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第38話 記憶を呼び覚ます魔剣

「カトリーナ、大丈夫か?」


 エカード先生が遠慮がちに入ってくる中、私はお父様の魔剣を手にしていた。


 自室で荷造りしようとしていたら、お部屋の真ん中に魔剣が刺さっていたのよ……。

 どうしてこんなところに?

 でも考える間もなく、そこにあったら抜きたくなるもので、私は銀色の魔剣に吸い寄せられるように手を伸ばした。


 お義母様に『利用価値はない』と言われ、スキルもなくした今、私がこの魔剣を手直しする技術も気力もない。けれど、心が勝手に赴く。


 魔剣の柄を掴むと、そこから手を伝い、全身にあたたかい何かが流れていく。

 これは魔力かしら。脳内にお父様との記憶が流れ込んでくる。そして、どんどん時がさかのぼっていき、ドワーフが魔剣を磨く映像が流れていく。

 これは……魔剣の記憶?


「カトリーナ? おい、カトリーナってば」


 突然肩を掴まれ、ハッと我にかえる。

 振り返ると、エカード先生の心配そうな顔が近くにあった。


「先生……私……」

「なんだ、それは……って伯爵の魔剣じゃないか。どうして君の部屋に」

「あ、えーっと、なぜでしょう? 部屋に入ったらここに刺さっていて」


 私はみなぎる魔力に混乱し、一気に脳内に流れ込んできた記憶を処理するのに大変で、うまく受け答えができているかわからなかった。


 ただ、大事なものが戻ってきたという感覚だけははっきりと実感できる。


「先生、私この魔剣の手直しをしたいです」

「あぁ、そうだったな。でも確かスキルが……」

「ハッ! そうでした! 私、スキルがなくなっちゃったんです! お義母様の変な薬で!」


 現実を思い出し、再びパニックになる。

 えぇーん! どうしよう! スキルがないと私はあの工房に戻る資格がないわ。

 それこそ何もできないし伯爵令嬢でもない、何もない私でしかない。


「あの、エカード先生」

「なんだ?」

「私、今からでも錬金術を勉強したら使えるようになりますかね」

「は? 何を言ってるんだ」

「だって、弱くてダメダメな私にも誇れるスキルがあったのに、それがなくなったらもう……」


 ダメだ。こんなの私らしくない。

 でも、失ってしまったものが戻らないとなれば、ここからどう立ち上がればいいかわからないの。

 失うわけがないと思っていたけれど、本当はそうじゃなかった。


「ふ……うぅ……うわあああん!」


 肩を落とし、魔剣を握りしめて私は泣きじゃくる。

 今日一日の出来事があまりにも強烈で、心はすでに疲弊しきっていた。


 そんな私にエカード先生は優しく頭を撫でてなだめてくれる。


「アホ。そうやってさっきから勝手に絶望するな」


 そう言うと先生は撫でてくれていた頭から手を滑らせ、額に向けて思い切り指をはじいた。


「あがっ!」


 思わず不甲斐ない声が出てしまい、額を押さえて痛みに耐える。


「な、何をするんですか!」

「君は思い込むと感情が一直線だな。あんなに僕を叱咤激励していた君はどこにいった? らしくないぞ、カトリーナ・ライデンシャフト」


 エカード先生の堂々とした言葉に、私は涙を飲み、鼻をすする。

 そう言われてしまうとそうなんだけど。


「でもスキルが……」

「君は鍛冶スキルがあるから、モノづくりが好きだったのか? じゃあスキルがなくなったら、その志も信念もなくなるのか?」


 鋭く問われ、両目をしばたたかせる。


「いいえ」

「そうだろ。君は根っからの職人なんだ。スキルをなくしたからって、自分の好きなことをやめられる性分じゃないはずだ」


 エカード先生の言葉は強い。私の手を握りしめ、なおも彼は言葉を続ける。


「それにその薬は継続的な効果なんかない。だいたい一個人の記憶を勝手に抑え込むなんて無意味だし、そうそうできやしないんだ。とくに、あの女の錬金術なんて知れたこと。まあこの天才の僕なら完全な薬を作ることも出来るかもしれないが」


 おどけるように言い、彼は私をちらっと見る。究極のドヤ顔をしていたので、私は思わずじっとりとした目を向けた。


「あ、はい、ソウデスネ」

「おい、なんだその引いた目は」


 私の視線にエカード先生は眉を曲げて抗議する。でも、すぐに噴き出し、優しくも強いまなざしを私に向けた。


「君は自分が信じられないか? 僕の言うことも信じられないのか?」

「い、いいえ……そんなことは」

「だったら、信じてスキルを使ってみろ。君の道具はここにある」


 エカード先生はそう言うと、召喚魔法を使い、私のハンマーを手のひらから呼び出した。


「ほら」

「う……はい」


 私は魔剣を床に置き、ハンマーを握りしめて立ち上がった。


 イメージする。

 本当はこの魔剣をどうしたかったか。繊細で凛々しい刃、彫刻が施された柄、けれどところどころ完璧じゃない。まだ磨き足りない。彫刻の削りが甘い。何より、作ってみたものの形をもう少しシンプルにしたい。


 あぁ、記憶が呼び戻される。

 かつて、この魔剣を作ったときの記憶が──。


 ハンマーに強い思いを込めると虹色の光が宿った。

 強く輝くそれはまたたくまに部屋を埋め尽くし、なくしかけていた希望を取り戻す。


「ハァッ!」


 私はハンマーをふるい、魔剣を打った。

 形を整えていく。もっと美しく、もっと繊細に、もっともっと良いものに。


 カチン、と金属がこすれあう音が響き、光が魔剣を包んだ。

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次回で最終章です!

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