絶望を喰らう黒猫たちと、破滅の夜
明神くんの頭上へ、鋭い鋼の爪を突き立てようと襲いかかる怪鳥のあやかし。
その足元へ、僕は一筋の『影猫』を滑り込ませた。
次の瞬間。
真っ黒な影の猫が勢いよく跳び上がり、影の爪で怪鳥の翼をズタズタに切り裂いた。
「ギャアアアッ!」
耳をつんざく悲鳴を上げ、怪鳥が地面へと落下していく。
それを見届けながら、僕は静かに前へと歩みを進めた。
「あ、あかり……!?来るな!」
地面に膝をつき、肩から血を流した明神蓮が、僕に向かって必死に叫んだ。
「黒猫と紺を連れて逃げろ!この数じゃ……お前でも敵う相手じゃない!ここは私が時間を稼ぐから、早く!」
学校一の天才と呼ばれた明神くん。
その彼でさえ、これほどの百鬼夜行を前に、満身創痍となっていた。
けれど、僕は歩みを止めなかった。
着物の裾を夜風に揺らしながら、僕は押し寄せるあやかしの軍勢の前に立ち塞がる。
肩の上には、黒猫の姿の黒。
そして、背後には紺がいる。
僕たち三人は、数千ものあやかしを前にしても、退くことはなかった。
「明神くん、大丈夫だよ」
僕は穏やかに微笑んだ。
——影猫!みんな、お待たせ。
お腹いっぱい、残さず食べていいよ。
僕は右手を地面へと強く突き立てた。
呪文も、お札も、印を結ぶ必要すらない。
ただ、僕がそう望むだけでいい。
お腹の奥底に眠る、神代の力。
その力が、一瞬にして膨れ上がった。
ドロリ——。
僕の足元から、漆黒の影が溢れ出す。
それは瞬く間に学校の敷地を呑み込み、赤レンガの正門を越え、さらに帝都の街へと広がっていった。
一瞬。
また一瞬。
影は止まることなく、街の数キロ先まで凄まじい速度で伸びていく。
電柱も、洋館も、石畳の大通りも。
そして、襲撃してきたあやかしたちの足元さえも。
帝都の夜は、僕の影が生み出した漆黒の海に呑み込まれていった。
まるで、夜そのものが意思を持ったかのように。
そして——。
『にゃああああああああああああああああお!!!!!』
地鳴りのような猫の鳴き声が、帝都の夜空を震わせた。
一匹や二匹ではない。
数万、数百万にも及ぶ猫たちの声が、街の隅々から一斉に響き渡る。
影の海から這い出てきたのは、金色の瞳をぎらぎらと輝かせた、無数の『影猫』たちだった。
一匹一匹は、愛らしい猫の姿をしている。
けれど、その身体を形作っているのは夜の闇そのもの。
小さな肉球も、しなやかな尻尾も、鋭い爪も、すべてが漆黒の影でできていた。
そして、その小さな身体から放たれる殺気は、本物の神獣を思わせるほどだった。
「な、何なんだ……これは……!?」
明神くんが呆然と呟く。
物陰に身を潜めていた生徒たちも、目の前の光景に言葉を失っていた。
「帝都中が……猫の影で埋め尽くされていく……!?」
彼らが見つめる先で、影猫たちは黒い波となって一斉に動き始めた。
押し寄せていたあやかしの軍勢へと、逆流するように襲いかかっていく。
「にゃあぁぁっ!」
鋭い鳴き声とともに、影猫たちが空高く跳び上がった。
空を埋め尽くしていた怪鳥の群れに飛びつき、影の爪で翼をズタズタに引き裂いていく。
翼を失った怪鳥たちが、次々と地面へ落下した。
地上では、巨大な百足に影猫たちが群がっていた。
影猫たちは自らの身体を液体のように変化させ、百足の口や呼吸器を塞いでいく。
どれほど巨大な身体を持っていようと、どれほど激しく暴れようと、逃げ道はなかった。
影猫たちは、足を、腕を、胴体を、漆黒の底なし沼へと引きずり込んでいく。
一匹が消えても、影の中から新たな影猫が現れる。
二匹、十匹、百匹。
いくら倒そうとしても、影猫の群れは途切れることがない。
まるで、帝都そのものが無数の猫を生み出しているかのようだった。
そして、その牙は学校の敷地内だけにとどまらなかった。
街のあちこちでも、影猫の大群があやかしたちへと襲いかかっていた。
鋭い爪が引き裂き、牙が食らいつき、漆黒の影が獲物を呑み込んでいく。
影猫の波が通り過ぎた場所には、先ほどまで溢れていたあやかしの姿が一匹も残っていなかった。
帝都を襲撃した軍勢が、次々と影の海へ消えていく。
そして——。
その軍勢を率い、帝都を滅ぼす様子を高みから眺めていた常闇の会の陰陽師たちも、ようやく事態の異常さに気づいた。
「バ、バカな……!?どこから、こんな巨大な力が湧き出している……!」
彼らは慌てて呪符を取り出し、身を守るための術を発動させようとする。
だが、術を完成させるよりも早く、足元から影猫たちが這い上がってきた。
「ヒッ……!来るな!寄るな、化け物めえぇぇっ!」
放たれた術さえ、影猫たちは容赦なく呑み込んでいく。
その光景に、陰陽師たちの顔から血の気が引いた。
自分たちが操っていたはずのあやかし。
自分たちが支配していると信じていたはずの闇。
そのすべてが、今や自分たちへと牙を剥いていた。
「く、来るなぁぁっ!」
恐怖に理性を砕かれた一人が、錯乱したまま手中の禁呪の札を暴走させた。
凄まじい力が周囲へと炸裂する。
それに巻き込まれるように、ほかの陰陽師たちも恐慌状態に陥り、必死に術を乱射し始めた。
しかし、無秩序に放たれた術は、彼ら自身をも危険にさらしていく。
やがて、彼らの姿もまた、漆黒の影の中へと呑み込まれていった。
——自ら命を散らしたのか。
影を通して、彼らが自滅していく様子が伝わってくる。
それでも、僕の足が止まることはなかった。
僕はただ、影猫たちへと意識を向け続けた。
ほんの数分の出来事だった。
常闇の会が帝都を滅ぼすために集めた、歴史に名だたるあやかしの軍勢。
その大軍勢は、僕の影猫たちの前では、まるで小さなネズミの群れのようだった。
悲鳴を上げる間もなく、次々と漆黒の影へと呑み込まれていく。
そして、最後の一匹が消えたとき。
帝都を覆っていた、あれほど禍々しい気配が消え去った。
嵐が過ぎ去った後のように、夜の学校に静寂が戻る。
さっきまで響き渡っていた悲鳴も、地鳴りも、あやかしたちの咆哮もない。
そこに残されたのは、呆然と立ち尽くす人々と、静かに揺らめく漆黒の影だけだった。
深夜の帝都を舞台に繰り広げられた、圧倒的で規格外の無双劇。
これこそが、黒が僕の中に目覚めさせた、神代の力の本当の姿だった。
帝都を覆い尽くす無数の影猫たち……!
あかりの圧倒的な霊力と、影猫大軍勢によるスカッとする無双劇を楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回はいよいよ今回の騒動の収束、そして帝都の闇のさらに奥へと迫っていきます。
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引き続きよろしくお願いします!




