水晶と、規格外の霊力の霊力測定
案内された巨大な武道場。
その中央には、大人の頭ほどもある、美しく透き通った巨大な『霊力測定の水晶』が鎮座していた。
水晶の表面は鏡のようになめらかで、内部には淡い光が揺らめいている。いかにも高価そうなその水晶を取り囲むように、たくさんの生徒や教師たちが集まっていた。
授業を抜け出してまで、僕の試験を見物しに来たらしい。
壁際にずらりと並ぶ彼らの顔には、隠そうともしない嘲笑が浮かんでいた。
「いいですか、あかり。その水晶に両手をかざし、お前が持っている全ての霊力を込めなさい」
案内してきた初老の教師は、腕を組み、意地悪そうな笑みを浮かべた。
「水晶が青く光れば合格。全く光らなければ即刻、この帝都から退去してもらいます。我が校にゴミを置くスペースはありませんからね」
冷淡な言葉に、周囲の生徒たちがくすくすと笑い声を漏らす。
「おい、あれが土御門の忌み子だってよ」
「霊力なしで捨てられたガキだろ?死んだと聞いていたが?」
「水晶が光るわけがないさ」
わざと僕に聞こえるように囁いているのだろう。
その言葉に、隣にいた紺がぴくりと反応した。
「ぐぬぬぬ……なの……!」
小さな喉を鳴らし、必死に怒りをこらえていた紺だったが、ついに我慢の限界を迎えたらしい。
ぽんっ!
小さな白い煙が巻き上がった。
次の瞬間、もこもこの白狐だった紺は、可憐な人間の少女へと姿を変えていた。
ぴんと立った白い狐耳が、怒りでぶるぶると震えている。
「うるさいなの!黙って見てるなの、人間!」
紺の一喝が、武道場の隅々まで響き渡った。
ざわついていた場内が、一瞬にして静まり返る。
まさか、あやかしの少女に怒鳴られるとは思っていなかったのだろう。生徒たちは呆然と目を丸くしていた。
だが、驚きは長く続かなかった。
「おい、あの白狐の女の子、やけにかわいいな」
「なんであんな忌み子に連れ添ってんだよ?式神か?」
「どうせたぶらかされてるんだろ」
再び、嫌味な笑い声が広がる。
……まったく。
彼らの言葉は確かに耳に届いていた。けれど、不思議なくらい心は揺れなかった。
かつての僕なら、こんな言葉を浴びせられるたびに傷ついていたのかもしれない。
でもあの頃とは、もう違うんだ。
肩の上にいた黒が、ひらりと地面へ降り立った。
金色の双眸が、周囲の人間たちを鋭く見据える。
その後ろでは、人型になった紺が、ふさふさの尻尾を揺らしながら楽しそうに笑っていた。
「クスクス、おバカな人間たちに褒められても、全然うれしくないなの!」
どうやら、紺はもう怒るのをやめたらしい。
僕は小さく息を吐き、中央の水晶へと向き直った。
(全霊力、か……)
困ったな。
僕には普通の霊力がない。
だったら、神代の力を込めればいいのかな?
(どれくらい込めればいいんだろう……。黒との毎日の特訓で使っている力の、百分の一……いや、千分の一くらいでいいのかな?あまり出しすぎると、みんなを驚かせちゃうよね)
僕はそっと深呼吸をした。
そして、冷たく透き通った水晶に、指先を触れさせる。
お腹の奥。
そこにある、底なしの器に眠る神代の力。
そのほんの一滴。
本当に、ほんの一滴だけを、指先から水晶の芯へと流し込んだ。
その瞬間――。
キィィィィィィィンッ!!
耳を突き刺すような甲高い金属音が、武道場いっぱいに響き渡った。
空気がびりびりと震え、肌を刺すような圧迫感が広がっていく。
「な、なんだ!?」
誰かが叫んだ。
青く光るはずの水晶は、青どころか、まばゆい白光を放ち始めていた。
それはまるで、太陽の爆発を思わせるほどの凄まじい輝きだった。
光の柱が天へと伸び、武道場の隅々までを真っ白に染め上げる。
「うあぁぁっ!?」
「ま、眩しいっ!」
生徒たちは悲鳴を上げ、教師たちも慌てて目を覆った。
「な、なんだこの光は!?込められた力の濃度が高すぎる!測定の術式が追いついていないだと……!?」
初老の教師が目を見開く。
その顔からは、先ほどまでの余裕がすっかり消え失せていた。
そして――。
バリィィィィィィンッ!!
耳を聾するほどの爆音が、武道場を揺るがした。
最高級の霊導石で作られていたはずの霊力測定の水晶が、内側から耐えきれなくなったかのように、粉々に砕け散ったのだ。
ガラスのような破片が光を反射しながら宙を舞う。
激しい爆風が吹き荒れ、床の畳が何枚もめくれ上がった。
そして――。
静寂。
あれほど騒がしかった武道場から、音が消えていた。
生徒も、教師も、誰ひとりとして動かない。
全員が口をあんぐりと開けたまま、石のように固まっていた。
そんな中、僕は水晶があった場所を見つめ、恐る恐る教師に声をかけた。
「あ、あの……先生。壊しちゃってごめんなさい。これ、すっごく高いものですよね……?弁償、したほうがいいですか?」
本当に申し訳ないと思って尋ねたのだけれど。
教師は、がたがたと両膝を震わせた。
顔から血の気が引き、そのまま、その場にへたり込んでしまう。
「ば、馬鹿な……!」
声が震えていた。
「我が校の創立以来、一度も傷ついたことのない水晶だぞ……!帝都の結界の要でもある、あの測定水晶が……個人の霊力で爆発するなど……っ!」
教師は僕を見上げ、恐怖に引きつった顔で叫んだ。
「お前、一体どんな呪詛を仕込んだ……!?」
……呪詛?
僕は何もしていないんだけどな。
足元では、黒がふふんと満足そうに鼻を鳴らし、僕の着物の裾に頭をすり寄せてきた。
『ケッ、脆い水晶だな。あかり、お前、ちょっと力を込めすぎだぜ。万分の一くらいで十分だったな』
(ま、万分の一……!?)
心の中で、僕は思わず叫んだ。
そ、そんなに少なくてよかったの!?
どうやら僕は、またやらかしてしまったらしい。
周囲からは、震える声が次々と聞こえてくる。
「な、なんだよ……今の……」
「ありえない……!帝都最高峰の水晶が、一瞬で……!」
「う、嘘だろ……?」
後ずさりする者。
恐怖で腰を抜かし、その場から動けなくなる者。
つい先ほどまで浮かべていた嫌味な笑みは、誰の顔からも綺麗さっぱり消え失せていた。
そんな人間たちを見回して、紺は得意げに胸を張った。
「えっへん!見たかなの!あかり様の力は、こんなものじゃないの!おバカな人間たち、ひれ伏すなの!!」
可憐な少女の姿のまま、もふもふの尻尾をふりふりと振り乱し、これ以上ないほどのドヤ顔を決めている。
一方、黒はフンと鼻を鳴らすと、気怠げにあくびを噛み殺した。
『フッ、当たり前だろ。あかりの力の真価も知らん雑魚どもが、勝手に驚いてろってんだ』
金色の瞳には、これくらいで騒ぐなと言わんばかりの余裕があった。
そして何より、あかりの力を疑う様子など、欠片もない。
黒は最初から知っているのだ。
僕の力が、こんなものではないということを。
集まった視線を浴びながら、僕は冷や汗を流し、苦笑いするしかなかった。
(うう……どうしよう。試験、これで合格になるのかな……?)
けれど――。
この時の僕は、まだ気づいていなかった。
武道場の入口。
その陰から、鋭い眼光で僕たちの様子をじっと見つめている、一人の少年がいたことに。
少年は、いったい何者なのか。
そして、僕との出会いは何をもたらすのか。
それを知るのは、もう少し先の話だった。
ご覧いただきありがとうございます
次回もよろしくお願いします




