第71話 教国の腐敗を暴け! 聖騎士団の裏帳簿を完全ハッキング
神聖教国による陰湿な経済封鎖を、物理的に海を割る『新航路の開拓』でものの見事に力技で踏み潰した翌日。
フェルド辺境伯爵邸の執務室には、実に晴れやかで活気に満ちた空気が漂っていた。
「奥方様! 第一便の商船団、無事に北西の自由港へ到着いたしました!」
商会頭が、これ以上ないほどのホクホク顔の笑顔で報告する。
「塩、薬草、紙、香料、すべて予定通りの満載です!」
「教国に払うはずだった関税分は?」
私が問う。
「はい! 自由港との直接取引になったおかげで、教国経由の六割以下で済みました! 大幅な利益増です!」
「まあ」
私は扇の奥で目を細めた。
「素晴らしいですわね。笑いが止まりませんわ」
「しかも、向こうの港町の元締たちから“教国の息のかかっていない独自航路を持つフェルド領と、ぜひ継続取引を”と、熱烈なラブコールまで!」
「でしょうとも」
私はニッコリと、前世の敏腕営業のような笑顔で笑った。
「わざわざ海を割ってまで開拓した上客ですもの。絶対に逃すはずがございませんわ」
商会頭は感動で目を潤ませながら、何度も深く頷いている。
ええ、痛いほど分かりますわよ。
昨日まで「もうウチの商会は終わりだ……」と首を括りそうな顔をしていたのに、今日は一転して関税ゼロの巨大な新市場が開けたのだ。
商人冥利に尽きる大逆転劇でしょうとも。
「で、教国側の反応は」
腕を組んだクライス様が、静かに低く問う。
「それが」
商会頭は一瞬、ニヤケ顔を引っ込めて真面目な顔を作った。
「だいぶ、上層部が慌てふためいているようでして」
「でしょうね」
私は即答した。
「せっかく権力で“完全に首を締めてやった”つもりの生意気な辺境の流通が、たった一日で、全く想定外の別ルート(海)からノーダメージで復活したのですもの。ザマァみろですわ」
「南方の教国側の取引先からも、商人のツテを使って妙に探りを入れられております」
「探り」
「“なぜ絶対に無理なはずの西の海路が急に開いたのか”“裏で一体誰がどこまで噛んでいるのか”と」
「……」
「ついでに、教国の神官が直接、我が領の商人たちへ接触と切り崩し(脅し)を始めたとか」
「まあ」
私はそこで、スッと冷たいオタクの目を細めた。
ああ。
来ましたわね。
次の卑劣な手を探っていらっしゃるのですわ。
神聖教国のような手合いの巨大組織は、自分たちの絶対的な権威(大義名分)が通じないと知った途端、次は“裏工作で物理的・社会的に潰す”方向へ回る。
表向きは清廉潔白で、神の御心とやらを美しく掲げる。
そのくせ裏では、汚い金と暴力(脅し)で人を動かす。
前世のブラック企業でも散々見ましたわね。
立派な企業理念を掲げながら、裏では経費の不正な付け替えと、下請けへの圧力で回っている腐った部署を。
本当に、嫌というほど。
「ハインツさん」
「はい、奥方様」
「ここ数日で、教国側から裏で接触を受けた商人と、その会話の内容を、一言一句漏らさず全部洗い出してくださいまし」
「承知いたしました。ただちに情報網を動かします」
「あと」
私は少しだけ、邪悪に笑う。
「向こうがこちらの資金の流れ(弱み)を知りたがるなら、こちらも『向こうのドス黒い懐事情』を丸裸にして知りましょう」
「懐事情、でございますか?」
商会頭が首を傾げる。
「ええ」
私は机の上で、トントンと指を組んだ。
「経済封鎖などという大規模な手を、あれだけ素早く末端の港まで通達して打てるということは」
「……」
「教国の上層部(一部の権力者)が、莫大な流通と資金の決済ルートを、かなり恣意的に独占して握っている証拠ですもの」
「つまり」
クライス様が、私の意図を正確に察して言う。
「教国の『裏帳簿』か」
「その通りですわ。埃を叩き出しますわよ」
◇ ◇ ◇
その日の午後、私は領地の情報網を総動員して『事前調査』を開始した。
商会。新航路の荒くれ船頭たち。
教国へ出入りしていた元取引先の商人。
かつて王都で(バカ王太子の尻拭いのために)顔を繋いでおいた優秀な文官筋。
それから――今はもうすっかりフェルド辺境伯爵領の強固な裏の盾と化している、私の『私設情報班(元・暗殺ギルドの皆様)』である。
「“しせつじょうほうはん”って、なにをするひとたちですの?」
リリアが、おやつを食べながら不思議そうに首を傾げた。
「お母様の、裏社会の頼もしいお友だちですわ」
「おともだち?」
「ええ」
私は愛娘へ雪花菓子を取り分けながら、ニッコリと答える。
「とても口が堅くて有能で、数字の裏付けと、人の黒い噂を集めることに特化した、仕事の早い方々です」
「……母上の、絶対に敵に回してはいけない『怖い友だち』ってこと?」
エルが、静かに的確な補足をした。
「エル」
私は真顔で息子を見る。
「言い方」
「間違ってますか?」
「少々、言葉に鋭い棘がございますわね」
「でも、だいたい事実で合っているだろう」
クライス様が横からボソリと言った。
「クライス様!?」
「事実だ。あいつらはお前を恐れて忠誠を誓っている」
「事実でも、子どもの前ではもっとマイルドで婉曲な表現をお願いしたいですわ」
「では、有能で『少し怒らせると国が滅ぶ』友人たち」
「それはそれで、私が悪の親玉みたいで傷つきますわね……」
だが、冗談を言っている場合でもなかった。
数日で情報班から集まってきた情報は、私の前世の『経理・監査の血』を騒がせるほど、予想以上に興味深く、そしてドス黒く腐っていたのである。
教国の各地方神殿から中央へ送られる、莫大な“寄進金(お布施)”の記録。
国を守る聖騎士団への『討伐補給名目』で不自然に消える巨大な予算。
帳簿上では行方不明になっている、高額な魔力浄化石の数々。
そして、存在するはずのない“慈善事業費”の、悪質な二重計上。
「……あら」
私はデスクに書類を並べながら、小さく、冷たい息を吐いた。
「プンプンと、生ゴミのような不正の匂いがしますわね」
「見ただけで分かるのか」
クライス様が問う。
「分かりますとも」
私は羽根ペンの先で、不自然な数字の列をコンコンと叩いた。
「前世の、数々の不正請求を弾いてきた『社畜OL(経理の鬼)』を舐めてはいけませんわ」
「……」
「この手の“一見すると綺麗に見せてあるけれど、よく見ると端数の処理と決済の承認ルートが明らかにおかしい帳簿”は、もう条件反射で私の監査アンテナに引っかかりますの」
「そうか」
「そうです」
例えばここだ。
信者からの純粋な寄進金が、ドカンと一万金貨入る。
そこから“聖騎士団・辺境遠征準備費”として、すぐに七千金貨が抜かれる。
だが、その遠征自体の公式な軍事記録がどこにもない。
さらに別口で“第三神殿修繕費”が計上されているが、その修繕されたはずの神殿は、老朽化を理由に半年前から完全に閉鎖中だ。
「ざっくり言えば」
私は三枚の紙を、時系列順にバサッと並べ替えた。
「教国の上層部が、信者の浄財をマネーロンダリングして、中抜きしておりますわね」
「やはりか」
「ええ」
「横領の規模は、どの程度だ」
「かなり、エグいですわ」
私はニッコリともせずに、絶対零度で答える。
「しかも、ただの私的横領では済みません」
「……」
「誇り高き『聖騎士団の遠征』の名を使って、純粋な信者から巻き上げた血税(寄付金)が、教皇の側近や一部の大司祭の『私的資産(裏金)』へとダイレクトに流れております」
クライス様の蒼い目が、スッと険しく細くなる。
「その決定的な証拠は」
「この情報班の集めた『表の帳簿』の数字の羅列だけでは、まだ言い逃れされますわ」
私は頷いた。
「これでは“ただの経理の書き方の癖”と“辻褄の合わない杜撰な金の流れ”までしか見えない。向こうの監査部が『記載ミスでした』とトカゲの尻尾切りをして終わります」
「なら、どうする」
「決定的な証拠である、彼らの隠し持つ『裏帳簿の原本データ』を、直接根こそぎ取りましょう」
◇ ◇ ◇
神聖教国という巨大組織は、大変権威的である一方、歴史が長いゆえに意外と“人間臭いシステムのアナログな穴”も多い。
権威を支えるために、とにかく書類が多い。
無駄な議事録と、紙の記録が多い。
そして、責任を分散させるための無駄な『承認印』も多い。
つまり、巨額の横領を完璧に誤魔化して全体で共有するためには、彼ら自身が内容を把握するための『緻密な二重・三重の裏帳簿』を、必ずどこかの金庫に物理的に作って保管しておかねばならないのだ。
――ええ。
そのアナログな時点で、私の前世のIT知識の前には、もう彼らの負けですわ。
「物理的潜入と、チート魔法の合わせ技で参ります」
私は作戦卓の前で、不敵に笑って言った。
「物理」
「ええ」
「魔法」
「ええ」
「……手段が、暗殺ギルドより物騒だな」
クライス様がボソリと呟く。
「心外な誤解ですわ」
私は即座に否定した。
「今回は正面からの殴り込み(物理破壊)ではなく、あくまでスマートな『情報戦』ですもの」
「お前の『情報戦』は、時に物理的な殴り込みよりえげつなくて怖い」
「最高の褒め言葉として受け取りますわ」
今回の狙いは、教国の『西方支部』――つまり、今回フェルド領へ使者を送り、経済封鎖の圧をかけてきた連中の実務の要(拠点)だ。
教皇のいる中央神殿ほどの、要塞のような厳重さはない。
だが、その分、地方支部の帳簿管理のセキュリティは、中央に比べて格段に甘くなる。
そして、今回の強引な経済封鎖を実行した工作資金と、上層部からの命令の流れも、必ずその西方支部を中継して通っている可能性が極めて高い。
「まず、物理的に『表の搬入記録』を押さえます」
私は地図の教国支部の位置へ、青い印を打つ。
「私が開拓した新航路で激増した商流のドサクサに紛れて、情報班を動かし、教国支部へ出入りする『すべての物資と人間の流れ』を外から追う」
「……」
「次に、その膨大な流れの中から“厳重な警備で『帳簿庫』へ直接入っていく特定の神官の荷”だけを完全に絞り込む」
「帳簿庫?」
「ええ」
私はフフッと笑った。
「この手の歴史ある宗教組織は、やたらと『紙の記録』を神聖視してアナログに保存しますもの。絶対に、燃えない特別な専用の地下書庫がございます」
「そこへ潜入して、裏帳簿を物理的に盗んで取るのか」
「いえ」
私はチッチッと指を振る。
「ただ原本を盗んで取るだけでは、すぐに証拠隠滅されたとバレて雑ですわ」
「雑、か」
「ええ。現代の情報戦で必要なのは、原本の奪取ではなく『完全なデータのコピー』です」
「……」
「原本が消えると、彼らは即座に警戒して金の流れを変えますもの」
私は自信満々に胸を張った。
「ですから、気づかれずに金庫を開けて、素早く読んで、一瞬で『魔法で写し(コピー)』を取って、何もなかったように閉じます」
「……お前、それを俺たちの世界で何という犯罪か知ってるか」
クライス様が、半ば呆れたように低く言う。
「神聖なる『完全ハッキング』ですわね」
「やはり、悪いことだと分かってて嬉々としてやっているんだな」
「もちろんですわ。売られた喧嘩ですもの」
◇ ◇ ◇
潜入の実行は、その翌々日の新月の夜となった。
もちろん、私がいくら魔法が使えても、前衛職ではない私一人の足で行くつもりはなかった。
行くつもりはなかったのだが。
「俺も行く」
クライス様が、当然のように即答して剣を帯びた。
「クライス様、今回は武力制圧ではなく、隠密の情報収集ですわよ?」
「だから何だ」
「敵の神殿への、違法な潜入ですのよ?」
「だから何だ。俺はお前の夫だ」
「あなたの神速の剣で、物理的に解決する局面は、そこまで多くないと思いますの」
「お前の護衛は、俺以外には任せん。絶対に要る」
「……」
「俺の同行の却下は、却下だ。諦めろ」
「……分かっておりますわ」
ええ。
こういう時のこの方、妻の安全に関することだけは、本当に梃子でも動かず頑固なのです。
でも、それが世界一頼もしく、ありがたくもあるのだから困りますわね。
夜の教国西方支部は、白亜の壁が月明かりに照らされて、不気味なほど静かだった。
昼間の信者を集めた荘厳さが嘘みたいに、人の気配が薄い。
磨き上げられた大理石の回廊。
壁にデカデカとかかった立派な聖句のタペストリー。
無駄に高い、権威を示す天井。
その全部が、いかにも“我々は清廉潔白で神聖である”と演出している。
でも、そういう外見ばかり取り繕う組織に限って、裏の資金繰りはたいして清くないのだ。
前世のブラック企業からの、確かな経験則でございます。
「右ですわ」
私はクライス様の背中に隠れながら、小声で言う。
「目的の帳簿庫は、地下ではなく、万が一の浸水を避けた三階の奥」
「建物の外から、正確な位置が見えるのか」
「ええ。結界の魔力の流れの濃さで、一番見られたくない『鍵付きの重要保管室』の場所は、だいたい外からでも推測できますもの」
「便利だな」
「前世で、フォルダ構成が死ぬほど汚い会社の共有サーバから、目的の隠しファイル(エビデンス)を漁って発掘していた執念の経験が活きておりますわ」
「その前世の苦労の、一体どこにここに活きる要素があるんだ」
「『隠したいデータの分類と保存の法則性(心理)』の感覚ですわ」
クライス様は一瞬だけ無言になり、それから「……そうか。お前が言うならそうなんだろうな」と返した。
はい、半分も納得していない、理解を放棄したお顔ですわね。
暗い廊下の曲がり角。
松明を持った巡回僧兵が二人、足音を立てて近づいてくる。
私は慌てず、指先を軽く振った。
「《静音幕》《視線逸らし(オプティカル・カモフラージュ)》」
私たちの周囲に薄い魔力の膜が広がり、こちらの足音と姿の気配が、空間からフッ、と完全に消える。
僧兵たちは、私たちのすぐ横を、何も気づかないまま通り過ぎていった。
三階。
一番奥の突き当たり。
私の予想通り、そこにあったのは、周囲とは明らかに材質の違う分厚く重い鉄の扉だ。
扉の前には、厳重な二重の鍵。
複雑な物理錠と、簡易だが教国特有の魔力感知式の『封印術式』。
「あら」
私はその術式を見て、呆れたように目を細める。
「予算をケチったのか、雑ですわね」
「無理やり壊さずに開けられるか」
「この程度のザル・セキュリティなら、数秒で」
私は分厚い扉へそっと指を置き、私の圧倒的な魔力の線を、術式の隙間へハッキングするように流し込む。
封印の魔力回路を読み解く。
なるほど、表向きは複雑な神聖術式に見せかけているが、中身は特定の波形に反応するだけの『ただの魔力認証錠』だ。
つまり、正規の鍵を持つ高位神官の魔力波形を、私のチート魔力で完璧に模倣して上書きしてやればよい。
「《波形模写》」
カチッ、と内部で小さな認証音が鳴る。
魔力封印が、あっさりと解ける。
次に、厄介な物理錠。
こちらは鍵穴の構造を魔力で探り、細い氷の針を生成して内部の歯車を直接動かす。
「《氷鍵》」
また、カチャン、と重い音がした。
一切の破壊痕を残さず、扉がスムーズに開いた。
中は、古い紙とインクの匂いに満ちていた。
壁一面の巨大な棚。
厳重な保管箱。
月ごとに束ねられた膨大な帳簿。
未開封の封蝋。
細かく分けられた分類札。
そして――。
「あらまあ」
私は、その光景を見て思わず邪悪に笑った。
「これはもう、前世の国税局が泣いて喜ぶ、不正の証拠の宝の山ですわね」
「随分と、嬉しそうだな」
「ええ。教国を社会的に追い詰めるための、数字と証拠(弾薬)の山ですもの」
「そうか」
「そうです」
私は、暗闇の中で目が慣れると、素早く棚のラベルを見て回った。
“各神殿奉納金・月別集計”
“聖騎士団・特別運営費”
“地方巡察布施・使途不明分”
“特別神託事業費(教皇庁直轄)”
……ありますわね。
しかも、露骨に。
一般公開用の『表用の白札』と、関係者しか見ない『裏用の黒札』の帳簿で、ご丁寧に色分けまでしてあるではありませんか。
雑ですわ。
自分の権力を過信している組織の末路、本当にセキュリティ意識が雑。
「クライス様」
「何だ」
「大当たりですわ。ビンゴです」
「なら、見張りが来る前に急げ」
「ええ、一瞬で終わらせますわ」
ここからが、私のチート魔法による『完全ハッキング(不正コピー)』の本番である。
私は床へ、巨大な正方形の薄い魔法陣を広げた。
四角く区切られた、スキャナーのような光の枠。
そこに分厚い裏帳簿をドサッと置くと、魔法陣が自動で全頁を高速走査し、書かれている文字と数字をそのまま完璧な精度で空中の光の板へ『写し取る』チート術式だ。
前世のビジネス用語で言うなら、超高性能の複合機と、表計算ソフト(Excel)、そして不正を弾き出すマクロ関数の『悪魔の合わせ技』である。
こちらの世界では、それを私の魔力でゴリ押しして一瞬でやるだけですわね。
「《写本展開》《整列抽出》《数列自動照合(VLOOKUP)》!!」
パラパラパラパラッ!! と、魔法陣に置かれた何十冊もの分厚い帳簿の頁が、暴風を受けたようにひとりでに超高速でめくられ始めた。
剣の道しか知らないクライス様が、その異様な魔法的光景に、少しだけ目を見開く。
「……」
「どうなさいましたの」
「いや」
「はい」
「お前、本当にこういう(相手の不正を暴いて社会的に追い詰める)時は、水を得た魚のように楽しそうだな」
「当然ですわ」
私は真顔で、スキャンされる数字を追いながら深く頷く。
「ただの数字の羅列が、明確な悪意を持って『自分から不正の証拠として喋り始める瞬間』ですもの。経理の血が騒ぎます」
「俺の妻ながら、敵に回すと本当に怖いな」
「最高の賛辞として受け取りますわ」
超高速の写し取りが進む。
同時に、私は頭の中の処理領域で、『表の帳簿』と『裏の帳簿』の数字の矛盾を次々と照合し、弾き出していく。
地方からの純粋な寄進金、一万金貨。
表の帳簿では“聖騎士団・北方巡察費”として全額が綺麗に消える。
だが、裏帳簿では、そのうちの六千金貨が“中央神殿・金灯の間修繕費”へとロンダリングされて流れている。
だが、私が事前に情報班に調べさせた結果、その金灯の間は、修繕どころか老朽化で半年前から完全に閉鎖中だ。
さらに残りの三千金貨が“祈祷具の一括購入”名目で消えているが、その購入先の商会は、教皇の側近の身内が経営するペーパーカンパニー(架空商会)。
「ああ」
私は、あまりの古典的な横領の手口に、呆れて声を出して笑ってしまった。
「本当に、救いようがないほどテンプレ通りに腐りきってますわね」
「何が出た」
「見事なほどの、巨額の横領(裏金作り)です」
私は次の黒い帳簿の頁をめくる。
「しかも、個人の横領ではなく、組織的です」
「……」
「教皇庁の上層部、この地方支部、昨日来た大司祭補佐のセラフィオン、聖騎士団の経理担当、全部が裏で黒い線でつながってキックバックを受け取っておりますわ」
ただの数字が、決定的な線になる。
線が、逃げ場のない『巨大な不正構造(証拠)』になる。
前世の私の社畜の頭脳の中で、勝手にExcelの巨大な表が組まれていく。
列。行。日付。
架空の勘定科目。
帳簿間の差額。
マネーロンダリングの最終的な流用先(教皇側の懐)。
「ああもう、完全に裏のカラクリが見えましたわ」
私は指先で、暗闇の空中へ光の巨大なフローチャート(格子)を描き出した。
「ここが信者からの寄進金の入り口」
「……」
「ここで表帳簿へ、正当な経費に見せかけて薄く割って」
「……」
「この聖騎士団名義のダミー口座へ一旦集めて、誤魔化して」
「……」
「そこから教皇側近の『私的裏金庫』と、複数の架空の神殿修繕費へ、莫大な金を不正に流している」
「完璧に、逃げ場のない完全な証拠(裏取り)か」
「ええ、完全ですわ。一発で実刑判決レベルです」
私はニッコリと、この上なく邪悪に笑った。
「現代のExcel的思考(監査の鬼)、決してなめてはいけませんわよ?」
「本当に、お前が何の呪文(専門用語)を言っているのか全く分からん」
「でも、教国を社会的に抹殺する『最高の結果(弾薬)』は出ましたでしょう?」
「それはそうだ。よくやった」
◇ ◇ ◇
誰にも気づかれず、教国支部から完全な証拠のコピーを持ち帰り、フェルド伯爵邸へ戻ったのは、夜明け前のことだった。
私は寝室で休むのではなく、当然のように、アドレナリン全開のまま執務室へ直行する。
眠気?
そんなもの、1ミクロンもございませんわね。
今の私は、久々に巨大組織の『腐敗した不正構造』を完璧に丸裸にした達成感で、むしろバキバキに冴え渡っていた。
「……すごいですわ」
私は広い机いっぱいに、魔法で写し取って紙に出力した膨大な帳簿のコピーを広げ、ホゥッと満足げな息を吐く。
「ここまで綺麗に、パズルみたいに不正の点と点がつながると、怒りを通り越して逆に美しくて感動いたしますわね」
「犯罪の証拠に感動するな」
クライス様が、呆れながら私の隣の椅子へ腰を下ろす。
「信者を騙した金だ。胸が悪い」
「それも事実です。下劣なクズの所業です」
私は真顔で頷いた。
「ですが、不正を暴く側の人間(監査)からすると、この矛盾した点と点が、逃げ道のない『一本の線(完全な証拠)』へとつながった瞬間は、脳汁が出て少しだけ最高に気持ちがよろしいのです」
「お前は本当に、敵に回したくないほど怖いな」
「最大の褒め言葉として」
「だから、受け取るなと言っている」
私はクスリと笑い、それからペンを取り、明日の“ざまぁ”に向けた最終的な『不正告発の一覧表(プレゼン資料)』を完璧に作り始めた。
一枚目。
信者からの、教国への寄進金の莫大な流入総額。
二枚目。
表帳簿上の、偽造された綺麗な支出内訳。
三枚目。
裏帳簿上の、隠蔽された真実の実流用先(マネーロンダリングの図解)。
四枚目。
神聖なる聖騎士団名義を悪用した、架空の巨額支出の一覧リスト。
五枚目。
それらすべてから弾き出された、教皇庁と教国上層部の『私的蓄財の推定総額』。
「……完璧に、完成ですわ」
窓の外で夜が白み始める頃、私はようやく、会心の笑みでペンを置いた。
机の上には、数字に疎い領民や貴族が誰が見ても一目で分かる形へ、美しくグラフ化されて整えられた『教国の不正の全貌』。
横領額の総額は、私の事前の予想をはるかに超える天文学的な数字だった。
教国が“神のため”だの“信徒の浄財”だのと綺麗な建前を唱えながら、実際には信者から巻き上げた金を私腹へ流し込み、あろうことか誇り高き聖騎士団の名まで汚して裏金を作っていたという決定的証拠が、1ミクロンの言い逃れもできない完璧な形で並んでいる。
「これで」
私は小さく、魔王のように冷酷に笑った。
「あの傲慢な神聖教国様の、神の御心という『清廉なる仮面(大義名分)』は、木っ端微塵に社会的に剥がれますわね」
「ああ」
クライス様の声は低い。
「だが、これで終わりではない。次は」
「ええ」
私はその完璧な告発の一覧表を、指先でコンコンと揃えた。
「自分たちの『命取りになる裏帳簿』がデータごとごっそり盗まれたと気づいた向こうの上層部が、血眼になって、これを物理的に『取り返しに来る番』ですわ」
その言葉に、執務室の空気が少しだけ、戦闘前の緊張で冷える。
当然だ。
ここまでの国がひっくり返るレベルの致命的な証拠を握られて、あの腐った連中が黙って見過ごすはずがない。
しかも相手は、目的のためなら手段を選ばない狂信的な教国。
暗殺部隊も、口封じの脅迫も、“すべては神の名のもとに正当化される”と、平気で夜の闇に紛れて実力行使してくる類のカルトだ。
でも。
私はその冷たさの中で、一切の恐怖を感じるどころか、むしろ静かに、待ち侘びたように笑っていた。
だって。
もうすべて手遅れ(チェックメイト)だ。
帳簿は完全にコピーした。
金の流れは読んだ。
腐った構造は完璧に暴いた。
そして私は、追い詰められた敵が『焦って次にどういう暴力的な手を打ってくるか』まで、だいたい読めて見えている。
「クライス様」
「何だ」
「今夜あたり」
私はニッコリと、最強の夫へ向けて微笑む。
「愛するお子たちと、私たちの寝室の戸締まり(防衛結界)を、いつもより少しだけ、致死量レベルで厳重にしておいた方がよろしいかもしれませんわね」
「……」
「教国の暗殺部隊の皆様」
「……」
「自分の命がかかって、多分、相当お急ぎでパニックになってお困りになりますもの」
クライス様は、そこでようやく、迎撃の意思を込めてわずかに好戦的な口元を上げた。
「ああ、分かっている」
「ええ」
「来るなら来い、だ。俺の家族に手を出したこと、一人残らずこの剣で後悔させてやる」
「その頼もしさ、最高に痺れますわ」
私はふかふかの椅子へ深くもたれ、満足げに目を細めた。
「致命的な裏帳簿を暴かれて余裕をなくした無能な方々には、焦って打つ次の一手(自滅)が、だいたいテンプレで決まっておりますもの」
夜襲。
プロの刺客。
証拠の奪還(証拠隠滅)。
――ええ。
いつでもお待ちしておりますわよ、最強を自称する教国の『聖騎士団様』。
返り討ちにして、あなた方のその腐ったプライドごと、完膚なきまでに叩き折って差し上げますわ。




