帝都陰陽学校の洗礼と、黒猫のあくび
陰陽学校の敷地内に足を踏み入れた瞬間、周囲の視線が一斉に僕へと集まった。
広々とした校庭。整然と並ぶ校舎。そして、行き交う生徒たちの姿。
彼らが身にまとっているのは、上質な生地で仕立てられた、いかにも名家らしい狩衣の制服だった。代々、陰陽師を輩出してきた家柄の子供たちなのだろう。どの顔にも、自分たちは選ばれた存在なのだという自信が浮かんでいた。
そんな彼らの視線が、僕の姿を捉える。
十三歳の僕が一人で歩いていること。そして、肩には二本の尻尾を持つ大きな黒猫。後ろには、ちょこちょことついてくる子狐。
それだけでも十分に目立つのに、僕が身につけている着物も、彼らの目を引いたらしい。
上質な絹糸で織られた、煌びやかな狩衣。
ひと目見ただけで、最高級の生地と仕立てだと分かる品物だ。まだ幼さの残る少年が身につけるには、あまりにも贅沢に見えたのだろう。
やがて、ひそひそとした囁き声が聞こえ始めた。
「おい、見ろよ。どこの田舎から来たガキだ?腰にあるのは木刀か?」
「なんだ、あの化け猫。しかも後ろには貧相な子狐まで連れてるぞ。ペットのつもりか?」
「制服の狩衣も着ていないじゃないか。地方の落ちこぼれ陰陽師が、見学にでも来たのか?」
クスクス、クスクス。
嘲笑が広がっていく。
「学校の格が落ちるな。あんなのがこの門をくぐれるなんて」
あからさまな侮蔑の言葉が、次々と投げかけられた。
……懐かしいな。
ふと、過去の記憶が脳裏をよぎる。
土御門の家で「無能」と蔑まれ、誰からも相手にされなかった日々。
あの頃の僕なら、こうした視線を向けられただけで、きっと俯いていただろう。何も言い返せず、ただ自分が悪いのだと思い込んでいたに違いない。
けれど、今の僕は違う。
隠れ里で黒と重ねてきた、厳しい修行の日々。
何度も繰り返した神代の剣術の鍛錬。そして、僕自身の力である『影猫』。
社の主すら喰らい尽くした影猫たちの力を知っている僕にとって、目の前の生徒たちが誇らしげに放つ霊力は、まるで消えかけた蝋燭の灯火のように頼りなく感じられた。
……もちろん、わざわざ口にするつもりはないけれど。
「……ふぁぁぁ……」
そのとき、僕の肩の上で黒が大きなあくびをした。
まるで、周囲の嘲笑など少しも耳に入っていないとでもいうように。
『紺、貧相じゃないなの!思い知らせてやるなの!』
後ろから、紺の怒った声が聞こえた。
今にも悪口を言った生徒たちへ飛びかかりそうな子狐を、僕はそっと抱き上げてなだめる。
「紺、落ち着いて。まだ何も始まってないからね」
『でも、あかり様のことまで悪く言ったなの!』
「うん。でも、僕は大丈夫だよ」
そう言って頭を撫でてあげると、紺はまだ不満そうながらも、ひとまず大人しくなった。
その直後、黒の声が僕の頭の中に直接響いた。
『おい、あかり。笑わせるぜ。こいつら、自分の霊力がどれだけスズメの涙ほどしかねえか、気づいてねえぞ』
黒はもう一度、退屈そうにあくびをする。
『井の中の蛙たぁ、このことだな。自分たちがどれほど大したもんか、まるで分かっちゃいねえ。滑稽すぎて、あくびが出てくるぜ』
「黒も紺も静かに。これから入学の手続き……実技試験なんだから」
僕は苦笑いしながら、再び歩き始めた。
周囲からどれだけ笑われようと、今は気にする必要なんてない。
僕たちがここへ来た目的を、忘れてはいけないのだから。
そうして正面へ目を向けたときだった。
「ふむ。お前が土御門の家を追放された忌み子だな」
低く、冷たい声が響いた。
目の前に立っていたのは、立派な紫の衣服をまとった初老の教師だった。
眼鏡の奥から、鋭い視線が僕を値踏みするように上下する。
まるで、目の前にいるのが一人の人間ではなく、品定めするべき何かであるかのように。
教師は僕の姿をひと通り眺めると、盛大なため息をついた。
「……ふん。噂に違わぬ未熟な子供だ」
その口調には、隠そうともしない侮蔑が滲んでいた。
「我が校は、帝都を守る最高峰の陰陽師を育てる場所。土御門の家を追放された忌み子など、本来なら門をくぐる資格すらありませんが……」
教師は眼鏡の位置を直し、いかにも不本意だというように続けた。
「『血筋を持つ者は一度試験を受けさせねばならない』という学校の規則ですからね。まずは実技試験を行います。ついて来なさい」
言うだけ言うと、教師は僕の顔を見ようともせず、汚れ物でも払うように手を振った。
そして、くるりと背を向けて歩き出す。
「まったく……化け物の血を引くかもしれない出来損ないにまで門戸を開くとは。学校の品格が疑われますな」
化け物…?はぁ…
その背中を見つめながら、僕は静かに息を吐いた。
……大人になっても、こういう人はいるんだな。
実家にいた頃と何も変わらない。相手を知ろうともせず、肩書きや血筋だけで人を決めつける。
けれど、不思議と昔のような悲しさはなかった。
僕の懐では、紺が小さな八重歯を見せて、不敵に笑っている。
『あかり様、あの人間、自分の立場を分かってないなの!この後どうなっちゃうのか、とっても楽しみなの!』
「紺、そんな意地悪なこと言っちゃダメだよ」
僕は思わず苦笑した。
……とはいえ。
この学校で、僕たちの力がどこまで通用するのか。それを確かめるいい機会なのかもしれない。
黒は肩の上で、相変わらず退屈そうに尻尾を揺らしている。
その姿を横目で見て、僕は小さく微笑んだ。
大丈夫。
僕には黒がいる。紺もいる。
そして、僕自身が積み重ねてきた力がある。
もう、誰かに無能だと決めつけられたくらいで、俯いたりはしない。
「それじゃあ、行こうか」
僕は教師の後を追い、試験会場である巨大な武道場へと足を踏み入れた。
磨き上げられた床。高くそびえる天井。そして、これから何が起きるのかと、どこか張り詰めた空気。
ここから始まる実技試験が、帝都陰陽学校での僕の第一歩になる。
僕は静かに前を見据えた。
お読みいただきありがとうございます。
帝都学校編、いきなり嫌な感じの教師とエリートたちが登場しました…
ですが、あかりくんの後ろには頼もしすぎるあやかしたちが控えています。この後どんな実技試験(スカッと展開)になるのか、ぜひ楽しみにしていただけたら嬉しいです
次回もよろしくお願いします 更新予定は毎週水・土予定してます




