第108話 情報戦なら負けません。限界オタクの特定能力を舐めるな
ミレン――もとい、今世のミレーヌの転生体である底辺炎上系インフルエンサーが、私の愛する推し(社長)の会社へ露骨に牙を剥き始めてから一夜。
私は、たいへん静かで冷酷な顔で、自宅の狭いワンルームのノートパソコンを開いていた。
時刻は、午前一時十二分。
部屋のメイン照明は落としてある。
卓上ライトだけが、デュアルモニターと高速で叩かれるキーボード、詳細を書き殴るメモ帳と、飲みかけの無糖紅茶を不気味に照らしている。
そして、ブルーライトに照らされた画面の向こうには。
「……1ミクロンも逃がしませんわよ」
X、インスタグラム、TikTokの過去ログ。
動画配信サイトのすべてのアーカイブ。
法人登記情報検索。
過去のイベントの協賛企業一覧ページ。
消されたインタビュー記事のキャッシュ。
削除済み投稿のスクショ。
相互フォローと「いいね」の履歴。
投稿のタイムスタンプ。
そして、公開プロフィールの微妙な変遷履歴。
広大な、底なしのネットの海である。
そして私は。
前世から今世に至るまで、最愛の推しの『公式供給(スチル、ボイス、情報)』を1秒たりとも、一言一句取りこぼすまいと、血眼になってあらゆる記録を収集・整理・分類・保存してきた、筋金入りの『限界オタク(ネットストーカー)』である。
つまり。
「ネットの特定班(本職)に喧嘩を売りましたわね。万死に値しますわ」
誰に聞かせるでもなく、私は深夜の部屋で、死刑宣告のように静かに呟いた。
◇ ◇ ◇
今回の件は、単なる“悪口の拡散”ではない。
ミレンの動画は、現代のコンプライアンスの隙を突く巧妙なものだった。
具体的な社名や個人名は決して名指ししない。
だが、誰のことか絶対に分かるように、絶妙なラインで匂わせる。
しかも、“権力者に虐げられる女性を守る側の、正義の告発者”を演出しながら、自分のアカウントの再生数とインプレッション収益へ変えていく。
最低である。生ゴミ以下だ。
そして、前世の公爵令嬢時代から、私が最も反吐が出るほど嫌いなタイプだ。
だが、最低であることと、有能であることは別だ。
そして彼女は、人間として最低ではあるけれど、犯罪者としては致命的に『有能ではない』。
ここが重要である。
「……本当に、前世からずっと詰めが甘くて雑ですわね」
私は、ミレンの生配信アーカイブを2倍速再生しながら、呆れて呟いた。
発言のテンポ。
感情の乗せ方と強調の仕方。
“ここが切り抜かれて拡散される”と計算して分かっている、あざとい話し方。
それ自体は、炎上商法として現代風に洗練されている。
だが。
「『自分を見てほしい』という自意識が、気持ち悪いほど前へ出すぎですわ」
彼女は、自分がいつでも舞台の主役でいたいのだ。
“巨悪を暴露する可哀想な私”を見てほしい。
“嘘を見抜いてる私、賢くて強いでしょ?”と、男たちに褒めてほしい。
その自己顕示欲が、隠しきれずにダダ漏れになっている。
前世のミレーヌも全く同じだった。
常に舞台の中央で、悲劇のヒロインとしてチヤホヤされていなければ気が済まない。
なのに、自分が光るために、他人の平穏を踏みつけることへは一切の躊躇がない。
魂の腐った根っこは、本当に変わりませんわね。
私は手元のメモ帳へ、高速で箇条書きで分析を整理した。
・主目的は『正義の告発』ではなく『自身の承認欲求と注目』
・うちの企業への攻撃は、アーサーに頼まれただけの『手段(案件)』
・情報源を複数(内部告発者など)に見せかけているが、語彙と感情の揺れが『完全に一人分』
・自分で火をつけ、自分で“被害者の代弁者”を演じる、安っぽい自作自演の構図
・依頼主のアーサー・テック側との接点は、まだ『完全な法的証拠』には至らず
・だが、承認欲求ゆえに『デジタルの足跡』が残りすぎている
「よろしいですわね。狩りの時間ですわ」
私は、さらに別の検索窓へ長い指を伸ばした。
ミレン本人の『現行の公式アカウント』を洗うだけでは足りない。
こういう承認欲求の塊のタイプは、満たされない自意識を発散するために、必ずネット上に『別の顔』を複数持つ。
本垢。
仕事(案件)垢。
親しい取り巻きだけの裏垢。
自作自演・企画用の捨て垢。
過去の古い名前。
前の所属事務所。
一度炎上して消したアカウントの残骸。
推しの過去の供給や、極秘のプライベート情報を血眼で追う時もそうだった。
現代人は、完全にはデジタルの痕跡を消せない。
好きな言い回し。
自撮り写真の光の角度と画角。
ログインする時間帯。
よく使う絵文字の組み合わせ。
感情が高ぶった時の語尾。
写真の端にわざとらしく映り込む、ブランド物の持ち物。
“自分では完璧に隠したつもり”の承認欲求の癖は、必ずどこかに残る。
その微かな『癖(情報)』を、砂漠の中から砂金を探すように一つ残らず拾い上げるのが、訓練された限界オタクである。
「さて」
私はパキキ、と冷たい音を立てて指の関節を鳴らした。
「恐怖の『特定』のお時間ですわよ、ミレーヌ」
◇ ◇ ◇
オタクの網に最初に引っかかったのは、動画に映る『ネイル』だった。
「……あら?」
ミレンの現行アカウントの最新動画。
半年前の、美容クリニックのPR案件の投稿画像。
別名義の『港区女子系・ライフスタイルアカウント』の写真。
薬指と小指の、特徴的なラインストーンの配置デザインが、三つとも完全に同じだった。
もちろん、流行りのデザインで偶然の一致の可能性はある。
だが、特定班にとっては、偶然だけでは終わらない。
自撮りの背景に映り込む、特徴的な白い棚の木目。
高級な香水瓶の並べ方の順番。
左利きではないのに、写真を撮る時だけ“顔の左側を隠すため”にスマホを左手へ持ち替える癖。
テーブルに置かれたコーヒーカップの、マイナーなブランド。
深夜二時から三時に集中する、不自然な投稿時刻。
「はい、これで一本」
私は、その別名義アカウントをメモへ追加した。
そこから、さらに深く掘る。
別名義アカウントの相互フォロー欄。
その中に、よくつるんでいるイベント司会業をしている女性がいた。
その女性の過去のインスタ投稿を何千件も溯る。
二年前の、怪しいIT経営者が集まる船上パーティーの写真。
タグ付けされた人物一覧。
「まあ」
そのアカウントのひとつには、ポエムのようにこう書かれていた。
> “かわいくて強い女が、最後に全部勝つ”
> “あの子より、私の方が絶対にあいつの隣に似合う”
> “選ばれるのは、いつも私”
「……はい、これで二本目」
私は、そっと目を閉じて頭痛を堪えた。
ああ、本当に。
その一文だけで、だいぶ前世のミレーヌの腐った精神性の匂いが濃厚ですわね。吐き気がしますわ。
しかも、そのアカウントの交友関係からさらに辿ると、今のミレンと同じPR会社(アーサー・テックの出入り業者)に所属する、タレントの裏方スタッフの愚痴垢へ行き着いた。
そこで見つかった画像が、決定打に近かった。
イベント控室での、スタッフの集合写真。
背景はモザイク気味だが、端のテーブルに映るノートパソコンの『特徴的なステッカーの配置』が、現行のミレンの動画内で「これ私の私物〜」と紹介して見えたものと、完全一致。
「ありがとうございます」
私は思わず、深夜の誰もいない部屋で画面に向かって深く一礼した。
「詰めが甘すぎて、特定が容易で大変助かりますわ」
◇ ◇ ◇
午前二時半。
私は、息をすることすら忘れるほどの集中力で、ようやく“ミレン本人の、別名義アカウント群”を『四つ』まで特定した。
一つは、承認欲求を満たす美容系垢。
一つは、上から目線の恋愛相談系垢。
一つは、同業者を叩くための完全匿名の愚痴垢。
そして最後の一つが、今回の炎上の構造として、かなり面白かった。
「……あらまあ。古典的ですわね」
それは、表向きはただの『IT業界の内部事情に詳しいウォッチャー』を装ったアカウントだった。
フォロワー数は少ない。
だが、炎上を拡散させる『起点(火種)』としては優秀。
なぜなら、ここで“それっぽい業界の黒い噂”をポイッと投げ、別の匿名ボットアカウントがそれを拾って拡散し、そこへ影響力のあるミレン本人が“ファンからタレコミが来て、偶然見つけた風”に反応して動画で取り上げているからだ。
完全なる『マッチポンプ(自作自演)』である。
しかも、この業界ウォッチャー垢。
一人称を「俺」にして、文体を男っぽく偽装しているつもりらしい。
だが、だめだ。
限界オタクのテキストマイニングを舐めるな。甘すぎる。
「句読点の打ち方と、感情の乗り方が、完全に女ですわね」
私は真顔で、画面を睨みつけて呟いた。
“、”の不自然に多い打ち方。
断定した後に、「〜らしいけどね」「知らんけど」と一度やわらげて責任逃れをする癖。
感情的になって怒ると、文末が短く攻撃的になるところ。
そして、同性の他人(有能な秘書など)を下げる時だけ、妙にネチネチとした比喩表現が増えるところ。
全部、ミレン本人の動画の喋り方と、完全に一致している。
「はい、これで三本目」
私は、机の上のメモへ、真っ赤なボールペンで決定的な線を引いた。
現行ミレン垢(炎上拡大役)
↓
別名義美容垢(承認欲求)
↓
承認欲求垢(過去の繋がり)
↓
業界ウォッチャー擬態垢(炎上の火種役)
↓
愚痴垢(本音)
↓
「全部、綺麗に繋がりましたわね。ご苦労様ですわ」
背筋にゾクッと鳥肌が立つような、オタク特有の『特定完了の快感』があった。
推しの尊い公式供給を追う時は、幸福で胸がいっぱいだった。
今は違う。
冷たい。ひどく冷酷だ。
でも、その分だけ、殺意で思考の集中がどこまでも澄み切っている。
私は知っている。
こういう卑怯な相手は、“自分の正体が見えない安全圏にいる”ことだけが唯一の武器なのだ。
だったら、その被っている仮面を、防具ごと全部、丁寧に剥がして丸裸にしてしまえばいい。
◇ ◇ ◇
翌朝。
私は、ほぼ完徹で一睡もしていないバキバキの目で出社した。
だが、アドレナリンのおかげか、不思議と頭は恐ろしいほど冴え渡っていた。
秘書課へ着くなり、チーフが私の顔を見てギョッとする。
「ふ、藤咲さん」
「はい、おはようございます」
「……ものすごい顔してるわよ。絶対寝てないでしょ」
「ええ、有意義な徹夜でした。完璧な『成果』はございます」
「聞く前から、相手が可哀想になるくらい怖いのよね」
「最高の光栄です」
私は、チーフと法務部長と広報責任者、情報システム部のマネージャーへ、朝一番で「十五分だけお時間をください」と緊急招集をかけた。
会議室のスクリーンへ、深夜に作った完璧なパワポ資料を映す。
タイトルは簡潔に。
『ミレン関連・裏アカウント群の相関と自作自演の証明(暫定版)』
「……何これ」
広報責任者が、初手で映し出された複雑な相関図を見て絶句してそう言った。
「相手の息の根を止めるための、宝の地図です」
私は静かに、ニコリと答える。
「相手にとって、最高に嫌な意味で」
「それは見れば分かるけど……」
法務部長が、信じられないという顔で腕を組む。
「藤咲さん、君、これどこまで掘ったんだ」
「すべて、誰でも見られる『公開情報の範囲』だけで、ここまで」
「これを、たった一晩で!?」
「はい」
「……プロの調査会社でも、数週間はかかるぞ」
「推し(社長)と会社を守るための『限界オタクの執念』は、時にプロの調査会社を遥かに凌駕しますのよ」
「藤咲さん」
チーフが、頭痛を堪えるように真顔になる。
「今のは、頼むから『仕事の熱意』って言って。オタクって何」
「ええ、仕事です」
「その血走った目で言われても説得力ないわよ!?」
「ただの仕事ですとも」
私は、動揺する幹部たちをよそに、論理的に順を追って説明した。
現行アカウントと別名義アカウントの完全な共通点。
投稿内容のスクショ。
画像背景の家具と、私物の一致。
テキストマイニングによる文体傾向の統計と同一人物の証明。
炎上を拡散させるための、マッチポンプ(自作自演)の導線。
そして、アーサー・テック側と繋がるPR会社との、過去の接点。
「この四つのアカウント」
私は画面をレーザーポインターで指した。
「間違いなく、ほぼ同一人物です」
「……」
「そして」
「……」
「ここが本丸です」
次の決定的なスライドへ切り替える。
「アーサー・テックの『広報委託先』と、ミレン側の『案件管理会社』が、昨年から全く同じ外部の怪しいPRベンダー(ダミー会社)を共通して使っております」
広報責任者が、息を呑んで目を細める。
「……完全に真っ黒、とはまだ言いきれない」
「ええ、法的な証拠としてはあと一歩です」
「でも、偽計業務妨害を立証するための『線』としては、十分すぎるほど濃い」
「その通りです」
法務部長が、低く、興奮したように言った。
「よくここまで、個人の力で情報を拾い上げたな」
「オタクの特定能力(ネットストーカー力)を、甘く見ていただいては困ります」
「……」
「失礼いたしました。有能な秘書ですので」
「いや」
法務部長は、頼もしそうに小さく息を吐く。
「君のその異常な執念の気持ちは、よく分かる」
「分かるんだ!?」
チーフが驚いた顔で突っ込む。
「法務としても、自社を不当に貶める嫌な敵を追う時の、この異常なまでの集中力と執念は、非常に合理的で頼もしい」
「ですよね」
私は我が意を得たりと、力強く頷いた。
◇ ◇ ◇
そこへ、会議室の重厚な扉が開いた。
「朝から、何をやっている」
静かで、絶対的な威圧感のある低い声。
振り返ると、九条CEOが立っていた。
ああ。
朝から顔面偏差値がカンストしていて、最高に顔が良いですわね。
いえ、今は尊さに浸っている場合ではない。
「社長」
チーフが慌てて立ち上がる。
「例のインフルエンサー・ミレン関連の、裏の相関図の整理です」
「……見せろ」
「はい」
九条CEOが、上座の席へ着く。
私は、少しだけ限界の呼吸を整えた。
そして、推しに向けて、もう一度、最重要部分だけを簡潔にプレゼンする。
「要するに」
私は最後に、結論を言った。
「相手は、自分では多面的にアカウントを偽装して、安全圏にいるつもりですが」
「……」
「詰めが甘すぎて、全然、隠し切れておりません。丸裸です」
「……」
「ミレンが表の顔」
「……」
「業界ウォッチャーや愚痴垢が裏の顔」
「……」
「その全部が、最終的に『アーサー・テック側の嫌がらせ導線』へ接続している可能性が極めて高いです」
九条CEOは、私の作った完璧な資料を数ページめくった。
その長い指先が、一度だけピタリと止まる。
「藤咲、これ」
「はい」
「この、膨大なテキストの文体比較分析」
「ええ」
「お前が一人でやったのか」
「はい。ツールも組みました」
「これを、たった一晩で?」
「はい」
「……」
「何か、不備がございましたか?」
九条CEOは、資料から目を離さず、しばらく黙っていた。
それから、ぽつりと本音を漏らすように言う。
「……お前の執念、少し怖いな」
「最高の光栄です」
「1ミリも褒めていない」
「存じております」
「……」
「ですが」
私は穏やかに、自信満々に笑った。
「推し(社長)の敵を潰すには、これくらい効いておりますでしょう?」
九条CEOの氷のような口元が、ほんの少しだけ、フッと動いた。
ああ。
はい。
それは、私の有能さを少し気に入ってくださった時の、あの反応ですわね。
「……ここまで相手の手の内が見えれば」
彼が、冷酷なCEOの顔に戻って低く言う。
「相手も、もうこれ以上は好きには動けない。袋のネズミだ」
「ええ」
「だが」
「はい」
「まだこれを表へ出すには、証拠の決定打が……」
「もちろんです」
私は深く頷いた。
「今は、真綿で首を絞めるように、相手の『逃げ道』を完全に塞ぐ段階です」
「……」
「内容証明や警告を叩きつけるのは、相手が調子に乗って完全にボロを出し、一番逃げられない形へ整ってから」
「いい判断だ」
九条CEOが、迷いなく短く言った。
「お前のプランのまま、進めろ」
「承知いたしました」
その一言(社長決裁)で、会議室の空気が完全に反撃モードに決まった。
広報は、さらなる炎上拡散導線の水面下での押さえ込みへ。
法務は、発信者情報開示請求と、警告書・証拠保全の準備へ。
情報システムは、アクセスログの時系列の完全整理へ。
そして私は、ミレンとアーサーの残りの足跡(裏の繋がり)の徹底的な掘削へ。
それぞれのプロの役割は、完全に定まった。
◇ ◇ ◇
会議終了後。
他の役員たちが足早にはけた会議室で、私は一人残って資料をまとめていた。
その時、九条CEOが、ふと立ち止まって低く言った。
「藤咲」
「はい、社長」
「お前」
「何でしょう」
「こういう、異常なまでの情報の追跡と特定は、昔から得意なのか」
私は一瞬だけ、資料を片付ける手を止めた。
昔から。
ええ、昔からですとも。
前世では、愛する夫の行動導線を把握し、尊い公式供給を取りこぼさず、彼に必要な物を先回りして揃えるために、常に目を皿のようにして観察していた。
前前世では、大好きなゲームやコンテンツの限定情報を誰より早く追うために、寝る間も惜しんでネットの海を泳ぎ続けていた。
「……そうですわね」
私は少しだけ、懐かしむように笑う。
「私が『好きなもの』を追う時は、だいたい」
「……」
「他の誰よりも、深く、地の底まで掘る方かと」
九条CEOは、しばらく無言でこちらを見ていた。
そして、静かに、少しだけ低い声で問う。
「……俺の会社は」
「……」
「お前のその『好きなもの』に、入るのか」
「ッ……」
ああもう。
その、無自覚に独占欲が滲むような甘い質問、だいぶ心臓への反則ではありませんこと?
私は一瞬だけ、息が詰まって言葉に詰まった。
だが、ここで照れて逸らすのも違う気がした。
「ええ」
私は、できるだけ穏やかに、真っ直ぐに彼の目を見て答えた。
「私の人生において、何よりも『大事なもの』、です」
「……」
「だから」
私は資料を胸に抱え直す。
「私の大事なものを、理不尽に傷つけようとする愚かな相手は、絶対に許しません。徹底的に把握して、潰します」
九条CEOの氷の目が、ほんの少しだけ、この上なくやわらかく、優しく解けた。
「……そうか」
「はい」
「なら」
彼はごく自然に、最大の信頼を込めて言った。
「すべて、お前に任せる」
「……!」
ああ。
はい。
その無防備な信頼の寄せ方は、オタクにとってだいぶ危険ですわね。
“すべて任せる”。
その一言へ、どれほどの重い信頼と愛情が含まれているか。
前世を知る私には、痛いほど、嫌というほど分かってしまうのだから。
私はそっと跳ねる胸元を押さえ、完璧な秘書の顔で深く一礼した。
「すべて、私にお任せくださいまし」
ミレーヌ。そしてアーサー。
今世でも、あなたたちは変わらず浅はかで、愚かでしたわね。
でも、残念でした。
私の最愛の推し(社長)を守るための限界オタクは、現代のネットの海でも、かなり無敵で強いのですわよ。
震えて眠りなさい。




