第32話 花畑にぽつんとドワーフ
真っ暗で湿っぽい地下通路。
お父様が亡くなった後、お義母様はよく私たち姉弟が言うことを聞かなかったら、ここへ連れてきていた。
お仕置き部屋。私はここが嫌い。
お義母様は私が入った瓶を持って、地下通路の一角にある部屋へ入った。
そこはお義母様の研究部屋のよう。一度も入ったことがない場所だった。
壁一面に天井まで続く棚にはいろんな薬品や魔導書が置かれていた。中央には寝台と調理台のようなものがあり、大きく丸いかぼちゃみたいな真鍮の鍋もある。
「さぁ、カトリーナ。お薬の時間よ」
お義母様はそう言うと瓶の封を開け、私をつまみ上げて外に出す。
瞬間、私は元の大きさに戻り、その反動でふらついてしまった。すぐにパウラが抱きとめてくれるけど、彼女は人が変わったように私を見ずに、ただ淡々とお義母様の従者になっている。
そのまま私は寝台に寝かされた。
「お義母様、何をする気ですか……」
「何って、お薬を飲む時間よ。あなた、そろそろ魔力が切れる頃だわ」
「いいえ、そんなはずありません! 薬なら毎食、必ずエカード先生に処方されたものを飲んでますから」
起き上がろうとすると、お義母様は私の顎をガシッと掴んだ。
「口答えしない!」
その冷たくぎらついた瞳に見つめられ、私は硬直した。
怖い。
お義母様は、やっぱり怖い。今までずっと、そうやってお義母様のこの目に睨まれて動けた試しがない。
いや、あのときはなぜだか不思議と強い勇気が湧いたのよ。
私が家出を決意した、あの日だけは──
「やっぱりね」
お義母様はじっと私を見つめ吐き捨てるように言うと、作業台で何かを手に取った。
「やっぱり、あなたはもう覚醒しようとしてる。ダメよ。そうはさせない」
「お義母様……一体、あなたはどうして」
身を捩るも、パウラが私の動きを封じるように抱きつくので身動きがとれない。
お義母様が持っていたのは注射器で、何やら金色の靄が渦巻く怪しい薬が入っているのが分かる。
「お義母様! 待って、やめて……やだ、怖い!」
その怪しい薬もだけど注射は一番怖い! やだ! 痛いのは嫌!
「あーーーーーっ!」
でも私の訴えは届かない。あっけなく首に針が刺さり、何かが投与されていく。
薬が素早く全身を回っていき、私の意識はズルズルと闇の中へ引きずられていった。
***
うぅ……ここどこよぉ……私、死んじゃったのかなぁ。
「そんなことはない」
なんか、声が聞こえるし、一体なんなのよ。
「いいから目を開いてみろ」
なんで私の考えてることが分かるのよ。まぁいいわ、目を開けてみましょう。
ゆっくりとまぶたを開いてみる。
すぐに飛び込んでくるのはまばゆい光。
闇の中だと思いこんでいたのが嘘みたいに、当たり一面色鮮やかな花畑が広がっていた。
「なんて可憐な世界……どこまでも続く花畑……」
青い空。高くそびえる山。そよぐ風。その美しい景色を逆さまに取り込んだ小川。
なんて美しい場所なんだろう。
鍛冶工房のごっちゃりとした場所も好きだけど、こう大自然の美しさも実は割と好きなのよね。
って、何のんきなことを考えてるのかしら。
「ここどこよー!」
あの声の主に訴えるように叫ぶと、前方の花畑の中からぽつんとひょっこり小さくて屈強そうなおじさんが現れた。
「うわっ!」
「なんと、はしたない。レディがそんな声を上げるな」
それはオレンジ色の帽子をかぶり、剛毛の髪とひげをたくわえた屈強な戦士のようなドワーフ。
太い指をまっすぐ伸ばし、片手を上げて「よっ」と声をかけてくる。
私は花畑をかきわけ、ドワーフの元へ向かった。
「えぇっと……誰……?」
「誰とはなんだ、失礼な! そのあんたのハンマーの持ち主。そりゃ、俺のだ」
赤くて丸い鼻の上にあるまんまるな目を細めて笑うドワーフ。
私はいつの間にか持っていたハンマーを見た。
これは、ヴェルデとショイにもらった伝説のドワーフのハンマー。
その名は……
「あなた、ムンター!?」
「おぉ、やっと気づいたかい。遅すぎるわい、カトリーナよ」
ムンターは花畑の中に座り込み、私をじっと見つめた。
私も同じように座り、ムンターと向かい合う。
「えっと、どうして私の夢の中にあなたが出てくるのかしら。て言うか、本物? 本物のムンターなの?」
「本物だよ。なんたって、俺はあんたと一心同体だからな!」
「どういうこと?」
「あんたの前世は俺だということだ」
ムンターはえっへんと胸を張る。
私はキョトンと首をかしげる。
「そうなの!?」
「そうだよぉ」
ムンターはほがらかに笑った。話に聞いてたとおりの人柄だけど、ちょっと待って!
新事実発覚なんですけど!
「え、でも私、全然覚えてないわよ! それにどうして分裂してるの!? あなたが私の前世なら記憶も魂も全部一つのはずじゃ……」
そう、だって私は私の人格があるし、ムンターになった感じがしない。
いや、ムンターになった感じって何よ。私は私だし……
「どうやら記憶を抑え込まれとってなぁ、それでどうも意識が分裂したみたいなんだよな」
ムンターは頭をガシガシ掻いた。
「でも、あんたもたまに俺の記憶が浮かぶこと、あったろう?」
「あったかしら……」
「鍛冶職人だった頃の記憶みたいなもの、魂かな」
そう言うムンターだけど、本人もなんだかよく分かってなさそう。
私たちは腕を組み、同時に首をかしげた。
「前世のムンターの魂? と、私の人格が分裂してるってことでいいのかしら?」
「そういうことだな。やれやれ、あんたの継母はとんでもなく恐ろしく愛情深い人だよぉ、まったく。おかげで俺が全部消し飛ぶところだったわい」
ムンターは苦々しく言った。
「どういうこと? お義母様は私が憎いはずで、愛情なんてひとかけらも……」
「さぁね。でも前世の記憶なんて持っててもしょうがねぇのさ。俺はドワーフで、あんたは伯爵令嬢。相反する世界の住人だ」
「それはそうかもしれないけど」
鍛冶職人と令嬢、確かに住む世界が違う。
私が追放令嬢や庶子だったなら、辺境なりどこへでも飛ばして自由気ままに過ごさせる、なんてこともできたのかもしれない。あのお義母様ならやる。
でも私は伯爵の長子で、生まれながらに令嬢としての生き方を強要されてきた。
王子やどこかの貴族に嫁がされ、子を生み、騎士の母か国母になることを望まれた。
そう育てられた。
そんな私にドワーフの前世があると困る。そういうことなのかしら。
「でも、あんたはやっぱりその生活が窮屈だったんだなぁ。俺のせいだなぁ」
「そうなのかしら……でもこうして分裂していると、それもなんだか違う気がする」
ひどく混乱した頭で考えても分からない。
ので、私は一旦頭を空っぽにして空を見上げた。ぼんやりする。
「ムンターはどうして転生したの?」
そう訊くと、ムンターも同じように空を見上げて「うーん」と唸った。
「おそらく、未練があったんだなぁ」
「未練かぁ……確かあなた、ショイたちをかばって亡くなったのよね」
「そうそう。ショイに会えたときは嬉しかったなぁ」
「そうね……あれは、なんだか私も嬉しかったわ」
こうして話していると、私も彼の感情を共有していたように思う。
そうか、私は私だけど彼もまた私の中で生きているということなのね。
「でもね、私はムンターの記憶を引き継いでも、同じような人生をたどってたと思うわ。もう少し破天荒だったかもしれないけれどね」
うん。私は私。カトリーナ・ライデンシャフトよ。
前世のことなんて気にしない。前世を思い出しても私はムンターみたいな話し方をしないし、今まで身につけたお嬢様としての作法も忘れない。
エカード先生との思い出だって私のものだ。
「それでいいじゃない。あなたは私の前世だけど、私は私。ただ、モノづくりが大好きで貴族の世界が苦手な女の子なのよ」
「あぁ、そうだな。それでいい」
ムンターもにっこりほほえみ、私たちは改めて仲良くなった。固く強い握手をし、笑いあった。
「このお花畑はムンターが作り出したの?」
「そうだなぁ。俺は花が好きでな」
「あら、私も花は好きよ。気が合うわね」
二人で寝転んで青い空を眺める。
でもいつまでもこうしているわけにはいかない。
私はスッと起き上がり、ため息をついた。
「一体これからどうなっちゃうのかしら。お義母様の薬で、ムンターの意識、もしくは魂が消えちゃうのかしら」
「俺が消えても、あんたのその性格や性質は残るだろう。だったら別に問題はないさ」
「そうかしら……私はちょっとさみしいわよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいが」
ムンターは困ったように太眉を下げた。
そして「むー」としばらく考え、目をバッと大きく見開いた。
「じゃあこうしよう。きっと今、あんたは目覚めるとこのことを忘れる。でも、あんたの父上の魔剣を見ると思い出す。これで寂しくないだろう?」
「分かった! 絶対に思い出す! あなたを消したくはないもの」
だって、あなたは私の一部なんだものね。
そう言いかけると同時に、私の体は一気にふわりと天空へと引っ張り上げられた。
手を振るムンターの姿が徐々に小さくなっていく。
「私、絶対にあなたの未練を晴らすわ!」
やがて、闇が光を飲み込む。
私の意識はゆっくりと現実へと戻っていった。
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