エピソード3 モーニングセットを出す日常
ゆるっとお楽しみ下さい。
開店時間は十時。
巷のカフェや喫茶店に比べると決して開店時間は早いとは言えない。
それでも『喫茶ゆとり』もモーニングセットを出している。
時間は12時まで。
それはモーニングではないと言われそうだが個人経営のお店故『オーナーがそう決めたので』でスルーである。
種類はシンプルなトーストセット、サンドイッチセットの二種類となっている。
トーストセットはバター、イチゴジャム、ピーナッツクリームから塗るものが選べ、サンドイッチは玉子かハムチーズから選べる。
これらにフルーツソースがかけられたミニヨーグルトがついてくる。
飲み物は珈琲、紅茶、牛乳、野菜ジュース、オレンジジュースから一杯選ぶことが出来るようになっている。
ちなみに追加料金を払えばゆで卵も付けられる。
至ってシンプル、これと言って特徴あるメニューではないが『喫茶ゆとり』のこのモーニングを目当てにくる朝限定の常連客が一定数いて、注文内容がいつも同じであれば『いつものでよろしいですか?』『はいお願いします』で注文完了してしまう客もいるくらいにはしっかりとお店のメニューとして定着している。
「店長、え、これ、どういう状況?」
「え? ……ええ、なんだこれ、なんで?」
野村と須藤のそんなやりとりを聞いてカウンターに座りスマホ片手にトーストをかじっていたサラリーマンがちらりと二人の方へ視線を向ける。
二人のやりとりとその前にあるものを見てサラリーマンがトーストを皿に置いてその手で口元を覆った。笑うのを堪えたのだ。因みにこのサラリーマンがいつも十時半過ぎにやってくるので彼らは『重役出勤』という安直なニックネームを付けて他の客と区別して呼んでいることを客は知らないが、単にそういう時間の出勤が認められている会社勤めなだけということも彼らは知らない。
そんな余談は隅に追いやり。
野村の手には。
『個包装バターのチョコレートソースかけ』があった。
須藤が冷蔵庫を開け、庫内を覗くとそのまま失笑した。
個包装バターの入ったケースが置かれる棚の上、閉めが甘かったのかチョコレートソースの蓋が開いた状態で、しかも倒れていた。
個包装バター全滅である。
『重役出勤』サラリーマンはトーストにイチゴジャムだったしこちらは同じ個包装でも常温保存可能なタイプ、難を逃れたからこそ笑えたと言える。
「申し訳ございません、実は……」
と、須藤がバタートーストを注文した客に謝りに行って、野村がバターのチョコソースがけを手に笑いを堪え顔がゆがむのを必死に我慢しながらどろどろになったケースを綺麗にする作業を始めたその光景をチラと確認し、サラリーマンはやっぱり笑いをこらえることになった。
「昨日の夜、庫内の最終確認したの誰ですか?」
野村は冷蔵庫を開けた時の衝撃の光景が忘れられず半笑い気味に須藤にそう質問した。
「山内君」
山内とは学生アルバイトだ。
「あいつー……てか、このソース倒れるほど不安定でも細くもないのになんで倒れるんですか」
須藤がため息を漏らした。
「それマジで謎。どうやったら倒れるんですかね、そしてちゃんと蓋閉めろって話だし」
バターが全滅したため、この日メニューの『トーストセット:バター』には直ぐ様白いマスキングテープが貼られた。不運にもその後来店したバタートースト一択の常連客は。
「……じゃあ、そのままで」
イチゴジャムとピーナッツクリームは選択しなかった。
サンドイッチに使うバターをカットして出したら無言だが素敵な笑顔で受け取りトーストに塗っていた。
チョコレートソースはホット・アイスのココアとたった二種類しかないケーキのうちガトーショコラのデコレーションにしか使わない。
そのため、全く使わない日もわりとあるのだが、こういう日に限って注文が入るのは何なんだろうと須藤は思う。そして思わぬ形で減ってしまった故に、容器を押して絞り出したら『ブシュ』と鈍い音を立てて飛び散り、須藤のエプロンが一部チョコまみれになった。
「……」
きっとこの場に既に店を後にしていたサラリーマンがいたら堪えきれず吹き出して笑っていたに違いない。
蓋はちゃんと閉めましょう。
ちょっと恨めしい気持ちで須藤がアルバイトの山内にそう指導した。
閉店後の最終チェックが甘いとこうなる。
常連客の中にはスタッフのやり取りやハプニングを密かに期待しながら観察している人もいる。
そんな話でした。
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