国家守護と、さらなる高み(第2章 帝都学校編・完結)
帝都を揺るがした大規模なあやかしの襲撃を完璧に鎮圧してから、一週間後。
街の復興は少しずつ進んでいたけれど、僕たちはまだ帝都を離れられずにいた…。
本来なら、事態が解決してすぐにでも山へ帰りたかった。けれど、手のひらを返した大人たちの執拗な引き留めや、陰陽寮による事情聴取、戦いの報告、功績の確認など、やらなければならないことが山ほどあったからだ。
帝都を襲った百鬼夜行を退けるまでは、僕を厄介者のように扱っていた人たちが、今では一転して、僕を手放したくないらしい。
……本当に、勝手なものだと思う。
そんな状況にうんざりしていた僕の背中を押したのは、同級生である蓮の一言だった。
『あかり、学校の禁書庫には古今東西の怪異や高階級の呪術に関する貴重な文献が眠っている。それに、たまには連絡を取って僕とお茶くらいしてくれないか?』
蓮との繋がりは断ちたくなかった。
それに、学校の禁書庫には、神代の力について何か手がかりになる資料が眠っているかもしれない。
『禁書庫の閲覧権限が手に入るなら悪くねえ。それに、式神で連絡が取れるようにしておけば、何かあったときにも役に立つだろ』
黒からも、そんな意見が返ってきた。
確かに、せっかくできた繋がりを手放す必要はない。
僕は、学校側に条件を提示することにした。
「学校の禁書庫を閲覧できるようにしていただくこと。それから、蓮と式神で連絡を取り合えるようにしていただくこと。この二つを認めていただけるなら、学校への在籍だけは残します。でも、それ以外については、しばらく山で過ごさせてください」
学校側は、すぐには返事をしなかった。
在籍したまま長期間休校するというのは、簡単に認められることではないらしい。
けれど、今回の帝都防衛で僕が果たした役割を考えれば、無理に引き留めることもできないのだろう。
結局、僕の希望は特別休暇という形で認められ、学校への在籍も残せることになった。
これで、学校の禁書庫を利用する機会も、蓮との繋がりも失わずに済む。
もちろん、黒幕である『常闇の会』が、あの襲撃だけで諦めたとも思えなかった。
朧が最期に口にした『幽玄』という名前も、まだ謎のままだ。
いつかまた、帝都で何かが起こるかもしれない。
それでも、今は帰りたかった。
僕の大切な家族が待つ、あの場所へ。
学校側との話し合いを終えたあと、僕たちは陰陽寮で事情聴取を受けることになった。
案内された部屋で待っていたのは、討伐方統括室長の菅野雅道室長と、分析方の相模澄真さんだった。
二人は、これまでの話し合いでも僕を頭ごなしに疑ったり、無理に何かを聞き出そうとしたりすることはなかった。
僕の話を最後まで聞き、わからないことがあれば、きちんと質問してくれる。
帝都を襲った百鬼夜行のこと。
影猫たちが戦ったときのこと。
そして、僕自身が持つ力について。
確認すべきことは、まだたくさん残っていた。
「では、改めて確認させてほしい。あかり君。君には、通常の陰陽師が使う霊力がない。それは間違いないんだね?」
菅野室長の問いに、僕は素直にうなずいた。
「はい。僕には普通の霊力はありません。でも、黒に教えてもらった神代の力があります。その力で影猫を呼び出して、みんなと一緒に戦いました」
「神代の力……」
澄真さんは、手元の資料に目を落とした。
「通常の霊力とは性質が異なる、ということですね。既存の陰陽術では説明できない現象が起きている以上、無理に従来の理論へ当てはめるべきではないでしょう」
「はい。僕も、普通の陰陽術とは違うものだと思っています」
「なるほど。であれば、まずは別の性質を持つ力として考えるのがよさそうですね」
澄真さんはそう言って、穏やかに微笑んだ。
「僕の話を、信じてくださるんですか?」
思わず尋ねると、菅野室長は迷わず答えた。
「もちろんだ。君が何を使って戦ったのか、我々にはまだわからない部分もある。だが、わからないからといって、危険だと決めつける理由にはならないよ」
「実際に帝都を守ったのは、あかり君たちですからね。力の仕組みがわからないことと、君を否定することは別の話です」
澄真さんも、静かにうなずいた。
僕は、思わず二人の顔を見比べた。
自分に霊力がないとわかったとき、僕は家族から役立たずだと言われた。
普通の陰陽師とは違う力を持っているとわかってからも、それを周囲に理解してもらえるとは思っていなかった。
だから、最初から僕の話を受け止めてくれる二人の態度が、とても嬉しかった。
「……ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらのほうだよ。君がいなければ、帝都はどうなっていたかわからないからね」
菅野室長は、真剣な表情でうなずいた。
続いて、澄真さんが紺に目を向けた。
「紺君についても、確認しておきたいことがあります。君も、あかり君と一緒に戦ったのですね?」
「もちろん、なの!あかり様は紺の大切な人なの!だから、紺は絶対に守るなの!」
紺は胸を張り、二本の尻尾を誇らしげに揺らした。
「なるほど。君自身の意思で、あかり君を守るために戦ったわけですね」
「そうなの!紺はあかり様の家族なの!」
「はい。紺は僕の大切な家族です」
僕がそう答えると、菅野室長は優しくうなずいた。
「ならば、我々が君たちを無理に引き離す理由はない。紺君の意思も、きちんと尊重するよ」
「本当なの!?」
「ああ。もちろんだ」
「やったなの!」
紺の顔がぱっと明るくなった。
嬉しそうに尻尾を揺らす紺を見て、僕も自然と笑顔になった。
そのとき、澄真さんの視線が、僕のそばにいる黒へと移った。
黒は金色の瞳で、じっと二人を見つめている。
「……なるほど。あかり君のそばにいる、その猫も特別な存在なのですね」
黒の尻尾が、ぴくりと動いた。
『ほう。気づいたか』
黒の声が、僕の頭の中に響いた。
やっぱり、二人にはわかるんだ。
僕は黒を見上げてから、二人に向き直った。
「黒は、僕の兄です。僕を助けてくれて、ずっと守ってくれている、大切な家族です」
菅野室長は黒を見つめたけれど、無理に正体を尋ねることはなかった。
「そうか。君にとって、かけがえのない存在なのだね」
「はい!」
僕は迷わず答えた。
「それなら、我々がその関係を壊す必要はないだろう」
菅野室長は、手元の資料を閉じた。
「彼の正体や力については、必要以上に記録へ残さないことにしよう。外部への公表も避ける。君たちの大切な秘密を、こちらの都合で明かすつもりはないよ」
「私も賛成です。彼の力が特別なものであることはわかりますが、だからといって、無理に調べたり管理したりする必要はありません。本人たちが望まない限り、そっとしておくべきでしょう」
澄真さんも、静かにうなずいた。
「……本当に、いいんですか?」
僕が尋ねると、菅野室長は真剣な顔で答えた。
「君たちは帝都を救ってくれた。そのうえで、我々が守るべきものは帝都の人々だけではない。君たち自身の意思や、大切なものも同じだと考えている」
その言葉を聞いて、僕の胸がじんわりと温かくなった。
黒が、ふん、と鼻を鳴らした。
『人間にしちゃ、話がわかるじゃねえか』
「黒……!」
『なんだよ。褒めてんだろ』
思わず笑ってしまった。
どうやら黒も、二人のことは気に入ったらしい。
「さて、事情聴取の話はここまでにしよう」
菅野室長は、別の書類を机の上に置いた。
「今回の功績について、陰陽寮内で慎重に検討した。その結果、あかり君には特別な称号を与えることが決まったんだ」
「特別な称号、ですか?」
「ああ。君を、国家守護特級陰陽師に認定する」
「……え?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
国家守護特級陰陽師。
それは、国を守る特別な陰陽師に与えられる、規格外の称号だという。
「十三歳での認定は、歴史上最年少となる。君の力と、帝都を救った功績を考えれば、異論はなかったよ」
「うにゃぁぁ!あかり様、すごいなの!!」
紺が飛び上がり、僕の周りをぴょんぴょんと跳ねた。
「十三歳で特級なの!すごいなの!さすが、あかり様なの!」
「いや、僕もびっくりしてるんだけど……!」
思わず苦笑すると、黒が得意げに尻尾を揺らした。
『当然だろ。俺の弟分なんだからな』
「黒まで……」
僕は照れくさくなって、頬を掻いた。
「でも、僕はただ、みんなを守りたかっただけです」
「それでいいんだ」
菅野室長は、静かにうなずいた。
「強い力を持つことと、その力を何のために使うかは別の話だ。君が大切なものを守るために戦ったことを、我々は評価している」
その言葉は、僕の胸に深く残った。
ただ力が強いから認められたのではない。
僕が何を守ろうとして戦ったのかまで、見てくれた。
それが、何より嬉しかった。
「ありがとうございます、菅野室長。僕、この称号に恥じないように頑張ります」
「ああ。だが、今は無理をせず、ゆっくり休んでほしい」
「はい!」
その後、話題は今後の調査や連絡手段について移った。
澄真さんが、少し考えるようにして口を開いた。
「ところで、あかり君。君は神代の力について、もっと詳しく調べたいと思っていますか?」
「はい。まだわからないことが多いので、できれば調べてみたいです」
「それなら、陰陽寮の禁書庫についても、今後の検討事項にしておきましょう」
「陰陽寮の禁書庫、ですか?」
「ええ。学校の禁書庫とは別に、陰陽寮にも貴重な資料が保管されています。ただし、こちらには国家の存亡に関わる秘密事項や、取り扱いに厳重な制限が設けられている文献も少なくありません。今すぐ自由に閲覧してもらう、というわけにはいかないんです」
「そうなんですね……」
すぐに読ませてもらえるわけではないらしい。
けれど、澄真さんはそこで話を終わらせなかった。
「ですが、最初から無理だと決めつけるつもりもありません。君が必要としている資料や、調べたい内容が具体的になれば、こちらで確認し、閲覧できる範囲を検討していきます。少し時間はかかると思いますが、今後の課題として進めておきますね」
「本当ですか!?ありがとうございます、澄真さん!」
「いえいえ。私としても、神代の力については興味がありますからね。ただし、機密に関わる資料については、手続きや確認が必要になることは理解しておいてください」
「はい。わかりました!」
今すぐすべてを調べられなくても、可能性があるのなら十分だった。
学校の禁書庫で調べものをする機会は残せるし、陰陽寮にしかない資料についても、いつか手がかりを得られるかもしれない。
それに、澄真さんは今後も陰陽寮と連絡を取れるようにしてくれるという。
「それから、今後も陰陽寮と連絡を取れるよう、式神を使った連絡手段も用意しておきます。何か気になることがあれば、いつでも相談してください」
「それなら、山に帰ってからも連絡できるんですね!」
「もちろんです」
僕は嬉しくなって、何度もうなずいた。
これなら、帝都で気になることがあったときにも相談できる。
神代の力について新しいことがわかったときも、連絡を取り合える。
そして、僕はもう一度、帰るべき場所へ帰れるのだ。
「ありがとうございます、澄真さん。菅野室長も、本当にありがとうございました」
僕が頭を下げると、菅野室長は穏やかに微笑んだ。
「こちらこそ、帝都を救ってくれたことに感謝している。君が山でゆっくり過ごせるよう、必要な手続きはこちらで進めておこう」
「はい!」
これで、ようやく帝都を離れられる。
僕の胸は、帰れる喜びでいっぱいになっていた。
陰陽寮での話し合いを終えたあと、僕は蓮にも、しばらく山へ戻ることを伝えた。
「そうか。しばらく会えなくなるのは残念だけど、連絡が取れるなら安心だ」
蓮は少し寂しそうにしながらも、笑顔を見せてくれた。
「うん。学校の禁書庫で調べものをする機会も残せたし、何かわかったら教えてほしいな」
「ああ、もちろんだ。僕も気になることがあったら連絡するよ。戻ってきたら、またお茶でもしよう」
「うん。楽しみにしてるね」
蓮との繋がりも、これで途切れることはない。
そう思うと、帝都を離れる寂しさも少しだけ和らいだ。
もちろん、常闇の会のことは気がかりだった。
あの襲撃は、本当に終わったのだろうか。
朧が最期に叫んだ『幽玄』とは、いったい何者なのか。
まだわからないことは多い。
それでも、今は帰ろう。
僕たちの大切な家族が待つ、あの場所へ。
そして僕たちは、ようやく本当の意味での平穏な時間を取り戻し、我が家――懐かしい神隠しの山の隠れ里へと帰ってきたのだった。
山の空気はどこまでも澄み渡っていて、木々の葉が風に揺れる音が心地よく耳に届く。
帝都のあやかしたちがまとっていた重苦しい気配とは違う、清らかな気配と温かな空気に包まれて、緊張していた心がじんわりと解けていくのがわかった。
深く息を吸い込む。
ああ、やっぱりここが一番落ち着く。
「黒、紺。帰ってきたね」
「ああ。ようやく面倒な人間どもから解放されたぜ」
青年姿の黒は満足そうに尻尾を揺らした。
「お山なの!紺、お山に帰ってきたなの!」
紺も嬉しそうに跳ね回っている。
「おい、紺。帰ってきたばかりで騒ぎすぎんなよ」
「だって嬉しいなの!おいしいものもいっぱい食べられるなの!」
「結局、食い物かよ……」
黒が呆れたように言うと、紺は胸を張った。
「おいしいものは大事なの!」
「はいはい。二人とも、まずはお屋敷に入ろうよ」
僕がそう言うと、黒と紺はそろってうなずいた。
僕たちが暮らす立派なお屋敷の一室。
その中央にある卓の上には、帝都から厳重な手配によって届けられた箱が開かれて置かれていた。
中にあるのは、陽の光を反射して金色に眩しく輝く立派な勲章と、一通の分厚い手紙。
それに紺宛てに届けられた、きれいな着物やきらびやかな装飾品、そして豪華な花束だった。
手紙の内容は、内閣総理卿と、すべての陰陽師を統べる陰陽寮から連名で送られたものだ。
十三歳の僕を、歴史上最年少の『国家守護特級陰陽師』という規格外の位に任命するという内容が達筆な文字で記されていた。菅野室長と、澄真さんからは先に聞いてはいたけど、やっぱり少し照れてしまうね。
「うにゃぁぁ!あかり様、あかり様!国家の一番偉い陰陽師の仲間入りをしちゃったの!この勲章、すっごくキラキラしてて綺麗なの!」
紺は自分にプレゼントされたものには目もくれず、僕宛ての立派な金の勲章を落とさないよう、両手で大事そうに持ちながら、ふさふさの白い耳と尻尾をこれでもかと大きく揺らし、お部屋の中を嬉しそうにぴょんぴょんと跳ね回っている。
「あはは、そんなに興奮したら落としちゃうよ。畳に傷がついたら黒に怒られちゃうからね。おいで」
僕は届いた花束から一輪の黄色いお花を取り、紺の髪の毛にそっと挿してあげた。
愛らしい狐の耳が揺れるたび、ふわっと甘い香りが部屋に広がった。
「ありがとうなの!あかり様!紺もお花もかわいいの!」
「僕が贈ったわけじゃないんだけどね……」
僕が苦笑いしながら温かいお茶を飲んでいると、公式の届け出箱とは別に、部屋の窓からすぅっと一筋の清らかな霊光が舞い込んできた。
結界をすんなりと潜り抜けてきたのは、陰陽寮の知人たちから送られた二つの式神だった。
一つは、青い紙で作られた凛とした一羽の折り鶴。
討伐方統括室長である菅野雅道室長からの式神だ。
卓の上にふわりと舞い降りた折り鶴が解けると、そこには菅野室長らしい、几帳面で重みのある文字が並んでいた。
『あかり殿。
公式の書状とは別に、個人的な感謝を改めて伝えたく式神を飛ばした。
君の圧倒的な力と決断力がなければ、帝都は今頃、壊滅的な被害を受けていただろう。
陰陽寮の旧態的な大人たちを代表し、深く礼を言う。
君の『特級』拝命に対し、寮内でも不満を口にする者は一人としていない。
今は山でゆっくりと羽を休めてくれ』
「菅野室長……相変わらず堅苦しいけれど、根はすごく真面目で優しい人だな」
僕は苦笑しながら、文を読み終えた。
帝都にいたときも、菅野室長は僕の力を頭ごなしに否定することなく、きちんと話を聞いてくれた。
僕には普通の霊力がないことも、神代の力が一般的な陰陽術とは異なることも、理解しようとしてくれた。
そして、黒の正体についても、必要以上に問いただすことはなかった。
僕たちの関係を尊重し、秘密を守ると約束してくれたことも、忘れてはいない。
そんな人から、こうして改めて感謝の言葉をもらえるのは嬉しかった。
僕が文を卓に置くと、もう一つの式神――白くて丸い、ウサギの形をした可愛らしい式神が、ぴょんぴょんと卓の上を跳ね回りはじめた。
送り主は、分析方の相模澄真さんだ。
「うにゃっ!?あかり様、白いウサギさんが踊ってるの!」
紺が目を丸くして身を乗り出すと、ウサギの式神はポンと弾けて小さな文へと姿を変えた。
そこには、澄真さんの軽やかで親しみやすい筆致で言葉が綴られていた。
『あかりくん、無事に隠れ里に着いたかい?
帝都の偉いさんたちは君を逃がしたくなくてカンカンだったけど、君の堂々とした立ち振る舞いにはスカッとしたよ!
禁書庫の資料はいつでも貸し出せるように手続きしておいたからね。落ち着いたらまた式神で文を頂戴。
澄真お兄さん、君とお茶しながらあやかしの話をするのを楽しみにしてるんだから。
追伸:お茶の時はぜひぜひ黒くんと紺ちゃんもご一緒に。二人を怒らせると怖いからね!』
「ふふっ……澄真さんらしいな」
僕は思わず笑みをこぼした。
陰陽寮の禁書庫については、機密に関わる資料もあるため、すぐにすべてを閲覧できるわけではない。
それでも、必要な資料については今後検討してもらえるし、連絡手段も整えてくれる。
学校の禁書庫とは別に、陰陽寮にしかない資料もあるはずだ。
いつか神代の力について何かわかったら、きっと新しい道が開ける。
そんな期待が、僕の胸の中に小さく灯っていた。
文を読み終えると、僕の膝の上ですやすやと寝ていた大きな黒猫――黒が、片目をうっすらと開けてフンと鼻を鳴らした。
ポンと軽い煙とともに人間の姿に戻った黒は、呆れたように肩をすくめて八重歯を覗かせる。
「ケッ、誰がヘボ陰陽師のお茶飲みに付き合うかよ。……まあ、あの澄真って奴も菅野っておっさんも、帝都の腐れ陰陽師どもに比べりゃ、多少はマシな心の持ち主だがな」
黒はそう呟きながら、僕の膝の上に再びどっしりとした頭を乗せてきた。
ふかふかの毛並みと心地よい温もりが伝わってくる。
「国家守護、か。まぁ、俺が育てたあかりなら当然の扱いだな」
黒は得意げに尻尾を揺らした。
「あの実家のクソどもや、帝都のナメた陰陽師どもに、もう二度とお前を『忌み子』なんて呼ばせないための強力な盾としては、ちょうどいい肩書きだぜ」
「……盾?」
「ああ。これでお前を害しようとする奴は、個人の因縁じゃなく国家に逆らう反逆者として処理できるからな」
黒はゴロゴロと愛おしそうに喉を鳴らしながら、僕の着物の袖に頭を何度もすり寄せて甘えてくる。
その仕草があまりにも可愛くて、胸の奥がきゅっと温かくなった。
「黒、本当にありがとう。僕がここまで強くなれたのも、寂しくなくて毎日笑っていられたのも、全部……あの雨の日に、僕が捨てられたあの場所から拾い上げて、全力で愛してくれた黒のおかげだよ」
僕は膝の上の黒の柔らかくて温かい背中を、愛しさを目一杯込めて、優しく何度も撫でた。
あのとき、黒に出会えていなかったら。
この神隠しの山に来られていなかったら。
そして、紺と出会うきっかけがなかったら――今の僕はきっと、孤独のまま押し潰されていたと思う。
七歳の雨の日。
無能の忌み子として実家から捨てられた僕は、誰にも必要とされていないと思っていた。
けれど、黒が僕を拾い上げ、家族だと言ってくれた。
強くなるための力を教えてくれた。
そして、何よりも大切な居場所を与えてくれた。
今の僕がここにいるのは、黒のおかげだ。
「黒がいてくれたから、僕はもう一度、誰かを信じてみようって思えたんだ。僕にとって、黒は一番……ううん、僕の居場所そのものだよ!」
黒の耳が、ぴくりと動いた。
「……ったく。お前は、そういうことを平気で言いやがる」
「だって、本当のことだもん」
「うるせえ。……まあ、いい」
黒は僕の頭に大きな手を置いた。
「よく聞け、あかり。お前は俺の弟分だ。何があろうと、それは変わらねえ。誰が何と言おうと、俺がお前を守る」
「……うん!」
僕は満面の笑みでうなずいた。
「紺も守るなの!」
紺が、僕たちの間に飛び込んできた。
「黒兄様も、あかり様も、紺が守るなの!あかり様は紺の大切な主様で、家族なの!だから、紺だって二人を守るなの!」
紺は胸を張り、二本の尻尾をふわふわと揺らした。
「おう。頼りにしてるぜ」
黒がそう言って、紺の頭も優しく撫でた。
『えへへ……!』と照れくさそうに、でもこれ以上ないほど幸せそうに細められた瞳に、
僕は、そんな二人を見ながら、自然と綻びそうになる口元をそっと手で隠した。
あんな無防備で可愛い顔をされたら、見ているこちらも照れてしまった…
帝都では、国家守護特級陰陽師という、とても大きな称号をもらった。
十三歳にして、歴史上最年少の特級陰陽師。
帝都を救った英雄。
国家を守る特別な陰陽師。
周りの人たちは、きっと僕のことをそんなふうに呼ぶのだろう。
けれど、僕にとって一番大切なものは、そんな称号じゃない。
黒がいて、紺がいて、影猫たちがいて、仲間のあやかしたちがいる。
帰れば「おかえり」と言ってもらえる場所がある。
僕を僕のまま受け入れてくれる家族がいる。
それこそが、僕にとって何よりも大切な宝物だった。
「ねえ、黒。今日の晩ごはん、なに?」
「は?さっきまでいい話をしてたと思ったら、もう飯の話かよ」
「だって、お腹が空いちゃったよ」
「紺もお腹が空いたなの!黒兄様が作ったおいしいものが食べたいなの!」
「お前もかよ!」
黒が呆れた声を上げると、紺は胸を張った。
「おいしいものは大事なの!」
「はいはい、わかったよ。今日は特製の鴨そばだ。たっぷり作ってやるから、腹を空かせとけ」
「やったあ!」
「鴨そばなのー!」
僕と紺が声を上げると、黒は呆れたように笑った。
賑やかな声が、屋敷いっぱいに響き渡る。
窓の外では、木々の葉が風に揺れていた。
穏やかな山の空気。
温かな家族の声。
そして、帰るべき場所。
僕は、この何気ない日常が大好きだ。
帝都で何が起きても、どんな敵が現れても、僕には帰る場所がある。
守りたい家族がいる。
だから、これからも前に進める。
かつて、無能の忌み子として実家から捨てられた七歳の僕は、十三歳になり、帝都を救った英雄、そして国家守護特級陰陽師となった。
けれど、ここで終わりじゃない。
世界で一番強くて過保護な猫の兄貴と、もふもふで愛しい妹分、そしてたくさんの仲間たち。
そんな大切な家族と一緒に、僕たちはこれからも歩いていく。
常闇の会の背後に潜む謎。
朧が最期に叫んだ『幽玄』という名前。
まだ解き明かされていない秘密は、いくつも残っている。
いつか、また帝都へ向かう日が来るかもしれない。
その先には、想像もできないような強敵が待ち受けているのかもしれない。
それでも、もう怖くはなかった。
僕には黒がいる。
紺がいる。
そして、僕を家族だと言ってくれる仲間たちがいるから。
「黒、紺。これからも、ずっと一緒にいようね」
「当たり前だろ。今さら何言ってやがる」
「もちろん、なの!紺はずーっと一緒なの!」
二人の声に、僕は満面の笑みを浮かべた。
この幸せを、絶対に手放さない。
僕たちの、世界を揺るがす圧倒的逆転成り上がりの冒険は――ここからさらに、どこまでも、世界の果てまで加速していくんだ。
ここまでお読みくださりありがとうございました。
次回より第3章となります。
★★★★★やブクマ、アクションで応援いただけると、とてもうれしいです。
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