6.いつかどこかで乾杯を
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
「何でしょうか」
風切り音がひゅうひゅうと鳴り続ける真っ暗な空の下、ゆっくり揺れ続ける郊外の道を並んで歩く彼に、ぼくは尋ねた。
「うまく事が運んで送電が再開できたとして、その後システムは全てきちんと動きますか。今回のトラブルは、回転制御の異常とその直後に起きた各システムのフリーズによって起きたもの。そしてその原因は分かっていないんでしょう?」
初めに回転制御システムがかけた非常ブレーキと、直後に起きたメインシステムを含む全ての制御システムのフリーズ。どうしてそうなったのかを確かめることもできないまま、ぼくたちはブリッジを出てきた。
再立ち上げを行うにしても、不具合の原因を取り除かなければ同じトラブルを起こしはしないか。その辺りを解決できなければ、復旧はできないように思うが。
「確かに原因は分かりません。ただ、ひとつ心当たりがあります」
「というと?」
「今日が何の日か――それ自体が原因かもしれないと、私は思っています」
何の日――? どういうことだ?
「異常が発生した時刻は、ちょうど花火が打ち上がる時刻でしたから」
花火……お祭りなんかで「打ち上げる」、あれ。ぼくたちの先祖の故郷である地球では、本物の火薬を使って空に打ち上げていたらしい。
この船では当然そんなことはできないから、代わりに照明システムをフル稼働させ空を彩る。今は照明装置本体が老朽化し性能が低下してきているので、昔のように気前よくやることはなくなったと聞いている。
ただ今年に入ってからは、もう3回くらい行われている。今年が地球出発からちょうど500年目で、開催されている「紀元500年祭」に合わせたものだ。
とりあえず、今日がその花火の日。異常が発生したのは、花火の打ち上げと同じ時刻。すると……?
「ええと……照明システムが原因だと?」
自信がないままそう聞いてみると、案の定彼は首を振った。
「いえ、時刻の方です。今日の花火は……」
そう言ってぼくの顔を見た彼は、ふっと笑ったように見えた。
「覚えていませんね? 今日はこの船の『システム記念日』。……ネーミングセンスはひとまず置いておくとして、今日の花火はそのために打ち上げられる予定でした」
システム記念日……そんなもの忘れていた。
ネーミングセンスには文句を言いたいところだが、つまり今日はこの船のメインシステムが起動してからちょうど500年の記念日だ。この人工の居住環境を維持するため、メインシステムは地球出発前に起動して、そのままずっと稼働させ続けている。
「花火の打ち上げ時刻は、システム稼働時間が『500年』になる瞬間を予定していました。異常発生時刻はそれと同時。となると、トラブルの原因は……システムの稼働時間にあるかもしれないと、私は考えています」
・・・・・・
それからさらに話を聞いて、彼が考えている今回のトラブルの原因は理解できた。
あくまで推測に過ぎず、他の原因があるかもしれないが――もしそうだったとしても今のぼくたちでは知りようがない。彼の考えを正しいと思うことにして、やってみることになった。
彼が思う今回のトラブルの原因は、メインシステムのバグ。発生条件は「500年連続でシステムを稼働させる」こと。
彼は普段から個人的に、過去に発生した各システムの不具合について調べていたらしい。不具合の種類はいくつもあり発生条件も様々とのことだが、その中には「経過時間」をきっかけに起こる不具合もあるそうだ。
彼は128年前に起きた下水処理システムのフリーズを挙げた。このシステムは定期的にメンテナンスとそれに伴う再起動が行われていた。しかしある時、臨時のメンテナンスを行った際に、システムを止めずに作業をしたのに「システム停止」「再起動実施」と記録するミスを起こしたという。その記録を信じたオペレーターは次の再起動実施はまだ先であると考え次の定期メンテナンスで再起動を実施せず、その結果、「特定の時間まで連続でシステムを稼働させる」という条件が満たされフリーズに至ったという。
メインシステム担当の彼が言うには、メインシステムは再起動不要で連続稼働させるよう地球製のマニュアルに記されているそうだ。しかし今回、不具合発生は「システム記念日」の花火打ち上げ時刻と同時――すなわち稼働時間が500年に達した瞬間だった。そこを考えると「経過時間」が今回の不具合に絡んでいる可能性は、確かに無視できない。
「それで、どう対処するんです?」
「やることは単純です。『経過時間』が原因であるなら、再起動してそれをリセットすればいい。128年前のケースでは、フリーズしたシステムを強制的に止めて、再度立ち上げたら問題なく動いたようです。今回の場合、システムはすでに止まっていますから、送電を再開して立ち上げさえすれば――」
それなら確かに、やることは単純だ。しかし問題は……
「システムの起動は誰が……?」
「我々だけでは、手が足りませんから――」
やはり、そう。しかもぼくは専門外だから、メインシステムを触ることができるのは実質彼だけだ。明らかに手が足りない。
「覚えていますか、我々がまだブリッジにいた時、フリーズした各システムを手動で立ち上げるために受け持ち区画へ向かった者たちがいるのを。彼らに、期待しましょう」
その「彼ら」を当てにして動くほかないのか。
……仕方ない。
「彼ら」ももしかしたら、ぼくたちのことを当てにしているかもしれない。顔も見えず声も聞こえないが、ここは互いに当てにしあっているよう願おう。
もしうまくいったら――その時はどこかで顔を合わせて、乾杯でもしよう。




