。
リビングに入り、周りを見渡す。
父親は家に居なかったので、仕事にでも行っているのだろう。
宗太はカレンダーを確認する。父親は、夕方には帰ってくるようだ。
既に出来ていたご飯を掻き込むと、すぐに学校に行く支度をする。いつも起きる時間はギリギリなのだ。
「行ってきます……」
宗太は暗くそう言うと、ドアを開ける。
「本当に大丈夫……? いじめられてるんじゃないの……?」
宗太の声を聞いて中から出てきた母親が心配そうな声を出すが、宗太はそれを無視して歩みを進める。
母親は、尚も心配そうな表情を浮かべていたが、それ以上何かを言ってくることはなかった。
これが全て演技なら、凄いと宗太は思う。
となると、やはりこれまでのことは全て夢で、また新たにいじめられる日々が始まったのではないかと考えてしまう。
分からない。これが夢でなく、本当に異世界に行っていたのなら良いと思う自分と、全てが夢で、またいつも通りの日常が始まったのなら良いと思う自分。その両方が、存在している。
頭の中を、愛した少女――ルーシャの顔が過ぎる。彼女の死が、全て夢の中での出来事ならば、宗太はそれを受け入れられる気がする。
通学路を歩く。視線が痛い。しかし、同時に心地良さも感じる。
彼らの視線が、ルーシャの死を否定してくれている気がして。
学校に到着する。いつも通り、遅刻ギリギリの時刻だ。早く着いてしまうと、いじめの標的になって朝から最悪な気分を味わうことになってしまうのだ。
下駄箱の上履きには、画鋲が大量に入れられていた。
アホらしい。レベルの低いいじめに、怒りや悲しみより早く呆れが生まれる。
今までだったら怒りつつもそれを内心に隠していたのだろう。それを考えると、夢の一つで幾らか成長したのかもしれない。
騒がしい廊下を抜け、やはり騒がしい教室に入る。
勿論、宗太の席には悪戯がしてある。
落書き。相変わらずレベルが低い。こんないじめ、フィクションの中にしか存在しないと思っていた。
チャイムが学校での一日の始まりを告げ、担任の教師が入ってくる。
「おい、宗太、お前それ片付けろよ」
開口一番がそれか。やはり、生まれるのは呆れだ。
教師もこれを宗太がやったことでないことは理解しているのだろう。その上で、こうして宗太を責めている。
宗太はいつものように、ササッと落書きを片付ける。最早慣れたものだ。
そしてホームルームが始まる。教師が何かを言っているが、それも耳の右から左へと流す。
考えるのは異世界でのことだ。
ホームルームが終わった休み時間も、その後の授業中も、昼休みも、ずっとそれを考え続ける。取り留めのない思考を、垂れ流していく。
気付くと、帰りのホームルームも終わっていた。一日、何かをした記憶が残っていない。
移動教室があったのか、誰かに話し掛けられたのか、さらには、授業を受けたのかさえ覚えていない。
宗太は、夢、あるいはもう帰れない世界に思いを馳せ続ける女々しい自分を自嘲げに嗤うと、帰り支度を始める。
「おい、今日屋上来いよ」
唐突に話し掛けてきたのは、遥か遠いあの日――或いは、すぐ近くにあるあの日、宗太を屋上で殴っていたクラスメイトだ。
黙って頷いておくと、彼は満足げに去っていった。
面倒なことは早めに終わらせて帰ろうと、宗太は屋上へと足を向ける。
その足取りは、今まで程重くはない。それは一種の諦めか。
屋上に着くと、待っていたクラスメイトに殴られる。
痛いが、それだけだ。その攻撃を上の空で受け続ける。
丸い体が地面を転がる。ああ、そう言えば、俺って太ってたっけ……。宗太は、体が元に戻っていることに今更ながらに気付く。
しばらく宗太を殴ると、クラスメイトは背を向けて去っていった。その無防備な背中は、宗太が反撃をしてこないと高をくくっているようで、何となく宗太を苛立たせた。
今度こそ帰ろうと、宗太は立ち上がる。
しかし、それを今度は別の物が阻む。
『二年三組宗太くん、二年三組宗太くん、直ちに職員室まで来てください。繰り返します……』
あの日と同じ、放送だ。
宗太はあの日と同じように職員室へと向かう。
そこには、あの日と同じように教師が待ち受けていた。
「やあやあ、よく来たねぇ……! 待ちわびたよ!」
あの日と同じようにそう告げた教師は、あの日と同じように、前もってクラスメイトに傷を負わされていたところを重点的に殴っていく。
――ああ、そうか。
宗太は理解する。
異世界から戻ってきた初日は、『あの日』なのか。
朝父親が居なかったのも同じだ。謎の空間で見せられた映像によると、夕方には父親が帰ってくるのだろう。放課後、屋上でいじめられるのも、その後教師に呼び出されて殴られるのも、全てあの日と同じ出来事だ。
だとしたら、宗太はこの後――死ぬ。
そう考えた瞬間、起きてから徹底的に冷めていた宗太の腹からは、怒りが湧き上がってきた。
そうだ、あの日、宗太は復讐を誓ったのだ。
ならば、こんなところで死んでやる訳にはいかない。
そこまで考えたところで、宗太の体は半ば自動的に動いていた。
有り余る脂肪をエネルギーに変えて、炎を巻き起こす。
「うおっ!?」
目の前で突然発火した、宗太をいじめていた教師は勿論、その他の、傍観の姿勢を貫いていた教師達も一様に、驚きに目を見開いている。
「ああ、決めたよ……。俺は――復讐を再開する!」




