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sideA-5 エカード・エアフォルク

「お嬢様があぁぁぁぁぁっ!」


 ハリエット夫人とカトリーナ、パウラが転移魔法で消えたすぐ、リタがギャンギャン泣く。ショイがあわあわとヴェルデの袖を引っ張る。

 状況はひどい。


 僕は頭を抱えてその場にしゃがんだ。


「一気にいろんなことが起きた……」


「えぇい、うるさい! お前ら! シャキッとしろ!」


 そう言ってヴェルデがショイの頭を叩き、地面に埋める。それを見たリタが「ひぃ!」と短い悲鳴を上げて震える。


 僕はため息をついた。

 去り際のハリエット夫人が言った言葉が頭の中をぐるぐる渦巻いている。


 ──カトリーナの前世を抑える薬、そのレシピをあなたにも教えてあげるわ。


 あの女、どこまで知ってたんだ。


 僕がカトリーナの前世を知ったこと、それに対して取り乱していたこと、そしてカトリーナの前世を抑えるだと? ふざけるな。意味がわからない。


 その間、ヴェルデが全員をなだめていた。状況を見て呆れたように言う。


「チッ、メイド娘はギャン泣き、ばあさんはスパイ、グレルは失神、ショイは使えねーし、天才は満身創痍。まったく、ろくなやつがいねぇな」

「お前も夫人に手出しできなかったくせに」

「そりゃ、向こうはお得意様だからな。しかし、あんな無茶な登場するとは思いもしなかったぜ」


 どこまでも商売根性甚だしいな、このドワーフは。

 まぁそのおかげで少しは冷静さを取り戻したかも。


 僕は泣きじゃくるリタを見た。


「おい、リタ。こっち来い」

「ひぇっ!」


 リタはべしょべしょな顔でトコトコ歩いてくると、僕の前に座り込んだ。


「なんでしょうか……?」

「お前はパウラばあさんのこと、気づいてたか?」

「いいえ! 全然です! だって、パウラっていつも居眠りしてるんですもん!」


 なるほど。居眠りに見せかけてカトリーナのことを監視していたわけだ。

 目をつむって、遠くの対象物を見るという魔法がある。もしかするとパウラはその能力があるのかもしれない。それも憶測でしかないんだけど。


「リタ、お前はスパイじゃないだろうな?」

「もちろんです! そもそも私が先にトーマン坊ちゃまにカトリーナ様のことを聞いて、エカード様のもとへお連れしてほしいと言ったんです! そしたらパウラもついてきたから」

「そうか……まったく、ハリエット夫人が恐ろしいと言われるだけある」


 もうすでにその頃から、根回ししていたのかもしれないな。そしてまんまと出し抜かれた。

 トーマンの動きさえも先に把握して泳がせて、コントロールしていたのだとしたら大したものだ。


「お嬢様、どうなっちゃうのでしょうか……」

「カトリーナがいない工房なんて、寂しいだけだよ!」


 土に埋まっていたショイが自力で脱出し、悲しそうに言う。

 するとヴェルデが鼻を鳴らしてあとを続けた。


「まぁ、それは一理あるな。あの嬢ちゃんがいなけりゃ、この天才は金が稼げねぇし、またやさぐれに戻っちまうだろうし」

「取り戻すよな? エアフォルク」

「エカード様!」

「今こそ、天才の腕の見せどころじゃねぇのか?」


 三者三様、勝手なことを口々に言う。

 またみんな同じ背丈なものだから、僕と同じ視線になるし圧が強い。

 ジリジリ近づく厚い壁に囲まれるそんな中、僕は冷静に言った。


「いや、ちょっと考えたい」

「えぇぇぇぇっ!?」


 三人の非難めいた絶叫が響く。耳に指で栓をしてもあまり効果はなかった。


「お前がそんな腰抜けだったとは見損なったぞ! エアフォルク!」

「エカード様、ひどい! こうしてる間にもお嬢様がどんな目にあっているか!」


 ショイとリタが同時に噛み付く。

 僕は近づく彼らの顔を遠くへ押した。


「待て。僕も今、さっき起こった出来事に混乱してるんだ。考える時間をくれ」

「考えるも何もねぇだろ!」

「そうですよ!」

「お前らみたいに感情で動くとろくなことにならん!」


 二人の攻撃に僕も負けじと声を張り上げる。

 あーあ、僕にまでカトリーナもといムンターの気迫が感染ったぞ。


「なぁ、グレルのやつはなんで血まみれなんだ? こいつ、ライデンシャフト家に行って帰ってきたんだよな?」


 一人真面目なヴェルデが言い、僕はげんなりとしながら開けっ放しのドアを見た。

 うん、そうだった。グレルがなんで血まみれなのか。そのことを問いただすところから始めたほうがいい。


 立ち上がり、薬棚から蘇生薬を持ってきてグレルの口にねじ込ませて飲ませる。

 すると、血の気のない彼の顔がみるみるうちに血色を取り戻し、切れた額も傷がふさがった。しかし起きない。


「おい、グレル。起きろー」


 僕はグレルの頬を思い切り叩いた。

 瞬間、彼の目が大きく見開く。


「いったー! 何するんですかもう!」

「うん、元気だな」


 グレルは飛び起き、その場にあぐらをかいて僕らを見回した。


「おっとっと、その感じは早く事情を話せっていう圧っすね。オーケー、話します」


 話が早くて助かるよ。

 僕たちはグレルを取り囲み、ひとまずここまでの経緯を聞いた。


「カトリーナ様に言われて、パウラばあさんとライデンシャフト領へ行ったんですね。でもお屋敷は防壁に囲まれてて、全然中が見えなくて」


 あー……その防壁はヴェルデたちが作ったやつだろう。ヴェルデを見ると、少しばかり気まずそうな顔をしている。


「そしたら、待ち構えていたかのようにハリエット夫人が出てきたんですよ。パウラばあさんがスパイだったことが分かって、その場から逃げようとしたんですけど、多分、夫人の転移魔法でここまで飛ばされて、気がつけばこの工房の真ん前で。扉に思い切り顔ぶつけて、そっからの記憶がありません」


 なんてことはない。こいつの不注意で怪我して失神していただけだった。


「てっきりハリエット夫人と魔法対決でもして負傷した怪我なのかとばかり……」


 ショイが落胆したように言う。リタもヴェルデさえもそう感じていたらしく、全員が天井を見上げて呆れ返ってしまっている。

 対してグレルは「なんすか!? 人が大怪我して帰ってきたのに!」と怒るけど、この場の士気はだだ下がる一方だ。


「じゃあ、お前は単純にハリエット夫人のスパイを運び、この家まで案内したわけだ。はーあ」

「なっ! 人聞き悪いこと言わんでくださいよ、旦那! 俺だって、まさかパウラばあさんがスパイだとは思いませんでしたからね! カトリーナ様だってそうでしょう?」


 それはそう。カトリーナのあの傷ついた顔を思い出すと、やりきれなくなる。

 信じていた相手に裏切られるというのは、とてもつらいものだろうから。


「しかし、あのばあさんは完全なスパイってわけじゃないだろう。今回はどうにものっぴきならない状況だった。そういうことにしよう」


 僕の言葉に、みんなは不満そうな顔をする。

 そりゃ僕もパウラのことは許しがたいが、そもそもこういう状況を作り出した元凶はあのハリエット夫人だ。

 全員が無意識に彼女の支配下にあったわけだし、ここまでずっと彼女の手のひらの上で踊らされていたのだ。パウラだけを責められない。


 よし、だんだん状況が整理できてきたぞ。


「ハリエット夫人の目的は、カトリーナに武器を作らせること。それを使って戦争でもするのかは分からんが、ウィルバート王子や国王も絡んでいることは確かだろう」


 僕は以前、トーマンからきた手紙を盗み見た。そこに書いてあった、ハリエット夫人が王子と親交があることを思い出した。


「これは国家ぐるみの計画なんだろう。断定はまだできないが、カトリーナを政治利用しようとしている。それはカトリーナの本意じゃない。もちろん、彼女の前世であるムンターだってそうだし、トーマンやライデンシャフト伯爵だって望まないことだろう」


 僕の言葉に全員がうなずく。


「ここで一つ分かったことを言わせてくれないか」


 おもむろにヴェルデが手を挙げた。


「なんだ、言ってみろ」

「本当はさっき話すつもりだったんだがな。夫人の登場で言いそびれた。ほら、以前話し合ったろ。魔石ライトがどこまで普及してるのかってな」

「あぁ、そういえば」


 思い出していると、グレルも手をポンと打った。


「そうでした。実は、ライデンシャフト領があるディアマント村はほとんど普及してませんね」

「あぁそうだ。魔石ライトを知ってるもんは、国の中でも王都とこの工房周辺の村、そしてヤーデ地方くらいだった」


 ヴェルデも続けて言い、横ではショイがうんうんうなずく。

 なるほど。それは喜んでいいのか悪いのか微妙なところだな。


「ただ、シュリヒト子爵が貴族たちに広めたのは確かで、今、ニーゼン商会に各地の貴族から注文は届いてます」


 グレルが気まずそうな顔をする。


「こんな状態じゃ、魔石ライトの納品に間に合わないなぁ……」

「今それどころじゃねぇよ」


 嘆くグレルにショイが冷たいツッコミを入れた。


「その注文書、ちゃんと見たか?」


 僕が訊くと、グレルは首を横に振った。


「一旦、それをちゃんと見せろ。もしかしたら武器の方の注文かもしれないし」

「そうっすね! 分かりました! 今すぐに持ってきます!」


 そう言うとグレルは元気な体で飛び出していった。


「しかし、ディアマント村での普及率が低いとはな……」


 ハリエットがいる場所なら、偽魔石ライトもかなり普及していてもいいと思う。

 それがまったくないというのは妙に引っかかるな。


 なんにせよ、ハリエットの好きにはさせない。

 きっとカトリーナも抵抗するはずだ。ただ、卑劣なことをされ──トーマンを人質にとるような──状況次第ではカトリーナも従わざるを得ないことになる。


「お嬢様ぁ……」


 一人しょぼんと部屋の隅でリタがグスグス泣く。

 僕はカトリーナがやっていたように彼女の頭を撫で、なだめてやった。


「リタ、お前も手伝え。カトリーナを取り戻すぞ」

「うぅ……はいぃ」


 僕は一息つき、頬を叩いた。


「よし、やるか」


 それからドワーフたちはすぐにカトリーナの作業台や素材を使って、防具を作り始めた。

 リタには荷造りを任せ、僕ももうすぐ完成だった魔法薬を急いで仕上げる。

 帰ってきたグレルから注文書を受け取り、偽魔石ライトの注文がないことを確認し、いよいよ準備万端となった。


 絶対にカトリーナを取り戻す。

 僕らの自由は誰にも邪魔させない。

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