第31話 継母の陰謀
お義母様……どうしてここへ?
言葉にしようとしても声が出てこない。それは彼女が放つオーラのせい。
圧倒的な存在感を放つお義母様は、私を見ずにただただ工房の中をじっくり見回している。
なんとも言えない緊張感。永遠のように感じてしまう。
「ハリエット夫人、なんの用だ?」
エカード先生が抱き起こしたグレルを床に落とし、直球で訊く。
あぁっ、グレル! と思っても私は動けない。怖いの? それとも驚きで動けない?
「口のきき方がなってないわね、エカード・エアフォルク」
お義母様が冷ややかに言う。
けれど、エカード先生は怯むことなく立ち上がって毅然と言った。
「あんたは僕よりも階級が下の錬金術師だ。僕が偉そうにして何が悪い? 僕はもうあんたの家に仕える使用人じゃないんでね」
おぉ……私が絶対に言えない言葉を平気で言う先生、恐ろしいわ。
でもこの口撃はお義母様に効くはず。なんたって、お義母様は自分が一番じゃないと気が済まない。
学術研究所時代のお義母様は日陰にいたというし……。
そう思っているとお義母様は派手なアイメイクを施した目をエカード先生に向けてあざ笑った。
「かつての天才もそんな負け犬に成り下がったら大したことないわね。幻滅したわ」
効かない! いっさい効かなかった!
「夫人、こいつはいくらなんでも」
ヴェルデが驚きを隠せない様子で口を挟む。すでに彼は斧を下ろしており、足元で伸びるグレルを怪訝そうに見ていた。
「おだまり。あなたは私に意見できる立場にないわ」
お義母様はヴェルデにそう言い捨てると、彼を押しのけて一歩進んだ。
「うちの娘を連れ戻しにきたのよ」
そう言うとお義母様は私を睨みつけた。その氷のような冷たい視線に射抜かれ、私はその場に凍りついた。
「い、嫌です……」
「今さらだ。彼女はもうこの工房の一員。一ヶ月以上も娘を探せなかった人間に渡すわけがない」
エカード先生は私の前に立つように移動し、お義母様の視界を塞ぐ。
するとお義母様は目をしばたたかせた。
「あら、だから何度もトーマンを送ったし、カトリーナの世話も彼女に任せてたじゃない」
そう言うとお義母様は振り返ってにこやかに微笑んだ。
どういうこと? だってトーマンは、私の味方で……それに、彼女って?
その視線の先に、青ざめたパウラがいた。
「か、カトリーナ様……」
パウラ、震えてる。
嘘でしょ。パウラが、お義母様とつながっていた?
「パウラは私の優秀な手足となってカトリーナの行動を監視してくれていたわ。だからね、あなたたちが共同で看板登録をする前から私はカトリーナの居場所を把握していたの」
疑問に答えるかのようにお義母様が悠然と闊歩し、説明してくれる。
私だけでなく、エカード先生も圧倒されたように言葉をなくす。
そんな……パウラが? お義母様に私の居場所を教えたの?
「カトリーナ様……私は……」
パウラが何かを言おうとするけれど、お義母様の言葉を必死に否定することはなく、言いたいことを飲み込んで顔を覆った。
「申し訳ございません」
涙ながらに言うそれは肯定と捉えられる。
その時、平屋からリタとショイが駆けてきた。二人も聞いていたのか、驚愕の表情を見せる。
「そんな! パウラ! 嘘だと言って!」
リタが私の代わりに叫ぶ。けれど、パウラは憔悴した顔を見せるばかり。
じゃあ、お義母様の言うとおりなのね……。
「パウラばあさんを使って監視していたのは分かった。まぁ、そういうことも視野にいれるべきだったが。じゃあ、今さらカトリーナを連れ戻しにきた理由はなんだ? 魔石ライトを改造して武器でも作らせるつもりか?」
エカード先生が皮肉っぽく言い、鼻で笑う。
すると、お義母様は愉快そうに「ふふふっ」と甲高く笑った。
「天才は今でも健在のようで何よりだわ」
その言葉に私は背筋に怖気が走った。
それはつまり、先生の推測通りってこと?
「お、お義母様は……私と、エカード先生に看板登録させて、こうするために、待っていたと?」
シュリヒト子爵の裏にいた人って、お義母様なの?
いくらなんでも、そんなの、ひどすぎる。
「家を守るためよ」
お義母様はそう言うと、魔法でふわりと軽々飛び、私の前に降り立った。
「カトリーナ、帰るわよ」
「絶対に嫌です!」
私はその場から逃げ出した。でも狭い工房では足が取られる。
お義母様はあっけなく私の腕を掴んだ。
あの日みたいに。
冷たい目で私を見て、強い力で腕を掴んで、低い声で言う。
「来なさい、カトリーナ」
「待て、ハリエット夫人。彼女はうちの工房職人だ。勝手は許さない!」
そう言うと、エカード先生は作業台に飛び上がり、魔法を放った。
赤い閃光が走る。その瞬間、お義母様はその場にあった試作品の防具服で閃光を弾き飛ばした。
私を掴むと灰色の粉をふりかける。
そして閃光が工房の壁を撃ち抜き、瓦礫が崩れようとした瞬間に私の体は手のひらにおさまるほど小さくなった。
お義母様の手のひらに包まれ、置いてあった瓶の中にそのまま押し込まれる。
「カトリーナ!」
「エカード先生!」
私はガラス瓶の中から声を出した。ドンドン叩いても分厚いガラスの壁はびくともしない。
「ハリエット夫人、彼女を解放しろ!」
瓶の向こうから先生の狼狽した声が響く。
ガラス壁の中は音が反響しやすく、うまく聞き取れない。
「残念だけれど、ごっこ遊びはこれで終わり」
「いくらなんでも非人道的だ!」
「そう取り乱さないで、エカード。あなたもそのうち呼びつけるわ。それと、この娘の秘密、あなたにだけは教えてあげましょう」
秘密? 私の秘密って何?
混乱した頭では想像もつかない。
お義母様はエカード先生の耳元へ顔を近づけ、密やかに囁いた。
ガラス瓶にいる私は全然聞き取れない。
エカード先生の顔が引きつる。そして、彼は苦々しく吐き捨てた。
「あんた、本当に最低だな」
「なんとでも言いなさい。私はもうあの頃のような惨めな思いはしない」
そう言うとお義母様はグレルを跨ぎ、外に出てパウラを引っ張った。
足元に描かれた光の魔法陣にパウラを立たせ、次にお義母様が立つ。
そして、外に出て追いかけてきたエカード先生やヴェルデと向かい合うようにして転移魔法を放った。
蒼白な顔で先生が私に『必ず』と呟く。
それを最後に、景色があの森ではなく薄暗いお屋敷の地下へと変わった。
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