第72話 刺客襲来。聖騎士団のエリートvs辺境の氷騎士
その夜、私は久々に、少しだけ早く寝台へ入っていた。
……いや、正確に言えば“強制的に入れられていた”の方が正しいかもしれない。
「もう寝ろ」
「ですが」
「教国の裏帳簿の整理(不正の証拠化)は終わっただろう」
「ええ、終わりましたわ。完璧な出来です」
「なら十分だ」
「でも、聖騎士団の資金流用先のダミー商会を、あと二系統ほど深く洗えば」
「明日だ」
「明日でもよろしいのですけれど、今のうちに鉄は熱いうちに打てと申しますか線を――」
「ルシア」
「……はい」
私は渋々、机の上の分厚い紙束から手を離した。
ここ数日、徹夜でハッキングして暴き出した神聖教国の裏帳簿は、私の予想以上に綺麗に真っ黒な線でつながっていた。
綺麗、というのは勿論、ビジネスとして褒めているわけではない。
“あまりにも見事に、救いようがないほど腐っていた”という意味である。
だからこそ、向こうが次に打ってくる手(悪手)も、だいたい容易に想像がついていた。
――物理的に、取り返しに来る。
私たちが握った致命的な証拠を。
帳簿のコピーを。
あるいは、それを握って告発しようとしている、私たち家族の命そのものを。
「今夜あたり、焦って来そうですのよね」
ふかふかの寝台へ腰掛けながら、私はポツリと言った。
「来るかもしれん。奴らは追い詰められている」
クライス様も、不穏な気配を感じ取って否定しない。
「でしょう?」
「ああ」
「でしたら、やはり私はもう少し起きて、迎撃の結界の調整を――」
「駄目だ」
「相変わらずの即答ですのね」
「子どもたちも、すでに安心して寝た」
「ええ」
「だから、お前も休め。隈ができているぞ」
「でも、刺客が来たら」
「来たら俺が起こす」
「……」
「来なくても、朝は来る。寝ろ」
「それは、ぐうの音も出ない正論ですわね」
「知っている」
私は小さく息を吐いて、諦めて寝台へ横になった。
隣では、クライス様が壁際へ一本立てかけていた『木剣』の柄の位置を、何でもない動作のフリをして確かめている。
昼間、エルの剣術稽古で使っていた、ただの木剣だ。
寝室へ持ち込んだのは“明日の朝、少し早く起きてエルのために型の確認をするかもしれないから”と真面目な顔で言っていたけれど。
……ええ、多分、半分くらいは『今夜の夜襲の迎撃用』ですわね。
愛剣(真剣)を抜くと血飛沫で部屋が汚れ、妻の安眠を妨げるからという、彼なりの不器用な気遣いなのだろう。
「クライス様」
「何だ」
「本当に刺客が来たら」
「……」
「お子たちを起こさないで済むように」
私は目を閉じたまま、寝返りを打って言う。
「できるだけ、静かにお掃除をお願いできます?」
「善処する」
「その木剣一本で?」
「足りる」
「まあ」
私はクスリと、暗闇の中で笑う。
「さすがは私の最強の旦那様ですわね」
「寝ろ」
「はいはい、おやすみなさいませ」
◇ ◇ ◇
夜半。草木も眠る丑三つ時。
私が目を覚ましたのは、侵入者の足音や物音ではなかった。
ピンッ、と。
屋敷全体へ、私が幾重にも張り巡らせておいた『チート感知結界』が、かすかに震えたのだ。
「……来ましたわね」
薄闇の中で、私がボソリと呟く。
隣では、クライス様がすでに起きていた。
上半身だけ起こし、研ぎ澄まされた蒼い目を真っすぐ暗闇の扉へ向けている。
寝起きだというのに、一瞬で目が『氷の騎士』のそれに冷えていた。
「数は」
私が魔力探知で問うと、
「十五」
低い返答。
「いや、外にもまだ待機しているのがいる。二十近いな」
「暗殺の小隊規模としては、多いですわね」
「教国も本気だな。焦っている」
「裏帳簿のコピーを盗まれたのが、よほど効いた証拠ですわ」
私はすぐに起き上がり、寝間着の上にドレスの外套を羽織る。
クライス様は、寝間着の上に黒い上着だけを適当に引っかけ、壁際の木剣を音もなく手に取った。
「本当に、そのパジャマ姿と木剣で?」
「十分だ。一分で終わらせる」
「でしょうね」
私は頼もしく頷く。
「でも」
「何だ」
「少々、舐めプ(余裕)の姿が格好よすぎて、オタクの心臓に危険ですわね」
「こんな時に変なことを言うな。気が散る」
「だって、寝起きの無防備なパジャマ姿で、木剣一本ですのよ? スチルとして最高ですわ」
「ルシア」
「ええ、分かっております。冗談です」
私はすぐに真顔(母の顔)へ戻る。
「先に、お子たちへ防音と防護の障壁を張ります」
パチン、と指先を鳴らす。
寝室の扉。
長い廊下。
エルの部屋。
リリアの部屋。
その全てへ、外の騒音と物理的破壊を完全に遮断する結界を重ねる。
「《静圧幕》《遮断障壁》《眠り保護》」
淡い光が、一瞬だけ廊下の空間を走って溶けた。
「これで、お子たちは多少の戦闘の物音や衝撃では、朝まで絶対に起きません」
「よし」
クライス様が、木剣を片手にスッと扉へ向かう。
私はその広くて頼もしい背を見て、ほんの少しだけ、ドス黒い怒りを込めて声を落とした。
「クライス様」
「何だ」
「うちの可愛い子どもたちを狙ったこと」
「……」
「教国の連中に、きっちり骨の髄まで後悔させてやってくださいまし」
蒼い目が、ほんのわずかにこちらを振り返る。
「ああ。生かしては帰さん」
その一言だけで、妻としては十分すぎるほど安心だった。
◇ ◇ ◇
最初の刺客は、クライス様が廊下へ出た瞬間に来た。
天井の梁の死角から、音もなく黒い影が頭上へ降る。
凶悪な短剣。
神聖教国式の、声を奪う沈黙布。
刃に塗られた、甘ったるい麻痺毒の匂い。
「――遅い」
クライス様の絶対零度の声が落ちた、次の瞬間。
バキッ!! と、骨の砕ける重く乾いた音がした。
見えないほど速い、下からの木剣の突き上げ一撃。
ただそれだけで、刺客の手首がグシャリと弾かれ、短剣が天井へ向けて宙を舞う。
さらに返しの一打が、音を置き去りにして刺客の鳩尾へ深く入り、黒装束の男は悲鳴を上げる間もなく、くの字に折れ曲がって壁へ叩きつけられて沈んだ。
「…………」
私は扉の陰から、静かに息を呑んだ。
速い。
本当に、異常に速い。
しかも、寝起きの少し髪の乱れたパジャマ姿で、武器は子どもの稽古用の木剣一本。
それなのにもう、全身から放たれる殺気と剣技の冴えが、完全に歴戦の『死神』のそれだった。
(ああ……)
いけませんわね。
この血生臭い状況で、少し見惚れて(限界化して)しまいそうになるだなんて。
だが、そんなオタクの暇はない。
廊下の奥の暗闇から、今度は三つの影。
気配ゼロ。
足音を完全に殺した、聖騎士団の精鋭の暗殺部隊らしい洗練された動き。
ただのならず者や僧兵ではない。
殺しに特化して、ちゃんと鍛え上げられている。
「……挟め」
小さな指示の声が聞こえた。
「標的は辺境伯だ。殺して、帳簿を――」
「遅いと言っている」
また、クライス様の無慈悲な声だった。
一歩。
本当に、スッ、と前に出た、たった一歩。
それだけで、三人との間合いが完全に消滅する。
木剣が残像を残して横へ走り、一人目の神聖剣を根本から弾き折り、二人目の喉元へ木剣の柄を正確に叩き込み、三人目の膝裏を砕くように払う。
ガァンッ! ドサッ! バキィッ!!
三つの破壊音が、ほとんど同時に一つに重なって鳴った。
「ッ!?」
「何だ、こいつの速さ――バハッ!」
「静かにしろ。妻と子どもが起きる」
最後の一人がパニックになって叫ぶ前に、木剣の先端が顎を正確に跳ね上げた。
脳を揺らされ、白目を剥いて三人全員が糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。
「…………」
私は扉の陰で、そっと激しく鳴る胸を押さえた。
強い。
いえ、私の推しが最強だということは、骨の髄まで知っておりますとも。
知っておりますけれど、やはり間近で改めて見ると、理不尽なほど強すぎますわね。
しかも、何度も言いますが、得物は『木剣』。
本当にただの木剣ですのよ? 弘法筆を選ばずにも程がありますわ。
廊下に血も流さずに転がる四つの気絶した肉塊を見下ろしながら、クライス様が低く言う。
「ルシア」
「はい」
「危ないから下がっていろ」
「でも」
「俺の背中と、子どもたちの傍にいろ」
「……」
「下の階のゴミ共は、俺が全部一人で片づける」
ああ。
その頼もしすぎる台詞。
その鼓膜を震わせる低さ。
その絶対的な強者の揺るがなさ。
「承知いたしましたわ」
私は素直に、淑女のように頷いた。
「でしたら、私はこの二階の防護結界を完璧に維持いたします」
「そうしろ」
クライス様は、パジャマのまま、木剣を肩に担いでゆっくりと階段へ向かった。
◇ ◇ ◇
屋敷の一階の広間は、すでに戦場になりかけていた。
ただし、『一方的な蹂躙』という意味で、である。
玄関脇の窓が割られている。
吹き込む冷たい夜気。
広間へ音もなく踏み込んだ、二十人近い黒装束の暗殺部隊と聖騎士たち。
そして、その大軍の中心で、たった一人で立ち塞がる男。
「な、何だこいつ……!」
「寝間着姿……!?」
「得物が、ただの木剣だと!?」
聖騎士たちから、驚愕と恐怖、そして侮辱されたことへの怒りの混ざった声が飛ぶ。
そうでしょうとも。
完璧な夜襲を仕掛け。
忌々しい裏帳簿のコピーを奪還し。
できれば目撃者である辺境伯夫婦も消し。
場合によっては、あの生意気な子どもたちまで人質として攫うつもりだったのでしょう。
その気満々で侵入してきた先に、一人で待ち構えていたのが。
寝起きの、不機嫌そうな辺境伯爵。
しかも無防備なパジャマ姿。
なのに、手にはふざけたように木剣一本。
その木剣一本の構えの前に、自分たちの殺気がまるで相手になっていない。
そりゃあ、精鋭としてのプライドも頭も混乱いたしますわよね。
「相手はただの辺境の騎士だ! 聖なる務めのためだ!」
隊長格の男が叫んだ。
「怯むな! 数の暴力で押し切れ!!」
「……聖なる務め、だと」
クライス様が、静かに凄絶な怒りを込めて繰り返す。
その声の冷たさに、私は安全な二階から見下ろしていても、背筋がゾクリとした。
「寝込みを襲って、罪なき子どもを攫うのがか」
「異端から、神の御子を正しき場所へ導くためだ――」
「黙れ。不快だ」
次の瞬間。
ただの木剣が、稲妻のように閃いた。
鋼の刃ではない。
チートな魔剣でもない。
ただの樫の木の木剣。
だが、クライス様の手にかかれば、それは兜ごと頭蓋をカチ割る『鉄槌』だった。
一人。
肩口を上段から打たれて、骨が砕けて昏倒。
二人。
鋭い槍の突きを紙一重で弾かれ、胸の鎧の上から柄で叩かれて呼吸が止まる。
三人。
横薙ぎの暴風のように払われ、三人がまとめて宙を舞って床へ転がる。
四人目が卑怯にも背後から斬りかかるが、振り向きざまの一撃で、その神聖な剣ごと真っ二つに叩き折られた。
バキンッ! と。
教国が誇る『祝福剣』が、ただの木剣に呆気なく砕かれる。
「う、嘘だろ……」
「教皇猊下の祝福剣が……」
「ただの木で……?」
ええ。
それ、無双モノの展開として、私もオタクとして大変大好きな光景ですわ。
クライス様は、一切の情けもなく止まらない。
無駄な動きが全くない。
ただ最短距離で命を刈り取る。
だから余計に、恐怖を煽って恐ろしい。
床を音もなく蹴る。
相手の死角(影)へ入る。
抜ける。
打つ。
沈める。
その流れるような数秒の間に、二十人いた夜襲部隊の人数が、悲鳴を上げる間もなく確実に半減していく。
私は二階の手すり越しに、その美しすぎる蹂躙戦を見下ろしながら、防音結界の維持と同時に、奴らの『逃走経路』へ封鎖術式を流し込んでいた。
正面玄関。
厨房裏口。
中庭の窓。
全部、一匹たりとも逃がさないように。
「《封路》《氷縛糸》」
淡い銀の糸が、一階の床の影へスゥッと溶けていく。
すると、広間の端から「バケモノだ、逃げろ!」とパニックになって逃げ出しかけた刺客が、唐突に見えない氷の糸に足を取られて顔から激しく転倒した。
「なッ!? 足が!」
「残念」
私は扇を広げて、冷たく小さく呟く。
「そちらは、あなた方の出口(地獄)ではございませんの」
だが、戦闘そのものへは、私は一切手を出さない。
今日は、完全に私の愛する推し(夫)の独壇場だった。
「父上……」
不意に、私の足元でかすかな声がした。
振り返ると、エルが寝室の扉の隙間から、ほんの少しだけ顔を出している。
どうやら、外の気配か、私の魔力の波動で起きてしまったらしい。
リリアは私の完璧なスリープ結界のおかげで、まだ奥のベッドでスヤスヤと眠っている気配だ。
「エル」
私は小声で、優しく呼ぶ。
「起こしてしまいましたのね。ごめんなさいね」
「……父上、強い」
そのエルの目は、眼下の血生臭い戦闘に対する恐怖よりも。
圧倒的な強さへの驚きと、キラキラとした『純粋な憧れ』でいっぱいだった。
ああ。
分かりますわよ。
分かりますとも。男の子ですものね。
一階では今まさに、あなたの尊敬する最強の父が、寝巻きに木剣一本というハンデ状態で、教国の誇る聖騎士団の精鋭を無双して次々になぎ倒しているのですもの。
憧れない方がおかしい。
「そうですわね」
私はそっと息子の小さな肩を抱き、手すり越しに一階の夫を示す。
「しっかり、その目に焼き付けて見ておきなさい」
「……」
「あれが」
私は静かに、誇り高く言った。
「あなたの目指すべき、世界で一番格好いい『お父様』ですわ」
エルは、食い入るように見つめながら、コクリと深く頷いた。
その真剣な横顔が、月光の中で少しだけ大人びて、逞しく見えた。
◇ ◇ ◇
戦い(一方的なお掃除)は、三分と長くは続かなかった。
聖騎士団の精鋭だろうと、裏社会の暗殺部隊だろうと、相手が悪すぎたのである。
最後に一人だけ残ったのは、どうやらこの夜襲部隊の隊長格らしい男だった。
他の者より一回り身体が大きい。
重い甲冑の上からでも分かる、鍛え上げられた筋肉。
教国の聖印の刻まれた特注の長剣を持ち、息は荒いが、まだ目は狂信的な光で死んでいない。
「へ、辺境伯……!」
男が、血走った目で、パジャマ姿のクライス様を睨む。
「神に逆らう悪魔め! 貴様らが、救われると思うな!」
「神?」
クライス様は、木剣をだらりと下げたまま、氷の目で言った。
「薄汚い強盗の分際で、そんな便利な言葉を盾にするな」
「何だと……!」
「俺の寝込みを襲い、子どもを狙う時点で」
蒼い目が、絶対零度に凍る。
「お前たちのようなクズに、神の正義を語る資格はない」
隊長格が「死ねェェッ!」と狂ったように吠え、真正面から渾身の力で踏み込んだ。
鋭い。
確かに素人の私から見ても鋭い。
この夜襲部隊の中では、一番まともに戦える腕の立つ男なのだろう。
剣筋も重く、空気を裂くように速い。
だが。
「遅い」
クライス様の冷酷な一言で、全部終わった。
だらりと下がっていた木剣が、下からスッ、と見えない速度で跳ね上がる。
男の重い長剣の芯を正確に外し、腕の力を殺し、そのまま手首を砕き、遠心力の返しで無防備な脇腹へ重い一撃。
さらに、相手がくの字に折れた瞬間、一歩踏み込んで首筋(頸動脈)へ軽く、だが確実に意識を刈り取る一撃を打ち込む。
隊長格の巨体が、グラリと大木のように揺れた。
そしてそのまま、白目を剥いて膝から崩れ落ちる。
ドサリ。
広間に、完全な静寂が落ちた。
「…………」
二十近かった、精鋭の夜襲部隊が。
聖騎士団のエリートも、教国の暗殺部隊も。
全員、骨を折られ、一人残らず床に転がってピクピクと気絶している。
そして、その死屍累々の真ん中へただ一人、無傷で立っているのは、寝起きのパジャマ姿のクライス様。
手には、血糊ひとつついていない木剣。
返り血すら、一滴も浴びていない。
「…………」
私は、二階からそのスチルを見下ろしながら、しばし尊さで言葉を失った。
何ですの、この完璧な光景。
あまりにも強くて格好よすぎて、逆に現実味がございませんわね。オタクの妄想の具現化ですわ。
「母上」
エルが、興奮冷めやらぬ声で小さく言う。
「父上って」
「ええ」
「やっぱり、すごいね。本当に最強だね」
「そうですわね」
私はそっと、ドクドク鳴る胸元を押さえた。
「間違いなく、世界一ですわ。パパ最高ですわね」
その時だった。
「……おかあさま? エル?」
今度は、背後からひどく眠そうな声。
振り向けば、リリアが目をこすりながら、うさぎのぬいぐるみを抱えて立っている。
「まあ」
私はすぐに娘を抱き上げた。
「起きてしまいましたのね。ごめんなさいね」
「なんか、ちょっとだけ、どたばたって、さわがしかったの」
「少しだけ、ネズミが出ましたのよ」
「おとうさま?」
「ええ、お父様がネズミ退治をしてくれましたわ」
私は階下を指差して見下ろした。
ちょうどクライス様が、戦いを終えてこちらへ顔を上げる。
月明かりの下。
少しだけ乱れた寝間着。
手には木剣。
広間には、完全に沈められた黒装束の刺客たち。
「……おとうさま、かっこいい」
リリアが、寝ぼけ眼のまま、ポツリと素直に呟いた。
「でしょう?」
私は即答で、ドヤ顔で同意した。
「ええ、でしょうとも。ママの推しですもの」
◇ ◇ ◇
事後処理と後始末は、物音を聞きつけて駆けつけたハインツさんと領兵たちが引き受けた。
遅れて広間へ駆けつけた彼らは、その惨状――いえ、正確には“惨状に見えるほど、ただ一人に一方的に片づけられた異常な現場”を見て、一様にアゴを外して固まっていた。
「旦那様……」
「何だ、ハインツ」
「これ、すべてその……木剣、ですか」
「そうだ。真剣を使うほどでもなかった」
「……」
「……」
「……お見事にございます。さすがは旦那様」
それ以外、もうツッコむ言葉が出なかったのだろう。
分かりますわ。
私も初見なら、開いた口が塞がっておりませんでしたもの。
刺客たちは全員、息はある。生きている。
だが、自力で起き上がれる者は一人もいない。
腕が折れた者、脳震盪で気絶した者、自慢の剣を木の棒で叩き落とされて完全にプライドと心が折れた者。
情報を吐かせる捕虜としては、大変結構な状態ですこと。
「私のハッキングした裏帳簿のコピーを、本気で狙ってきたのでしょうね」
私は広間の隅へ転がった、彼らの荷物の麻袋を足先でツンツンとつつく。
中には、魔力封じの拘束具と、人間が入るサイズの封印箱が入っていた。
「……もし私たちがただの貴族なら、口封じにお子たちも視野に入っていたかもしれませんわ」
それを聞いたクライス様の目が、また少しだけ絶対零度に冷たくなる。
「生かして返しただけ、俺は優しかったようだな」
「ええ」
私は頷く。
「本当に、仏の慈悲ですわ」
すると、クライス様が木剣を壁へコトリと立てかけ、ようやく二階のこちらへ階段を上がってきた。
私はまだリリアを抱いている。
エルは、尊敬のまなざしでその横へピタリとついていた。
「怪我は」
クライス様が、まず第一に子どもたちを心配して見る。
「ありませんわ。結界の中にいましたから」
「ぼくも、平気」
「よし」
その無事を確認した一言だけで、クライス様の纏っていた殺気が消え、空気が少し緩む。
リリアが、父へ向かって短い手を伸ばした。
「おとうさま!」
「何だ、リリア」
「ネズミたいじ、つよかった!」
「……そうか」
「すっごく」
「そうか」
「せかいいち、かっこよかった!」
「……」
クライス様の整った耳が、ほんの少しだけ照れたように赤くなる。
ああもう。
戦闘直後の最強の推しへ、無邪気な娘からの全力称賛。
何ですのそのギャップの破壊力は。尊死しますわ。
エルも、少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らしながら言った。
「ぼくも、思った」
「……」
「父上みたいに、強くなりたい。母上とリリアを守れるように」
「エル」
クライス様の声が、ほんの少しだけ父親のやわらかい声になる。
「焦るな」
「はい」
「だが」
大きな手が、息子の頭へ優しくポンと乗る。
「今日のお前なら、十分、強くなる見込みはある」
「……!」
エルの顔が、パァッ! と向日葵のように明るくなった。
私はその家族の尊すぎる光景に、その場で本気で膝をつきそうになった。
「おかあさま?」
「少々、お待ちくださいまし」
私は胸を押さえる。
「今、親子二代推しの成長と、娘からの純粋な称賛と、寝起きパジャマ推しの無双の余韻が同時に来て、私の処理能力が追いついておりませんの」
「また?」
リリアが笑う。
「またですわ。毎日です」
「へんなのー!」
「ええ、でも」
私は子どもたちを両手で抱き寄せながら、クライス様を幸せそうに見上げた。
「最高ですわね」
クライス様は、小さく呆れたように息を吐いた。
だが、私を見下ろすその目は、どこまでも甘くやわらかかった。
「……もう寝ろ。明日に響く」
「今からですの?」
「朝が近い」
「それはそうですけれど」
「お前も子どもたちも、早くベッドへ戻れ」
「クライス様は?」
「一階の捕虜たちの後始末と尋問を見てから行く」
「……」
「何だ」
「お一人で?」
「慣れている。お前は手を汚すな」
私は少しだけ考え、それからニッコリと悪女のように笑った。
「では」
「何だ」
「すべて片付いて寝室に戻られたら、ちゃんと『最高でしたわ』と褒めて差し上げますわ」
「要らん」
「要ります」
「……」
「寝起きのパジャマ姿で、木剣一本で聖騎士団のエリートを全員瞬殺など」
私は真顔で、大真面目に言い切る。
「オタクの妻にとって、本日最大級の『ご褒美(供給)』ですもの」
「……ご褒美」
「ええ」
「……そうか」
「そうですわ」
クライス様は、少しだけ困ったように目を細めた。
でも、1ミクロンも嫌がってはいない。
むしろ、妻にベタ褒めされて、ほんの少しだけ嬉しそうに照れている。
ああ。
ええ。
今夜もまた、我が家は尊さが過剰ですわね。
そうして、神聖教国の身の程知らずな夜襲は。
寝起きの氷の騎士に、木剣一本で文字通り、手も足も出ずに叩き潰されることとなった。
――傲慢な聖騎士団の皆様。
次からは、せめて寝間着の相手を甘く見るのは、ご自身の命のために、おやめになった方がよろしくてよ?




