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婚約破棄の瞬間に「前世の記憶」が戻りまして。〜ヒロインの座は譲りますので、私は推しキャラの側仕えを目指します!〜  作者: 綾瀬蒼


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第70話 教国からの嫌がらせ。経済封鎖には前世スキルで対抗します

 神聖教国の傲慢な使者を、静かに、しかし完全に脅し上げて叩き返した三日後。


 あのカルト教団からの嫌がらせは、大変分かりやすい(陰湿な)形で始まった。


「……あら」

 私は執務室のデスクへ次々と運び込まれた書簡の束を見て、静かに瞬いた。

「来ましたわね。お約束の嫌がらせが」


 机の上には、フェルド領に出入りしている各商会からの悲痛な急報が山になっていた。

 束を開いても開いても、内容はほとんど同じである。


 ――教国管轄下の街道中継地にて、我が領へ向かう積荷の通行差し止め。

 ――教国の高額な『加護印』なき商隊、国境での通関拒否。

 ――フェルド辺境伯爵領向けの越冬用の優先物資は、“神殿からの指導”により無期限保留。

 ――一部の腰抜け商人、教国との関係悪化(異端認定)を恐れ、我が領との一時取引停止。


「まあ」

 私は一通をパタンと閉じた。

「古典的な『経済封鎖(兵糧攻め)』ですわね」

「やり口が露骨だな。しかも小賢しい」

 向かいのデスクのクライス様が、書類から目を離さずに低く冷たく言う。


 ええ。

 本当に露骨だ。


 うちの可愛い子ども(利権)を寄越せと言ってキッパリ断られたから、今度は物理的な暴力ではなく、生活の『流通(首根っこ)』を締めて困窮させ、泣きついてくるのを待つ。

 あまりにも分かりやすい三流の逆ギレで、もはやその浅はかさに感心すら覚える。


「あの大規模な教国らしいといえば、らしい陰湿さですけれど」

 私は次の書簡へサッと目を通す。

「神という巨大な権威を笠に着て、祈りと祝福という綺麗な名目で、他国の流通の動脈を握ってコントロールする」

「……」

「前世のブラック企業の『下請けイジメ』より、やり口が古典的でゲスいですわね」

「前世の基準でも、それは相当嫌なものなのか」

「ええ、大変に。胃に穴が開きますわ」


 その時、執務室の扉が慌ただしく叩かれた。

 ハインツさんだ。


「旦那様、奥方様!」

「どうなさいましたの」

「領都の主要な商会頭たちが、至急お目通りをと屋敷へ押し寄せております」

「ええ、すぐに応接室へ通してくださいまし」

「すでにお通ししておりますが……」

「早いですわね」

「皆様、今にも首を括りそうなほど顔色があまりよろしゅうなく」

「でしょうとも」


 私はゆっくりと、優雅に立ち上がった。

 商会頭たちの顔色が死人のように悪いのは、彼らが無能だからではない。

 逆だ。

 商売の血の流れ(物流)を正確に知っている優秀な商人だからこそ、教国が今回“どれほどえげつない急所を絞めて嫌がらせをしてきたか”が、絶望的に分かってしまうのだ。


 でも。

 残念でしたわね、教国の上層部の皆様。


 こちらもまた、前世の激務な商社時代で培った『物流の流れを読み、裏をかくこと』に関しては、大変得意でプロフェッショナルなのですわよ。


 ◇ ◇ ◇


 応接室へ入ると、三人の大商会頭が弾かれたように揃って立ち上がった。


 皆、フェルド領内ではそれなりに顔と腕の利く、百戦錬磨の男たちだ。

 だが今は、そろいもそろって土気色に青い。

 一人は滝のように額へ冷や汗をにじませ、一人は教国からの書簡を握る手がガタガタと震え、一人はすでに“領主からの処罰(破産)を受け入れる謝罪準備”みたいな絶望の顔をしている。


「奥方様……! 申し訳ございません!」

「そんなお葬式のようなお顔をなさらなくてもよろしくてよ」

 私は扇を広げ、先に明るく言った。

「まだ、誰の命も1ギルの財産も失っておりませんもの」

「で、ですが奥方様!」

 最年長の商会頭が、胃を押さえるような苦い顔で被害状況の書類を差し出す。

「教国領を通る大陸の主要街道が、検問でほぼ全滅です」

「ええ」

「さらに、南方の巨大港からの荷も、異端認定をチラつかされて完全に止められました」

「ええ」

「我が領の冬を越すための紙、塩、香料、薬草、それに一部の貴重な金属まで……すべてがストップです!」

「ええ」

「……」

「全部、先ほど手元の書類で拝見しておりますわ」

 私はニッコリと、一切の動揺なく笑った。


 その領主夫人の余裕の笑みで、少しは彼らも落ち着くかと思った。

 思ったのだが、逆に三人とも「奥方様、ショックでついに狂われたか……」と微妙に表情を引きつらせた。

 あら。

 少し、笑顔の温度がサイコパスすぎましたかしら。


「パニックになる前に、状況を論理的に整理しましょう」

 私は卓上へ、フェルド領内と周辺の大陸諸国の詳細な地図をバサリと広げた。

「現在、教国の圧力で物理的に止められているのは、大きく三系統」

 スッ、と赤いペンで地図に線を引く。

「一つ、教国の完全管理下にある内陸の主要街道」

「……はい」

「二つ、教国へ忠誠を見せたい(目をつけられたくない)近隣商会による、我が領への自主的な取引停止」

「……はい」

「三つ、南方にある大陸最大の港での、神殿税関による通関拒否」

「すべて、その絶望的な通りでございます……」


 私は深く頷いた。


 つまり、こうだ。

 教国は自分たちの直接支配圏と、その“強大な権威の顔色を窺う周辺の臆病者たち”の同調圧力を利用して、フェルド辺境伯爵領の物流(首)を完璧に締めに来た。

 大変嫌らしい。性格が腐っている。

 だが、商社の視点から見方を変えれば、実に単純な嫌がらせでもある。


「我が領の致命傷ではございませんわね。痛くも痒くもありませんわ」

 私が平然と言うと、三人の商会頭が一斉に「は?」と固まった。


「……はい?」

「え」

「ど、どこが致命傷ではないと……?」


 私は少しだけ、小馬鹿にするようにコテンと首を傾げた。


「だって」

 地図の教国の領土の端を、ペンで軽くコンコンと叩く。

「教国が今回権力で絞められたのは、あくまで“自分たちが握っている既存の流れ(ルート)”だけですもの」

「……」

「でしたら」

 私は静かに、最高に邪悪に笑った。

「教国の息のかかっていない、新しい『自分たちだけの流通の流れ』を、力技で作ればよろしいでしょう?」


 沈黙。


 商会頭たちが、ポカンとアホ面でこちらを見ている。

 ああ、分かります。

 言葉で言うのは簡単ですものね。

 でも私は、机上の空論ではなく、本気でそれを物理的に実行するつもりで言っている。


「お、奥方様」

 若い商会頭が、恐る恐る、噛み砕くように口を開く。

「教国の握っていない新しい流れ、というのは……」

「新航路ですわ」

 私は即答した。

「内陸と南の海で止められたなら、西の海を使います」

「西の海……!」

「ええ」

「ですが」

 今度は別の男が、困り果てた顔で地図の西端の海域を指差した。

「我が領の西方海路は、昔から“哭き海”と呼ばれる、船乗りの墓場(難所)でして……」

「複雑な暗礁と、船を沈める予測不能な乱流の巣窟ですわね」

「ご、ご存知で?」

「当然です」

 私はフンスと胸を張った。

「昨夜のうちに、領地の海図と海流データを全部徹夜で調べ上げましたもの」


 哭き海。

 フェルド辺境伯爵領の西方海岸から、さらに北の自由商業都市へ抜ける、常に荒れ狂う海域だ。

 潮流が異常に複雑で、隠れた岩礁が多く、濃い霧も頻繁に出る。

 だから長年、安全を重視する大型商船はこの海域を避けてきた。

 結果として、大陸の交易の主流は、ずっと安全だが教国の息のかかった『南方港』へ一極集中で偏っていたのである。


 ――一極集中に偏っている、ということは。

 そこが塞がれた瞬間に、すべてが機能停止する『致命的なボトルネック』になる、ということだ。


 前世の商社時代に、嫌というほど見た光景ですわね。

 特定の大口顧客(下請け)へ依存した部署が、その顧客の機嫌と倒産一つで連鎖的に死にかけるやつです。

 ですが同時に、私は身をもって知っている。


 依存リスクは、自力のルート開拓(分散)で完全に殺せる。


「この哭き海を抜けて、北西の巨大な自由港群へ直通のルートができれば、教国の影響を一切経由せずに、塩も薬草も必要なだけ関税なしで手に入りますわ」

 私は地図の海の上に、真っ直ぐな新しい線を青ペンで引いた。

「しかも、北西の自由港の商人たちは、あくどい教国と昔から犬猿の仲で仲がよろしくない」

「……」

「我が領から直通の航路ができれば、むしろ大喜びで教国への当てつけに取引してくださるでしょうね」

「で、ですが奥方様!」

 商会頭が、まだ青い顔で悲痛に問う。

「肝心のその哭き海は、物理的に船が通れません! 船底が岩礁で割れて沈みます!」

「物理的に通しますわ」

「……え? 一体どうやって……」

 私はニッコリと、魔王のように笑った。


「邪魔な海を、私の魔法で真っ二つに割ります」


「…………」


 沈黙。


 それはもう、教国の脅威とは別のベクトルでの、見事な絶望的沈黙だった。


 三人の商会頭たちが「奥方様はついに狂われた」とアゴを外して固まり。

 いつも冷静なハインツさんまで一瞬だけ無表情を失って目を剥き。

 隣のクライス様だけが、「またか」というように深々とこめかみを押さえた。


「ルシア」

「何ですの、クライス様」

「説明不足だ。それだとお前がただの狂人に見える」

「でしょうか?」

「だいぶな」

「では、凡俗の方々にも分かるように論理的に補足いたしますわ」

 私はコホンと咳払いを一つした。

「正確には、“複雑な海面と海底の海流を、私のチート魔力で完全に制御して押し退け、岩礁のない一時的な『安全航路の道』を可視化・固定します”」

「……」

「要するに、モーゼのように海を割ります」

「結局、要するな」

「でも、視覚的に一番分かりやすいですわ」

「分かりやすいが、やはり規模が頭がおかしい(規格外すぎる)」

「最高の褒め言葉として受け取りますわ」


 商会頭たちは、もはや希望で青いのか恐怖で白いのか分からない、複雑怪奇な顔になっていた。


 だが、その死んだ魚のような目の奥に、ほんの少しだけ『一攫千金の商機』の光が差したのも見えた。

 無理もない。

 教国に首を絞められて絶望していたところへ、“絶対に不可能と言われた海を通す”という独占ルートの話が出たのだ。

 普通の人間が言えば、ただの狂人の無茶だと思う。

 でも、数々の物理法則を無視した奇跡(温泉や農地開発)を起こしてきた『豊穣の女神(私)』が断言すると、少しだけ、いや“絶対にやりそう(儲かりそう)”になる。

 最近のチートの積み重ねた実績(信頼)というものは、こういう時にありがたいですわね。


 ◇ ◇ ◇


 善は急げ。

 実地検証(試験航行)は、その日の午後にただちに行われた。


 私たちは馬車を飛ばし、領地の西方海岸へ出た。


 空は高く、海風は吹き飛ばされそうに強い。

 切り立った崖の上から見下ろす海は、確かに噂に違わず激しく荒れていた。

 荒れ狂う白波。

 渦を巻いてうねる複雑な潮。

 海面から牙を剥く黒い岩礁の群れ。

 なるほど、これは普通の船乗りなら命がいくつあっても足りないと嫌がるでしょうね。


「おかあさま、うみ、ゴーゴーいっててこわいです」

 リリアが私のドレスの外套を、不安そうにギュッとつかむ。

 今日は、社会科見学として子どもたちも連れてきていた。

 当然、危険な波打ち際へ近づけるつもりはないが、“教国の嫌がらせに屈せず、今から母が何をして領地を守るのか”を、その目に焼き付けて見せておきたかったのだ。


「大丈夫ですわ」

 私は怯える娘の頭を優しく撫でた。

「少し自然の機嫌が荒っぽいですけれど、今からお母様が魔法で安全な道をつくりますからね」

「うみの中に、みち?」

「ええ」

 エルが、強風に目を細めて荒れる海を見つめたまま、ポツリと言う。

「母上って、本当に家族と領地のためなら、神話みたいなことでも何でもやるよね」

「そうですわ」

 私は真顔で力強く頷く。

「あなたたちを守るためなら、星でも落としますわ」

「今回は、海を割る必要があるんだ」

「大変に」

「……」

「我が家の美味しいおやつ(流通)と、領地の平和がかかっておりますもの」

「……そこ、一番大事なんだ」

「当然です。ママの最重要事項(推し活)ですわよ?」

 エルが呆れながらも、少しだけ嬉しそうに笑った。

 ああ、よろしいですわね。

 こういう時のクールな息子の小さな笑顔、大変オタクの心臓によろしいですわね。


 一方、海岸の下には、商会が急遽用意した船頭たちも集まっていた。

 皆、命を捨てる気かという半信半疑の絶望的な顔で、荒海を見ている。

 当然だ。

 長年、絶対に船が通れないと言われ続けた死の海なのだ。

 そこへ、いくら噂の辺境伯夫人とはいえ、ひ弱そうな女が「今から海を割ります」とノコノコ来たのである。

 信じて命を懸けろという方が無理でしょう。


「クライス様」

「何だ」

「危ないですから、お子たちを少し下がった安全な位置へ」

「ああ」

 クライス様はすぐに頷き、エルとリリアを自分の大きなマントの近くへ寄せた。

「ここから先は崖だ。俺から離れるな」

「はい!」

「おとうさま、おかあさま、うみにまけないで、がんばって!」

「ええ、ママにドーンと任せてくださいまし」


 私は、風の吹き荒れる崖の先端へスッと立つ。

 強風が銀の髪を激しく揺らす。

 眼下には、荒れ狂う哭き海。

 長年、我が領地の交易の選択肢を奪ってきた、厄介な自然の要塞。


 でも。

 所詮はただの“水の流れ(データ)”だ。


 流れなら、読める。

 読めれば、魔力でズラせる。

 ずらせれば、安全な道は必ず通せる。


 前世の商社時代で骨の髄まで覚えたのは、船の操縦ではなく、『巨大な物流と商流の読み方』だった。

 どこが詰まり、どこが遊びで、どこを一本だけ無理やり通せば、全体のプロジェクト(利益)が生きるのか。

 そのマクロな感覚は、この世界へ来てチート魔力を得ても、私の中にハッキリと残っている。


 だから今の私には、この恐ろしい海が、ただの無秩序な荒波には見えない。

 すべてが『解析可能な数値』に見える。


 ――潮のぶつかる力の境界線。

 ――隠れた岩礁の死角。

 ――一番水深の深い溝。

 ――乱流の中で、一瞬だけ安定する細い帯状のルート。


 見える。

 私には、全部、完璧に見える。


「……行きますわ」


 私は両手を、眼下の海へ向けて真っ直ぐに突き出した。

 体内の膨大な魔力回路を全開にする。


「《潮脈把握シー・スキャナー》《岩座浮標ロック・マーカー》《海圧分断ウォーター・ディバイド》!!」


 海が、地鳴りのように鳴った。


 ゴゴゴゴォォォ……ッ! と。

 深く低い重低音が、海底の底から空間を揺らして響く。

 荒れ狂う白波の間に、私の魔力に呼応して青白い光の線が網の目のように走る。

 肉眼では見えなかった複雑な潮流が、魔力に反応して、一本の巨大な“光の道”として海面に浮かび上がる。


「なッ……!」

「う、海が、光ったぞ!?」

 崖下の船頭たちの驚愕のざわめきが、背後で弾けた。


 まだまだ、本番はこれからですわよ。


 私はさらに莫大な魔力を練り上げ、両腕を大きく横に広げる。

 激しい潮流を、見えない巨大な手で左右へ強引に押し分ける。

 見えない岩礁の位置を光でマーキングして持ち上げ、船底を割る危険な角度の波だけを魔力で叩き潰す。

 上から海面を撫でるのではなく、海の中そのものへ『絶対的な安全地帯の道』を一本通す。


「《双潮開路モーゼス・ロード》!!」


 次の瞬間。


 眼下の荒れ狂う海面が、音を立てて左右へ真っ二つに割れた。


「「「うわあああぁぁッ!?」」」


 船頭たちの悲鳴にも似た絶叫が上がる。


 さっきまで大暴れしていた白波が、まるで見えない巨大なガラスの壁へグンッ! と押しのけられたように左右へ高く退き、その中央へ一本、深く穏やかな青の『海水の通路』が生まれる。

 海底に潜む危険な岩礁は青白く発光して浮かび上がり、避けるべき危険な位置が一目で分かる。

 その上で、波一つない安全な水面の帯だけが、まるで王都の舗装された大通りみたいに、地平線の彼方まで真っ直ぐ伸びていた。


「……ッ」

「ほ、ほんとに……」

「海を……海を割った……神の御業だ……」


 私は額の汗を拭い、息を整えながら、崖下へ向けてニッコリと優雅に笑う。


「ご覧の通りですわ」

 強風の中へ、よく通る声を張る。

「これが、教国の干渉を一切受けない、我がフェルド辺境伯爵領専用の『新・北西海路』でしてよ! さあ、船をお出しなさい!」


 商会頭たちが、腰を抜かしてポカンと口を開けている。

 ベテランの船頭の一人など、その場へ平伏して膝をつきそうになっていた。


 あら。

 そこまで驚かなくてもよろしくてよ。

 少し、前世の知恵と魔法で海を割って道を作っただけではありませんか。


「お、奥方様……!」

 最年長の商会頭が、半ば狂喜の悲鳴みたいな声を上げる。

「こ、これ、この奇跡の航路、維持できますのか!?」

「できますわ」

 私は自信満々に即答した。

「常時維持すると私の魔力が尽きますが、あらかじめ時間を決めて、船団が通過する時間帯(数時間)だけ道を開けば十分ですもの」

「で、では……!」

「ええ」

 私は大きく、誇り高く頷いた。

「嫌がらせをしてくる教国の港をわざわざ通って高い税金を払う必要は、今日、この瞬間から永遠に消えましたわ」


 ◇ ◇ ◇


 善は急げ。

 新航路の試験航行は、その日の午後のうちにただちに行われた。


 もっとも、安全確認のために小さなボロ船一隻で試すのではなく、最初から積荷を満載した『中型の商船三隻』を同時に通した。

 中途半端なテストでは意味がない。

 “大型船でも本当に安全に使える”と、臆病な商人全員の目で分からせる必要がある。


 私が割った、波一つない鏡のような海水の通路へ、商船がゆっくりと入る。

 船頭たちは最初こそ「壁が崩れてきたら死ぬ」と恐る恐るだった。

 だが、魔力で青く光る完璧な航路標識(岩礁)と、左右へ完全に押しのけられた巨大な波の壁の安定感を見て、徐々に安心して帆を張り、速度を上げ始める。


「あ、進んだ……! 全く揺れないぞ!」

「光を避ければ岩へ当たらない!」

「潮が嘘みたいに安定してるぞ! これなら素人でも舵が取れる!」


 船上から、歓喜の歓声が上がる。

 一隻。

 二隻。

 三隻。


 すべて無事に、最速のスピードで危険海域を抜けた。


 海の向こう側の自由港へ向けて、きれいに、一直線に、まっすぐ。


 その瞬間、崖の上と海岸にいた全員が一斉に爆発したように沸いた。


「通ったーーーッ!!」

「本当に通れたぞ!! 奇跡だ!!」

「俺たちの新航路だ!」

「これで教国抜きで、今まで以上の利益で商売が回せるぞ!!」


 ああ。

 よろしいですわね。

 この商人たちの、現金な顔。

 経済封鎖の絶望が、一攫千金の希望へひっくり返る瞬間の顔、前世から大変大好きですわ。


「おかあさまーっ!」

 リリアが、満面の笑みでパタパタ走ってくる。

「すごい! おかあさま、ほんとにうみ、われた!」

「ええ」

 私は愛しい娘をヒョイと抱き上げた。

「お母様、家族の平和のために頑張りましたわ」

「魔法、すっごくかっこいい!」

「まあ、ありがとう」

「……ぼくも思う」

 エルが、少しだけ照れた尊敬の顔で言う。

「母上、本当にすごかった。誰も真似できない」

「……ッ」


 いけません。

 我が子たちからの純粋な称賛、オタクの心臓にあまりにもクリティカルに効きますわね。


 クライス様も歩いてきた。

 風に銀髪を揺らしながら、当然みたいな顔で私のすぐ傍(絶対領域)へ立つ。


「終わったか」

「ええ。大成功ですわ」

「魔力の無茶は」

「しておりませんわ。計算通りです」

「顔が少し赤いぞ。汗もかいている」

「少し大規模に海を割っただけですもの。スポーツの後のようなものですわ」

「海を割るのを、ランニングみたいに普通に言うな」

「でも事実です」

「……そうだな。お前は昔から規格外だ」


 クライス様は呆れたように小さく息を吐き、それから私の疲れを労うように、腰を支えるようにそっと大きな手を添えた。

 ああもう。

 本当に、この人は。

 こういう時、さりげなく妻を甘やかすのが上手すぎるのですわよね。


「これで、教国の経済封鎖は」

「今日で完全に終わり(無意味)ですわ」

 私はハッキリと、勝利の笑みで言った。

「むしろ、教国に払っていた関税が浮く分、こちらの大陸直通ルートの方が、物流が早くて劇的に安くなる(儲かる)可能性すらあります」

「そうか」

「ええ。ざまぁみろ、ですわ」

「では」

 クライス様の目が、少しだけ面白そうに細まる。

「向こうの教国の上層部は、メンツを潰されてまた怒り狂うな」

「でしょうね」

 私はニッコリと、最高に邪悪に笑った。

「でも、知ったことではございません。自業自得ですわ」


 だって。

 うちの可愛い子どもたちを不当に狙った上に、今度は領地の罪なき民の暮らしへ、陰湿な嫌がらせ(経済封鎖)を仕掛けたのだ。

 それを私の前世スキルとチート魔法で、たった数時間で一瞬にして無効化(無価値に)されたのなら、プライドの高い連中が悔しがるのは当然でしょう。


 ええ。

 せいぜい地団駄を踏んで、悔しがるとよろしいですわ。


 その日の夕方には、領都全体へ『奇跡の新航路開通』の報が爆発的な勢いで広がり、神聖教国がドヤ顔で仕掛けた経済封鎖は、事実上たった一日で完全に骨抜きになった。


 しかも。

 その海路が関税ゼロで安全で便利すぎたせいで、後日、教国の顔色を窺っていた近隣の他領までもが「うちの商会も使わせてほしい」と高額な通行料を払って頭を下げてくるのだから、世の中の経済の動きとは現金で分からないものである。


 私はその夜、テラスで最高級の紅茶を飲みながら、満ち足りた気持ちで思った。


 ――嫌がらせをされたので、ついでに海を割って新航路を開拓して大儲けしてみましたわ。


 ……ええ。

 なかなか、完璧で痛快な『ざまぁ(倍返し)』ではありませんこと?



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― 新着の感想 ―
できれば、潮流制御(なのかな?)をオートにしたいなぁ。
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