神楽坂と、僕の家族(第1章 神隠しの山・無双編・完結)
「う……ううっ……」
庭に倒れていた神楽坂が、うめき声を上げながら、ようやく意識を取り戻した。
泥にまみれた白い狩衣。乱れた髪。恐怖に引きつった顔。
さっきまで大勢の陰陽師を率いていた男の姿は、もうどこにもなかった。
「あかり様が許しても!!紺はゆるさないの!」
そのとき、ぴょんっ!と白い子狐が僕の前に飛び出した。
紺だ。
小さな体をめいっぱい広げて、僕を守るように神楽坂の前に立ちはだかる。
キッと吊り上がった目は、怒りでうるうると潤んでいた。ちっちゃな八重歯を「にぃっ!」とむき出しにして、猫のように威嚇する。
「ふすーっ!!」
背中の毛を逆立て、鼻息まで荒くする紺。
……怒っているのは分かるんだけど。
小さな前足で一生懸命に威嚇する姿が、どうしようもなくかわいい。
思わず抱き上げて、もふもふしたくなってしまうほどだった。
一方、神楽坂は這いつくばったまま、僕たちを見上げてガタガタと震えていた。
「あ、あかり様……。その力、一体どこで……。バカな、土御門の歴史に、こんな術の記録などない……!」
僕は静かに神楽坂を見下ろした。
「黒が教えてくれたんだ。あなたたちが誰も気づかなかった、僕の本当の力をね」
その言葉を聞いた瞬間、神楽坂の目が変わった。
恐怖に震えていた瞳の奥に、ギラリと醜い欲望が浮かび上がる。
「あ、あかり様!今すぐ土御門の家に、実家にお戻りください!」
神楽坂は手のひらを返したように、必死に僕へと手を伸ばした。
「当主様も、あなた様ほどのお力なら、必ずお喜びになります!次の跡取りとして迎え入れてくださるはずです!無能の次期当主の兄など、今すぐ廃嫡にいたしますから!あなた様こそ、土御門家の次期当主にふさわしいのです!」
さっきまで僕を忌み子と呼び、殺そうとまでしていた男が。
今度は跡取りだと言って、泣きついている。
三年前。
僕を痛めつけ、霊力がないというだけで役立たずと決めつけ、雨の降る神隠しの山へ捨てた人。
その人が、僕の力を知った途端、必死に頭を下げている。
……おかしな話だ。
少し前の僕だったら、こんな言葉を聞くだけで、胸が苦しくなっていたのかもしれない。
認めてほしかった。
必要だと言ってほしかった。
家族として、愛してほしかった。
だけど今は――。
スカッとする気持ちがないわけじゃない。
それでも、それ以上に。
どうでもよかった。
僕は、着物の裾をつかもうと伸ばされた神楽坂の手から、一歩下がって距離を取った。
「お断りします」
「なっ……!?」
「僕を捨てたのは、あなたたちです」
「な、何を言うのです!血の繋がった家族でしょう!?」
神楽坂が叫ぶ。
僕はその言葉を聞きながら、そっと肩に乗っている黒を見た。
そして、後ろで尻尾を振っている紺を。
僕の足元には、影猫たちが集まっている。みんな心配そうに僕を見上げていた。
温かいご飯を作ってくれたのは、黒。
何もできないと思い込んでいた僕を信じ、僕の力を見つけてくれたのも、黒。
どんなときも一緒にいてくれるのは、黒と紺と影猫たち。
僕が泣いたとき、そばにいてくれた。
僕が笑ったとき、一緒に喜んでくれた。
僕が強くなりたいと願ったとき、その願いを受け止めてくれた。
そんなみんなの顔を見ていると、胸の奥がぽかぽかと温かくなった。
「僕を愛して、毎日温かいご飯を作って、強さを教えてくれたのは、この黒です。僕を信じてくれたのは紺です。いつも一緒にいてくれるのは、影猫たちです」
僕は、はっきりと告げた。
「僕の家族は、ここにいるみんなだけです。あなたたちなんて、もう知りません」
「あ、あかり様……っ!」
神楽坂が、信じられないものを見るように僕を見つめる。
もう、何も響かなかった。
僕は静かに告げた。
「二度と、この山に入らないでください」
それから、ほんの少しだけ笑ってみせる。
「次に入ったら……今度は本当に、僕の影猫たちがあなたたちを噛み砕いちゃいますよ?」
その瞬間。
僕の影から、手のひらサイズの影猫が一匹、ちょこんと前に出てきた。
金色の目をきらりと光らせて。
『にゃー』
「ヒィッ!?」
たった一鳴き。
それだけで、神楽坂は悲鳴を上げた。
「ひ、ひいいいいっ!お、お許しをぉぉぉっ!」
神楽坂は地面を這いずり、転びそうになりながら、必死に山の下へと逃げていった。
気絶した部下たちを、その場に置き去りにして。
……最後まで、情けない人だった。
僕は逃げていく背中を見送り、ふうっと息を吐いた。
「……行っちゃった」
「おう。これで実家との因縁も完全におさらばだな」
肩の上の黒が、満足そうに尻尾を揺らした。
「今までも、これからもずっと一緒なの!」
紺も、ぴょんぴょんと跳ねながら僕にすり寄ってくる。
二人とも、とても優しい目で僕を見つめていた。
その目を見た途端、胸の奥がじんわりと熱くなった。
もう、帰る場所を探さなくてもいい。
もう、誰かに必要とされるために、無理をしなくてもいい。
だって僕には、帰る場所がある。
大好きな家族がいる。
黒がポンッと軽い音を立てて人間の姿に戻ると、僕の小さな体を力強く抱きしめた。
「よく言ったな、あかり」
大きな手が、僕の頭をくしゃりとなでる。
「さあ、あかり、紺。クソ雑魚どもの相手をして腹が減ったろ?お屋敷に戻って、特製の『鴨南蛮うどん』でも食うか!」
「うにゃ!紺はお肉多めがいいの!」
紺が僕と黒の周りをくるくると跳ね回る。
本当にかわいいな、紺は。
「僕も黒のご飯、いっぱい食べる!」
僕がそう答えると、黒は満足そうに笑って、僕を地面に下ろした。
そして、当たり前のように僕の手を取る。
その様子を見ていた紺の目が、ぱあっと輝いた。
ポンッ!
気の抜けたような音が鳴り、白い煙がふわっと弾ける。
煙の中から現れたのは、白いきつね耳とふさふさの尻尾を生やした、銀色の長い髪の愛らしい女の子だった。
「紺も!紺も手を繋ぐなの!」
紺はトコトコと駆け寄ると、僕の空いている方の手をぎゅっと握りしめた。
右手には黒。
左手には紺。
足元には、僕の影から顔を出している影猫たち。
みんながそばにいてくれる。
「ふふ、みんな一緒だね」
自然と笑顔がこぼれた。
「紺も黒のご飯、いっぱい食べる!」
紺が嬉しそうに尻尾を揺らす。
「はっはっは!よし、今日は肉増し増しだ!腹いっぱい食え!」
黒の豪快な笑い声が、山の静けさに響いた。
僕たちは三人で手を繋ぎ、大好きな、温かいお屋敷へと歩き出した。
木々の間から差し込む光が、僕たちの足元を優しく照らしている。
かつて、僕は無能の忌み子と呼ばれた。
家族に拒絶され、居場所を奪われ、雨の降る山へと捨てられた。
だけど、あのときの僕は知らなかった。
世界には、血が繋がっていなくても、心から自分を大切にしてくれる存在がいることを。
何も持っていないと思っていた僕にも、信じてくれる仲間ができることを。
そして――。
僕を捨てた人たちに認められなくても、僕は僕のままで、幸せになっていいのだということを。
黒が、僕の手をぎゅっと握り直した。
「どうした、あかり?」
「ううん。なんでもないよ、黒」
僕は笑った。
もう、振り返らない。
僕の居場所は、ここにあるから。
過保護で最強の猫又の兄貴と、元気いっぱいの白狐の少女。そして、もふもふの影猫たち。
そんな大好きな家族と一緒に、僕はこれからも、この山で生きていく。
そして、いつか――。
誰もが驚くような、最強の陰陽師になってみせるんだ。
無能の忌み子だった僕は、過保護な猫の兄貴に愛されて、世界最強への第一歩を踏み出した。
第1章 神隠しの山・無双編 完
次回、第2章へ――
お読みいただきありがとうございます。
これにて第1章・完結です
【次回から第2章スタートのお知らせ】
明日昼12時更新予定です。読んでいただけると嬉しいです。
★★★★★やブックマークいただけるともっとうれしいです。




