↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
28/36

十六歳の日常と、三年の成長(第3章 北の最果て編・1話)

帝都を離れ、この神隠しの山を拠点にするようになってから、三年の月日が流れた。


その三年間で、僕の生活は劇的に変わった。


陰陽寮討伐方(とうばつがた)統括(とうかつ)室長の菅野(かんの)さんと、分析方の澄真(とうま)さん。かつて僕の実力を正当に評価してくれた二人は、今や陰陽寮(おんみょうりょう)における最大の理解者であり、頼もしい後見人でもある。


月に一度の定期報告の日。


澄真さんは決まって、両手いっぱいのお土産を抱えてやってくる。


「あかりくん、今日のお土産は帝都で一番人気の焼き菓子だよ!ほら、見てごらんよ!美しいね~。食べるのがもったいないくらいだね!」


箱を開ける前から、澄真さんは満面の笑みだ。


その言葉を合図にしたかのように、黒や紺、里のあやかしたちも集まり、いつの間にか賑やかなお茶会が始まる。


澄真さんが連れてくるウサギの式神と紺は、すっかり仲良しになっていた。ふわふわのウサギを追いかけて紺の二本の尾がぱたぱた揺れ、その様子を見た黒が呆れたように笑う。


「おい、相模(さがみ)。遊んでばかりおらんようにな」


「ええ~?菅野さん、これは重要な交流であり、情報交換なんですよ?」


「お前の場合、交流というより遊んでいるだけに見えるがな」


「ひどいなぁ、もう!」


そんなやり取りを横目に、菅野さんは僕に向き直る。


その眼差しは、先ほどまでの気安い雰囲気とは打って変わって真剣だった。


帝都の情勢、陰陽寮内部の改革、そして呪術界が抱える数々の課題。


僕は菅野さんの話に耳を傾け、ときには自分の考えを伝えながら、陰陽師として必要な知識を学び続けてきた。


「……あかり殿の存在が、旧態依然とした陰陽寮の意識を改革する大きな推進力となっている。感謝する」


そう言って、菅野さんは深々と頭を下げた。


僕は慌てて首を振った。


「そんな、僕は自分にできることをしているだけですから」


「その『自分にできること』を、誰もができるわけではないのだ」


菅野さんは、真っすぐに僕を見つめた。


「だからこそ、我々も変わらねばならん。あかり殿にばかり背負わせるわけにはいかぬからな」


その言葉を聞くたびに、僕は思う。


この人たちの期待に応えたい。


僕を信じてくれる人たちが、安心して暮らせる世界を守りたい。


そのためにも、もっと強くならなければ。もっと多くのことを知らなければ…。


そうして僕は、陰陽師としての知識と腕を磨き続けてきた。



僕の知識を飛躍的に深めてくれた場所が、もうひとつある。


帝都陰陽学校の『禁書庫』だ。


学校に籍を残す決め手となったのは、蓮の提案だった。


そのおかげで、僕は特別閲覧権限を得ることができたのだ。


禁書庫の重々しい鉄扉。その先に広がるのは、数百年前に封印された呪術書や禁術、失われた神代の符術、さらには異界のあやかしについて記された古文書の数々。


分厚い本が並ぶ書架は、どこまでも奥へと続いている。


学校の通常授業では決して触れることのできない知識が、そこには眠っていた。


僕にとって、まさに宝の山だった。


特に興味を引かれたのは、霊脈の乱れを鎮める古代の結界術と、人間とあやかしが互いの力を高め合う『共鳴術式』に関する文献だった。


古来、人間とあやかしは、決して相容れない存在同士ではなかった。


人間は人間の姿で、あやかしはそれぞれ本来の姿のまま、互いの存在を認め合い、対等な立場で言葉を交わしていた。


あやかしたちが人間の姿に変化する必要もなく、町や村で人々と共に暮らし、日々の営みを分かち合う。


時には互いの知恵や力を貸し合い、共通の脅威を前にすれば、種族の違いを越えて肩を並べて戦うことさえあったのだ。


そんな人間とあやかしたちの長い交流の歴史の中で、自然と生まれ、受け継がれてきた技術の一つが『共鳴術式』だった。


異なる存在である人間とあやかしが心を通わせ、互いの霊力や妖力を響き合わせることで、それぞれ単独では引き出せない力を発揮する。相手を支配したり、一方的に力を借りたりするのではない。

互いを認め、信頼し、共に歩むからこそ成立する術式なのだ。


けれど、時代の移り変わりとともに、人間とあやかしの関係は少しずつ変化していった。かつて当たり前だった交流は次第に失われ、共に暮らし、共に戦うための知恵や技術も、古い文献の中にしか残されていないものが増えていた。


僕は、その記録を読み進めるたびに考えずにはいられなかった。


人間とあやかしが、再び互いを理解し、力を合わせることができたなら――。


『共鳴術式』の研究は、僕自身の力を高めるだけではない。黒たちとの絆をより強固なものにし、人間とあやかしが共に生きる未来への、大きな手がかりになるかもしれなかった。


「相変わらず難解な本ばかり読んでいるね、あかり」


禁書庫を訪れるたび、蓮は淹れたてのお茶と特注の菓子を差し入れに来てくれた。


最初のうちは、僕が本に没頭している姿を面白がって眺めているだけだったのに、気づけば蓮も隣に座り、一緒に文献を読み込むようになっていた。


僕が本で得た知識を実践に移す際には、蓮が持ち前の聡明さで客観的な助言をくれる。


僕一人では見落としてしまうような矛盾や、術式のわずかな欠陥も、蓮は驚くほど鋭く見抜いた。


時には朝から夕方まで、二人で呪術論争に花を咲かせることもあった。


時には新しい術を試作し、失敗すれば原因を探り、納得のいく結果が出るまで何度もやり直す。


そんな日々を繰り返しているうちに、僕たちは互いの考え方や得意分野を、誰よりも理解するようになっていた。



そんなふうに、古代の術式について熱く議論を交わしていたときだった。


ふと、手元の古文書から顔を上げたあかりを見つめ、蓮が言葉を詰まらせた。


「……あれ?」


「ん?どうしたの、蓮」


「いや……お前……なんか、こう……白く光ってないか?」


「え? 僕が?」


蓮は目を細め、あかりの肩口や指先をじっと凝視する。けれど、数瞬の沈黙の後、首をかしげて苦笑した。


「……いや、見間違いか。気のせいだな。最近、僕まで古い呪術書の読みすぎで目が疲れているみたいだ」


「そう? よくわからないけど……」


蓮はそれ以上追求せずにお茶を一口飲んだ。



「君と議論していると、視野が広がるよ」


ある日、研究を終えた蓮が、そう言って微笑んだ。


その言葉が、僕はとても嬉しかった。


僕は霊力をもたいないが、特級陰陽師という立場にいる。


周囲から特別視されることも多く、僕の力を前にすると、どうしても遠慮したり、必要以上に持ち上げたりする人も少なくない。


けれど、蓮は違った。


僕が間違っていれば、遠慮なく指摘してくれる。


僕の考えに納得できなければ、とことん議論を交わしてくれる。


僕を特別な存在として扱うのではなく、一人の人間として、対等な友人として接してくれるのだ。


そんな蓮との時間は、僕にとって陰陽師としてだけでなく、一人の人間としてもかけがえのないものだった。


菅野さんや澄真さんが繋いでくれた陰陽寮との信頼。


蓮と育んできた友情。


そして、神隠しの山で過ごす、黒や紺たちとの日々。


この三年間で深まった数えきれないほどの絆は、単なる利害関係を超えていた。


僕がこの世界を守りたいと思う理由は、もう力を持っているからというだけではない。


守りたいと思える人たちが、こんなにも増えたからだ。


そして――。


そんな温かな絆に守られながら、僕はこの隠れ里で十六歳になった。




「……あかり、ちょっとじっとしてろ。ほら、襟元がゆるんでるぞ」


朝の爽やかな日差しが差し込む、隠れ里のお屋敷。


そこで僕は、いつものように黒に着物の襟元を整えられていた。


人間の姿になった黒は、慣れた手つきで僕の襟を直し、少し曲がっていた合わせをきちんと整える。


まるで、僕がまだ幼い子供だった頃から、何ひとつ変わっていないかのように。


「黒、僕もう十六になったんだよ?自分で直せるから大丈夫だって」


「なんだ?じゃあ、これならどうだ?」


ポンッ。


軽い煙が立ち上った。


次の瞬間、目の前にいた黒の姿が揺らぎ、別の姿へと変化する。


「……え?」


そこに現れたのは、息をのむほど美しい黒髪の女性だった。


少し着崩した黒の羽織。その隙間から覗く白い肌と細い首筋。艶やかな黒髪が肩を流れ、妖美な微笑みが僕を見上げる。


その姿のまま、黒は何事もなかったかのように僕の襟元を整え始めた。


「えっ!?ちょっ……と……そういうことじゃないんだけどな……黒ぉ……」


思わず声が裏返ってしまった。


長い年月を生きてきたあやかしにとって、性別など、あってないようなものらしい。


そんな話は以前から聞いていたけれど……。


まさか、黒が女性の姿になると、こんなにも綺麗だなんて。


「……なぁに、あかり。照れてんじゃねぇよ」


耳元で、艶やかな声が囁いた。


「俺たちあやかしにとっちゃ、男も女もただの『カタチ』に過ぎねぇ。お前が望むなら、いつでもこの姿で甘やかしてやってもいいんだぜ?」


「っ……!」


耳元にかかる吐息に、僕の顔がじわじわと熱くなる。


けれど、僕はふっと微笑んで首を振った。


「黒は黒だよ。その姿もすごく綺麗だけど……僕はいつもの、頼もしくてかっこいい黒の姿が一番好きだな!」


「…………」


黒が、ぴたりと動きを止めた。


一瞬、呆気にとられたように目を丸くする。


そして次の瞬間。


ポンッ!


再び煙が立ち上り、黒はいつもの青年の姿へと戻った。


少し着崩した黒の羽織。口元から覗く白い八重歯。


そこには、どこか照れくさそうな、けれど底抜けに優しげな苦笑いを浮かべた、いつもの黒がいた。


「……ハンッ、またお前は軽々しく…」


「えっ?僕、何か変なこと言った?」


「いいや、何でもねぇよ」


黒は、ぷいっと顔を背けた。


「とにかく、いくら十六になったからって、甘やかすのをやめる気はねぇからな。お前は修行や呪術の筋はズバ抜けてるが、こういう細かい身の回りのことになると途端に雑になる」


「うっ……」


思い当たる節がありすぎて、反論できない。


「お前はただ、大人しく俺に甘やかされておけばいいんだよ」


そう言って黒は、いつもの大きな手で僕の頭をポンポンと優しく撫でた。


その手の温もりは、昔と変わらない。


ただ、あの頃はずっと大きく感じていた黒の手が、今は少しだけ小さく感じられた。


それもそのはずだ。


十六歳になった僕の背は、ここ数年でぐんと伸びた。


雨の中で倒れていた七歳の頃、ガリガリに痩せ細っていた僕の面影は、もうどこにもない。


日々の厳しい修行と、黒が作ってくれる美味しい料理のおかげで、身体つきもしっかりしてきた。


着物の上からでも、鍛えられたしなやかな体幹がわかるほどだ。


身長も、ようやく黒の肩のあたりまで追いついた。


「……大きくなったな、あかり」


ふと、黒がつぶやいた。


「え?」


「いや、何でもねぇ」


黒は僕の頭をもう一度、ぽんと撫でる。


その表情は、どこか懐かしそうで、少しだけ誇らしげだった。


僕は、そんな黒の顔を見るのが好きだった。




「うにゃぁぁ!あかり様、黒兄様!お腹減ったなのー!今日の朝ごはんは何ー!?」


ドタバタドタバタッ!


廊下を駆け抜ける賑やかな足音とともに、部屋の引き戸が勢いよく開いた。


「紺!?」


僕が振り返るよりも早く、白いひらひらの着物に身を包んだ愛らしい少女が、部屋の中へ飛び込んできた。


紺だ。


この三年間の修行で、紺の妖力も飛躍的に増した。


今ではすっかり綺麗な少女の姿に成長し、出会った頃とは比べものにならないほど立派になっている。


……もっとも、中身は相変わらず甘えん坊のままなのだけれど。


気を抜くと、頭の上からふさふさの白い狐耳がぴょこんと飛び出し、お尻からは大きくて柔らかな二本の尾が、嬉しそうにぱたぱたと揺れる。


甘えるときの仕草も、表情も、出会った頃から何ひとつ変わっていない。


「紺、廊下を走ると危ないよ?」


僕が注意すると、紺はぴたりと立ち止まった。


そして、くるりと首を傾げる。


「うにゃ?」


「転んだら危ないでしょ。怪我したらどうするの?」


「にゃっ!紺、気をつけるなの!」


そう言いながらも、紺の視線はすでに朝ごはんのことでいっぱいらしい。


「朝ごはんは、黒特製の焼き魚と温かいお味噌汁だよ」


「うにゃーっ!黒兄のお魚、大好きなの!」


紺の顔が、ぱあっと輝いた。


「紺も料理のお手伝いするの!」


「待った待った!紺はここで大人しく座ってて!」


目を輝かせながら立ち上がろうとした紺の袖を、僕は慌てて引っ張った。


紺はとっても頑張り屋さんだ。


何でも自分でやろうとするし、僕や黒の役に立ちたいと思ってくれている。


ただし、少し……いや、かなりのおっちょこちょいでもある。


以前、紺にお皿運びを任せたときには、見事に足をもつれさせて、料理もお皿もまとめてひっくり返してしまった。


あのときの黒の悲鳴は、今でも忘れられない。


そんなわけで、紺に料理を手伝ってもらうのは、もう少し修行を積んでからにする予定だ。


「にゃーっ!紺もお手伝いできるのに!お皿運ぶの得意なのにー!」


「うんうん。紺が頑張り屋さんなのは、僕もよく知ってるよ。でも、今はここで待っててね」


僕は紺の手を引き、隣にちょこんと座らせた。


紺は少しだけ不満そうに頬を膨らませたものの、すぐに僕の腕へぎゅっと抱きついてくる。


「……あかり様のお隣なら、紺、待てるなの!」


「ふふ、ありがとう」


人型になっても、もふもふの温もりと甘えん坊なところは変わらない。


そんな紺を見ていると、自然と口元が緩んでしまう。


この三年間、僕たちは帝都での学校生活と、この『神隠しの山』にある隠れ里での暮らしを両立させてきた。


三年前、僕は史上最年少で『国家守護特級陰陽師』となった。


それ以来、帝都の街でも、陰陽寮でも、学校でも、僕のことを知らない者はいないと言っていいほど有名になった。


禁書庫での研究の合間に、特別講師として教壇に立つこともある。


神代の力を扱う陰陽師として知られているだけでなく、成長して大人びた僕の姿も、どうやら人目を引くらしい。


学校へ行けば、男子からも女子からも熱い視線を送られる毎日だ。


……正直、少し照れてしまう。


けれど、変わったのは僕の立場だけではなかった。


あの日以来、霊力を持たない者であっても、眠っていた才能を開花させられる可能性がある――そんな噂が広まった。


その結果、帝都陰陽学校には国中から優秀な志願者が殺到するようになった。


特殊な能力を持つ者。特異な霊力を持つ者。


さらには妖力を持ち、人間の姿へ変化できるあやかしたちまでもが集まり、互いに切磋琢磨するようになった。


帝都陰陽学校は、来るべき災いに備え、人間とあやかしが共に学ぶ巨大な学び舎へと発展しつつあったのだ。


もちろん、すべてが順調だったわけではない。


古い価値観に縛られた者もいれば、人間とあやかしが共に学ぶことに反発する者もいた。


それでも、少しずつ変化は広がっている。


僕一人の力で変えられるなんて、思ってはいない。


けれど、僕が何かを始めることで、誰かが一歩を踏み出すきっかけになるのなら。


それはきっと、意味のあることなのだと思う。


そして、どれだけ学校や世間から称賛されようとも。


どれほど高い地位を与えられ、豪華な宿舎を用意されようとも。


僕にとって、一番大切な居場所は変わらない。


黒と紺と過ごす、この隠れ里だ。




「待たせたなー!二人とも。熱いうちに、腹いっぱい食え!」


黒の威勢のいい声が、部屋いっぱいに響いた。


卓の上に並べられていくのは、焼きたての魚に、湯気の立つ味噌汁、炊きたてのご飯。


香ばしい匂いがふわりと漂い、思わずお腹が鳴りそうになる。


「わあ……!美味しそう!」


「うにゃーっ!お魚なのー!」


紺は今にも飛びつきそうな勢いで、卓の上を見つめていた。


そのとき、僕の足元の影がゆらりと揺れた。


「お前たちも並べ!」


黒の一声に応えるように、影の中から二十匹の影猫たちが次々と姿を現す。


黒い身体に、きらきらと輝く瞳。


小さな足取りでとことこと並んでいく姿は、何度見ても可愛らしい。


「にゃあ、にゃあ!」


「おう、待ってろ。ちゃんと用意してあるからな」


黒があらかじめ用意していた影猫用の小鉢を差し出すと、影猫たちは嬉しそうに耳をぱたぱたと動かした。


中には、待ちきれないのか黒の足元にすり寄っている子もいる。


「こらこら、順番だぞ。全員分あるから、慌てるな」


黒はそう言いながら、一匹一匹に小鉢を配っていく。


その姿を見て、僕は思わず微笑んだ。


本当に、黒は面倒見がいい。


僕や紺だけでなく、二十匹の影猫たちのことまで、いつも気にかけてくれている。


やがて全員が席につき、僕たちは手を合わせた。


「「いただきます!」」


影猫たちも、元気よく鳴き声を上げる。


温かい味噌汁を口に含むと、出汁の優しい旨味がじんわりと全身に染み渡っていった。


「……美味しい」


「だろ?魚もいい具合に焼けてるぜ」


黒が満足げに笑う。


「うにゃーっ!紺、このお魚大好きなの!黒兄、もう一匹食べてもいい?」


「おう、どんどん食え。ちゃんとおかわりも用意してあるからな」


「やったなのー!」


紺の二本の尾が、嬉しそうにぱたぱたと揺れた。


その様子に、黒も豪快に笑う。


僕はそんな二人を眺めながら、温かなご飯をもう一口頬張った。


雨の中で死にかけていた僕を救ってくれたのは、黒だった。


あの日、黒が僕を拾ってくれなければ、今の僕はここにいなかっただろう。


黒に出会い、紺に出会い、影猫たちと暮らすようになった。


そして、たくさんのことを教えてもらった。


生きること。


誰かを信じること。


誰かを大切に思うこと。


どんなに力を持っていても、一人では生きていけないということ。


あの日から、僕の居場所はずっとここにある。


僕の本当の家族は、黒と紺、そしてこの影猫たちだ。


「……あかり?」


「ん?どうしたの、黒」


「いや、なんか妙に嬉しそうな顔してるからよ」


「そうかな?」


「ああ。ま、悪いことじゃねぇけどな」


黒はそう言って、僕の頭をくしゃりと撫でた。


「黒兄、紺も撫でてほしいなの!」


「おう、よしよし」


黒は紺の頭も撫でる。


すると、紺は幸せそうに目を細め、黒の手に頭をすり寄せた。


「えへへ……黒兄、大好きなの!」


「はいはい。俺もお前らが大好きだよ」


何気ない朝の一幕。


けれど、僕にとっては、何にも代えがたい幸せな時間だった。




「そういえば、あかり」


食事も終盤に差しかかった頃、黒が湯呑みを手に口を開いた。


「今日の午後は、帝都の陰陽寮からあいつらが来る日だったな」


「あ、うん。そうだったね」


僕は箸を置いて頷いた。


「でも、最近は帝都のあやかしたちもおとなしいし、表立っては特に大きな事件は起きていないみたいだよ」


「そりゃそうだろ」


黒はニヤリと八重歯を見せた。


「お前が『国家守護特級陰陽師』として睨みを利かせてんだ。下手に暴れりゃ、影猫の軍勢に喰い散らかされるって、あやかしの奴らも身に染みて分かってんだよ」


「く、喰い散らかされるって……」


「にゃっ!あかり様は世界で一番強くて、カッコいい陰陽師様なの!」


紺が誇らしげに胸を張り、僕の腕をぎゅっと抱きしめた。


「どんなあやかしが来ても、あかり様と黒兄様がいれば大丈夫なの!」


「おいおい、紺。あんまり持ち上げるなよ」


黒は笑っているけれど、満更でもなさそうだった。


「えへへ!だって、本当のことなの!」


「もう……紺まで」


僕は苦笑しながら、紺の頭を優しく撫でた。


こんな日々が、ずっと続けばいい。


大切な人たちと笑い合い、美味しいご飯を食べ、時には修行に励み、少しずつ世界を良い方向へ変えていく。


平和で、温かくて、愛おしい日常。


僕は、この時間を守りたい。


黒を。


紺を。


影猫たちを。


そして、僕を信じてくれる、たくさんの人たちを。


そのためなら、僕はどこまでも強くなれる。


そう、信じていた。

お読みくださりありがとうございます。

次回から、物語は大きく動き出します!

楽しんでいただけましたら、ぜひ【ブックマーク登録】や【評価(★★★★★)】で応援していただけると非常に励みになります


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。