第103話 ライバル企業の嫌がらせを、コンプライアンスの刃で斬り伏せる
あのポンコツ元王太子が率いる『アーサー・テック』との、不快な三社合同協議から、三日後。
推しの城であるクライス・ホールディングス社内には、うっすらと、しかし確実に『不穏で嫌な空気』が流れ始めていた。
最初は、火のないところに意図的に立てられた、些細な煙のようなものだった。
「あの大型買収の件、九条社長が独断で止めたらしいぞ。保守的すぎるよな」
「いや、俺が聞いたのは、うちの海外拠点で深刻な財務トラブルを隠してるって話だ」
「最近、その責任を取らされて役員の一人が辞めるかもしれないとか何とか……」
廊下の端の立ち話。
給湯スペースでのヒソヒソ話。
社外の業界人が集まるSNSのチャット。
就職系の匿名掲示板。
妙に“それっぽい(内部事情を知っていそうな)”温度感で、しかし決定的な証拠やソースは一切ないまま、ジワジワと悪意のある噂話が広がっていく。
私は、自席のモニターで社内ポータルへ上がってきた『広報部からのリスクモニタリングレポート』を見ながら、オタクの冷ややかな溜め息を小さく吐いた。
「……始まりましたわね。お約束の展開が」
隣で、先輩秘書が不安そうに眉を寄せる。
「何が始まったの、藤咲さん」
「嫌がらせですわ」
「嫌がらせ? どこからの?」
「ええ」
私は感情のない手つきで淡々と、画面のレポートをスクロールした。
「しかも、だいぶ古典的で、三流悪役テンプレみたいな面倒なやり方ですわ」
「古典的って?」
「直接、事業の数字やコンペで正面から殴り合ってくるのではなく」
私は綺麗に整えられた指先で、レポートの匿名書き込みの箇所を示す。
「“どこからともなく湧いた、不安を煽る怪文書”の形にして流す」
「……」
「責任の所在(発信源)を巧妙に曖昧にしつつ、うちの社長と会社の『信用』だけを一方的に削る」
「……」
「本当に、実務能力が無能なくせに、こういう陰湿な小細工だけはご熱心ですわね」
「き、急に藤咲さんの悪口の切れ味が鋭くて怖いんだけど」
「ただの事実(本音)ですので」
先輩秘書は、私の冷酷な目に少し引いた顔をした。
でも、気持ちは痛いほど分かるらしい。
彼女もレポートへ目を落とし、不快そうに顔をしかめる。
「たしかに、事実無根なのに気持ち悪い広がり方してるわね。社長の耳に入れたくないわ」
「でしょう?」
「これ、どこから出た情報か、出どころ追えるのかな……」
「追えますわ。IPアドレスごと」
私は少しの迷いもなくキッパリ言った。
「完全に追わせます」
「……」
「現代の法とコンプライアンスに則って、合法的に」
「その笑顔での付け足し方、逆に裏社会の人みたいで怖いんだけど」
ええ。
ですが、これは限界オタクとして非常に大事なことです。
今世の私は、前世みたいに圧倒的なチート魔法で、相手の城ごと物理で黙らせるわけにはいかない。
ここは現代日本。
法と証拠と手続きと、情報開示請求がものを言う、高度な法治国家の世界だ。
でしたら、よろしい。
こちらも、現代日本のルールに則って、完膚なきまでに合法的に潰して(社会的に抹殺して)差し上げればいいだけである。
◇ ◇ ◇
問題の兆候は、その日の昼過ぎには、さらに面倒な形で一つ増えた。
「藤咲さん、法務部の松本です」
私のデスクの電話に、法務部長から直接の内線が入る。
「はい、お疲れ様です」
「念のため、社長秘書にも共有です。本日の午前中、匿名の情報提供が、うちの外部監査窓口へ複数件届いています」
「内容は」
「うちの海外子会社の『不正会計』と『社長の隠蔽』を示唆するものです」
「……」
「ただし、具体的な数字や裏づけとなる証拠データは一切添付されていません」
「でしょうね」
私は、予想通りすぎて静かに答えた。
「ご共有ありがとうございます。その原文テキスト、私宛にもセキュア便で共有いただけますか」
「もちろん。すぐに送ります」
数秒後、回ってきたメールの文面を開く。
『内部の者です』
『近く、我が社の海外拠点で大きな不正会計が発覚する』
『九条社長がその事実を知りながら隠蔽している』
『上場企業として、今のうちに監査を入れた方がいい』
「…………」
私は、数秒その怪文書を見つめたあと、そっと頭痛を堪えるように目を閉じた。
ああ。
はい。
大変に見覚えのある、ポンコツな手口ですわね。
決定的な証拠は出さない。出せない(存在しないから)。
だが、“内部告発風”の形にすることで、受け手(監査)へ「無視して万が一事実だったら責任問題になる」という圧をかける。
しかも文面の主語を徹底的に曖昧にして、後から「自分は噂を聞いて善意で通報しただけだ」と、どうとでも逃げられるように予防線を張っている。
前世の性悪ヒロインだったミレーヌは、もっと感情的で支離滅裂で雑だった。
だが、あの元王太子アーサーは、昔からこういう“自分は手を汚さずに、賢い策士としてやってる感だけある小賢しさ”が大好きだった。
実務が無能なくせに、自分が天才軍師だと思っている時のあの男の動きが、実にこんな感じなのだ。魂のレベルで成長していませんのね。
「……やっぱり、お前ですわね」
私は画面を睨みつけ、小さく呟いた。
「何がやっぱりなの?」
チーフが、背後から書類の束を抱えて声をかけてくる。
「いえ」
私はすぐに振り返り、営業スマイルを作った。
「相手の底が、私の想像どおり浅はかでポンコツだというだけです」
「……」
「ただし」
私はタブレットの画面を示す。
「この薄っぺらい怪文書の放置は危険ですわ」
「同感よ」
チーフが厳しい顔で腕を組む。
「事実無根の嫌がらせでも、“監査窓口へ重大な通報があった”という事実は履歴に残る」
「ええ」
「こちら(会社側)の対応が遅いと、逆に本当に隠蔽しているように怪しく見えるわ」
「その通りです。それが奴の狙いですわ」
チーフは、私の能面のような顔を見て、少しだけ目を細めた。
「藤咲さん」
「はい」
「あなた、もう完全に『反撃の手順』を考えてるハンターの顔ね」
「もちろんです。私の推し(社長)に泥を塗ったのですから」
「怖いけど、聞かせて」
私はコクリと頷き、タブレットを閉じた。
「まず第一に」
「……」
「徹底的な『証拠保全』です」
「うん」
「社外のSNSの噂、匿名掲示板の投稿ログ、監査窓口への通報のIPアドレス、そして『メディアの記者への接触の有無』」
「記者?」
「ええ」
私は淡々と、前世の貴族社会の情報戦のセオリーを口にする。
「こういう小賢しい流れは、大抵どこかで週刊誌やネットメディアへ“記事化できませんか”というリークの打診が裏で走ります」
「……」
「法務、広報、情報システム部、監査対応、これらすべての部署を、社長の権限でまとめて先に動かします」
「……」
「そして」
私は扇を広げるように、静かに、優雅に微笑んだ。
「この稚拙な怪文書の出どころを、火あぶりにして綺麗に炙り出します」
チーフが、ゾッとしたように小さく息を吐く。
「……笑顔が底冷えしてて怖い」
「有能な秘書の仕事ですので」
「その言い方で全然安心できないのよね」
◇ ◇ ◇
夕方。
私は、九条CEOの執務室へ呼ばれた。
中へ入ると、窓の向こうの東京の景色はすでに夜の帳へ傾きかけている。
綺麗に整頓された広いデスクの上には、法務部と広報部から緊急で上がってきた一次報告書。
九条CEOは、そのすべてへすでに目を通したあとだった。
「藤咲」
「はい」
「外で流れている噂のログも見たか」
「すべて見ております」
「監査窓口への通報文も?」
「はい」
「秘書としての、君の率直な感想は」
私は少しだけ考えてから、遠慮なく答えた。
「実に、雑で幼稚ですわね」
「……」
「ただし」
「……」
「非常に嫌らしく、悪質です」
九条CEOが、鋭い視線でわずかに目を細める。
「理由は」
「どんなに雑な嘘でも」
私はデスクへ一歩進み、報告書の上へ視線を落とす。
「人間の“不安”は、ウイルスのように簡単に伝染するからです」
「……」
「決定的な証拠がなくても、“あの大企業に、何か裏の黒い噂があるらしい”という空気を撒き散らすだけで、人は勝手にざわつく」
「……」
「株価を気にする投資家も、取引先も、自社の社員も」
「……」
「だから、こういう目に見えない泥を投げるやり方は、極めて質が悪い(許せません)」
九条CEOは、黙って私の怒りを孕んだ目を見る。
その沈黙は、“俺の秘書として、続きの策を言え”の合図だ。
「対処は、同時進行で三段階です」
私はハッキリと、よどみなく言った。
「一つ、社内の動揺を抑える『内部確認とコメントの統一』」
「……」
「二つ、外部メディアの動きを封じる『外部監視と牽制』」
「……」
「三つ」
私は真っ直ぐに、推しの目を上げる。
「相手の違法行為(偽計業務妨害)の『立証と法的措置の準備』です」
「……」
「確たる証拠が取れると?」
「確実に取れます」
私はキッパリと、自信満々に答えた。
「少なくとも」
「……」
「この相手は、自分が賢い策士だと思い上がって、行動が雑になっている」
「……」
「そういう人間は、自分の踏んだデジタルの足跡(IPやアクセスログ)を、絶対に最後まで消しきれません」
九条CEOの長い指先が、机をトン、と一度だけリズム良く叩いた。
思考を巡らせている時の、彼の無意識の癖だ。
前世でも、作戦を考える時に、剣の柄や作戦卓の縁へ指を軽く触れていらした。
ああ、本当に、魂の癖は変わりませんのね。尊いですわ。
「……随分と、特定の相手への心当たりがあるように聞こえるな」
「あります」
私は即答した。
「相手の『ポンコツな性質(性格)』に、です」
「性質」
「ええ」
「アーサー・テックの有栖川社長か」
「はい」
私は静かに、冷たい目で頷いた。
「自分は天才で頭が良いと思っている」
「……」
「でも、実際には実務能力がなく、詰めが致命的に甘い」
「……」
「他人を無能と見下すくせに、最後は他人の優秀さ(投資家の金や部下の力)へ甘える」
「……」
「そして」
私は冷酷に笑った。
「正面から勝てず不利になると、陰から卑怯に足を引っ張る」
執務室の空気が、ほんの少しだけ、私の殺気で静まり返った。
九条CEOは、しばらく何も言わなかった。
やがて、低く問う。
「……ずいぶん、相手のプロファイリングが具体的だな」
「こういうタイプとして、過去にひどく見覚えがございますので」
「過去? どこで」
「前世からの、人生経験です」
「……やけに重いな」
「ええ。とても」
「だが」
九条CEOの氷の目が、少しだけ頼もしそうにやわらぐ。
「君の分析には、不思議と圧倒的な説得力がある」
「最高の光栄です」
その時、デスクの内線が鳴った。
法務部長からだった。
『社長、夜分に失礼します。松本です。追加で緊急の報告が一点』
「何だ」
『先ほどの匿名通報とほぼ同じ文面のタレコミが、大手経済誌のWEBメディア二社へも送られていたようです』
「……」
『ただし、現時点では証拠不足として、記事化の動きはありません』
「分かった。引き続き注視しろ」
内線が切れる。
私は小さく、呆れた息を吐いた。
「やはり。テンプレ通りですわね」
「完全に、君の予想通りか」
「ええ。バカの一つ覚えです」
「なら」
九条CEOが、CEOの顔になって言う。
「今日中に、反撃の骨子(プロジェクト案)を作れ」
「承知いたしました」
「法務、広報、監査、情報システム。お前の権限で、すべてを動かせ」
「私が全部束ねます」
「俺の秘書として、一人でできるか」
「何を今さら」
私は穏やかに、頼もしい笑みで微笑んだ。
「あの過酷な領地経営のマルチタスクに比べれば、現代のオフィスワークなど、だいぶ平和で容易いですわ」
「……」
「……」
「……今のおかしな発言は、聞かなかったことにしておく」
「助かります。推しへの愛の力ですわ」
◇ ◇ ◇
その日の夜。
社長秘書である私を筆頭に、法務部長、広報責任者、情報システム部マネージャー、内部監査室長。
本来なら、それぞれが激務で、なかなか足並みの揃いにくい各部署のトップ面子が、社長特命の緊急の打ち合わせへ集められた。
深夜の会議室の空気は、かなり重く、ピリピリしていた。
「皆様、夜遅くに急遽お集まりいただきありがとうございます。まず結論から申し上げます」
私はメインモニターの前へ立ち、凛とした声で告げる。
「今回の一連の件は、偶発的なただの噂の拡散ではありません」
「……」
「明確な悪意を持って意図的に設計された、我が社と社長への『信用毀損』の試みです」
法務部長が、厳しい顔で腕を組んだまま問う。
「断言する根拠は」
「こちらです」
私は手元のタブレットを操作し、画面へデータを映す。
社外のSNSで噂が流れ始めた時刻。
監査窓口への匿名通報の送信元IPの属性。
外部の匿名掲示板への書き込みの『文体傾向』。
メディア記者宛への情報提供のタイミング。
そして、それらがすべて特定の日時――『アーサー・テックとの三社合同会議の直後』から、妙に不自然に集中して始まっていること。
「さらに」
私は次の詳細なスライドを出す。
「投稿された文章の、テキストの文体の癖」
「……」
「不自然な改行位置」
「……」
「語尾の言い回しのパターン」
「……」
「そして、経営用語として『誤用されている専門用語(スキーム等)』の完全な一致率」
広報責任者が、私の提示したデータに目を丸くした。
「ふ、藤咲さん……あなた、たった数時間で、テキストマイニングでそこまで細かく見るの?」
「見ます」
私は即答する。
「こういう他力本願で雑な嫌がらせは、だいたい焦って“書く本人の知能の地”が出ますので」
情報システム部マネージャーが、少し恐ろしいものを見るように感心して言った。
「凄まじいテキスト分析とプロファイリング能力だな」
「ツールを使った簡易的なものですが」
「でも、着眼点が十分すぎるほど鋭い」
「ありがとうございます。オタクの特定能力(執念)ですわ」
内部監査室長が、険しい顔で配布資料をめくる。
「つまり」
「……」
「相手は、複数の匿名経路を使って情報を分散させているつもりでも」
「……」
「文章の癖や、アクセスのタイミングが完全に揃ってしまっている」
「その通りです」
私は深く頷いた。
「完璧に隠れているつもりで、IT企業としてはだいぶ素人で雑です。底が知れています」
法務部長が、ようやく少しだけ反撃の口元を動かした。
「なるほど。状況証拠としては十分だ」
「ええ」
「で、社長秘書殿。こちらはこれから何をする」
私は、不敵な笑みでスライドを切り替えた。
『今後の対応方針』
一、事実確認が完了するまで、社内外向けのコメントを広報で完全に一本化。
二、裁判所を通じた証拠保全命令の準備と、各プラットフォームへのアクセスログ保存要請。
三、虚偽流布・信用毀損・不正競争防止法違反・名誉毀損での、刑事・民事両面での法的整理。
四、必要に応じて、内容証明郵便(警告書)の送付と、記者向け正式説明(カウンター会見)の準備。
五、水面下で、相手先の『本当の不正兆候(財務状況)』を徹底的に洗う。
「最後の五番」
広報責任者が、ギョッとして眉を寄せる。
「水面下で、相手先の不正兆候を洗う?」
「ええ」
私はニッコリと、最高に美しい笑顔で笑った。
「こちらへこんな根も葉もない、汚い情報戦を仕掛けてくるような倫理観の方が」
「……」
「ご自分の足元(経営)だけは綺麗でクリーンだとは、到底考えにくいでしょう?」
深夜の会議室に、ほんの少しだけ、身震いするような空気が変わった。
ああ。
はい。
皆様、そこへ大変興味がおありですわね。
「藤咲さん」
法務部長が、ジッと私の底知れぬ目を見た。
「社長秘書にしておくには惜しい、かなり本気でえげつない手口だね」
「当然です」
私は真顔で、一切の感情を交えずに答える。
「私の最愛の推し(社長)の貴重なお時間と、彼が築き上げた会社の信用を、あんな無能な虫ケラに無駄に削られるのは、絶対に我慢なりませんので」
「……」
「法に触れないよう、完全に合法的に、完膚なきまでに潰します」
「その笑顔での付け足し、やっぱり裏社会の掃除屋みたいで怖い」
広報責任者が引き気味に言う。
でも、それでよろしい。
前世なら、王城の謁見の間で魔法でドカンと断罪して、物理で終わらせていた。
だが、今世は違う。
証拠を隙間なく積み上げ。
適法な手続きを踏み。
相手の逃げ道を完全に塞いでから、社会のどん底へきれいに落とす。
その方が、現代社会のルールにおいては、よほど残酷で美しい。
◇ ◇ ◇
対策会議が終わる頃には、もう夜もだいぶ深く更けていた。
参加した役員やトップたちは、それぞれの重いタスク(反撃の準備)を持ち帰り、法務と監査は法的措置の追加調査へ、広報はメディア向けの想定問答の準備へ、情報システムはログの完全保存へと散っていった。
最後に静かなフロアに残ったのは、私と九条CEOだけだった。
「……随分と、鮮やかで切れ味がいいな」
執務室へ戻る静かな廊下の途中、九条CEOが低く感心したように言う。
「何がでしょう」
「『コンプライアンス(法令遵守)』という現代の武器の使い方が、だ」
「まあ」
私は少しだけ、オタクの笑みをこぼした。
「コンプライアンスという刃物は、正しく使えば、どんな名刀よりも美しく致命傷を与えるものですわ」
「……秘書の口から出るには、ひどく物騒なことを言う」
「事実です」
「……」
「違法な手段で感情的に殴るのは、三流の愚か者のやることです」
私は淡々と続ける。
「合法の範囲内で、相手が一番痛くて困る急所(証拠)を正確に突く」
「……」
「それが、現代社会において一番効率的で、相手を黙らせる最適な手段でしょう?」
九条CEOは、小さく息を吐いた。
だが、私のその恐ろしい合理性を、全く否定はしなかった。
「藤咲」
「はい、社長」
「君は、あの有栖川を」
「ええ」
「かなり、個人的に嫌っているな。親の仇のように」
私は一瞬だけ、廊下で足を止めて黙った。
それから、静かに答える。
「ええ。反吐が出るほどに」
「……理由は」
「……」
「言いたくなければ、無理に言わなくていい」
「いえ」
私は首を振った。
「ただ」
「……」
「私が一番大事にしているもの(あなた)を、自分の見栄のために平気で雑に扱うような方は」
「……」
「前世の昔から、魂のレベルで嫌いですの」
九条CEOは、私のその真っ直ぐで重い瞳を見て、それ以上は聞かなかった。
ただ、「俺もだ」と言うように、横顔だけで静かに頷いた。
その絶対的な信頼の反応だけで、私には十分だった。
私は心の中で、そっと最終的な決意を固める。
前世でも、アーサーは自分の愚かさへ全く自覚がなかった。
だから、周囲の誠実さや努力を平気で踏みにじり、最後は自滅した。
今世でも同じなら。
同じように、こちらの会社と私の愛する推しを雑に扱うつもりなら。
ええ。
今度こそ、1ミクロンの容赦もなく、二度と這い上がれないように社会的に抹殺して、逃がしませんわよ。
私は、美しい東京の夜景の見える廊下のガラスへ、ぼんやりと映る自分を見た。
そこにいたのは、パリッとしたスーツを着た、静かな顔をしたただの美人秘書だった。
でも、そのスーツの胸の内にあるのは。
限界オタクの狂気的な重い愛と、人生二周分の圧倒的な実務経験と、アーサーに対するだいぶ冷え切った殺意(怒り)である。
「では」
私は小さく、極上の笑みで呟いた。
「合法的なお掃除へ、参りましょうか」
私の握る『コンプライアンスの刃』は、もう鋭く研ぎ終わっている。
あとは、相手の急所へ、情け容赦なくきれいに入れるだけだった。




