エピソード5 〇〇現場になる日常
この日シフトに入っていた全員、バイトも含めて全員が頭の中で様々な事を考えながら接客していた。
(え、どっちが奥さん?)
(この前一緒に来た人と違う)
(休日に連れてきたってことは奥さんか?)
(まてまて、どういう心境で連れてきたの)
常連客には様々な人がいる。十人十色という言葉がしっくりくるほど、色んな職業が身近にあることを知れるのもこういう飲食店で働いてお客と会話することで得られるものの一つである。
そんなわりと出会うことが少ないだろう職業に就いていると話していた中年男性。
その人は自称大学の事務員。
自称と付けるのはそもそもそれを証明する名刺を交換したわけではないから、というのがある。実際問題、店員との会話で誇張したり嘘を言う人も一定数存在するため、暗黙の了解として『大学の事務員さん』と言いつつも確認が取れない場合は『本人曰く大学の事務員さん』というルビがありきとなっている。
で、本日その事務員が女性を伴って来店した。
先日一緒に来た女性とは違う。
正確には、今まで連れてきていた女性とは違う、である。
((((どういうことだよ!!))))
全員、ツッコミを入れたい。
なぜなら。
手をつないで入ってきたから。
((((この前の女とは腕組んでたろ!))))
この場に遭遇した本日出勤組は互いに目配せし合った。
閉店後のネタ確定だな、と。
「いやもう普通に来るのやめてほしい」
店長が引き笑いで顔を両手で多い震える声でそう発したのが始まりだった。
「神経疑うわ、マジで」
「堂々としたもんでしたね?! オレ、ビビったんすけど!」
「何あれ自慢? 俺モテる的な?」
シフトの関係で先に退勤した三崎は非常に名残惜しそうに帰っていったのが印象的だな、と思った面々。須藤、アルバイトの山内、そして安田それぞれが最早ネタとして扱うと決めていたせいか、明らかに声は上擦っている。
「えー、でもこれで五人、六人、とさらに連れてくるならモテる自慢もありだけどさあ」
「単なる不倫なら自慢されてもね」
「いや、普通にどっちも嫌っす」
「ひっ……ひははっ、ダメだっ、ひひっ。なんで、なんでうちに連れてきたっ?! あっはは!」
「店長大丈夫?」
「わかるけどね、ツボに入るの分かる」
「嫁と愛人を行きつけの喫茶店連れてくるなって話だよね」
「なんだろ、修羅場にしたいとか?」
「そんな人いる?」
「ドMだ」
「女に挟まれて詰られたいんすかね、趣味?」
「ヤバすぎる」
「趣味っ! んはははっ! あーっははは!!」
「店長泣いてますよ」
「笑いすぎて涙出てるね」
「次来てもちゃんといつも通り珈琲淹れて下さいよ」
「えー、次あの人来る時の店長の反応俺見たいっす。シフト被るかな」
「私も見たい、店長が耐えきれなくてトイレに駆け込むに百円」
が、突然賭け事にし始めた。
「俺その場にしゃがみ込んで珈琲淹れ直しするに百円!」
「んじゃ、頑張って珈琲淹れるししゃがまないけどずっと顔がニヤけそうになるのを堪えるのに唇内側に巻き込むに百円」
そこで店長が唇を内側に巻き込んで見せた。
ここから全員、引き笑いと思い出し笑いで閉店後の後片付けがなかなか進まず、さらにタイムカードの退勤処理を全員が綺麗さっぱり忘れたため、いつもより約四十五分もの残業代が発生していたことに須藤が気付くのが月末。
こういう会話をするのは退勤処理をした業務終了後にという教訓を得た。
「そもそもこの前の人は本当に奥さんなんっすか?」
山内の帰り際のそのひと言に、さらに十五分帰るのが遅くなったのは御愛嬌。
多くは望まない、せめて倫理的な観点から『普通』であってほしい、とすべての人に言いたいと心から思った須藤だった。
別れて直ぐに別の女性と交際を始めただけかもしれないし、かなり稀かもしれないけど女二人で自称大学の事務員さんを共有しているかもしれないし。そんな事をサラッと言って後日再び須藤を引き笑いに引っ掛けた安田は思う。
(誰が何処で何を話のネタにするか分からないから本当に世の中って怖い)
と。




