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灰の傭兵と光の園 番外・灰の隙間で〈ロボットイラストあり〉  作者: 青羽 イオ


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第3話 灰のツリーと、帰り道の約束

 朝の外周通路は、昨日の続きなのに、昨日じゃなかった。


 鉄パイプとケーブルと空き缶で組んだスクラップツリーは、同じ場所に立っている。

 けれど枝先の誘導灯も、巻きつけた導光ケーブルも、ぜんぶ暗い。

 光が消えると、ただのガラクタの塊に戻ってしまう。


「……消えてる」


 リノが、昨日の見開き絵本を抱えたまま言った。

 ユウタは黙ってツリーを見上げている。昨日の光が、まだ目の奥に残っているみたいな顔だった。


「壊れたの?」

 タクトが言う。声は弾んでいるのに、目だけは真剣だ。昨日の夜が夢になってしまうのが怖い、みたいに。


「壊れたんじゃないよ」


 サキはツリーの根元に手を伸ばしかけて、やめた。

 触れば灰が落ちる。落ちれば、子どもたちはまた「雪みたい」と言う。

 それが嫌なわけじゃない。ただ今日は、昨日より少し静かにしておきたい気分だった。


「昨日のは、“残り”で点けたの。だから朝には落ちる。……そういうやつ」


「また点けられる?」

「今日も見たい。きれいだった」


 タクトが畳みかける。

 リノも、ユウタも、言葉は少ないのに頷いた。


 サキが「どうかな」と言いかけた、そのとき。

 通路の向こうから、重い足音が近づいた。


 金属床を叩くブーツの音。慣れた音。


「何してる」


 ヒロだった。

 朝の見回り帰りらしく、肩にうっすら灰が積もっている。目の下の影も、昨日より濃い。


「隊長!」

「ツリー、消えた!」

「昨日、光ってたのに!」


 子どもたちが口々に言う。

 ヒロはツリーを一度見上げ、視線を根元へ落とした。配線には触れず、目だけで確かめる。


「消えたんじゃない。止まっただけだ」


 言い方は硬いのに、声がいつもより少しだけ柔らかい。


「止まったら、また動く?」

 リノが首をかしげる。


「……残りがあればな」


 タクトが一歩前に出た。


「じゃあ、艦の電気、取ってくる!」


 走り出しかけた。


「待て」


 ヒロの声が低く響く。

 タクトが立ち止まり、きょとんとした顔で振り返る。


「この通路に電源口はない。中から引くなら、ケーブルを床に這わせる」

 ヒロは一拍置いた。自分の言い方が刺さったのを分かった顔で、声を落とす。

「……転んだら終わりだ。ここにケーブルは置かない」


 サキが子どもたちの背中に手を添えた。

 手を置くだけで、みんなの呼吸が少し揃う。


「大丈夫。ヒロ隊長が“残り”を探してくれるって。だから、待っててね。……触らないよ」


 サキが笑うと、リノが小さく頷いた。


 ヒロは短く無線を入れた。


「ポチ。昨日使った誘導灯、同じのがまだあるか。点かないやつでいい。“残り”が欲しい」


 少し遅れて返事が来る。


『残り? あるかもな。整備待ちの山から拾ってくる。……でも期待すんなよ』


 ヒロは息を吐いた。

 表情は変わらないが、「助かった」と言いそうな間があった。


「夕方までにまとめろ」


 無線を切って、子どもたちを見る。


「今日、点ける。……ただし短い」


「短いって、どのくらい?」

 タクトがすぐ聞く。


「たぶん、数分だ」

 ヒロが言う。

「昨日と同じ。“残り”で点ける」


 一瞬、子どもたちの顔が曇りかける。

 ヒロはその表情を見て、ツリーのてっぺんをもう一度見上げた。昨日の光を思い出すみたいに。


「……十分だ」


 言い切ってから、短く付け足す。


「短いなら、短いなりに。ちゃんと見る」


 その言い方で、子どもたちは少し笑った。

 曇りがほどける。


 *


 昼のあいだ、子どもたちは食堂の隅で何かを作り始めた。

 はるゑが「危ないから、手だけはちゃんと見てるのよ」と言いながら、空き缶の蓋と、曲がった針金と、白い塗料が少し残った欠片を出す。


「星、作る」

「絵本のてっぺんのやつ!」

「昨日のより、ちゃんとする」


 リノが言って、タクトがうなずく。

 ユウタは黙々と針金を丸めていた。指先が不器用で、何度も落とす。

 そのたびに、サキが横からそっと拾って戻した。


 失敗すると、ユウタは口の端をきゅっと結ぶ。

 それでも手を止めない。


 サキは、その背中を見ながら思う。

 いま自分がしているのは、「作る」より、「待つ」に近いんだ、と。


 *


 夕方。

 外周通路に出ると、灰と風の匂いがした。

 昨日と同じ匂い。昨日と違うのは、光がないことだけ。


 そこへ、ポチが整備班のクルーと一緒に小さな箱を抱えて現れた。

 ゴーシュが後ろから踏み台を引きずってくる。

 ガンモは、なぜか得意そうな顔をしている。


「集めたぞ。点かねぇ誘導灯、廃棄待ち、整備待ち。……“残り”がありそうなやつだけ」


 ポチが箱を揺すってみせる。中で小さく金属が当たる音がした。


「箱の中身、ほとんど死んでるぞ?」

 ゴーシュが呆れた声を出す。


「だからいいんだろ。今日は“残り”で点ける日だ」


 ポチが笑う。


 ヒロは箱の中を覗き、配線を確かめる目つきになった。

 ここを間違えれば点かない。点かなければ、今日の約束が崩れる。


 そこへリノが、作った星を両手で差し出した。

 薄い金属片を折った、いびつな星。角はちゃんと丸めてある。


「隊長、これ」

「てっぺんに付けて。昨日のは、ちょっと斜めだったから」


 妙に細かい。

 でもその細かさが、「昨日を覚えてる」証拠で、ヒロは一瞬だけ口元を動かしかけた。


「……角、丸めたのか」


「指、切るから」


 リノが胸を張る。


 ヒロは星を受け取る前に、針金の端を見た。

 危ないものを見る目だ。


「持ち方、変えろ。そこだと刺さる」


 短い言葉。

 けれど手を添えるのは丁寧だった。

 子どもたちの肩が、少しだけ下がる。


「踏み台。俺が上がる」


 ヒロが言うと、ゴーシュが無言で踏み台を寄せた。

 ヒロは上がって、ツリーのてっぺんに星を固定する。針金を巻き、締める。


 カチリ。


 昨日のスイッチ音と似ていて、子どもたちが息を止めた。


「……よし」


 ヒロが降りる。

 ポチが箱から1つ取り出し、配線に噛ませる。


「点けるぞ。短いから、目ぇ離すなよ」


 カチ。


 次の瞬間、導光ケーブルがぱっと光った。

 誘導灯が枝先でぽつぽつ灯り、空き缶が反射して、通路の暗がりに小さな粒が増える。


 ガラクタが、いまだけ“木”になる。


「わぁ……」


 昨日と同じ声。

 でも今日は、驚きより先に、ほっとした息が混じっていた。


「灰が……白く見える」


 ユウタがぽつりと言う。

 誰も笑わない。

 本当に、そう見えた。光が灰をぼかして、絵本の見開きみたいにしてしまう。


「今日も“ホワイトクリスマス”だね」リノが言う。


 タクトがすぐに続けた。


「サンタさんは?」

「今日も来る?」


 ポチがニヤニヤして口を開きかけたが、ヒロが先に言った。


「サンタはいない」


 子どもたちの目が、ほんの少しだけ下がる。

 風が通路をひとつ撫で、灯りがわずかに揺れた。


 後ろでポチが小さく舌打ちした。


「隊長、そこは黙っとけよ……」


 ヒロは、その反応を見てから続けた。


「でも、代わりはいる」


「代わりって?」タクトが聞く。


「……お前らが寝る場所を守るやつだ。帰り道を残すやつだ」


 言い終えたあと、ヒロはツリーを見上げない。

 代わりに、自分の手袋を見た。昨日の光の下で見た子どもたちの顔を、思い出しているようだった。


 サキが小さく言葉を足す。


「昨日みたいに、みんなで見上げられるのが……たぶん、いちばんのプレゼントだよ」


 灯りが、ほんの少しだけ弱くなった。

 誘導灯の明滅が長くなる。

 “残り”が尽きかけているのが、目に見えた。


「隊長」


 ユウタが言った。

 呼び方が、昨日より丁寧だった。


「来年も……見られる?」


 その一言で、通路の空気が変わる。タクトが口を閉じ、リノも瞬きを忘れる。サキの指先が、コートの裾をきゅっと掴んだ。


 ヒロはすぐに答えなかった。顎を少し引く。目線が一度だけ落ちる。


「……分からない」


 ようやく出た声は低い。

 ユウタの目が、ほんの少しだけ揺れた。


 ヒロはツリーの枝を見たまま続ける。


「来年の約束はできない……明日もだ。ここじゃ、言い切った瞬間に嘘になる」


 そこで一度、息を吐く。

 声が、少しだけかすれた。


「でも」


 短い一言なのに、子どもたちが身を乗り出す。


「隊長」ユウタが言う。

「……願い事、言っていい?」


 ヒロは一拍置いた。

 子どもの願いを、軽く流すつもりはないという顔だった。


「言え」

「明日も……いて。ここに、隊長がいてほしい」


 ヒロは返事を急がなかった。

 手袋の指先が一度だけ開いて、また握り直される。


「そのつもりだ」


 それ以上は言わない。言えば、約束になる。


 その瞬間、無線が短く鳴った。

 呼び出し。前線の動き。いつもの音。


 灯りがもう一度揺れて、明滅が少し長くなる。

 消える前の合図。


 ヒロが背を向けかけたところで、リノが駆け寄ってきた。

 手のひらに、小さな輪っかを乗せている。空き缶の切れ端を丸めた、雑な飾り。白い塗料の欠片が少し残っている。


「これ、隊長の場所」

「ツリーの下に付けて。戻る場所」


 言い方がまっすぐで、ヒロは一度だけ目を閉じた。


「了解」


 ヒロは輪っかを受け取り、ツリーの根元にしゃがんだ。

 いちばん目立たない枝に引っかける。


 金属が擦れて、かすかな音がした。


 タクトが叫ぶ。


「隊長!」

「戻って! ちゃんと!」


 ヒロは振り返らなかった。

 振り返ったら、今の言葉が軽くなる気がしたから。


「戻る」


 短い声。

 でも、さっきより少しだけ確かだった。


 *


 夜。

 前線の動きそのものは小さく収まった。

 けれど、そこで終わりじゃない。白帯の外側をなぞり直し、警戒線を引き直し、残骸の位置を確認して、交代の組み方を入れ替える。


 ヒロが外周通路へ戻ったのは、予定より遅い時刻だった。


 ツリーの灯りは、もう消えている。

 当然だ。今日は“残り”で点けた。残りは、残りのまま終わる。


 昨日より暗い。

 けれどツリーは残っている。星も残っている。

 そして根元のいちばん目立たない場所で、小さな輪っかが揺れていた。


 ヒロは近づき、指先で輪っかに触れた。

 金属は冷たい。指がそこで止まる。


 鋼板の向こうに、子どもたちの気配が沈んでいる気がした。

 音かどうかは分からない。それでも、ちゃんと“生きている”と思えた。


 ヒロは欄干に片手を置いて、息を吐いた。

 吐いた息は白くならなかった。それでも、肩の力だけは少し抜けた気がした。


「戻ったぞ」


 返事はない。

 でも、輪っかが揺れるのを見ていると、それで十分だと思えた。


 ヒロはツリーを一度だけ見上げる。

 星は傾いていない。昼に締め直した針金が、ちゃんと仕事をしている。


 明日も通す。

 願いじゃない。

 言った以上、動くしかない。


 ヒロは通路の端へ歩き出した。

 白帯の方向が淡く明るい。遠いのに、帰り道だけは残っている。


 背中の後ろで、暗いツリーが静かに立っていた。

 光はない。

 それでも、昨日より“場所”の形をしていた。

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