5、ようやくの確信
ソータとルーシャは宿に戻る。
二人の顔を見た女将さんが、慌てて駆け寄ってくる。それほどに、酷く、疲れ果てた顔をしていた。
ソータの素質値は異常だった。
そもそも、ルーシャのレベルですら異常なのだ。
それを遥かに凌駕する素質値を持つソータは、異常の枠にすら入りきらないかもしれない。
最初は眉唾物だと思っていたその魔法。
ソータは老婆に術式を教えてもらった。
その結果、効果は間違いなく本物なのだと分かってしまった。
原理を大まかに説明すると、生命魔法によって、その生命の根元に眠る力まで読み取るのがあの魔法だ。
自分が異常な力を持っていることに関しては自覚していた。しかも、この力がないことにはそもそも復讐を達成することができない。
だから、むしろ目に見える形で力を証明できたことは良かったとすら思っている。
当然、それは疲れる直接的な要因にはならなかった。
疲れたのは、その後の怒涛の如き勧誘だ。
物凄い力を秘めているということが発覚したソータを、老婆は必死にどこかへ連れて行こうとしたのだ。
それを何とか断るのに、大変な労力を使ってしまった。
ソータは、上手く動かない足を何とか前へと進め、ようやく部屋の扉の前へと辿り着く。
空間魔法で収納していた鍵を取り出すと、それを鍵穴へ差し込み、回そうとする。
そして――鍵穴がなくなっていることに気付く。
「はっ!?」
ソータはそこを二度見する。
付いている筈の鍵穴は、ヒューヒューと空気が出入りする風穴に変わり果てていた。
扉の鍵穴がなくなっているなんて、到底信じられるようなことではない。
ソータはしばらくそこに立ち尽くす。
「はっはっはっ! すまんの、わしがやってしもうた!」
その扉の奥から、やたら明るい声が聞こえた。
それも、聞き覚えのある声が。最後に聞いてから、まだ一ヶ月と経っていないその声が……。
「ま、まさか……」
ソータは呟きながら、扉を引く。
鍵を開けてはいないものの、壊れてしまっているのだから、勿論抵抗なく扉は動く。
そして、ギギィと軋みながら開く扉の先には――
「……は?」
――知らない幼女がいた。
ソータもルーシャも、二人して目を点にする。
完全に予想外だった。ソータは、もっと違うことを予想していた。
思わずソータは叫んでしまう。
「おい! 誰だよ!」
「何だ、声でわからなかったのか? 鈍い奴め……。わしは――」
ゴクリ。
ソータは唾を飲み込む。
幼女の紅い瞳が妖しげに光る。
そして、幼女は、その正体を告げる。
「わしは――ファイヤードラゴンじゃ!」
「…………」
微妙な雰囲気が、その広々とした部屋の中を漂う。
その正体は、まさにソータが予想していたそのものだった。
しかし、頭では理解しても、そう簡単に認められるようなことではない。
なぜなら、あのファイヤードラゴンが幼女になって、自分達が泊まっている宿の一室にいるのだ。
「……何でお前がいるんだ!」
頭が理解すると同時に飛び出したのは、そんなツッコミのような言葉だった。
しかし、こうなるのも当然のことだ。
彼女(?)とは、ローマンで別れた。
そのとき、彼女(?)は全くついて来るような素振りを見せていなかった。
「何でって……少し古い友人に会いに来ただけじゃ」
「それが何で人間の国の王都にいるんだよ! お前の仲間ってことはどうせドラゴンだろ!? それが王都にいるわけないだろ!?」
ソータは激しい心労と、勢いの良い喋り方のせいで息を切らせながら、そう言う。
しかし、ファイヤードラゴンはそれに動じることもなく、さらに驚くべきことを、平然と言ってのけた。
「いやだって、ドラゴンじゃなくて神じゃし……。神がいるのは教会だし……」
「はぁ!?」
ドラゴンというのは、神と友達になれるものなのだろうか。
確かに、ドラゴンは悠久の時を生きるとも、圧倒的な強さを持っているとも言われている。
しかし、神とは立場が違う筈だ。
ソータが知る神というのは、人々が作り上げた心の拠り所に過ぎない。もし実在するのだとしても、驚くほどに世界とは不干渉だ。
それに対して、ドラゴンは、悠久の時を生きようとも、圧倒的な強さを持とうとも、神のような真の意味での規格外とは違う。
「どこで神と知り合ったんだ?」
「少し、一回死んだ時にな」
ソータは嘆息する。
また、死んだ時か、と。
ならば、やはり神は実在するのではないのか。
あの時――ソータが転生した時、頭に直接響いたあの声が、神の声なのではないか。
ソータは確信した。
神は――実在する。
二つの世界を跨ぐなんてこと、神くらいにしか出来ない。
しかし、だとしたら何故神はソータを転生なんてさせたのだろうか。
ソータの頭の中を、疑問だけが埋め尽くしていく。
「じゃあ、わしは帰るぞ!」
「お前……何しにここに来たんだよ……」
「あぁ、忘れてた。この間お前がいた街、ローマンだったか? あそこ、少し滅ぼしたからよろしく」
静寂。
「「は……?」」
既に、ファイヤードラゴンは窓から飛び立っていた。
二人の、呆然とした声だけが、広い部屋の中に響いた。




