エピソード9 店長が好かれている日常
「須藤さん、来たよ」
開店から間もなく、来店したのは少なくとも2週間に一回は来店する20代前半と思われる女性。
店長大好きさん、と従業員が呼んでいるその人は安田の出迎えと挨拶に会釈と『こんにちわ』と返しながら迷わずカウンターに向かい珈琲を淹れるシンク周辺に一番近いカウンター席に座る。
「おはよ」
「おはようございます。いらっしゃいませ」
「今日も店長にお任せするね」
「かしこまりました」
ウフッと頭の上に文字が浮かびそうな、浮かれているのが丸わかりな反応を返してその店長大好きさんはじっと須藤を見つめる。
須藤は顔の作りがはっきりしている、一昔前ならソース顔と呼ばれるわりと濃い見た目である。キリッとした眉と高めの鼻なので日本人離れした顔だと言われた事もある。
飲食店の、しかも己の店。オーナーとしてどんなお客とも嫌な顔せず落ち着いた笑顔で対応する須藤はその顔も相まって一部の女性客からとても好かれている。
中でもこの店長大好きさんは突出していた。
「えー、やだぁ、店長結婚してたぁ」
須藤の左薬指にシンプルなシルバーカラーの指輪を見た時の店長大好きさんがそう大きな声で言った時の顔を須藤とたまたまその日出勤だった野村は見ている。
(目が笑ってない)
目をキラキラさせていたはずの店長大好きさんが豹変したあの瞬間を二人は忘れられずにいる。それくらい、目が怖かったのである。
今日も今日とて店長が好きすぎる彼女は香ばしくふくよかな香りを放ちながらサーバーに溜まっていく珈琲に目もくれず店長を凝視している。
ちなみに若い男性である山内と佐々木にも似たような反応をするかと思えば店長大好きさんは学生アルバイトには興味が全くなく、無視をする。会計の時も無言でレジ越しにありがとうございましたと言っても何も返ってこないしその前に目すら合わない。完全に空気扱いだ。
一方で主婦組とはちゃんと挨拶をするし時に一言二言世間話的な会話のラリーが起こることもある。彼女の中でどんな振り分けがされているのかこちらからはまるで分からないが少なくとも山内と佐々木はこの店長大好きさんが嫌いである。
全身黒でリボンにアクセサリーも黒もしくはシルバーが多くそこに赤の差し色が多い。メイクは個性的で髪型はロングストレートを下ろしていることもあればツインテールの時もある。
一体何者なのかと誰一人彼女の素性を知らぬ『喫茶ゆとり』のメンツだが、須藤を除いた5人は彼女の本質を垣間見たことがある。
それは須藤が居ない時に来店した際。
「須藤さん……あれ?」
「いらっしゃいま」
「……こんにちわ。今日須藤さんいないんですか?」
「申し訳ございません、本日私用で午後からの出勤なんです」
「え」
対応した野村を真っ直ぐ見つめたまま固まった店長大好きさん。
「あ、じゃあ、帰ります、また来ます」
真顔でそう言って、迷わず店を出た彼女は。
「なんでいねぇんだよクソが!!」
あれは怖かった。
野村だけではない。その時珈琲を淹れていた安田と、テーブルでのんびりゆったり珈琲を飲んでいた常連やメロンソーダフロートやケーキをスマホで撮影していた女性二人にカウンターで新聞を読んでいた珈琲豆の焙煎をお願いしている会社の専務、他、数名が一斉に扉に顔を向けた。
そしてややあってその顔が野村に向けられた。
野村はニコッと笑顔を浮かべるに留めた。
須藤が居ない時、そんな事が実は何度か起きており、しかも何度か起きれば全員が遭遇するのも当然と言えば当然で。そして見たことがないのが須藤一人なのも当然で。
全員から聞かされた似たような内容の店長大好きさんの態度に須藤はドン引きした。したが、客であることは変わりないので何とか日々笑顔を貼り付けて対応している。
「最近思うんですけど」
「うん?」
「店長って変な人に好かれること多すぎませんか?」
佐々木の質問に安田は鼻で笑った。
「あの人、そういう人引き寄せるよね」
「店長大好きだけじゃなく、この前だって」
「あー、ホールパイ持参のおば様ね」
「喫茶店の店長に手作りパイをホールで持ってくるって意味分からないんですけど。しかも毎回」
「まだいいよ、『店長さん可愛いー、連れて帰りたーい』ってずっと言ってる人もいるじゃん」
「ああ、あの人。最近見てないですね」
「先週来たよ、『家に遊びに来てー、泊まっていってー』って誘ってた。『私は奥さんいても平気だよ』って言い出してたわ」
「ヤバすぎる」
店長がモテるので女性客も多い『喫茶ゆとり』。それがいいかどうかは別問題。




