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6.謹慎処分

「各自、警戒を怠るな。奴のことだ、二重、三重に罠を張っているに違いない」


 作戦行動が開始されたのは文京区の基地のすぐ上。そこで有村は目撃された。狙いは何?


「さ、三時方向、巨大霊障です」

「さっそくお出ましか、その処理は俺と九条で対応する。行くぞ九条」

「ぎゃはは」


 五十嵐さんと九条さんは奥へと進んだ。


「姉ちゃん、こっちも敵や、巨大霊障やで」

「それじゃ私が――」

「お主は妾たちの切り札じゃ。そう慌てるでない」

「せやで、うちらでちょちょいと叩いてきたる」


 狐火さんと新太郎くんはそちらに向かった。

 おかしい。敵の出現タイミングが良すぎる。


 私は慌てて辺りを見渡す。どこかに有村がいる気がした。


「御名答」


 声がした瞬間、背筋が凍った。振り返った先に有村が立っていた。笑っている。こんな状況でも、この男は笑っている。


「よくこんな場所で飄々とやっていられるものね」

「やっていられるさ。僕は霊体を操れるんだ。君たちを足止めする程度の霊障なら、すぐに作れるのだから」

「……狙いは何?貴方が私の両親を殺したの?」


 その言葉に、有村は少しだけにこやかな笑顔を浮かべた。


「君のご両親が存命な限り、高霊力者は作られる」


 有村は少し間を置いた。まるでこちらの反応を楽しむように。


「それでは、ヤマトは終わらない」

「だから殺したっていうの?」

「そうさ」


 パンと銃声が走る。当たらないと踏んでいたのか微動だにしない有村は、狙撃主であるこのはさんを睨む。


「困るんだよね、せっかく喋っているのに」


 徐々に早くなる有村の足取り。もう一度、銃声が響くが当たらない。


「このはさん、逃げて!」


 逃げようとするこのはさんだったが左手を掴まれて締め上げられる。そして、慣れた手つきで出されたナイフが首筋に立つ。


「君には何度も邪魔されているからね」

「有村!やめて!望みは何?」

「た、隊長……」


 生身の人間に対して、霊力をどれだけ込めても、ただのダーツにしかならない。だけど、この距離を一気に詰めて反撃するすべも持ち合わせていない。


「狐火は助かったようだけど……彼女にはここで退場してもらおう」

「やめ――」

「た、隊――」


 次の瞬間、音がした。湿った、いやな音が。

 鮮血が宙に弧を描く。力なく倒れるこのはさんの姿が目に映る。周りには誰もいない。今度は助けられない。怒りが私を支配した。無駄だと分かっていたダーツを投げ、殴りかかった。


「おやおや、いつもの冷静さはどこへいった沙庭命」


 無力な自分が悔しくて、鬼級とか言われても有村の前じゃ何もできなくて、涙が溢れてくる。一撃でいい。やり返してやりたい。


「クソッ!有村!クソッ!」

「滑稽だね、それが奇跡の鬼級と呼ばれるヤマトの申し子の姿かい」

「うるさいっ!」

「君だって両親に作り出された高霊力者なんだよ、自覚しているかい?」

「黙れっ!」

「本当にヤマトは正しいと言えるのだろうか」


 私の拳を受け止めた有村は、そう告げる。


「君なら全てを壊せる神になれる。僕と来ないか?」

「……」


 ひゅるるるという音がする。有村は私を突き飛ばし、自分も後ろに飛んだ。先ほどまでいた場所が爆発する。誰?


「隊長!有村聖を確認、追撃する。あと……ここに女性の遺体が1つある、身元確認して移送してくれ」


 遺体。その言葉が、頭の中で反響した。このはさんが、もう遺体と呼ばれている。


 気づけば、1人の男性が目の前に立っていた。


「こちら、ヤマト1番隊隊長の風華。そちらの所属を」

「あ、はい……2番隊隊長、沙庭です」


 動転する中、かろうじて答える。


「司霊官命令です。2番隊は下がってください」


◇◇◇


 ドンと壁を殴る音が響く。


「くそ……有村にいいように転がされてる。これじゃ、あの時の二の舞だ」


 深い怒りの籠った五十嵐さんの声だけが、通路に残る。


「柊でなく、妾が命と共に行動しておれば良かったの……惜しい命を無くしたよの」


 それ以上、誰も口を開かないまま、基地の中に戻った。妙な撤退命令の事情を司霊官に聞くことにした私は、皆には、その場で待機をお願いした。


「何故か、か。今の2番隊では、数体の巨大霊障を相手にするには戦力不足だからだ」

「なら、最初から1番隊にすればよかったじゃないですか。そうすれば、このはさんも……」

「他の任務で出ていた。君たちが時間稼ぎをしてくれたおかげで間に合った。ただそれだけだ」


 不満そうにする私に、司霊官は「有村の件は1番隊が引き継ぐ」と告げた。


 私のお父さんとお母さんも殺されたのに。


 私の目の前でこのはさんが殺されたのに。


 自分の手で仇が討てないと思うと、妙に虚しく感じた。


 皆の元に戻った私は、事情を説明し、解散を命じた。不満げなのは皆、一緒だった。


「沙庭、少しいいか」


 五十嵐さんに呼び止められる。


「次からは何があっても俺をあんたに同行させろ」

「どうしてですか?」

「有村を殺せるのは、柊の拳銃か俺のこれだけだ」


 そう言って、掲げるのはいつも使っている刀だった。そうなのだ。有村と対峙するには、物理的殺傷力がないと話にならないのだ。


「柊は本当に残念だった……」


 そう言って、五十嵐さんは刀を下ろして俯いた。


「俺はあいつに伝えてあった。有村を殺せるのは、あいつか俺だと。だから、あいつに覚悟はあったはずだ。だが……人殺しへの躊躇が勝っちまったんだろうな」


 そして、顔を上げた五十嵐さんは、燃えるような瞳で私を見つめる。


「次は絶対、奴の思い通りにさせない。そのためにも、あんたに常に同行させろ」

「分かりました。任務に出る際はお願いします」

「ああ。俺はあんたを絶対に守る」


 仲間の死に、落ち込んでいる私は、そんな力強く、頼りがいのある五十嵐さんを少し好きになり始めていた。


 1日、間が空いた。その間に、私はいろんなことを考えていた。ヤマトは正しいのか。私の両親が本当に違法にも関わらず、人工的に高霊力者を生み出していたとしたら。私もその1人だとしたら――


 答えのない疑問の連鎖にウンザリした頃、司霊官からの呼び出しがあった。


「――と言う訳で欠員のある部隊に頼って申し訳ないが、至急向かってくれ」


 このはさんの死をただ欠員で片付ける組織が正しいのだろうか――


「聞こえているかね、沙庭くん?」

「仲間が死んだばかりで、さらに仲間を死に追いやるようなことは、したくありません」

「……どういうことかね?」

「任務を受けないと言っています。私は、ヤマトがこんな組織であることを知っていたら参加しませんでした」

「だが、参加している。違うかね?」

「ですから、任務を拒否しています」


 私がそう主張すると、司霊官はしばらく黙り込んだ。


「分かった。今回は君の主張を通そう。ただ、士気に関わる決定だ。相応の罰を受けてもらうことになる」

「構いません。それで仲間が死なずに済むなら」

「反省室にて、7日間の謹慎処分とする。これはかなり甘い処分だ。それは、君の両親の貢献に対する義理返しだと思ってくれたまえ」


 両親がここで働いていたことの決定打をこんな形で受け取る。


◇◇◇


 謹慎が明け、部屋から出る。暗い部屋だったのでまぶしい。謹慎は、気持ちを整理するのにちょうど良かった。このはさんの死を追悼する時間にもなった。

 建物から出ると、新太郎くんと新太郎くんより少し年上の女の子の姿があった。


「姉ちゃん、謹慎お疲れさん」

「ありがとう。この子は?」

「新しく隊に入ったもんや。隊長や、挨拶しーや」


 新太郎くんが声をかけるその相手の、ポニーテールのよく似合ったスポーティな服装の少女が、視線をそらし、ゆっくり口を開く。


「渋谷玉藻。14歳」


 2人の姿を見て、さらにヤマトへの不信感が強まった。当たり前にしてたけど、新太郎くんは10歳で、まだ幼い。そして、この玉藻ちゃんも14歳。こんな子供を平気で部隊に組み込むなんてどうかしてる。


「玉藻ちゃん、私が隊長の沙庭命です。よろしくね」

「あんた、世界で唯一の鬼級なんでしょ?」

「唯一か分からないけど、鬼級だと言われてるね」

「あたしは負けないから」

「え?」


 そう告げると、敵意のある目の玉藻ちゃんは軽くお辞儀して立ち去る。それを慌てて追いかけるように新太郎くんも立ち去った。


 2人を見送るとそれを待っていたように、伝言係が現れ、司霊官室に呼び出される。


「謹慎、ご苦労だった」

「……」

「今、1番隊が有村と戦っている。すぐに向かってもらいたいところだが」

「……」

「少し様子を見るとしよう」

「司霊官は、これが正しいと思いますか?」


 聞かずにいられなかった。その言葉に顔色1つ変えずに司霊官は答えた。


「当然だ。なら聞くが、霊障は常に発生し続けている。それはどうするのが正しいのかね?」

「……でも、生きてる人を殺して幽体にしたり、死んでしまった人のことを悲しみもせず、駒のように使い捨てるのが、正しいんですか?それに幼い子を戦場に駆り立てるのはどうなんですか?」


 司霊官は、大きくため息をついた。


「君は何が言いたい?悲しみ、嘆き、何もしないことが正しいと?私は日本人の未来のために戦っている。そのために犠牲が出るのは致し方ない」

「……でも!」

「君はこの激化した環境しか知らないから、余計に不満を感じているだろうが、有村が現れるまでは、隊員の死亡はなかった。自然発生する霊障であれば、6人小隊は適切だったのだよ」

「……」

「有村が全てを狂わせているのだ。あの者を止めない限り、被害は増える一方だろう」


 正論だった。何も言えなくなってしまう。


「君の正義もご立派なことだが、正義の遂行には必ず犠牲が伴うことは忘れないことだ。他に何かあるかね?ないなら、戻りたまえ」


 私は……


◇◇◇


 久しぶりの部屋。久しぶりのシャワー。気持ちいいはずなのに、涙が出た。私は自分の無力の言い訳に、ヤマトを否定していただけかもしれない。

 葵。まどかさん。そして、このはさん……


 ベッドに寝転んでいると、ノックが聞こえる。タオルを巻いて、ドア越しに返事する。


「すまぬの。くつろいでいたところをの」


 狐火さんだった。深刻な顔をしている。


「そうじゃ、謹慎お疲れ様じゃったの」

「ありがとうございます」

「妾は隊を抜けようと思うのじゃ」

「え?」


 予想もしていなかった言葉に、私は返す言葉に詰まってしまった。


「お主にも分かろう。妾の力ではもはや足手まといじゃ」


 確かに、巨大霊障相手でも苦戦が続いているのは現実だ。


「弱いものが居ては邪魔になるくらい、過酷な状況になってしまったよの」

「でも、狐火さんだって上級の力があるじゃないですか」

「霊力だけの話ではないのじゃ――」


 そこから、先日の有村に首を切られた話になり、あの時、自力で脱出できなかった筋力の低さを嘆いた。


「死ぬのは構わぬが、人質にされたり、庇われるのは御免よの」

「……」


 何も言えないで、俯いていると、狐火さんは私の肩にそっと手を置く。見上げると笑顔を浮かべ、頷いた。そのまま、部屋から出ていく。


「もう、なんで上手くいかないの……」


 うんざりした私は、缶ビールを片手に、展望デッキに向かう。何となく、私にとってあそこは癒やしの空間だからだ。


「奇遇だな、沙庭。あんたも一杯やってるところだったか」


 その声に振り返ると、缶ビールを掲げて乾杯を要求している五十嵐さんの姿があった。

 この人って、いつも余裕があって格好いいな。そんなことを思いながら、乾杯する。


「反省室はどうだった?いい気分転換になったんじゃないか?」

「そうですね。いろいろ気持ちの整理がつきました」

「そうか。乾杯して楽しい気分を壊して悪いが、嫌な知らせがある」


 五十嵐さんは手すりに乗りかかり、遠くを見ながら、そう告げた。


「私の方も嫌な知らせがあります」

「なんだ?先に言ってみろ」

「狐火さんが隊を抜けるそうです」

「……」


 ぐいとビールを煽る五十嵐さんは、少し寂しそうにいう。


「悪くない決断だろうな」

「五十嵐さんの方の嫌な知らせはなんですか?」

「さっき1番隊が帰還したんだが、1人が行方不明だそうだ」

「死亡、ですか」

「 生死はわからないが、有村との戦いの後だ。匂わないか?」

「……まさか」

「ああ。俺はそうだと確信してる。明日香の再来だ。超級霊障が来るぞ」

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