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sideA-6 エカード・エアフォルク

 カトリーナが食堂を出てから、気まずい空気が流れる。


 あまりにも冷酷な態度を義娘に見せる継母の態度に、僕だけでなくトーマンでさえ引いたような目をしていた。

 また、当の継母本人は闇のオーラを放っている。が、僕から見ればそれはもはや、ただの意地っ張りにしか見えない。


「ハリエット夫人、あんたな……」

「何かしら、エカード・エアフォルク。あなたも用が済んだならさっさと帰ってちょうだい。今から学術研究会やら何やらやってきて、この屋敷での出来事をくまなく調べるのだから、邪魔よ」

「いや、あの……あんた、本当に不器用すぎるんだよ」


 元同僚としてこれだけは言っておきたいところだ。

 しかしこれにはすぐにトーマンが反応し、僕に威嚇してくる。


「貴様! 母上に向かってなんて態度だ!」

「うるさい。お前がいると話がこじれるから、カトリーナを慰めに行ってこい!」


 そう言うと彼は「ハッ! そうだな!」と手のひらを返し、俊足で食堂を出ていった。

 リタたちも後始末に追われ、この場には僕とハリエット夫人だけになる。


 すると、彼女は氷のような表情をわずかに崩した。偽魔石ライトの鉛玉をくらって応急処置的に僕の回復薬を飲ませただけなので、しばらく安静にしていなくてはいけない。

 ただ、まだ屋敷内部は慌ただしい。女主人が倒れていたら使用人たちへ示しがつかない。威厳を保つために「寝ていられないわ」なんて言って、すぐにこの調子だ。

 本当に、どこかの誰かと似たような芯の強さだと思う。


「ちょっといいか、ハリエット夫人」


 僕はおずおずと彼女に声をかけた。


「あんたのその態度は良くない。昔からそうだったが、周囲に誤解を招きやすいぞ」

「あら、あなたこそそういうタイプじゃなかったかしら? それとも何? あの娘のおかげですっかり丸くなったの? ホムンクルスを作りかけてクビになったほど尖ってたのに」

「わー! 僕の黒歴史をとつとつと語るな!」


 まったく、油断も隙もない。恐ろしい女だな、本当に。


「フン、黒歴史として感じているところが甘いわ。男ならそれくらいの過去を背負って生きていくくらいの気概を見せたらいかがかしら。平民の心は折れやすくて本当にダメね」


 クソッ。ダメだ。彼女と話していたら僕のメンタルが死ぬ。

 カトリーナもよくこんな女と一緒に暮らせていたよな。こんなのを毎日浴びてたから、彼女を反面教師にしていたのか。そりゃいい子に育つわ。教育方針、かなり間違ってると思うけど。


 よし、早めに終わらせて帰ろう。帰りたい。まだ終わってない仕事もあるし。


「ともかく、あんたはそのツンツンした態度を直せ。暴力で解決するところもな。僕が性格緩和の薬でも作ってやろうか」

「結構よ」

「あぁ、そうかい。じゃあ、いいんだな? カトリーナはうちで引き取らせてもらうが」

「えぇ、あんな娘、もう用済みだもの。煮るなり焼くなり好きにしたらいいわ」


 ハリエット夫人は腕を組んで言う。その表情は溶けない氷のようで、ゆらぎが一切ない。

 その鋼のメンタルは目を見張るものがあるが……。


「本当にこのままでいいのか?」


 カトリーナに誤解を与えたままで本当にいいのか。

 しかし、ハリエット夫人は死んでも態度を崩さないだろう。こうして自らの身体を張ってまで家を守り、自分の立場も貶めることも厭わない。


 だからこそ、僕のこの問いに対しても彼女は鼻を鳴らして毅然と答える。


「このままがいいのよ」


 そう言うとハリエット夫人は一息ついて食堂を出ていき、執事を呼び寄せて屋敷の掃除を言いつけた。

 自分は部屋に戻ろうとしていく。その様子を見ていると昔、学術研究所で働いてた頃の融通がきかなそうな彼女の背中を思い出す。


 本当に不器用な人だ。

 彼女と相容れないカトリーナでさえ、夫人が怪我をした際はあんなに心配していたのに。


「……ハリエット夫人」

「まだ何か? 薬のお金は出さないわよ」

「そんなのいいよ。ただ、これだけは言っておく」


 立ち止まるも背を向けたままの彼女に、僕は苦笑を投げる。


「あんたは嫌なやつだが、子供たちはそう簡単にあんたを嫌いにはならないよ」

「……何を根拠に」

「あんただって、あの二人の狼狽ぶりを見ただろ。トーマンもカトリーナも、あんたに利用されてひどいことを言われても、目の前で大怪我されたら反射的に心から心配していたんだ」


 すると、彼女は深いため息をついた。

 そして振り返りもせず、小さくつぶやく。


「そんなことないわよ」


 ***


 食堂を出ると、カトリーナはもともと自分が使っていたという部屋に向かったらしい。通りすがりのメイドに聞いた。


 まぁこの屋敷のことは僕もそれなりに把握しているので、彼女の部屋の場所が変わってない限り、道に迷わず行ける。


 通路を抜け、だだっ広く、無限に段数の多い重厚な階段を上がる。

 その際、僕はすうほんの数時間前のことを思い出していた。ハリエット夫人が僕らに向かって頭を下げ、事情を説明していたあの時のことを。


『この計画はなんとしても今日、決着をつけたい。この家のために、あなたたちにはカトリーナを助けてほしい』


 カトリーナをさらった時とは比べ物にならないほどの真摯な態度に驚かされたが、彼女の家を守るという使命感だけは昔から強いものだったことは知っていたので、すぐに応じた。


 きっと、夫人は伯爵が亡くなってからずっと一人で戦っていたんだろう。

 それまで優秀だったが貴族社会で打ちのめされ、挫折と屈辱を味わった自分に手を差し伸べたお人好しすぎるライデンシャフト伯爵のために。自らはこの屋敷の影として。

 僕も似たような経験があるから、伯爵のために尽くしたいと思う気持ちはわかる。

 でなければ、突然訪ねてきたカトリーナのことなんかすっかり忘れていたと思う。


 階段を上がり、絵画が飾られた廊下を歩き、奥の白い扉が見えてきた。カトリーナの部屋だ。

 僕は扉の前に立ち、息を整えて控えめにノックした。


「カトリーナ、僕だ。エカードだ」


 しかし、答えはない。


「カトリーナ? 大丈夫か?」


 そういえば、カトリーナは『スキルがなくなった』とか言ってたな。

 あれか。ハリエット夫人が作っていたという前世の記憶を抑える薬……。

 僕のホムンクルスとほぼ同レベルでヤバい代物を作って使っていたのが恐ろしいんだよな。


 しかし、カトリーナの反応がない。倒れてたりしないよな。


「カトリーナ、入るぞ?」


 ドアノブに手をかけ、遠慮がちに扉を開ける。


「カトリーナ?」


 彼女は暗い部屋の中心に立ち、何かを見つめていた。

 それは銀色に光る、魔剣──。

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今話と次話まで更新してます!続き「第38話 記憶を呼び覚ます魔剣」までどうぞ!

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