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猿の佐吉人情噺03









     猿の佐吉人情噺

 3.播磨屋の恋



◎


 「何か、もめ事でも?」

 饅頭屋の店先で大店のお嬢さんと少女を連れた女性がもめているような状況を見て、佐吉が声をかけた。

 「あら、佐吉親分」振り返ったお嬢さんがびっくりしたように佐吉の名を呼ぶ。

 「あれ、お妙様」佐吉がびっくりしている。「お志乃さんも一緒か。何かありましたか」

 「いえ、実は」少女を連れた女性がいう。「娘が、これが欲しいといって饅頭に手を出したところで、「今日はお足がないので買えないの。ごめんなさい」と言ったのですが、饅頭屋さんに「手をつけた物を返されても、もう売り物にはならないし」と言われました。でも本当にお足がないので、困っておりましたところ…」

 「それを聞いていたお嬢様がそれなら私が出すと言って、お金を出そうとしたのですが」お嬢様の付き添いのお志乃さんが口を挟む。「施しを受ける理由もありませんしとかたくなに拒否されて、それで少し言い争いになりまして」

 「そうですか。奥様、まあ好意は素直に受け取られればいかがですか。お佐代ちゃんもお饅頭が食べたかったんだろう? このお嬢さんはお妙さんといって、人が困っていると黙っておれない人でね。別に恩に着せるとかそういう気持ちは全くない人だし」

 「しかし、知らない人から施しを受けるわけには」

 「まあ、観音様があなた方を助けようとして、このお嬢さんの身体を借りて現れたんだと思えば良いんじゃないですか」佐吉がとんでもない喩えを話し出した。「神仏が衆生を助けたいと思って何かしようとする時に、どういう風にして助けるのかというのをお坊さんに聞いたことがあるんですがね。それはいろいろな親切な人の形を取って助けてくれるのだと言われて、妙に納得したんですね。今のも、その口じゃないですか」

 「そうそう」お妙様がいたずらそうに笑う。「今、私は観音様ですからね。いや、弁財天かな。それともお地蔵様?」

 「美人から、急にお爺さんになりましたね」佐吉が笑う。

 「だって、観音様から、私はもっと美人よと言われそうな気がしたから」

 「それは、ご謙遜なことで」

 「私、前に聞いたことがあるの。南蛮人の国の話しで、美人で威張っていた女性が、神様の勘気を受けて、見にくい魔物に変えられてしまったという話しを。そんな事になったらいやだから」

 「へえ、そんな話しがあるんですか」佐吉が感心したように聞く。「誰から聞かれたんですか?」

 「長崎通詞の方よ。父の商売の関係でお知り合いになったという事らしいんだけれど、珍しいものを下さるだけでなく、あちらのお話もして下さるので、私は大好き」

 そんな話をしている内に、お妙さんが払ったお金を返すという話しはうやむやになってしまった。


 「そうだ。佐吉親分もいらっしゃることだし、せっかくだから皆であそこの茶店でお団子を食べません? あそこの団子はおいしいんですよ。お佐代ちゃんでしたっけ。この子も気に入ってくれると思うわ」お妙が言う。

 「あ、いいですね」佐吉が答える。「まあ、大の大人が小さな女の子におごってもらうというのも格好が付きませんし、私がおごります」

 「いや、佐吉親分。今日はお願いして出てきてもらったのに、それでは申し訳ないので、払いは私が持ちましょう」

 「いや、それなら私もおごる側に回ります」

 「いや、それはこちらが」

 二人の女性と二人の少女が,びっくりしたように目を開く。佐吉親分が一人ではなく、実はたくさんの男たちをつれていることに気がついたのだ。


 「それで、皆さん方は、どういう集まりですか。何か、いろいろな方がいらっしゃるようですが」お妙が笑いながら訊く。

 「そうですな。拙者は砂絵のセンセーと呼ばれている大道芸を渡世としている浪人ですが、今日はこの長屋の仲間のマメゾーに、佐吉親分の技を見せて欲しいとお願いしておりました。ようやく見せてもらえる事になりまして、皆でその場所に向かうところでした。こちらはご存じでしょう。与力の尾上介三郎様。こちらの方は土佐の郷士で、才谷様と言われる方なんですが、それならぜひご一緒したいと言われて、ついてこられました。それで、その横におられるのが…」

 「才谷殿の友人で長州藩士の和田と申します。才谷殿の話を聞いて、ぜひにとついて参りました」

 「まあ、土佐と長州でございますか。どうしてお知り合いになられました?」

 「それが、まあ信じられないような話しで」和田が苦笑いをしながら言う。「黒船騒ぎがありましたでしょう。あの時に我が長州藩の駐屯地に潜り込んで来た間者が才谷殿で、私と斬り合いになりまして」

 「斬り合いですか?」妙がびっくりしたように訊く。「それでどうなりました」

 「いや、その斬り合いの後、仲良くなりまして、一緒に鶏鍋を食べました」

 「何か、途中が飛びすぎていません?」

 「そう思われるでしょう?」佐吉が横から口を出す。「私もこの話を最初に聞いた時には唖然としました。まあ、その後考えてみれば、この才谷様ならありうる話しかなと」

 「そうだの」和田が苦笑いする・「まあ、才谷殿でなければ、そんな展開にはならんでしょうな」

 「ああ、それと」佐吉が少し迷った後に口を開いた。「才谷とか、和田とかいう名前は仮の物で、本名は別にございます。ただ、捕物帖などで言及する時に名前がないと困りますので、そのように名乗って頂いております。まあ、私の方では本名もつかんでおりますが、本名だと何か起った時に藩に差し障りが出てくることも考えられますので」

 「それはそうだな」センセーが言う。「あれだけ有名なお方だ。本名も自然と聞こえてくる。佐吉親分なら、調べるまでもないだろうな」

 「まあ、そんなに有名な方ですの?」妙がくりくりした目で訊いてくる。

 「そりゃあそうですよ」センセーが言う。「どちらも有名な剣道の道場で五本の指に入るという俊英だ。つまりこの日本という国で一、二を争う剣道の達人だという事になる」

 女性四人がびっくりしたような顔で才谷と和田を見た。


◎


 「ところで、お佐代ちゃん、腕に何かついているよ」佐吉が言う。「いや、ゴミじゃないな。アザか。変わった形のアザだの」

 「ええ生まれた時からついていたそうですが、何か龍に見えません?」

 佐吉がその言葉に引っかかった。

 「生まれた時からついていたらしいと言われるのは、このお佐代ちゃんがあなたの娘ではないという事ですか?」

 「はい、亡くなった私の姉の子供で、この子がようやく一歳になった時ぐらいに、姉は過労がたたって亡くなりました。一人で子供を育てながら、生計を立てるために、かなり無理をしたようで」

 「そうですか、それでお姉さんが亡くなられた時にあなたが引き取られたという事ですな」佐吉がなるほどという感じでため息をつく。「父親の方に話しを持ってゆく事はできなかったんですか」

 「それが、姉は誰がこの子の父親なのか、かたくなに話さず、結局、父親が分からずじまいのまま姉は亡くなってしまいました」

 「なにかいわくがありそうですな」

 「ええ、この子の父親に迷惑をかけたくないからと、そればっかりで。二人の間に何か問題があって、結婚を諦めて姉の方から身を引いたという感じでしたが」 


◎


 「ところで、あなたは播磨屋の手代のお内儀だと思いますが」佐吉が話を変える。「今の話しだと、少し生活に困っていらっしゃるようにお見受けしますが、ご主人に何かありましたか」

 「はい、実は夫が店のお金の使い込みの疑いで逮捕されまして、今は私の内職のお金だけで生活しております。うちの主人にかぎって使い込みなどするはずがないと思うのですが、番頭さんは証拠があるの一点張りで」

 「ああ、あの件ですか」尾上がうなずく。

 「尾上殿、何かご存じなのか?」才谷が訊く。

 「ええ、よく存じております。と言うより私に振られた案件でして、播磨屋手代常吉の使い込みの件で、店の方から告発がありまして」

 「店の方から?」お妙が横から口を出す。「そういうときは店のご主人が、何とか丸く収まるように、内々で処理する物でしょう。それを奉行所に訴え出るなんて」

 「通常はそうなんですが」尾上が答える。「内々に収めてやるから使い込みを認める念書を書けと、穏健に済ませてやるつもりだったのに、本人が頑として書かないので、仕方なく訴えたと言うんですがね」

 「証拠はあるのか?」才谷が訊く。

 「それが出してこないんですよ」尾上が困り切ったという感じで答える。「店の帳簿をお見せするわけにはいかないと言うんです。しかし、帳簿から明らかだと言うばかりで」

 「尾上殿はどう判断した」

 「常吉を詮議したところ、どうも本当にやっていないのではないかという印象だった。つまり番頭の書いた狂言ではないかという疑いが出てきた。それで、佐吉らに一働きしてもらわねばならないかなという話になったのが昨日の事です」

 「そうですかい」佐吉が言う。「それじゃあ、この二人のためにも頑張らなければなりませんな。私も常吉を幾らかは知っておりますが、真面目な男ですよ。使い込みなど最もしそうにない男ですが」


◎


 「お妙様、本当に大丈夫ですか」お志乃が訊く。

 皆で佐吉の技を見に行くということで、常吉の妻と娘に努力する事を約束して、皆で出かけようとしたら、お妙が一緒に連れて行けという。皆は少し困ったものの、まあ、マメゾーの手妻を見るのと余り変わらないかも知れないということで、一緒に行く事になった。

 「本当にお妙様はお転婆ですな」佐吉が苦笑いする。「駿河屋さんもお困りでしょう」

 「まあ、良いではないか」才谷が笑う。「私の姉なんて、女だてらに薙刀を振り回しているぞ。佐吉の技を見たいと言うぐらいなら可愛いものさ。姉なら立ち会わせろと言うかも知れん」

 大所帯で歩いているので、人目を引く事おびただしい。ようやくかなり大きな森に着いて、佐吉が技を披露する事になった。

 「それじゃあ、これを的にしますね」佐吉が言って、近くにある木の幹に弓道の的みたいな絵を小柄で刻み込んだ。高さは人の目ぐらいのところである。「本当は人を的にするので、的が動いているんですが、まあ、誰かを的にするわけにもいきませんので、これでご勘弁願います。皆さん方はこの的から少し離れたところに立っていて下さい」

 皆が場所を移動して、佐吉の方を向いた途端、佐吉が近くの木の枝に飛び上がった。木から木へとめまぐるしく飛び移って、目で追うだけで大変なぐらいである。しばらくしてから戻ってきて、木から飛び降りた佐吉に、お妙が手をたたいて喜んでいる。

 「それで、的は?」と訊いて、先ほど印をつけた木のほうを見て、口に手を当ててびっくりしている。「え、いつの間にあの手裏剣を投げたの?」

 先ほど書かれた的の金的に、十字の形をした手裏剣が刺さっている。

 「さすがだの」尾上が嘆息する。「佐吉の技もすごいが、才谷殿や和田殿もすごい。手裏剣が投げられるや否や、腰をかがめて鯉口を切っておられた。自分には当たらないと分かった途端にスッと元の姿勢に戻られたが」

 「いや、私は手裏剣を追うのに必死で、他の人を見る余裕などなかった」才谷が言う。

 「そうとも。尾上殿はその中で他の人がどうしているかまで見られたというのは、驚嘆の他ありませんな」和田もびっくりしたように言う

 「いや、佐吉が私に向けて手裏剣を打つ事などあり得ないという事が分かっている分だけ私に有利だっただけですよ。手裏剣が投げられた時、まずお二人のほうを見たのですが、もしあれが佐吉でなければ、私も手裏剣に目を取られて、他の人を見る余裕などなかったでしょうな」


 「しかし、マメゾー。見ていてどうだった」センセーがマメゾーに訊く。

 「へえ、素晴らしい技でございますが、なんとか真似出来そうですんで、やってみましょう」

 「マメゾーさんなら造作もないでしょう。手裏剣をお貸ししますよ」佐吉が木から手裏剣を抜いてマメゾーに渡す。受け取るや否や、マメゾーは飛び上がった。佐吉に勝るとも劣らない動きで木の枝から枝へとしばらく飛び回ってから降りてきた。やはり手裏剣は金的に刺さっている。

 「さすがマメゾーさんだね」佐吉が感嘆したように言う。「一度見ただけであれだけ出来る。まあ、マメゾーさんがいつもやっていることを組み合わせただけで出来る技だし、当然と言えば当然か」

 「いやいや」マメゾーが言う。「佐吉さんの技から見ればまだまだで、使い物になるようにするためには、ちょっと修練が必要ですな」

 「マメゾーさんならすぐですよ」

 「しかし、すごい技ですな」センセーが言う。「この技は何と言うんですか」

 「へえ、猿飛の術と聞いております」

 「なるほど言い得て妙だな。猿飛の術か」尾上がため息をつく。「本当はあちこち飛び回りながら、何本も手裏剣を打つんだろう。一本だけなら何とか避けられそうに思うが、何本もあちこちから飛んでくれば、避けきれる自信はないな」

 「そうですな」和田が訊く。「一度に何本ぐらい打つんですか」

 「まあ、本来は五から六本ぐらいらしいですが。私は伊賀同心の方から三本頂いただけですので、それで終わりです。鍛冶屋に頼んで作ってもらうという事になると少し大げさになりますのでね。まあ、マメゾーさんには一本進呈いたしますよ」

 「あのう」お妙が口を挟む。「おひねりはお渡ししても良いんでしょうか? すばらしい技を見せて頂いたので」

 「まあ、マメゾーさんにはお渡し下さい」皆が大笑いする中で佐吉が言う。「私は目明かしという立場上、受け取るわけにはいかないような気がします」

 「いえ、これだけ素晴らしい技を見せて頂いて、ただというわけには行きませんので」

 妙は志乃から財布を受け取ると、一分銀を、それぞれに渡そうとした。

 「それはいけませんや」マメゾーがびっくりして言う。「一分銀など、私どもが使えば、どこから盗んできたんだと言われかねません。天保銭でもだめでしょうな。まあ、いつものおひねりで、一文銭二、三枚という事にしておいて下さい」


◎


 「スリだ」と叫ぶ声がした。どこかの番頭であろうか、良い着物を着た商売人らしい男が、スリとおぼしき遊び人風の男を追いかけている。通りを歩いている人達が係わり合いになるのを恐れて脇に避けて、大きく通り道ができた。そこに人混みをかき分けて、昼間にもかかわらず覆面をした男が現れ、スリが放り投げた財布を受け取ると、スリと反対の方へ走り出した。

 財布をすられた男は、どちらを追うか少し迷ったが、財布を受け取った男のほうを追いかけた。追いかける男が冷静であれば、覆面の男が逃げているのではなく、どこかに誘導しているのだという事に気がついたであろう。追いつかれないように、しかし追う者が見失わないように走っている。しかし、追いかけている男はそれに気がつくほど冷静ではなかった。

 男が気がつくと、人通りがない森に入り込んでいた。そこは前に佐吉が術を披露した森である。追いかけてきた男が息を切らせながら森に入り込んだ時、覆面の男は,木に飛び上がったと見るや木から木へと身を翻した。唖然として一本の木の前に立ち止まった男に向けて光る物が飛んだ。それが彼の後ろにあった木に突き刺さった時、男は腰が抜けたかのようにその木にもたれたまま座り込んだ。それは十字の形をした手裏剣であった。

 「おい。播磨屋の番頭さん」横から現れた浪人が、男に声をかける。「お前さんはよくも常吉を陥れてくれたな。そのお礼をさせて頂くぜ」

 「い、い、一体何のことだ?」播磨屋の番頭と呼ばれた男は、恐れに声を震わせながら、答える。

 「知らないとは言わせないぜ」浪人が刀を抜いて、番頭に突きつけた。「お前が、自分が帳簿に開けた穴を常吉に押しつけて、奉行所に訴え出た事は調べがついている。だが、残念だったな。お前は常吉の出身地を知っているか? 近江としか聞いていないかもしれんが、実は甲賀の出身でな。村人の結束の固い地だ。仲間に何かあった時には、皆で助け合うという掟の中で生きている。お前は虎の尾を踏んだんだよ」

 浪人はにやっと笑うと、刀を喉元に突きつけた。「と言う事で、我らの仲間の復讐の輪からは出る事は出来ない。これから先、一生いつ殺されるかも分からない恐怖の中で生きて行く事になる。」

 「お、お、お助けを」番頭は震えながら声を絞り出す。

 「だめだ。もう遅い。しかし、我々にも少しは情けもある。自分で罪を認めて、奉行への告訴を取り下げるならば、命までは取ろうとは言わん。何をやったか、白状しろ」

 「確かに帳簿の穴を開けたのは俺だし、それを常吉のせいにして訴えた」番頭は助かりたい一心で白状する。

 「それだけか」浪人は冷たい声で言う。「黒岩の親分に、何を依頼した?」

 「なぜ、それを?」番頭は驚いて言う。

 「調べはついていると言ったろう」浪人は冷たく言う。「常吉の娘をさらって、どこか遠国で売り飛ばすように依頼した。俺たちには、それがなぜかも分かっている。だが、お前の口から白状することだ」

 番頭が口を閉ざしていると、浪人が刀を鞘に収めて、少し横に動いてから手を挙げた。何か光る物が飛んでくる。手裏剣だと分かった途端、番頭は恐怖の余り失禁した。手裏剣は先の手裏剣と番頭の頭のちょうど間に突き刺さった。

 「おやおや大の男がみっともない」浪人が笑う。「次はお前の喉だ。それがいやなら白状する事だな」

 番頭が逃げ道がないと悟ってすべてを白状すると、後ろの藪から二人の男が出てきた。それを合図にあちこちから大勢の男たちが顔を出す。

 番頭は二人の顔を見て真っ青になった。

 「お前は、甥ということで大切に扱ってきたのに、そんなことをしていたのか?」

 「叔父さん。今のを聞いていたのか?」

 「ああ、今日、この尾上様が店に来られて、付いて来て欲しいということで、言われるままにそこに隠れていた。一部始終、聞かせてもらった」

 「まあ、ちょっと荒療治だが、播摩屋さんの目を冷ましてもらうには、これが一番良いかなとセンセーに言われてな」尾上が言う。「奉行所に所属する私たちでは出来ないが、センセーになら出来る。ということで、筋書きを書いてもらった」


◎


 「しかし、本当にありがとうございました」播磨屋が頭を下げる。

 播磨屋の客間に、大勢の人が集まっている。お礼の祝宴ということで、かなり豪勢な食卓が整えられていた。

 尾上とセンセーが上座に据えられている。

 「尾上様はともかく、私のような者が、こんな所に座って良いのでしょうか」センセーが聞く。覆面の男を演じたマメゾーがその隣で身を縮こめている。

 「いえ、私どもにとっては大恩人のお二人、何の遠慮をなさる事がありますか」

 「そうだよセンセー」才谷が言う。「むしろ、なぜ私たち二人がお相伴にあずかっているのかと言う事の方が不思議なのだが」

 「そうですな」和田が笑う。「私ども、何もしておりません」

 「いや、尾上様から、お二人が佐吉親分と一緒に播磨屋の内情について厳しく調べられたおかげだと聞いておりますので」

 「尾上殿、それは、ちょっと大げさに言いすぎでは?」

 「まあ、良いでは無いですか」尾上が笑う。「いつもおごって頂いている事へのささやかなお返しと言いますか、まあ、慶事は賑やかな方がよろしいかと思いまして」

 「まあ、それはそうですな」才谷も笑っている。「これ以上ないような慶事ですし」


 「しかし、甲賀の村人の結束などと真っ赤な嘘を真顔で話しされるセンセーを見ていて吹き出しそうになりましたよ」佐吉が言う。

 「しかし、それを番頭が信じたからこそ、すべてを白状したのだし、まあ、終わり良ければすべて良しということで。それに、あの狂言を書いたのは才谷様ですよ」センセーがばらす。


 「しかし、播磨屋さんも甘かったですな」尾上が少し厳しい声で言う。

 「その通りです」播磨屋が少しシュンとして言う。「探している娘の件を甥に頼む時に、甥がそれをどう受け取るかという事に気が回りませんでした。甥を素直な良い若者と思い込んでいて、裏の顔に気がつかなかった私の過ちです」

 「お佐代ちゃんとのことは、どういうことだったんです?」佐吉が聞く。

 「昔、私が惚れぬいた娘がおりましてね」播磨屋が昔を懐かしむように話し出す。「子供まで作ったのに、親の反対で結婚する事はかないませんでした。別れろと言われたのですが、密かに家を借りて、そこに住まわせておりました」

 「それが姉だったんですね」常吉の妻が言う。

 「その通りです」播磨屋が頷く。「しかし、自分が私の足かせになっていると思い込んだのか、お菊は私に何も言わず、ある日、子供をつれて雲隠れしてしまいました。その後、両親が亡くなって、もう何の差し障りも有りません。二人を捜すのを、甥の番頭に頼んだのですが、こんなことになるとは」

 「そのまま行けば播磨屋を継げると思っていたところに、突然の隠し子の話し。握りつぶさないとと思うのは甥の方からしたら当たり前ですな」センセーが言う。「結局、見つけてみれば、自分のすぐ近くにいた。手代の常吉のお内儀が、お菊さんの妹で、お佐代ちゃんがその忘れ形見という事が分かって、愕然とした甥っ子が考え出したのが、今回の訴訟騒ぎだったわけですよ」

 「まず常吉を追い出す」尾上が言う。「そこでついでに自分が穴を開けた分を常吉に押しつける事を考えた。使い込みを認めないと奉行所へ訴えるぞとおどかせば、常吉が嘘の自白書に名を書くと思ったところが、真面目な常吉は自分はやっていないと脅しに乗らない。仕方がないから奉行所に訴えたものの、常吉がやったという証拠がない。困って、次に考えたのがお佐代ちゃんの誘拐で、しかもそれを黒岩の親分に頼むという大失敗をやらかした」

 「その日のうちに、黒岩の親分から、私の所へたれ込みがあったからな」センセーが笑う。「それで、なぜお佐代ちゃんを誘拐するのか調べてみたら、お佐代ちゃんが播磨屋さんの子供だという事が分かった。たまたま見たあのアザが決め手になったのは運が良かったな。それで、これはただの使い込み事件ではないという事になったのさ」

 「本当に、常吉やお内儀、それに佐代には申し訳ない」播磨屋が頭を下げる。「あの甥を信じたばかりに、しなくて良い苦労をかけて」

 「どうだな,播磨屋」尾上が言う。「このあたりで隠居して、お佐代に身代を譲ったら? そして、常吉夫妻に後見人になってもらって、自分は悠々自適の楽隠居というのはどうだの? 娘のお佐代を可愛がるだけが仕事という毎日も悪くはなかろう」

 「それは良いな」和田が口を挟む。「播磨屋は武具を扱っているだろう。調べてみて分かったのだが、ここしばらく商いが上手くいっていない。今、黒船騒ぎのため、武具を扱っている商人は皆、儲かって笑いが止まらないという状況の中で、あまり商いが上手くいっていない理由は、商売の要だった常吉を失ったこと、そしてその大黒柱がなくなった後を無能な甥に任せた事だ。どちらも播磨屋の人を見る目の無さが原因だの。尾上殿の言うとおり、悠々自適の隠居生活で思う存分お佐代ちゃんを溺愛する親馬鹿生活というのも悪くなかろう?」

 「尾上様。和田様。言いにくい忠告をあえてして下さって感謝の他ありません」播磨屋が頭を下げた。「これまで出来なかった分、存分に親馬鹿をさせて頂きましょう。商いの方は常吉に任せておけば大丈夫という皆様方の意見が正しいのでしょう。手代から筆頭の番頭への大出世ですが、むしろそちらの方が正しい処遇なのだと思います。常吉さん。よろしくお願いいたしますよ」

 「え、そんな。急に言われても」常吉があたふたしている。

 「常吉つぁん。そんなにあわてなくても」佐吉が笑う。「良い判断だと思いますね。常吉つぁんなら旦那が充分に務まりますよ。播磨屋さん。甥とその取り巻きが辞めて人手が足りなくなった分については、ぜひ、うちの口入れ屋に任せて下さい」

 「あれ、佐吉親分がうまいこと商売している」

 お妙の言葉で皆が大笑いして、播磨屋の隠居が決まった。


 「しかし、後はお佐代ちゃんのお婿さん捜しだな」尾上が笑う。「常吉の後を継げる立派な男を捜す事だ。これは播磨屋さんの仕事だな」

 「いや、人を見る目に自信がなくなりましたのでね」播磨屋が頭をかく。「しかし、良い婿を捜す事は、もちろん大切ですし、皆の意見を聞きながら、慎重に進めたいと思います。あの甥みたいな男はごめんですから」

 「そういえば、佐吉はどうだ」才谷が思いついたように言う。「中々に才のある男だと思うぞ。それに美男子だしな。確かまだ独り者だの」

 「いけませんや。才谷様」佐吉が顔を赤くする。「目明かしなんて、いつ命を落とすか分からないやくざな商売ですからね。「目明かし家業にゃ娘はやれぬ」という唄があるぐらいですから」

 「しかし、それは「やれぬ娘がね、ゆきたがる」と続くはずだぞ」尾上が混ぜ返す。

 「いけませんや、旦那」佐吉がますます顔を赤くする。「せっかくその前で止めたのに」

 「もちろん、婿に来て頂くのなら、目明かし家業は辞めて、こちらの商売に専念してもらうことになりますが」播磨屋が冗談に乗ってきた。

 「そうか。拙者としてはそれは困るな」尾上が冗談を受ける。「有能な部下を失うのは困るしな」

 「勝手に話を進めないでね」後ろの方の席から声がかかった。お妙である。「佐吉親分は私も目をつけているんですからね」

 「え、佐吉の奪い合い?」尾上が笑う。「佐吉、両手に花だの」

 「尾上様、からかわないでくださいまし」佐吉が心底困った顔をする。

 「まあまあ、二人ともまだまだ幼いのだし、今すぐ決めなくても、ゆっくり結論を出してもらえばいいのでは」

 播磨屋の言葉に、皆大笑いをして、食事に戻った。


(完)


 このエピソードにも、前回に続いて他の著者の登場人物が出て参ります。その作家へのオマージュとしてお受け取り下されば幸いです。

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