5.両親の真実
有村の右手にはナイフが握られ、その切っ先は狐火さんの首筋を捉えていた。私の後では、巨大霊障と戦う皆がいる。
「こんなに早く再会できるなんて、思わなかったよ。騒がないほうがいい。この年寄りが血まみれで倒れる姿は見たくないよね?」
「……目的は何?」
「黙って君が付いて来てくれるなら、全てを明かすと約束しよう」
「分かったわ。まずは狐火さんを解放して」
「それはできない。まずはここを抜け出さないとだからね。だから、君が付いて来るのが先だ」
その言葉のあと、後ろに下がろうとする有村に引きずられた狐火さんは、機を見て有村の手に噛み付いた。
「命!これは罠じゃ!すぐに皆と合流するんじゃ」
その声の大きさは、後ろで戦う皆に届かせるには十分だった。だけど、すぐに口を塞がれてしまう。
「おやおや、騒がないように僕は言ったはずだよ?」
パンと銃声が走る。有村の髪を掠めた。向こうでは、このはさんが銃を構えていた。
「約束が守られなかった以上、このトレードはなしだよ。沙庭命、今回は残念だが次回は良い返事を期待している」
首筋のナイフを持つ手に力が入る。え?嘘だよね?生きてる人を殺すなんて、犯罪だよね?
「待っ――」
プシュと音を上げ、鮮血が放物線を描く。慌てて、傷口に手を当て、血を止めようとする。どんどん青くなる狐火さんの顔に、私は自分の犯したミスの重さに気付く。
パンパンと銃声が響く。逃げる有村を狙ったものだろう。
「狐火さん!狐火さん!」
血が止まらない。このままじゃ死んじゃう。誰か助けて……
「九条、まだ間に合うか?」
「ぎゃはは、いいぞ、いいぞ、まさに絶望だ」
九条さんが筆を振り回すと、出血点にマークがついて、血が止まる。
「霊門の方も大丈夫か?」
「ぐえへへ、絶望が、絶望が見える」
「よし、みんなオートモービルに乗れ。狐火の命が最優先だ」
慌ててオートモービルに向かおうとする私たちを邪魔するように1体の巨大霊障が立ちはだかる。
「ち……時間がないってのに」
「私に任せてください」
ここは皆の返事を待たずに、ダーツを投げる。ダーツの刺さった霊障は、綺麗に霧散した。
「急げ」
◇◇◇
私は手術室の前にいた。もう2時間は経っている。五十嵐さんの話では、九条さんの能力で、霊門にもシールしてある状態らしく、この間に輸血が上手くいけば、大丈夫ということだった。
私があの時、そんなことあり得ないと油断さえしていなければ、あのナイフを止めることができたかもしれない。
「責任を感じているのか?」
五十嵐さんがやってきた。彼も狐火さんを心配しているようで、3度目の訪問だ。
「はい。これでも隊長ですし」
「隊長といっても、軍人でもなければ専門的な訓練を受けたわけでもないんだ。殺人犯の対応なんてできなくて当然だ」
「……殺すなんてことはしないと思い込んでいました」
「普通はそうさ。ただ、奴は過去に明日香を殺している。たぶんそれだけじゃない。たくさんの人を殺めているだろう。そういう相手であることは認識すべきだな」
「……はい。初めて、本当の犯罪者を見たので混乱していましたが、次は何があってもおかしくないと思って対応します」
話が終わる頃、手術室の扉が開き、1人の医師が出て来る。
「先生!狐火さんは!」
「狐火はどうなったんだ、ドクター!」
2人に同時に詰め寄られた医師は困惑した様子だったけど、すぐに笑顔を浮かべた。
「2、3日とはいかないでしょうが、1週間程度で退院できると思います。致死量の出血をしていたんですが、よく堪えられたものです」
「「ありがとうございました!」」
安心したらドッと疲れが出た。椅子に倒れ込む。珍しく疲れた様子で五十嵐さんは椅子に崩れ落ちた。
「さすがにお疲れですよね?」
「お互いな」
「これからどうなっちゃうんですかね?」
「狐火が戻るまで1番隊は基地内待機。それまでは他部隊員が大変な状況になるだろう。だが、1番隊の補充も行われる。それが終われば、少しはゆっくりできるだろうよ」
私は有村の一件から、考えていたことを口にする。
「……この戦いって、終わりはあるんでしょうか?」
ふぅと深呼吸して五十嵐さんは、私を見てこぼす。
「全員が考えないようにしていることをさらりと言うな」
「思いますよね」
「当然だ。少子化で人口は減る。減った人口から次の肉体が得られなかったものが霊障となるんだ。霊障が生まれるペース何倍、それこそ十倍の速さで霊障を消滅させないとならないんだ。それをたった4部隊だぞ?ハナから無理な話だ」
「なら何故、皆さんは不満を言わないんですか?」
「他に行き場がないからだ。それはあんたもだ」
「AIに捕まってしまえば……」
「更生施設で衣食住保証されるのは、弾かれた初期だけだ。まだ、沙庭なら間に合うかもな。だが、他の奴は皆、逃げ続けた期間も長いからな。処刑されるのが関の山だ」
「……」
「そういうのもあるのかもしれない」
「え?」
「有村だ。奴はやたらと賢い男だった。この先のない戦いに嫌気が差して、自分なりに自由に生きる道を見つけたのかもしれない」
「確かに。今の居場所は、AIに感知されず、霊障との戦いを強要もされませんね」
「奴は新しい世界でも作るつもりなのかもしれん。そうなると、狙いはAI社会だけでなく――」
「ヤマトタケルノミコトも対象、ですね」
「そう考えるのが妥当だろう」
「司霊官に伝えてきます」
「頼む」
心電図の音が鳴り続ける手術室前をあとにした。
◇◇◇
「なるほどな。あの男の狙いは、この世界の秩序の崩壊ということか。考えそうなことだ」
私の話に静かに頷いた司霊官は、何もないところに声をかけている。霊力を目に集中する。星澤さんの霊体がいた。彼は頷くと、ふわりと舞い、宙に消えた。
「ちょうど1番隊の補充要員も確保できたところだ。創設以来初めて、全体員超級という精鋭部隊が調達できた」
「全員超級、ですか」
「ああ。これで少しは、君たち2番隊はもちろん、他の隊も楽になるだろう」
「それはありがたい話です。ところで西崎さんは?」
「ああ、彼なら諜報部隊に参加してもらうことになった」
諜報部隊?幽体離脱できる人の部隊のはず。
「西崎さんは幽体離脱できたんですか?」
「いや、死んでもらったよ」
「え?」
「ああ、勘違いしないでくれたまえ。もちろん、本人の同意は取っている。あのまま、障害を抱えて生きるよりは楽だろう」
「どういうことですか?」
力のある霊体が、肉体に定着している霊体を、霊門から無理やり引きずり出すことが出来るという。瀕死だったり、重症の場合はさらに引きずり出しやすいそうだ。
ただ、無理やりなのでリスクもあるそうで、本来の霊体流出よりもとても早く流出するため、寿命は半分になると司霊官は話した。
「話が逸れてしまったが、有村の件が片付くまでは、君たちの想定を踏まえ、基地の防御を優先するとしよう。3、4番隊にそれを任せる」
「私たちは?」
「2番隊はそのまま、有村を追ってもらう」
「分かりました」
司霊官室を後にした私は、1つの疑問が浮かんでいた。ヤマトは正しいのだろうか。同意はあるとはいえ、人殺しを当たり前としている組織だ。AI社会より悲惨なのではないだろうか。
部屋に戻った私は、シャワーを済ませると缶ビールを1本開け、飲みながら考えた。
成り行きで参加したとはいえ、たった数日でも激動だった。司霊官に言われるがままに任務に当たっていたけど、本当に正しかったの?疑問ばかりが頭を巡る。
「今は考えても仕方ないか……」
ビールが空になる頃、私は思考を諦めることにする。
「でも、有村はこの答えを知っているのかもしれない」
最後に口をついた言葉が、やけに耳に残る中、ベッドでゆっくり眠りについた。
◇◇◇
初めて基地内をゆっくり歩くことができた日だった。
狐火さんの容体を医療棟に確認に行き、それからふらりと市場へ向かう。
市場はとても賑わっていて、露天商や屋台が立ち並ぶ。たこ焼き屋の前を通り過ぎようとした時、知っている顔を見つける。
「こんにちは、このはさん」
「た、隊長!こんにちは」
「たこ焼きですか?」
「は、はい。あたし、これ大好きで」
「そうなんですか、私も食べてみよっと」
「おいしいですよ」
かなり並んでいる列の最後尾につける。ここにいる皆、諜報部隊や医務班、メンテナンスチームなど、ここで活動している人なんだよね。
この人たちは、ヤマトに疑問はないのかな。あっても五十嵐さんの言うように、選べないのかもしれない。
やっと購入できると、このはさんが食べずに待っていてくれた。
「よ、良かったら、一緒に食べませんか?」
「ぜひ」
私たちは、ベンチに腰掛ける。そして、「いただきます」と割り箸を割り、たこ焼きを食べる。熱くて口をほふほふとしながら、少しずつ食べる。
「うわ〜美味しい〜知らなかった、こんな美味しいものがここにあるなんて」
「で、ですよね。あたしも知った時、本当に驚きました」
「このはさん、聞きたいんですけど」
「な、何でしょう?」
「ずっとこんなに忙しいんですか?」
たこ焼きを口に運びながら、何気なく聞いた。このはさんの箸が止まる。
私は聞いてはいけないことを聞いてしまったかとドキッとする。
このはさんは少し黙り込んでから、考えがまとまったのか、口を開く。
「こ、ここまで忙しいことはなかったです。あたしも何だかおかしいなと思っていたところでして」
「そうなんですか」
「た、隊の壊滅なんてありませんでした。あ、一度だけ、3番隊が壊滅しましたが、それは海原さんの……」
「五十嵐さんから聞きました。先任リーダー、超級の霊障化のせいですか」
「は、はい。あの時はあたしも生きるのを諦めたくらい酷いものでした」
「有村が関係している?」
「か、かもしれないです。巨大霊障発生のペースがこれまでと比べものにならないですし」
このはさんの声が少し沈んでいた。私も何も言えなくなって、残りのたこ焼きを黙って食べた。
食べ終えた私は、このはさんと別れ、何となく展望デッキに向かった。決して綺麗な景色ではない。だけど、開けていて気持ちが良かった。ただそれだけだった。
手すりに捕まり、伸びをする。風でも吹いてくれたら最高だけど、地下都市なので、無理な話だ。
「こ〜んなと〜ころで、沙庭く〜んじゃ、な〜いの?」
この独特の話し方。振り返ると、星澤さんがいた。
「星澤さん、お疲れ様です。偵察帰りですか?」
「そ〜んなとこ、だ〜ね」
どうしよう。ここにいてゆっくりしたいのに、星澤さんはずっと私を見てる。
「な、何でしょうか?」
「い〜や、お母〜さんに、よ〜く似てる〜なと、思〜ってね」
「え?!お母さんを知ってるんですか?!」
それから星澤さんは信じられない話を始めた。私の両親は、ヤマトの研究責任者をしていたこと。
その研究は、自然発生する霊力者の上限である上級を超える霊力者を生み出すこと。
それを作り出すために違法に遺伝子組み換えを行っていたこと。
そして、有村がその研究によって誕生したことに恨みを抱いていたこと……
「……あの死は、霊障によるものだったんですか」
突然、変死した両親は霊障によって死んだこと。さらに、その霊障を生み出したのが――
「……有村聖」
「そ〜いうこ〜とにな〜るね。だ〜から、君〜は仇〜を見つけた〜わけ〜だ」
その言葉で思い出した。1番隊や狐火さんの事ですっかり頭がいっぱいだったけど、私がここに来た理由は、両親の仇を討つことでもあったんだ。
「何故、今まで教えてくれなかったんですか?」
「君〜も忙し〜くしてた〜ろ?伝え〜るタイミ〜ングがなか〜ったんだ〜ね」
確かにそうだけど。少し違和感が残る。
「あれ?姉ちゃんやないか。何しとるんや?」
新太郎くんの声に一瞬振り向き、視線を戻すと星澤さんはいなかった。
◇◇◇
「皆の衆、心配をかけたの」
それから数日後、狐火さんが無事退院した。お祝い気分だけど、それは同時に任務への復帰を意味した。
「我々を馬鹿にしていると思わないかね、沙庭くん」
「……明らかな挑発行為ですね」
「そうだろう。この基地の真上で姿を現すのだからな」
「すぐに対応します」
「くれぐれも用心したまえ。無策だとは思えない」
「分かっています」
司霊官は明らかに不機嫌だった。それにしても、復帰早々、有村のおかげで厄介な任務に当たることになった。




