第33話 最悪な再会
目が覚めた。先ほどまで明るい場所にいたはずなのに、ここは湿っぽくて真っ暗。
まだ頭がぼんやりしているわ。
「お嬢様!」
そう呼びかけるのは私を裏切ったメイド。
「パウラ……」
「お嬢様、私……私は……」
悲痛な叫びのようなパウラの声。体が震えてる。怯えてるわ。
私にとって、パウラは母のようであり祖母のようだった。そんな彼女が子供のように怯えている様を見るのは、あまりにも痛々しい。
「パウラ、大丈夫よ」
私はゆっくり笑った。うまく笑えてるかどうか自信がない。
でも、彼女を抱きしめるくらいの余裕はまだ心にあった。
両手を広げても彼女は動かない。でも心配そうな顔をしている。
私は彼女の手を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。そうするとパウラの震えが止まる。
「カトリーナ様……」
「大丈夫。大丈夫だからね」
昔、私がお義母様に怒られて泣いていた時、パウラがそうしてくれたように。
「申し訳ございません。私はカトリーナ様を裏切るようなことを……」
「何か事情があるんでしょう? 私はあなたを信じるわ」
だって、こうして私が目覚めるのを待って心配してくれているんだもの。
私の言葉でパウラは安心したように涙を拭いた。
今、この場にお義母様はいない。だからここまでの経緯を手短に話す。
「実はトーマン坊ちゃまがリタと話をしているところを見つけまして、私も同じくお願いしたのです。そこまでは良かったのですが……いざ、お屋敷を抜け出そうとした際、奥様に見つかってしまいまして」
「そうだったの!?」
「はい……ですが、奥様は黙っているようにおっしゃられて……私、実はもうそれほど長い命ではないのです。奥様にお薬を処方してもらっていたので逆らうことができず。申し訳ございません」
思わぬ告白に私は驚きを隠せなかった。でも、それが真実だということはよく分かる。
「いいのよ。あなたが自分の命を大事にしてくれてよかったわ」
「ただ奥様はああ振る舞っておられますが、本当はカトリーナ様のことも大事に思っていただいてます。それだけは、どうか分かってください」
パウラは絞り出すように言った。
お義母様が私を思ってくれているというのは……正直実感がないわね。
思えば、さっきも変なお薬を注射されたし。
私は慌てて首筋に手を当てた。一体、さっきの薬はなんだったの──!?
すると、突然地下室の扉が開いた。
「目覚めたわね」
お義母様が正装用の黒いドレス姿で現れる。
「パウラ、カトリーナを着替えさせて、身なりを整えさせなさい」
「あ、はい! 奥様」
お義母様の命令に、パウラはあたふたと返事する。
私はまだふらつく足元で立ち上がった。
「お義母様、一体これはどういうことなんです?」
「あなたは今からウィルバート殿下にお会いするのよ。だからさっさと着替えて用意してちょうだい」
「まさか、この期に及んでまだ殿下と婚約を? 解消したはずでは?」
「仕方ないでしょう。殿下があなたを気に入ったと言うんだもの。これはまたとないチャンスだわ」
「でも、お義母様……」
「口答えしない!」
大声でいなされ、私は思わず口をつぐむ。
またこの地下室が反響しやすいから、お義母様の声がわんわん響いてかなわない。
その冷たい瞳に睨まれれば、パウラが怯えてしまうので私はひとまずその命令に従うことにした。
***
フリルがふんだんにあしらわれた淡いピンク色のドレスに着替える。しばらく着てなかったコルセットや大量のパニエにお腹と胸が窮屈で仕方なかったけれど、なんとか耐えておく。
髪の毛も数人のメイドたちに任せて整えてもらい、お化粧も施してもらう。
久しぶりだわ……久しぶりすぎて落ち着かない。
ひとまず、パウラに近くにいてもらうことにし、準備ができたことをお義母様に知らせに行く。
お義母様は冷たく一瞥すると、私を連れて応接間へ向かった。
細長い扉を開ける。
ゆっくりと開かれる扉の向こうには、窓を眺めるスラリとした男性が立っていた。
外は明るい。今が何時なのかまったく分からない。
けれど、どうもお相手を待たせていたことは分かる。
「おまたせいたしました、ウィルバート殿下」
お義母様が恭しく一礼したので、私も同じく一礼する。
パウラをはじめとするメイドたちも揃っており、彼女たちは伏し目がちで立っていた。
「待ちくたびれたよ、カトリーナ」
ウィルバート殿下はお義母様ではなく、私に向かってゆっくりと振り返って言う。
あのパーティーのときは私に見向きせず、他の女性を横に置いていたというのに今の殿下は私だけを真っ直ぐ見つめて微笑んでいる。
その麗しく甘いマスクは多くの女性を虜にし、その優しくかすれた声に数多の女性だけでなく男性までも魅了したと言われる。
騎士の第一王子や第二王子にはない華やかさがあるとされ、政務の際は一番民衆の人気をかっさらう方。
そんな第三王子のウィルバート殿下が私の前まで歩いてきて、手の甲を優しく包み、キスする。
「………」
「カトリーナ、なんとかおっしゃい!」
お義母様が横から小声で叱責する。
だって、だってだってだって! 私、こういうキザなことされるの、はっきり言って超嫌なのよ!
なんて答えたらいいの……わかんない。どうしよう。
あぁ、でもここで答えないと伯爵家の名に傷がつく……お義母様のためじゃなく、これはトーマンのため。トーマンのためを思って、にっこりと笑む。笑むのよ、カトリーナ!
「ウィルバート、殿下……本日はお越しくださり、ありがとうございます……」
「うん。待ちくたびれたよ。まったく、君が一言も発しなかったらどうお仕置きをしようかと思っていたけれど、ちゃんと話をしてくれて良かった」
あー……嫌だわ、この人。本当に無理。
キラキラの笑顔で恐ろしいことを言うんだもの。
えーっと、殿下っていくつだったかしら。私より年上の……そう、二十三歳。
はぁ、私、やっぱりこの人の前でニコニコしておくの無理だわ!
「おかしいな、カトリーナ。君、笑顔が死んでるよ? 私の前なんだから笑え」
ほらぁぁぁぁぁ! こういうタイプは自分を見る人は自分のことが好きだと思いこんでるのよ! ハラスメント体質なのよ! だから嫌なのよ!
エカード先生とはまた違うベクトルで自分に、とーっても自信がおありなのよねぇ!
「カトリーナ?」
「あ、申し訳ございません! ウィルバート殿下、おほほほ」
あぁ、メンタルが死んでいく……。
もう逃げたい。私、自分に好意がある男の人、どうしたらいいか分からないわ。
とりあえず笑っておけばいいのよね。ニコニコと。ニコニコと。しなきゃ。
「あ、そうか。君、僕に婚約破棄したんだったね。それを心配してるなら、もう大丈夫だよ。怒ってないから。ね?」
「え……はぁ……それは、ありがとうございます」
一体何が目的なんだろう。絶対何かを企んでいるようにしか思えないのよ。
ただ怪しむように彼を見ていたら殿下の顔色が変わるし。何も考えずに笑うしかないのって、きついわ……。
「カトリーナ、ひとまずお茶でもどうだい?」
「あ、はい。そうしましょう」
私は周囲のメイドに声をかけようとした。でも、すでにお茶の用意がされており、随分とスムーズだった。
応接間のソファに殿下と向かい合うように座る。
ちなみにお義母様は部屋から出て行こうとする。
「お、お義母様!」
「カトリーナ、殿下のお相手をお願いね」
「えぇぇぇーっ!」
それならそうで一言説明してもらえませんかっ!?
とは言えない。
私は心の中で手を伸ばして助けを求めても無意味なこと。
この色ボケ王子と密室で、一体これからどうなってしまうの……。
扉がバタンと閉まり、私は覚悟をごくんと飲み込んだ。
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