神代の剣と、底辺からの逆転
「あり得ん……こんなことがあってたまるか!霊力なしの忌み子が、これほどの術を使えるわけがない!黒猫!!お前の仕業か!」
神楽坂は髪を振り乱しながら、懐から大量の呪符を取り出した。そして、正気を失ったかのように、それらを次々と投げつける。
「動け!土御門の守護式神よ!この化け物たちを噛み殺せ!」
呪符が宙を舞い、次々と光を放つ。
その中から現れたのは、鉄の鎧をまとった巨体の武者式神たち。そして、黒い鎖で縛り上げられた数頭のあやかしたちだった。
捕らえられ、式神にされたあやかしは、儀式によって自我を完全に打ち砕かれ、意思を持たない操り人形と化すのが普通だ。
けれど――。
鎖につながれたあやかしたちの瞳を見たとき、僕は気づいた。
その目の奥には、ほんのわずかだけれど、苦しみと絶望の光が残っていた。
式神にされてから、まだ日が浅いのかもしれない。
(……まだ、自我が残ってる子がいる……!)
道具として扱われ、自分の意思さえ奪われる苦しさ。
それがどれほどつらいことなのか、僕には痛いほど分かる。
実家で『忌み子』と呼ばれ、誰からも必要とされなかった僕だからこそ、彼らの瞳に浮かぶ絶望を見過ごすことはできなかった。
助けたい。
そう強く願った瞬間、僕の足元から無数の影が伸びた。
ドロリと広がった黒い影は、地面を這うように武者式神たちとあやかしたちの足元へと走る。
次の瞬間、影は縄のように形を変え、それぞれの影を地面へとがっちり縫い付けた。
「ガガ、ガ……ッ!?」
武者式神たちが身をよじる。
けれど、どれほど力を込めても、その場から一歩も動けない。
影猫たちの術――『影縫い』。
実家の式神ごときでは、絶対に逃れられない。
「黒!武者は倒していいけど、自我があるあやかしたちは殺さないで!まだ心が残ってるの……助けたいんだ!」
僕の言葉に、黒は一瞬だけこちらを見た。
「――ちっ、甘いねぇ。だが、そういうの嫌いじゃねえよ!」
言い終わるより早く、黒が飛び出した。
人間の姿のまま、風を切るような速さで武者式神たちの懐へと踏み込む。
紫の妖刀が、鋭く閃いた。
一閃。
鉄の鎧ごと、武者式神の身体が両断される。
さらに黒は、勢いを緩めることなく刀を走らせた。狙うのは、あやかしたちを縛り付けている黒い術の鎖だけ。
寸分の狂いもない刃筋が鎖を断ち切り、拘束から解き放たれたあやかしたちが、次々と地面に降り立った。
その間に、僕も地面を蹴った。
黒の背中を追うように駆け抜け、神楽坂の目の前へと一気に距離を詰める。
黒との修行で鍛え上げた、神代の体術。
その動きは、残像すら残さない。
「な……っ、速すぎ……る――」
神楽坂が目を見開いた。
けれど、もう遅い。
僕は小さな木刀を握り、横一文字に振り抜いた。
黒直伝の剣術――『影一文字』。
ドンッ!!!!
木刀が空を切った瞬間、凄まじい漆黒の衝撃波が炸裂した。
ゴオオオオオッ!!
目に見えないほどの風圧が庭を駆け抜け、地面の砂や小石を巻き上げる。周囲に散らばっていた呪符が一斉に舞い上がり、陰陽師たちの狩衣が激しくはためいた。
「な、なんだ、この風圧は――!?」
神楽坂が叫んだ、その直後だった。
「うわああああっ!」
「ぐああああっ!?」
漆黒の風圧が神楽坂たちをまとめて呑み込んだ。
男たちの身体が、次々と地面から浮き上がる。何メートルも後方へと吹き飛ばされ、狩衣をはためかせながら宙を舞った。
手にしていた呪符や錫杖が、ばらばらと庭に散らばっていく。
ドサドサドサッ!!
男たちは地面に次々と叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
神楽坂も例外ではなかった。風圧に吹き飛ばされ、地面を転がった末、白目を剥いて気絶している。
土御門家が誇るエリート陰陽師たち。
その精鋭集団が、十歳の僕と黒の前では、刀をまともに抜くことも、式神で応戦することもできないまま、一撃で全滅したのだ。
まさに、文字通りの『ワンパン』だった。
「ふぅ……。お庭、ちょっと荒れちゃったね」
僕は木刀を収め、周囲を見回した。
あちこちに散らばった呪符。砕けた地面。焦げた木々。そして、倒れ伏した陰陽師たち。
……あぁ……これはお庭の掃除が大変だな……。
そんなことを考えていると、数千の影猫たちが満足そうに僕の足元へと集まり、次々と影の中へ帰っていった。
「うにゃぁぁ!あかり様、かっこよすぎるのー!」
紺が勢いよく抱きついてきた。
ふさふさの顔を僕の頬にすり寄せ、嬉しそうに尻尾を揺らしている。
「えへへ、ありがとう、紺」
黒も刀を鞘に戻すと、ポンと軽い音を立てて普通の黒猫の姿に戻り、僕の肩へと飛び乗ってきた。
『ケッ、実家の精鋭とやらも、口だけの雑魚だったな。あかり、お前は最高だぜ!』
黒がゴロゴロと喉を鳴らし、尻尾で僕の顔をなでまわす。
くすぐったくて、思わず笑ってしまった。
けれど、そのときだった。
術の鎖から解放されたあやかしたちが、おそるおそる僕たちの元へと歩み寄ってきた。
二足歩行のいたち。大きな鳥の姿をした者。魚のように空を泳ぐ妖火。背中に花を咲かせた小獣。
大小さまざまな上級あやかしたちが、僕と黒を囲むように集まっていた。
そして、その中の一匹が、僕の前で深々と頭を下げた。
「助けていただき……ありがとうございます、あかり様、黒様」
人の言葉を話すあやかしに続いて、ほかのあやかしたちも一斉に頭を垂れた。
「私たちは、陰陽師に捕まり、自我を消され、土御門に式神として売られました……。自我を失う前に救い出してくださり、ありがとうございました」
その声には、まだ震えが残っていた。
彼らは、ほんの少し前まで、自分の意思すら奪われかけていたのだ。
「お願いです!私たちを式神として契約してください!この恩を、お仕えすることでお返ししたいのです!」
必死な眼差しで懇願され、僕は困ったように苦笑いを浮かべた。
「ううん、お礼なんていいんだよ。それに……ごめんね。僕には『霊力』がないから、式神の契約は結べないんだ」
僕の言葉に、あやかしたちは驚いたように顔を見合わせた。
それに、僕は彼らを式神にしたいわけじゃない。
せっかく自由になれたのだから、誰かに縛られることなく、自分の意思で生きてほしかった。
「でも……式神じゃなくて、友達になってくれるなら嬉しいな」
僕は微笑みながら、彼らに手を差し伸べた。
あやかしたちは目を見開いた。
「と、友達……!あかり様と私たちが、ですか……!?」
「で……でも、式神として縛らなくても……もし何か困ったことがあったら、私たちをいつでもお呼びください。いつでもあなた様のお力になります」
あやかしたちの目から、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
人間に捕まり、道具として扱われかけていた彼らにとって、対等な友達として手を差し伸べられることは、思いもよらないことだったのかもしれない。
「人間の中には悪い奴もたくさんいるけれど……全部が悪い人間ばかりじゃないから。怪我に気をつけて、山へお帰り」
僕がそう告げると、あやかしたちは何度も頷いた。
「はい……っ!あかり様も何かありましたら、いつでも私たちを呼んでください!山のどこにいても、すぐに駆けつけますから!」
彼らは何度も振り返り、僕に手を振りながら、嬉しそうに山の中へと姿を消していった。
その後ろ姿を見送りながら、僕はそっと微笑んだ。
誰かを縛りつけなくても、誰かの力になれる。
式神として契約できなくても、友達にはなれる。
僕はそのことが、なんだかとても嬉しかった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
黒は人間になる時と、大きな黒猫になる時と、普通の黒猫になることがあります。
大きな黒猫と、普通の黒猫の描写がわかりずらいところあれば教えていただけるとうれしいです。
更新は明日の昼12時予定です。よかったら読んでください




