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婚約破棄の瞬間に「前世の記憶」が戻りまして。〜ヒロインの座は譲りますので、私は推しキャラの側仕えを目指します!〜  作者: 綾瀬蒼


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第112話 惹かれ合う魂

 九条CEOは退院した――正確には、退院して三日が経った。


 左腕の傷は浅い。

 経過も良好。

 主治医からも「激しい運動など、無理をしなければ全く問題ない」とお墨付きをもらっている。


 だが。


「……『無理をしなければ』という一般人の常識を、このワーカホリックの権化のようなお方が、おとなしく守るわけがないのですわよね」


 私は、社長室前の自分のデスクで、血走った目でモニターのスケジュールを睨みながら、眉を寄せていた。


「藤咲さん、独り言?」

 隣の先輩秘書が、私の殺気に気づいて小声で聞く。

「ええ、少し」

「また社長のこと?」

「純粋な仕事の話です」

「その般若みたいな顔で?」

「大変、深刻な『労務管理』の仕事の話です」

「最近ほんとに、藤咲さんの言う“仕事”の中へ、何か別の重たい感情(愛)が混ざってるよね」

「推しへの愛です」

「だから仕事って言って」


 ええ。

 先輩の言う通り、分かっておりますとも。


 私は、あの会見場の事件の日以来、少しだけ、いや完全におかしくなっていた。


 いえ、正確には。

 前世の感情が、もう自分でも隠しきれなくなって、限界突破して漏れ出していたのだ。


 会見場の暗い通路で、九条CEOが私を庇って血を流した日。

 病院の処置室で、あの人が私の頭を不器用に撫でた日。

 その、泣く私を慰める手つきとあたたかさが、前世の『クライス様』と全く同じだと、魂で知ってしまった日。


 あれから三日間ずっと、私の胸の奥はエラーを起こしたように落ち着かない。


 仕事は完璧にできる。

 スケジュールの鬼調整も、役員会議の資料整理も、ミレン側への法務対応の根回しも、いつも通りだ。

 でも、私の心(オタクの情熱)だけが、いつも通りではなかった。


 だって、もう自分に嘘はつけない。誤魔化せないのだ。


 この人は、記憶のない現代日本の『九条柊介』で。

 それでも、私の魂が愛した、間違いなく『クライス様』でもある。


 そして私は。


 今世のこの現代でも、どうしようもなく、もう一度この人を、世界で一番好きになってしまっている。


 ◇ ◇ ◇


 その日の夜は、珍しくオフィスが静かだった。


 大型の買収案件も一段落。

 アーサー・テックとミレンの件も、法務部主導で法的措置が進み始め、表立った情報戦の火種はいったん完全に鎮火している。


 時刻は二十時半。

 秘書課も、チーフに促されてほとんどの人間が退社済みだった。


 私は、海外拠点への最後のメール返信を終えて、ふと隣の社長室を見る。


 ガラスの向こう、まだブラインドの隙間から煌々と灯りがついている。


「……まだ、あのお腕でパソコンを叩いてお仕事ですのね」


 私は小さく、溜め息を吐き、静かに立ち上がった。

 ノック。

 いつもの、私のリズムの二回。


「失礼いたします」


 扉を開けると、九条CEOはデスクではなく、窓際に一人で立っていた。

 東京の美しい夜景を背にしたその横顔は、相変わらず作画コストが高く、完成度が限界突破している。

 ナイフで切られた左腕も、オーダーメイドのスーツの下で、今日はもう包帯の膨らみが目立たない程度になっている。


 よかった。

 そう思っただけで、少しだけ胸の奥の痛みが軽くなる自分がいる。


「何だ」

 夜の静寂に、低い極上の声が落ちる。


「お飲み物を」

 私は、完璧な所作で銀のトレイを持ち上げた。

「社長のお好きな特製紅茶です」

「……」

「本日は、カフェインと渋みを少し軽めにブレンドしております」

「そうか」

「ええ」

 九条CEOは、窓際でカップを受け取ったが、すぐには飲まなかった。

 代わりに、無言のまま、ジッと私の顔を見る。


 あら。


 その射抜くような鋭い目は、少々よろしくありませんわね。

 “重要な話がある”時の、逃げ場をなくす絶対強者の目をしていらっしゃいますわね。


「藤咲」

「はい、社長」

「今、少し、二人で時間を取れるか」

「もちろんです」

「そこに座れ」

「……」

「社長としての、命令だ」

「分かっております」


 私は、彼のデスク前にある、高級な応接ソファへ静かに腰を下ろした。

 九条CEOも、ゆっくりと歩み寄り、ローテーブルを挟んで私の向かいに座る。

 広い社長執務室に、二人きり。

 背後に広がる、美しい東京の夜景。

 しんと張り詰めた静寂。

 少し落とした暗い照明。


 ああ。

 状況シチュエーションだけ見ると、ラブコメのフラグが立ちすぎていて、だいぶ限界オタクの心臓へ悪いですわね。


「社長」

「何だ」

「そのようなシリアスな雰囲気で、改まって“座れ”とおっしゃると」

「……」

「私でも、少々身構えます」

「そうか」

「そうですわ。クビ宣告かと思いました」

「なら」

 九条CEOは、紅茶へゆっくりと口をつけてから言った。

「その身構えたままの緊張感で、聞け」

「……」

「やはり、少し怖いですわね」


 だが、逃げるつもりは少しもなかった。

 この人が今、何か重大な『核心』を言おうとしている。

 それだけは、魂のレベルではっきりと分かったからだ。


 ◇ ◇ ◇


「最近」

 九条CEOが、静かに、言葉を選ぶように口を開く。

「君を見ていると、理解できないことが増えた」

「……」

「いや、最終面接で初めて会った時から、君は妙だった」

「妙、ですか」

「俺の無意識の好みを、細胞レベルで知っているみたいに動く」

「……」

「俺が必要なものを、口に出して言う前に、完璧なタイミングで出す」

「……」

「俺が疲れている時の、隠しているはずの顔色まで読んでくる」

「……」

「それだけなら、ただの『異端なまでに有能な秘書だ』で済む」

「最高の光栄です」

「だが」

 その鋭い目が、逃げ場を塞ぐように、真っ直ぐ私を見る。

「それだけじゃない」


 胸が、ドクン、と大きく鳴った。


「会見場の裏で、刃物を持った男に刺されかけた時」

「……」

「病院の処置室で、子供のように泣いた時」

「……」

「君は、まるで」

「……」

「『あんな光景を見るのは、初めてじゃない』みたいな、悲痛な顔をした」

「ッ……」


 その言葉が、心臓を直接抉るように刺さる。

 観察眼が正確すぎて、息が詰まる。


 九条CEOは、私の動揺から目を逸らさず続ける。


「俺には分からない」

「……」

「君の過去に、何があったのか」

「……」

「君が俺を通して『誰』を見て、俺の背中に『誰』を重ねて、あんな切ない顔をしているのか」

「……」

「だが」

 一拍。

 それから、ひどく静かな、少しだけ不器用な声。


「……どうしても、知りたいと思った」


「……ッ」


 私は、膝の上で、スカートの布地をキツく握りしめた。


 この人は、まだ何も思い出していない。

 前世の魔法の世界の記憶も、夫婦として私と過ごした激動の日々も。


 それなのに。

 それなのに、こうして、私の心の奥底にある『重い愛の正体』へ、真っ直ぐに手を伸ばしてくる。


 クライス様らしい。

 いえ、これが『九条柊介』らしいと言うべきか。

 どちらでも、その魂の根源はきっと、同じなのだ。


「藤咲」

「はい」

「君は」

「……」

「時々、俺の顔を見ながら、ひどく遠い昔を見る」

「……」

「俺を見ているのに、俺じゃない『誰か』も同時に見ているような、重い目だ」

「ッ……」

「それが」

 九条CEOの喉が、葛藤するようにわずかに鳴る。

「ずっと、心の奥で引っかかっていた。ひどく、苛立った」


 私は、何も言えなかった。


 言ってしまいたい。

 全部。

 前世のこと(トラウマ)も。

 異世界のことも。

 あなたが私の愛する『クライス様』だったことも。

 私が、どれほど長いあいだ、この現代日本であなたを探してきたかも。


 でも、それを今、彼に言っていいのか分からない。

 オカルトだと思われるのが怖いのではない。

 まだ、言葉にしてしまえば、この奇跡のような日常が壊れてしまうものがある気がした。


 だから私は、ただ、沈黙して深く俯いた。


 その私の頑なな沈黙を責めることなく、九条CEOはさらに、ポツリと言う。


「……よく、夢を見る」

「……」

 私は、思わずハッとして顔を上げた。


「最近、高熱を出した日からずっと」

「……」

「夢の中に、俺を呼ぶ『銀髪の女』が出てくる」

「……!」

「強くて」

「……」

「綺麗で」

「……」

「うるさいくらい、感情が分かりやすい女だ」

「……」

「でも」

 彼の蒼い目が、少しだけ、熱を帯びて細まる。

「どうしようもなく、目が離せない」

「……」

「ただの夢なのに」

「……」

「狂おしいほど、懐かしい」

「……」


 だめですわね。


 その『懐かしい』という一言だけで、私の涙腺が決壊しそうになってしまう。


「その夢の女の顔が」

 九条CEOは、低く、確かめるように続けた。

「今の君に、似ている」

「ッ……」

「いや」

「……」

「似ている、では到底足りない」

「……」

「完全に、君と『重なる』」

「……」


 私は、震える唇を噛んだ。

 もう駄目だった。

 視界が、うっすらと涙で滲んで、彼の顔がぼやける。


「でも、俺には、まだ分からない」

「……」

「その夢の意味も」

「……」

「君の重い過去も」

「……」

「君の瞳の奥に、かつて誰がいたのかも」


 そこまで言って。


 九条CEOは、自分への苛立ちを捨てるように、ほんの少しだけ長く息を吐いた。


 そして、彼が放った次の一言は。

 前世の記憶があろうとなかろうと。

 私の魂の奥へ、真っ直ぐ、致死量の重さで落ちてきた。


「君の過去に、誰がいたのかは知らない。俺に誰を重ねていようと、構わない」


「……」


「だが」


「……」


「これからの君の隣は、俺がいい」


「――ッ」


 だめですわね。


 本当に。

 本当に、だめですわね。


 私は、その場で完全に呼吸を忘れて息を止めた。

 心臓が、破裂しそうなほど痛いほど鳴る。

 思考回路が完全にショートして、頭の中が真っ白になる。


 だって。

 今のは。

 今のその真っ直ぐな言葉は、ズルくて反則でしょう。


 彼は、記憶がない。

 前世の夫婦だった日々を知らない。

 それでも。

 それでも、この人は、『九条柊介』としての自分の意志で、再び私を選ぶのだ。


 私の過去に誰がいたのか分からなくても。

(それが彼自身だとは知らなくても。)

 今の私が、何か重い秘密を抱えていても。

 それごと全部含めて、丸ごと奪って、これからの隣は『自分がいい』と。


 そんなの。


 そんなの、もう。


「……ッ、ぅ……」


 大粒の涙が、ポロリと勝手に落ちた。


 九条CEOが、私の涙に少しだけ驚いたように目を見開く。

 だが、病院の時のように、今度は「泣くな」と止めろとは言わなかった。


「藤咲」

「……」

「俺の勝手な感情だ。返事は」

「……」

「急がなくていい」

「……」

「だが」

「……」

「いつか、聞かせてほしい」


 私は、両手で嗚咽が漏れそうな口元を必死に押さえた。

 泣くな。

 落ち着け、藤咲瑠衣。

 プロの秘書として。

 立派な社会人として。

 せめて、ちゃんとした、大人の女性らしい美しい返答を。


 そう理性が命じるのに、感情のダムはだめだった。


 嬉しい。

 苦しい。

 愛しい。

 大声で泣きたい。

 今すぐその広い胸に飛び込んで抱きつきたい。

『クライス様』と、前世の名前で大声で呼びたい。

 でも、今ここにいるのは現代の『九条柊介』で、私は『藤咲瑠衣』で、全部が今世の新しい現実なのだ。


 そして、その現実のこの人が。


 また私を、不器用に、一番に好きだと言ってくれている。


 記憶がないまま。

 それでも、魂の深いところで、どうしようもなく私に惹かれたと、そう言ってくれているのだ。


「……社長」

 私は、ようやく、震える声を絞り出した。

「何だ」

「それは」

「……」

「だいぶ、狡猾でズルいですわ」

 九条CEOが、ほんの少しだけ怪訝そうに眉を動かす。

「なぜ」

「だって」

 私は、ボロボロ泣きながら、世界一幸せな泣き笑いみたいな顔で答えた。

「そんな重いことを」

「……」

「そんな、真っ直ぐで不器用に」

「……」

「面と向かって言われたら」

「……」

「私が断るわけないに決まっているでしょう」


 九条CEOは、私の言葉を聞いて、黙っていた。

 でも、その沈黙は、困惑して逃げるためのものではない。

 私の次の言葉(決断)を、すべてを受け止めるために待ってくれている、あたたかい沈黙だった。


 ああ。

 本当に。

 この人は、こういう肝心な待つところまで、前世から1ミクロンも変わりませんのね。


 私は、深く、深く息を吸った。


 そして。


 応接ソファから、ゆっくりと立ち上がる。


 九条CEOが、少しだけ目を見開いた。

 だが、私が何をするか、黙って見守っている。


 私は、彼の目の前で、真っ直ぐに背筋を伸ばした。

 両手を前で、完璧なマナーで揃える。

 そして――。


 深く、深く。

 本当に、会社の最終面接の合格発表か、武士が主君へ忠誠を誓うかのような勢いで、深々と頭を下げた。


「謹んで」


 自分でも驚くほど、声は秘書としてよく通った。


「そのお申し出、お受けいたします!!」


「…………」


 沈黙。


 数秒。

 本当に数秒だったはずなのに、時が止まった永遠みたいに長かった。


 ああ。

 やってしまいましたわね。

 よりによって、人生最大のロマンチックな告白の返事で、その体育会系のような返答。

 もう少し、こう、涙に濡れて抱きつくような、乙女らしい色気のある返し方というものが、なかったのでしょうか私は。限界オタクのサガが憎いですわ。


 でも、無理だったのだ。

 嬉しすぎて。

 尊すぎて。

 供給が限界突破しすぎて。


「謹んでお受けします」と頭を下げる以外、バグった脳でどう反応すればよかったのか分からない。


「……」

「……」

「……」


「……藤咲」


 頭上の九条CEOの声が、少しだけ低く、でも明らかに呆れたように、やわらかく落ちてくる。


「はい」

 私は、真っ赤な顔でまだ頭を下げたまま答えた。


「顔を上げろ」

「少々、お待ちください」

「なぜだ」

「今」

 私は正直に、恥を忍んで告白した。

「大変みっともない顔をしておりますので」

「泣いてるからか」

「それもございます」

「……」

「あと、茹でダコのように、だいぶ赤いです」

 九条CEOが、やれやれと小さく息を吐く。

 でも、足音がして、彼の気配が私のすぐ目の前まで近づいた。


「藤咲」

「はい」

「それでもいい」

「……」

「俺を見ろ。顔を上げろ」


 その声が、あまりにもやさしくて、甘かったから。


 私は、ゆっくりと、恐る恐る顔を上げた。


 視界はまだ涙で少し滲んでいる。

 でも、それでもハッキリと分かった。


 九条CEOは、珍しく、氷の仮面を溶かして、はっきりと笑っていた。


 声を出して大笑いしたわけではない。

 でも、確かに。

 私の情けない顔を見て、心底安堵したように、少し呆れて困ったように、それでいて、世界で一番の宝物を手に入れたように、ひどく嬉しそうに。


 ああもう。


 その反則の笑顔を見た瞬間、私は本気で、今度こそ腰の力が抜けて膝から崩れ落ちそうになった。


「ッ……!」

「っと、危ない」

 九条CEOが、すぐに腕を伸ばす。


 ああ。

 はい。

 その落ちる私を絶対に取りこぼさない反射神経、痛いほどよく知っておりますとも。


 次の瞬間、私は彼のあたたかい腕の中に、すっぽりと収まっていた。

 前みたいに物理的に落ちかけたわけではない。

 でも、感情がバグって足元が危うくなった私を、今度もちゃんと、彼の方から受け止めてくれた。


「……ッ」

「お前」

 低い、甘い声が頭上から降る。

「一体、どこまで不器用なんだ」

「今」

 私は、彼のスーツのあたたかい胸元へ、赤くなった額を押しつけたまま言った。

「かなり、キャパオーバーです」

「そうか」

「ええ」

「……」

「社長」

「何だ」

「できれば」

「……」

「もう少しだけ、このままで。充電させてくださいまし」

 ほんの一拍。


 それから、九条CEOの大きな腕が、静かに、でも力強く私の背中へ回った。


「好きにしろ」


「ッ……」


 ああ。

 本当に。

 本当に、この人は。


 記憶がなくても。

 前世の『誓い』を知らなくても。

 結局、私が一番欲しい言葉と温度を、いちばん欲しいタイミングで、完璧にくださるのだ。


 私は、もう隠しきれずに彼の広い胸元で、安心しきってポロポロと泣いた。

 でも、それはさっきまでの、不安の涙ではなかった。


 嬉しい。

 本当に、言葉にできないほど、嬉しいのだ。


 前世のクライス様を、私は狂おしいほど愛していた。

 今も、もちろん魂の底から愛している。

 けれど、今ここで私を強く抱きしめているのは、前世をまだ思い出していない、現代の『九条柊介』だ。


 その彼が。

 それでも、再び私を『パートナー』に選んでくれた。


 過去の因縁が分からなくても。

 私の奥にどんな秘密があるのか知らなくても。

 これからの隣は自分がいいと、そう、魂で惹かれ合って言ってくれた。


 こんなの、嬉しくないわけがない。


 ◇ ◇ ◇


 しばらくして、ようやく私の涙と動悸が少し落ち着くと。

 九条CEOは、腕の中の私を少しだけ見下ろして、ひどく真面目な、CEOの顔で言った。


「一つ、確認する」

「何でしょう」

「明日からの社内では」

「……」

「今まで通りだ。公私混同はしない」

「……」

「俺は社長。お前は秘書」

「ええ」

 私は真っ赤な目で、プロの顔を作って頷いた。

「もちろんです。完璧にこなしてみせますわ」

「本当に?」

「本当にですわ。私のポーカーフェイスを舐めないでくださいまし」

「……」

「ですが」

 私は、そっと彼の胸に指を這わせて付け足す。

「『公式からの供給過多』は、交際したことでだいぶ増えます」

「そこは、恋人になっても変わらないんだな」

「当然です。推しは推しですので」

 九条CEOが、肩を揺らして小さく笑った。

 その不器用な笑い方が、前世の愛するクライス様と少しだけ完全に重なって見えて、私はまた「尊い」と胸元を押さえる。


「藤咲」

「はい」

「それ(限界化)」

「何でしょう」

「これから俺と二人きりの時、毎回やるのか」

「言われなくても、標準装備です」

「そうか」

「そうです」


 九条CEO――いいえ、今はまだ、九条社長と呼ぶべきなのだろう。

 その人は、少しだけ呆れたような、それでいてどこか深く満たされた顔で、私をやさしく見ていた。


 記憶がなくても。

 時代が違っても。

 名前が違っても。


 魂の深いところは、もう、お互いにハッキリと知っているのだ。


 この人の隣の『特等席』こそが、自分の帰るべき居場所だと。

 そして、この人もまた、何度生まれ変わっても、私を見つけて選んでくれたのだと。


 ――ええ。

 今世での初めての告白も、やはり、限界オタクには供給の火力が強すぎましたわね。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

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