第34話 麗しの君の裏の顔
こうして密室で向かい合っていれば、私の気持ちも変わるとでもお思いなのかしら。
お義母様の考えていることはやっぱりわからないわ。相容れない。どうしても馬が合わない。
これが私の幸せを願っているということならば見当違いも甚だしいってもの。
でも普通のご令嬢なら、こんな見目麗しい王子様を目の前にしたら不快感どころか喜びで舞い上がるのかもしれない。いや、そうなのよ。
私がおかしいだけなのよ。
いや、それがおかしいとは思わない。たとえ、私の魂が伝説の鍛冶職人じゃなかったとしても私はこの王子のことを好きになれないし、鍛冶スキルがなかったとしてもこの生活に窮屈さを感じていたに違いない。
私は私。
でも、トーマンやこの家のことを思うと、自分を殺してなきゃいけない。難儀だわ。
「何を考えているんだい、カトリーナ。この私を前にして、物思いに耽るなんて」
ウィルバート殿下の目が光る。その周囲にはキラキラしたエフェクトがかかっているかのようで、私はどうにも苦笑いしかできない。
「いえ……私、その、こういう場は不慣れでして。緊張していますの」
「なんだ、そうだったのか! あんな公衆の面前で婚約破棄できる君がね! なるほど、二人きりだとこの私の美しさを直視して緊張してしまうんだねぇ」
ものすごい拡大解釈だわ。
でもそう捉えてもらえたなら好都合。
「それで、ウィルバート殿下」
「ウィルでいいよ。私たちはもう婚約者なのだからね」
「……ウィルバート様、本日はこのような辺境までお越しくださりありがとうございます。ですが、ご婚約については義母からお断りのお返事をしたと思います。少々お話が見えないのですが」
私は努めて平静に言った。
ウィルバート殿下はお茶を飲み、一息ついて笑う。
「いいや、婚約解消の解消を申し出たんだよ。そうしたら快諾してもらったさ。君はどうやら別の場所で行方不明になっていたそうだね。だから情報に誤差があるのは仕方ないね」
「はぁ……そうでございましたか」
トーマンの話では婚約解消したはずだったのに。
あの子が嘘をつくはずがないから、お義母様が裏で勝手にお約束してしまったのかしら。あり得る。
ただ、わからないのが彼の心変わりのこと。
「ウィルバート様は、わたくしのことをあまりご興味ないのかと思っておりました」
「それで拗ねてあんなことを言ったのかい?」
「え……えぇっと、あ、はい……そうです、ね」
うーん、やりにくい。この自分大好き人間に探りを入れるの、私のメンタルが死ぬばかりでやっぱりきついわ。
誰か助けにきてほしい。でも、こればかりは自分でどうにかするしかない。
あ、そうだわ。パウラに手紙を出してもらいましょう。
「ウィルバート様、少々席をはずしても?」
「えー、なんで? どこか行くの? 私を差し置いて?」
「いや、あの、えぇっと、少々お花を摘みに」
お手洗いを装って、パウラを呼び寄せて指示を出したい。
けど、ウィルバート殿下はそれでも不満そうだった。
「そう。だったら仕方がないね。どうぞ。私も君と落ち着いて話がしたいし」
「ありがとうございます!」
私はすぐに席を立ち、部屋を出た。
私の専属メイドのパウラも自動的についてくる。ドアを閉め、すぐにパウラに小声で言う。
「いい? この状況をすぐにエカード先生に知らせて。あと、トーマンも見つけてほしいの」
「わかりました、カトリーナ様」
パウラは素早く応じ、その場を駆け出した。
もう高齢なんだから転ばないようにね!
さて、お手洗いに行くフリをしよう。
と、一歩踏み出したその時、ドアに大きな衝撃が当たり、拳大の穴が空いた。
私の腕スレスレの部分だったので、当たっていたらひとたまりもなかったと思う。
驚きで声が出ない私はその穴をゆっくり見た。
明るいグリーンの瞳がじっとこちらを見ている。
「おや? まだそこにいたのかい? お花を摘みに行くんじゃなかったのなかったのかなぁ、カトリーナ」
やっばぁ……。
いや、何今の! ヤバすぎでしょ! え、この人がやったの?
ドアが開き、殿下の腕が伸びてくる。
私はそのまま引き寄せられ、壁に押しつけられた。
彼は両手をドンと壁に押しつけ、私を逃さないようにする。
「私に嘘をついたな、カトリーナ」
「あ、あの……これはその……」
「何?」
「えっと」
「なんだよ、早く言え」
「ちょ、ちょっとメイドと立ち話をしていて」
「私をほっといてメイドなんかと立ち話? 随分と舐めたことをするじゃないか」
やばぁ……! めっちゃくちゃヤバい!
冷や汗止まらないし、逃げ場もないし、頭が真っ白になるし。
「ねぇ、カトリーナ。私はね、君の才能が欲しいんだよ」
「え?」
殿下の顔が近い。その麗しく愛らしい顔は、なんだか歪んでいて陰影を浮かべて恐ろしい。
「才能、ですか?」
「そう。君のその勇ましさも面食らったものだが、特筆すべきは君の腕さ」
なんだろう。この人は、何を考えているの?
困惑を隠せず、ただただ彼の目を見るしかない。
ウィルバート殿下は頬を紅潮させ、まるで猟犬のように鼻息を飛ばして笑った。
「君のスキルを使って、私の仕事の手伝いをしてもらいたい」
「手伝い、ですか? それは一体……」
「勘が悪いな。これだよ」
苛立つように言う殿下は、私の胸に何かを押し当てる。
それは偽魔石ライトだった。
瞬間、私はすべての物事が頭の中を駆け抜け、理解した。
「まさか、あなたがこれを子爵に作らせたんですか?」
これは武器だ。体に押し当てられては身動きが取れない。
でも、自分の命よりもこの改造された魔道具への怒りが強かった。
「いいね、君のその生意気な目。他の女にはない勇ましさだ。ゾクゾクする」
殿下は嬉しそうにニヤリと笑った。
「これをまた使えば君は一瞬で吹き飛ぶし、死んでしまう。それなのに命乞いもせず、私を睨み付けるなんて、そんなにこのおもちゃが大事かい?」
「当然です。だってそれはエカード先生が一生懸命考えて、私が作ったものです。それを盗んで別のものに変えてしまうなんて、これが怒らずにいられますか?」
あぁ、だから私はこの人が嫌いなんだ。
本能的に感じていた嫌悪感の正体はこれだったのかもしれない。
「私はどうなってもいいですが、その子をそんなことに使うのは、誰であろうと断じて許しません!」
「そうだね。だから君を呼んだんだよ。生意気なことに君たちが看板登録なんかしたからね、それでシュリヒトもしくじったわけだし。だったら作成者本人が武器として製造すれば問題ない」
やっぱり、この人がすべての黒幕。
でもどうして武器を作ろうとしているの? 国王様もこのことを知ってるの? もしかして、私を利用して魔導武器を作って他国へ戦争を仕掛けるつもりなの?
「私は、武器は作りません」
それが私の答えよ。
「ふーん。あっそう」
ウィルバート殿下はつまらなそうな真顔になると、偽魔石ライトを常駐していたメイドに向けた。
「ひっ!」
小さな悲鳴が上がる。私は思わず飛び出し、彼の腕にしがみついた。
「やめてください!」
でも非力な私の力じゃかなわず、呆気なく振り払われ、床に伏してしまう。
「君が悪いんだ」
殿下の指が、発射のスイッチへ向かう。
私はそれを止めるべく、もう一度立ち上がって彼の腕にしがみつく。
「わかりました! 殿下の言う通りにいたします!」
大きな声を張り上げると、ウィルバート殿下は武器を下げた。
私はそのまま床にしゃがみ、彼の前で平伏した。
「申し訳ございません。わたくしが間違っておりました。殿下の仰せのままに」
すると彼は私の頭に手を置き、私の髪の毛をぐいっと引っ張った。無理やり顔を上げさせられ、目を合わせる。
彼の狂気的な目が下限の月のように曲がった。
「くくくっ、でも君、目は嘘をついてるようだよ?」
「そんなはずは、ありません」
「まぁいいだろう。生意気な女を屈服させるのは大層愉快だ。従順な女はつまらないからね」
これで私の「自由」は完全になくなった。でもこれしか方法がない。
殿下は私の髪の毛から手を離すと、打って変わって優しく私の腕を掴んで引いた。
「でもね、正式な婚約はできないんだ。君は私に婚約破棄を叩きつけた無礼な娘だから、表向きに妻とするのは体裁が良くない」
「では、妾に?」
「不満かい?」
「いえ」
「まぁ、妾というのも体裁が良くないんだよ。だからね、君は一生私の屋敷に幽閉だ。外に出ることは許さないし、死ぬまで私のそばにいてもらう」
私は言葉を失った。
でもよく考えたらそうだわ。もともと公衆の面前で王子に恥をかかせたのだから、正式な妻として迎えられるわけがない。彼の寵愛どころかほんの少しの自由さえも許される立場にない。
それに、この王子は何をしでかすか分からない。
「安心して。大丈夫。君が大好きなモノづくりを邪魔しない。ただ私のために武器を作るんだ。夜の営みなんかは別の女がやるから、君はただ武器を作っていればいい」
なるほど。
私もシュリヒト子爵のように傀儡として囲うということね。
それで我が伯爵家の面目が立ち、トーマンの将来が保証されるなら私はそれを受け入れるしかない。
でも、なんでかな。後ろ髪が引かれるのは、あのささやかな日々が楽しかったから。
涙を飲み、拳をギュッと握り締め、私は喉を絞るように答えた。
「……わかり、ました」
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