4.甲板を這い
無線機を確保した各チームはすぐに別れ、船尾へ向かって各々違うルートを進み始めた。
通常ならば中央シャフト内を通る磁気推進式鉄道に乗って行くところだがこの停電では動かないだろうし、中央シャフトそのものの健全性も疑わしいから今は通れない。船体外殻も損傷がないとは言い切れず、通れるルートを確認する意味合いも込めて別々のルートを行くことになった。
チームAが目指す動力炉とチームBが目指す主発電機はどちらも船尾側にある。ぼくたちが元居たブリッジは船首側、各システムの制御機器もおおむね船首側にある。送電経路の確認は船尾側から船首側へ向かって行うこととなり、いま全てのチームが船尾側へ向け移動している。
『チームBからチームA、定時連絡。異常なし。次の連絡は15分後』
『チームA了解』
チーム内の誰かが背負っている無線機から他チームの声が聞こえてきた。
「チームCからチームA、定時連絡。異常なし。次の連絡は15分後」
『チームA了解』
こちらのリーダーの声に、無線越しの船長の声がすぐ返ってきた。
ぼくたちチームCは手持ちライトの光を頼りに、長周期で揺れ続ける真っ暗な街路を進んでいく。建物などが無線の邪魔になるといけないので、あまり街中には入れない。幸い道路上には特に障害物もなく、建物内には人の気配はあるが邪魔をしてくる者はいない。とりあえず、静かに避難してくれている。非常ブレーキがかかった時に流れた警告音声が効いているのかもしれない。
・・・・・・
幾度かの定時連絡と、その間に3度の小休止を挟んだ。今まで乗り物を使っていたからあまり船の大きさをイメージできていなかったが、船内図と現在位置を照らし合わせるとまだ大して進んでいなかった。このペースでは船尾に着くだけで6時間以上かかると誰かが言って、皆しばし黙り込んだ。
「……無線を」
「はい」
無線機に手を伸ばすリーダーに減光したライトを向ける。15分毎の定時連絡は頻繁すぎ、さすがに煩わしさを感じるようになってきた。
「チームCからチームA、定時連絡。異常なし。次の連絡は15分後」
『チームA了解』
相変わらずチームA――船長の応答は早い。リーダーが無線機を戻し、ぼくは再びライトを前に向けた。
『……チームB、こちらはチームA。応答せよ』
おもむろに聞こえてきた船長の声に、ぼくたちは立ち止まった。
……主任が率いているチームBが定時連絡をしてこない。
『チームB、応答せよ』
『……あー、チームB、えー……』
船長の呼び掛けの後に、チームBからの雑音の多い音声が入ってきた。チームBは15分前、「異常なし」と言っていたが――
『……チームB、……前進不能』
みな無線機に額を寄せた。前進不能――? 船体に大きな損傷があったのか。
『了解、チームBは引き返してチームCのルートへ向かえ』
『……』
『チームB、復唱せよ』
船長に促されてしばらく経ってから、チームBは答えた。
『チームB、現在位置不明……船体の破壊に巻き込まれた』
「破壊――?」
無線機に向かってこちらのリーダーが声を上げた。
『了解。チームBは安全確保を最優先せよ。現在の状態が解消されたら無線連絡』
『……B、了解』
無線越しの船長は指示だけ出して、詳細を聞かなかった。今のチームBに余計な負担をかけないよう配慮したのは、ぼくでも分かった。
チームBが言った「船体の破壊」とはどういうことか。移動中にその場の船体が壊れたということか。そんな大きな音は――
……いや、船内には未だに緩まない非常ブレーキの金属音が鳴り続けている。小規模な船体破壊であれば、ここまで音は聞こえないかもしれない。
船体破壊――つまり、この船は今まさに壊れていく最中にあるということか。
「……前進」
金属音が鳴り続き、周期的に揺れを繰り返す船内。皆が押し黙る中、ぼくたちはリーダーがひと言だけ発した指示に従い、また歩き出した。
・・・・・・
『チームB、こちらチームA。可能ならば状況を報告せよ』
そう無線が飛んだのは、あれから4回の定時連絡を経た後だった。
『チームB、応答できるか』
『……』
しばらく待っても、チームBは答えない。
『チームC、こちらはチームA。通信を代行しチームBを呼び出せ』
「チームC了解……チームB、こちらチームC。応答せよ」
船長はこちらに通信代行を求めてきた。チームBが建物かなにかの死角に入りチームAへ電波が届いていない――おそらくそう考えたのだろう。
『……』
しかしこちらの呼び掛けにも、チームBは応答しなかった。
「チームB応答しません」
『了解……チームC、そちらから主発電機点検のための人員を出せ』
それを聞いて顔をしかめるリーダー。船長は明言を避けたようだが、この指示はチームBを全滅扱いとし、さらにただでさえ人数が必要なチームCから人員を割くということだ。
リーダーが無線機のマイクを口元へ寄せる。
「人数が足りなくなります。一部の送電経路は点検できなくなりますがよろしいですか」
『問題ない。チームBが通った経路の送電線はおそらく使えないから、そちらの点検は省略してよい』
それを聞いたリーダーはすぐ、自分を含む数名を主発電機点検のためにチームCから分離させた。チームCには複数名が無線機を所持しているから、交信不能になるグループは出ないで済む。
「こちらチームC、人員選出完了」
『了解、その人員を新たに「チームD」とする。チームD、主発電機点検に向かえ』
「チームD了解」
新たに作られたチームDは、その場で船内図を見ながら主発電機室へのルート選定を始めた。
ぼくたちチームCはサブリーダーが指揮を代わり、チームDを置いて予定通りのルートを進み始めた。
チームBがいた辺りに住んでいた人たちがどうなったかは、誰も触れようとしなかった。
・・・・・・
チームDを分離させてから3時間経過――ぼくたちチームCは1名が疲労のため歩行が困難となり、さらに1名が船体の揺れにより体調不良を起こしたため大きな遅れを出しながら進んでいる。一時は速度を落として2人を同行させていたが、およそ1時間前に分離――置き去りにして、再び速度を上げた。
他チームの状況は、チームAが動力炉建屋に到達し内部点検を開始。建屋の壁に電波を遮られるため定時連絡を一時停止中。チームBは交信不能。チームDは道迷いを起こし1時間ほど船内を彷徨ったが交信可能で、現在は位置の確認がとれ主発電機室へ向け進行中だ。
揺れる船内をひたすら進むぼくたちは、もう何も考えていなかった。2時間前からかすかに聞こえ始めた周期的な軋み音が、今は広い船内にはっきりと響いている。その周期は上下の揺れと同じ、それはつまり――
送電を再開させシステムを復旧させることに意味はあるのか――それを考えてしまえば歩みが止まるのは明白だ。だから、ただ淡々と進む以外にできることはなかった。
『……チームAから総員へ、チームAから総員へ』
急に無線機が鳴って、ぼくたちは一斉に歩みを止めた。
『動力炉はセーフモードで稼働中、現在のところ異常は認められず』
セーフモード――緊急時に動力炉本体を守り最低限の稼働状態を維持する機能だ。もし緊急停止していたなら再起動に1週間程度かかると予想されていたが、セーフモードで動いているなら確認操作を行い出力を上げるだけですぐ復旧する。いい知らせだった。
そして――
まるで頭を殴られたような、大きな音。踏みしめる街路がかすかに振動し、それから風切り音が船内に響き始めた。




