9、復讐の影は街を忍ぶ
許しを乞うてきた父親。
それを許すつもりはさらさらない。
ソータは周りを見渡す。
目に入るのは、建物と、それに光が遮られて出来た影。それだけだ。
趣向を凝らした復讐をする為に、今回はこの影を利用することに決める。
物理魔法とは、物理法則を書き換えることによって、本来では有り得ない事象を発生させる魔法だ。
その効果は多岐に渡る。
生命魔法や生体魔法と同じ効果を持つ魔法を使うことも、それら二つの魔法よりも強大な力を持つことも、可能だろう。ただし、扱いが難しい物理魔法を極めることができれば、という条件付きではあるが。
つまり、物理魔法を使えば、影を操ることも、実体を持たせることもできるのだ。
その他にも、影は解釈によって様々な力を生み出せる、特殊なものだ。
ソータは、父親を影に襲わせる。
唐突に蠢き出した影に、父親は驚愕の表情を浮かべている。
と思ったら、次の瞬間には、気持ち悪いモノを見るような、侮蔑の目に変わっていた。
そんな目に怒ったかのように、影は、一斉に父親に迫る。
この影は、ブラックホールのようなものだ。実体を持たず、対象を中に引きずり込もうとする。
「おぶっ! あぶっ!」
そして、引きずり込んだ深淵の先に待っているのは、終わりのない転落だ。存在しない、無の世界だ。
もし墜ちれば、果てしない恐怖に苛まれ、果てしない闇の世界で死ぬことになる。
父親も、そこに墜ちてはいけないと無意識的、本能的に解っているのか、足掻いて墜ちないように頑張っている。
ソータはその影でドラゴンを創り出す。
ファイヤードラゴンの形を基に創り出した、漆黒のドラゴンだ。ソータはそれにシャドウドラゴンと名付ける。
「ひっ! ひぃ!」
闇の深淵から逃れようと必死に手足を振り回していた父親は、シャドウドラゴンを見て一旦その手足を止める。
その瞬間、その体は影に二度飲み込まれ始める。
一瞬でも命の危機を忘却する。それほどの恐ろしさ。
シャドウドラゴンは感情を持たない形だけの眼で、父親を睨め付ける。
「はっ、ひっ……!」
怯んだ父親目掛けて、その恐ろしい顔が迫る。
「やめっ! やめて! やめてくれええぇぇぇえええええええ!」
だが、その勢いは微塵も落ちない。
父親は目を瞑り、歯を食いしばり、襲い来るであろう痛みに備える。
……しかし、来る筈であった痛みは、いつまでも来ない。
恐る恐る、目を開けてみる。
「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
その瞬間を狙って、シャドウドラゴンが牙を剥く。
大きな口で、腕を根元から一本、持っていく。
「あああああああああああああああああああああ!」
一瞬気が緩んだ瞬間に滑り込む。
それが最も精神的ダメージを与えるのに良い。
安堵の隙間。そこに恐怖と驚愕の二重仕掛けで攻撃するのだ。
そして、痛みが襲う――
「ぐあああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!」
――筈だった。
しかし、いつまで経っても痛みはこない。
父親は首を傾げる。
腕が喰われたのに、痛みが襲ってこないのだ。
おかしい。
でもそれは、当然のことだった。なぜなら、影では痛みを与えないようにしてあるのだ。
しかし、精神的に追い詰められている本人は、そうとは気付かずに別の解釈をする。
「……はっ! 何故!?」
本来襲ってくるモノが、一切襲ってこない。
それは、途轍もなく奇妙な感覚だろう。
普通なら有り得ないことがあった時、人は何を思うのだろうか。
増してやそれが精神的に追い詰められている時だったら?
――彼は、自身の生存を疑う。
生きているのか死んでいるのか、それが分からなくなる。
生きていれば絶対に起こることが起こらないのだ。そういう考えになっても不思議はない。
しかも、前段階で恐怖を刻み込んである。思考は間違いなくマイナスの方向に進む。
結果、父親はこの考えに至った。
そして、発狂する。
「やめっ! やめろっ! 俺は死んでなんてない! 死んでない死んでない死んでない死んでない死んでない死んでない死んでない死んでない死んでない死んでない死んでない死んでないしんでないしんでないしんでないしんでないしんでないしんでないしんでないしんでないしんでない――――!」
――精神が崩壊する。
目は虚ろになり、その端を一筋の涙が伝う。
口は開き、涎をボタボタと垂らす。
手足がビクビクと痙攣している。
「あ……あぁ…………」
ソータは、自身の父親のその様相を見て、ニタァ……と口を歪める。
とても気持ちの良い反応をしてくれたものだと、嬉しくなったのだ。
今度は、母親に目を向ける。
彼女は震え、目を見開きながら、地面に付いた尻を引きずって後退る。
ソータはそれを見て、どんな風に嬲ってやろうかと、そう考える。
その時だった。
途轍もなく大きな音が、細い路地裏に響き渡った。
そして、一定のリズムを刻みながら、それは近付いてくる。
そう、まるで足音のような――
――ひょっこりと、ファイヤードラゴンが顔を出した。
ソータは、それに少し驚く。
「お前は確かに殺した筈だが? それも、頭と体は切り離して」
復讐を妨害したそれを、ソータは鋭い眼光で睨み付ける。
「はっはっはー! 火はわしの力になるのじゃ! お主が、わしの角が置いてあった建物を燃やしてくれたお陰で力を得られた! わしは物理魔法も生体魔法も生命魔法も使えるのでな、燃やされれば何度でも蘇るのじゃ!」
「なるほど、ムチャクチャな能力だ。それで、何をしに来た?」
「何、少しお主に興味が湧いてな。お前のところに行ってみようと思っただけじゃ!」
面倒くさいことをしてくれたものだと、ソータは思う。
それに、復讐を邪魔されたソータの気分は最悪だった。
しかし、その時ソータの頭の中を電撃的な考えが駆け抜ける。
「おい、お前、あそこの女を嬲り殺してくれないか?」
「おう、お安いご用なのじゃ!」
言うなり、ファイヤードラゴンはソータの母親に向かってのっそのっそと歩いていく。
「ひっ、ひぁっ!」
母親は、怖がって更に後退りをする。
しかし、ファイヤードラゴンから逃げられる筈もない。
あっさりと、右腕を踏み潰されたブチンッ! という音が辺りに響き渡った。
「ぎ、ぎあぁぁぁあああああああああああ!」
続いて、左手、右足、左足と同じように踏み潰されていく。
その度に、母親は無様な悲鳴を路地裏の壁に反響させる。
そして最後に――彼女の頭が、一つの大きな紅い花を咲かせた。
「ふっ……ふは……ふははははははははははは!」
ソータは笑い、笑い、笑う。
繰り返し、大声で、笑う。
復讐後独特の快感が、ソータの体の中を駆け回っているのだ。
そして、一緒になってファイヤードラゴンも笑い出す。
「ふひっ、ふははははははははははははは! 人間の鳴き声というのは、存外気持ちの良いものだな!」
「「ふははははははははははははははははははははははは!!」」
そして、一際笑った後、ソータはファイヤードラゴンに目を向ける。
「俺達はもう行く。じゃあな」
「そうか、分かったのじゃ!」
そして、ソータはルーシャを連れたって歩き出した。
その道の先には、また、新たな復讐が待っている。
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