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とある喫茶店の日常  作者: 斎藤はるき


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エピソード4 試飲会ではない日常

 



 店長須藤に限らず、『ゆとり』で働く全員が珈琲好きである。

 珈琲豆の焙煎を委託している専門店から新しい珈琲豆が入荷したよ、と連絡が来ると、無料でも貰える試飲用豆だけではなく、お店で採用になるならない関係なく買ってしまう須藤を誰も止めないのは試飲会のためである。


「この珈琲美味しい」

「私はもう少し深煎りがいいですね」

「濃い目に淹れたの好きです。ミルク入れてみよーっと」

 主婦三人組は試飲会というより最早単に飲みたくて飲んでるだけではなかろうかというノリになりやすいが、案外こういう時に真面目に答えるのがアルバイトの佐々木である。

 大学二年生の彼は実家暮らしで住まいもここから電車で四十分以上のところなので両親からは近くのコンビニでもいいだろうと言われたが、アルバイト募集の張り紙を見つけたのが運命とばかりに『ゆとり』に応募してきた。

 理由は高校生の頃、友人に『珈琲以外も美味しいから』と誘われ入ったこの店で、須藤と野村のやり取りを見て衝撃を受けたから。

「応募がすげぇ理由だった」

 と、聞いた安田が失笑したほど。


「店長、試飲会でピザ食べません? あっちの通りに出来たイタリアン、ピザ持ち帰り出来るんですよ、私買ってくるんで」

「お、いいっすね! 俺はコーラ買ってきますよ」

「珈琲の試飲会全員来るんですか?」

「来ますよー、山内くん(学生アルバイト)もその日空いてるって言ってたんで」

「んじゃ、アイスも買ってきます。山内くん用にコーラフロートにしてあげよう」

「……そう言われると、メロンソーダフロート飲みたくなるんですけど?」

「うわ、店長そういうのすぐ言う! てか、飲みたくなりますね」

「〇〇に次の納品に合わせてメロンソーダシロップ発注しますか!」

「え、あそこ扱ってるんですか」

「そうそう、シロップも豊富で取り扱いしてくださいよぉって営業ゴリ押しされる時あるし。うちも炭酸系扱った方がいいですかね?」

 流石は慣れたもの、二人ともずっと小声のままだ。

 そんなプロ? らしい会話を聞いて当時受験生だった佐々木は思った。

(珈琲って単語が一回しか出てきてねぇじゃん)

 そうして立てかけたメニューを再び手にして開いて眺める。

 珈琲はブレンドが二種類、常時扱うストレートが三種類、月替わりが一種類。アイス珈琲の他にもカフェオレなどのアレンジが数種類あるが、そこに紅茶のアイスとホット、オレンジジュースとグレープジュース、アップルジュース、そしてココアがある。

 確かに炭酸系はない。


「あっても良いかもしれませんね」

「だとすると、やっぱりメロンソーダ?」

「あったらうちの息子喜んで来ますね」

「さくらんぼ乗せてね」

「あ、さくらんぼいらないです、息子嫌いなので」

「いや、野村さんの息子さんのためじゃなくメニュー用でね」

「ああ、そっち!? そっちでしたか! そりゃそうですよねっ」

 その掛け合いがツボにはまったのか小声ながらも笑いが止まらなくなってしゃがみ込んだ店長。それをシレッとした顔で見下ろして、入店してきた客に『いらっしゃいませー』と営業スマイルに切り替えて迎える野村。


 そうして佐々木はその緩さに、珈琲とは全く無関係な話で盛り上がった挙句引き笑いで酸欠になりかける店長に、親しみとは違う興味を覚えたのがきっかけ。安田が『すげぇ理由』と言いたくなったのも頷ける。


 そうして現在。

 閉店後、今日の試飲会は三崎の家の近所にある唐揚げ屋の唐揚げが試飲の珈琲と共にテーブルにドンと置かれていた。珈琲と唐揚げは相性がいいのか分からないが、やっぱりコーラが主張激しく置かれていることに佐々木は思う。

(俺ら学生の集まりのノリと大して変わらねぇんだよなぁ、この人達)

 と。


 因みに現在メニューにあるアイス珈琲フロート。

 炭酸系のフロートをメニューに載せて、こうして試飲会でも未だ楽しむほど全員が好きなのに、佐々木が提案するまでアイス珈琲フロートはメニューになかった『喫茶ゆとり』である。



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