実家からの足音と、静かな怒り
紺が仲間になってから、さらに数ヶ月が経ったある日のこと。
僕たちがいつものように囲炉裏を囲み、黒が作ってくれた温かいご飯を食べていた、そのときだった。
バリィィィン!!
まるで巨大なガラスが砕け散ったかのような音が、屋敷中に響き渡った。
お屋敷を包んでいた霧の結界が、何者かによって弾け飛んだのだ。
「うにゃっ!?何事なの!?」
紺が耳をピンと立て、慌てて僕の後ろに隠れる。
『……チッ。群れをなして、不快な雑魚どもが這い入ってきやがったな』
黒はもふもふの黒猫の姿のまま、低い声で唸った。
金色の瞳に宿っているのは、獲物を見定める捕食者の冷徹な輝き。いつもの気ままな様子は、そこには欠片もなかった。
僕たちはうどんの器を置き、屋敷の門から続く庭へと向かった。
そこに立っていたのは、白い狩衣を身にまとい、手にお札や錫杖を持った十人以上の大人の陰陽師たちだった。
その中央に立つ男の顔を見た瞬間、僕の胸の奥が、すっと冷たく凍りついた。
「――おやおやおや。生きては戻れぬ神隠しの山と聞いていましたが、まさかこんな立派な隠れ里で、のうのうと生き延びていたとは。しぶといですね、あかり様」
白髪混じりの髪を冷酷なほど整えたその男。
土御門家の執事長――神楽坂。
三年前、七歳だった僕を式神に襲わせ、動けなくしたうえで、呪符によって神隠しの山奥へと吹き飛ばした男。
忘れるはずがない。
あの日、僕を追い詰めた張本人が、今、目の前に立っている。
「神楽坂……さん。どうしてここへ?」
喉の奥がひきつり、声がかすれた。
神楽坂は扇子で口元を覆いながら、僕を見下すように笑った。
「当主様からの御命令ですよ。ここ数年、山の霊力が異常な高まりを見せていましてね……恐らく、眠っていた『八ツ目大蛇』山の社の主の霊力が増幅したのでしょう。その偵察も兼ねて、狩りに来たのですよ」
淡々と語るその口調には、命を奪うことへのためらいなど微塵もなかった。
「捕えて式神にし、たとえ死んだとしても、ウロコや肝は至高の霊薬の素材となる。……おい、そこの黒猫。お前がこの山の主の使いか?当主様のために、その首を差し出しなさい」
神楽坂の背後に控えていたエリート陰陽師たちが、一斉に呪符を構えた。
鋭い殺気が、黒へと向けられる。
彼らは知らない。
この山の社の主である大蛇が、三年前、目の前にいる十歳の僕の影猫によって、無詠唱で骨ごと喰い尽くされたことなど。
そして、彼らが感じ取っているものが、主の霊力などではないことも。
『ばかか?こいつら。その気配は山の主の霊力なんかじゃねえよ。ぜんぶ俺の――』
「黙れ使い魔。主の使い風情が、人間の陰陽師に向かって気安く口をきくな」
神楽坂の言葉が、耳に突き刺さった。
使い魔。
黒を、そう呼んだ。
僕を助けてくれた黒を。ご飯を作ってくれて、剣術を教えてくれて、いつだって僕の味方でいてくれた黒を。
僕の大切な家族を。
「僕の家族を……黒を……『使い魔』なんて呼ぶな!」
気づけば、声が出ていた。
足元から、ドロリと黒い影が広がり始める。
影は地面を這い、じわじわと周囲を覆っていった。
いつもは可愛い影猫たちが、僕の怒りを感じ取ったかのように、低く唸るような音を立てる。
黒い影の海が、静かに波打った。
「おやおや、霊力なしの忌み子が、生意気に不気味な術を真似事ですか?」
神楽坂は、まるで目の前の光景を嘲笑うかのように扇子を揺らした。
「土御門の血を引いておきながら、あやかしを家族と呼ぶなど、本当に浅ましい。おい、その猫ごと、この出来損ないを捕らえなさい!」
冷酷な命令が響き渡る。
周囲の陰陽師たちが、一斉に呪文を唱え始めた。
実家の大人たちは、相変わらず何も分かっていない。
僕の力も。
黒の強さも。
そして、僕たちがどんな思いで、この山で暮らしてきたのかも。
何も知らないまま、また僕たちを踏みにじろうとしている。
……もう、黙って見過ごすつもりはなかった。
「黒。お庭、また汚れちゃうけど……いい?」
僕は静かに木刀を引き抜いた。
怒りで頭に血が上っているわけじゃない。
ただ、目の前にいる人たちを、もう家族の敵としてしか見られなかった。
隣の黒が、ポンと軽い音を立てて人間の姿に変わる。
黒い髪。猫の耳。紫の羽織。
そして、不敵にのぞく八重歯。
黒は僕の隣に立つと、金色の瞳を陰陽師たちへ向けて笑った。
「おう、いいぜあかり。実家のクソどもに、本当の『最強』がどっちか、身体で教えてやろうじゃねえか」
その声を聞いて、僕は木刀を握り直した。
もう、逃げない。
黒と一緒なら、僕は戦える。
実家との因縁の戦いが、今、幕を開ける。
第9話をお読みいただき、ありがとうございます。
ついにあかりを捨てた実家・土御門家の手が忍び寄る激アツ展開です
【明日20:00】更新を予定してます
読んでいただけると嬉しいです。




