5.船底破れ、なおも行く
「酸素吸入器を探せ!」
誰かがそう怒鳴ったせいで、皆はついにパニックに陥った。
ぼくたちだけではない。周りの建物内に避難していた住民たちが、怒号や悲鳴と共に飛び出してきた。
宇宙船内での風切り音――それはつまり、気密が破れたということ。この広い船内に響くその音は、相当大規模な空気漏れが起きたことを示していた。
それを知って平静でいられる者はまずいない。みな窒息の恐怖に精神を打ち砕かれて――一時的な減圧にしか対応できない非常用酸素吸入器をひとつでも多く手に入れようと押し寄せた人々が、ぼくたちが進んでいたろくな明かりもない街路を濁流に変えた。
ぼくたちチームCのメンバーも半ばは散り散りに駆け去り、残りの半ばも人波にのまれてどこかへ消えた。
・・・・・・
ぼくが幸運だったのは、ライトを持っていたことだった。とりあえず前は見えるから、進むことはできる。どうせ酸素吸入器なんて手に入らないだろうと思ったから、ぼくは近くの道路標識を照らしながら郊外へ向かって進んだ。
船内図が手元にないから現在位置は分からない。ただひとまずは、まだ散発的に悲鳴や怒鳴り声が聞こえてくる街中からは離れられた。
真っ暗な空――といっていいだろうか、この頭上の大きな空間にはまだ風切り音が鳴り渡っている。通常ならば道の所々にあるモニターに避難経路図が表示され気密を保てる施設を教えてくれるところだが、今はメインシステムが止まっている。ライトで照らしたモニターは、通電していない真っ黒い画面を見せているだけだった。
・・・・・・
船体の不気味な揺れに揺られながら、止まない金属音と風切り音の中。ぼくはただ独りきり、当てもなく郊外の道を歩いた。
もう1時間は経ったろうと思って腕時計を見たが、まだ20分も経っていなかった。地図もなく明かりもネットワークも落ちた船内を歩く意味はあるのかと思って足を止めると、それきり前へ進む気が失せてしまった。びっくりするほど、足は動かなかった。
急に光が見えたのは、それからすぐだった。小さな光が向こう……100メートルくらい先だろうか、建物かなにかの死角から出てきた。
その動きは乗り物やロボットのものとは違った。ふらふらと不規則に揺れるそれは、人間が手に持った明かりの揺れ方だった。
光はこちらへ向かって近づいてくるように見える。こんな時、こんな所にぼく以外誰が……?
「おーい」
そう言って声をかけようとしたが、すぐやめた。鳴り続ける金属音と風切り音に、ぼくが発した声は吸い取られるように消えたから。どのみち向こうは近付いてきている。顔を合わせてから話せばいい。
ぼくはぶら下げるように持っていたライトを前に向けて、近付いてくる光に向かって歩み出した。
・・・・・・
1分か2分、それ以上長くかかったように感じたが、ぼくは光の持ち主の元へたどりついた。
その光の持ち主――彼の服装は、ぼくと同じだった。同じブリッジ要員だ。
話を聞くと、彼はぼくと同じチームCに所属していて、風切り音が鳴り出した時にチームが離散してから、ひとりで郊外へ向け歩いていたらしい。ぼくは何度か角を曲がったので進行方向が変わり、ぐるっと回って同じチームだった彼と出くわしたようだった。
ぼくは彼も同じように当てもなくここまで来てしまったのだろうと思ったが、さらに話を聞くとそうではないようだった。彼は船内図を持っており、行き先を決めて歩いていた。
「第2シミュレータ室――?」
その行き先は、ぼくにとって意外かつ不可解なところだった。
船内にはこの船を扱う訓練をするため、いくつものシミュレータ室が設けられている。大半は小さな「練習室」というべき部屋だが、大きいものがふたつ。船首側の第1シミュレータ室と船尾側の第2シミュレータ室だ。このふたつはブリッジと同じ部品で構成され、中身は全く同じ。本物のブリッジと同じ環境で訓練できる。
彼が目指す第2シミュレータ室は船尾側だからここから遠くはないが、着いたところでどうするつもりか。なにか当てがあるのか――?
「あなた、部署は?」
「環境制御です」
彼に聞かれてすぐ答えたぼくは、その彼がどこの部署の人間なのか知らないのに気付いた。
「私はメインシステム担当ですが――」
……見かけによらず、ぼくより偉い人らしかった。今さらのように、ぼくは少し首を引っ込めた。
「他の部署の人だと知らないと思います。第1・第2シミュレータ室は本物のブリッジと同じ構造のシミューレータですが、制御系を接続すればブリッジ代用として使用できます。つまりあの部屋がそのまま、ブリッジとして使えます」
それは確かに知らなかった。
だがあり得ない話ではないとも思った。スイッチやランプのひとつに至るまで本物と同じ部品を使っているあの部屋は、制御系を繋いでしまえば実質本物のブリッジだ。
それならばいいが、まだ問題が……
「私ひとりでは、少々手に余ります。できればあなたも同行していただきたいのですが」
「……その後はどうするんです? 動力炉や発電機、それから送電経路は?」
シミュレータ室を使ってブリッジ機能を復旧させたとしても、最低限、電気が来ないと何もできないはず。「セーフモードで動作中」と言っていた動力炉を再運転し、主発電機を回さないことには。メインシステムがダウンしている今、その操作はその場へ行って直接やらなければできないはず。それから無事な送電経路の確認が必要だ。
「チームAは既に動力炉へ到達しています。またチームDも主発電機室へ向かっているはずですから、うまくいけば誰かがたどり着いて起動するでしょう。送電経路は、大規模な漏電が起きる可能性はありますが、実際に電気を流してシステムに判定させることになります」
半ば、他人任せか。
「我々にできることはブリッジ機能の回復以外にありません。もし今から私とあなたで二手に分かれ動力炉と発電機へ向かったとしても、互いに専門外ですから起動できないでしょう。仮にできたとしても、その電力を船内へ流すための操作ができません」
それは確かにそうではある。電気系統の操作は――細かいところは分からないが、ブリッジでの操作が必要なはず。誰かがやらなければならない。
そして本物のブリッジは今、誰もいない。ぼく含め、みな出てきてしまった。
「そしてこれは、他のチームも同様です。動力炉にしても、発電機にしても――誰かがブリッジでの操作を行うだろう、という前提で動いているはずです」
他チームが動いていれば、だが。
しかし……そうか、そうするのがいいのかもしれない。システムがダウンし照明も点かず、チームも離散し通信もできないこの状況で、ぼくが他にできることは何もないのだから。
「分かりました、同行します」
「よろしくお願いします」




