35.
あれから、ルドヴィクがいくらフィリアに「ごめんって」と謝っても、許してもらえるどころか無視され続けている。
「どう思う?ブレン。酷くね?」
「えーっと……多分、その態度じゃないですかね?」
「お前も言うようになったな」
そうだよなあと納得するような顔をしながら、ブレンの頭をぐりぐりと力強く撫でるルドヴィク。
医務官から言われていた検診を終え、軍本部内の医療棟から歩いてブレンを家に送っている最中だ。
ブレンは歩きながら、時々腕に着けている個人端末の小さな画面を眺めている。
「検診どうだった?」
「健康状態も問題無いようです。そろそろ少し運動して筋肉を付けても良いと言われました。ルドヴィクさん、筋トレ教えてください!」
「おー」
生返事に聞こえるが、適当に返しているわけでは無い。ブレンもそろそろ、自身の保護官に慣れてきた。時々入る奇行以外は。
今もブレンの話を聞きながら、家への最短距離かつ、人通りの少ない道に誘導している。
「担当医務官と連絡取れるようになったんだって?」
「はい。毎日3食、何を食べたかと体重を送ってほしいと言ってました。体に不調があったら、すぐに知らせてほしいとも」
「あー…連邦にいる期間が長くなってきたからな。体の事心配してんだろ」
半分正解、半分は別の意図がある。先日言っていた、年齢と身体の成長を調べるのが目的なのだろう。誰も本人に伝えないのは、パニックを起こさせないようにするためだ。
「あ、ルドヴィクさん。じゃがいも追加してもらいたいです」
「足りなかったか?」
「フィリアに、揚げたイモが食べたいって言われて。薄いのも分厚いのも」
「またイモかよ………」
呆れながらも、ルドヴィクは自分の個人端末で宅配の発注をかけた。
「良いけどお前ら、食い過ぎんなよ」
「やった!美味しいものは糖と油でできてるって、フィリアが言ってました!」
「危険思考だろソレ……フィリにあんま変な影響受けんなよ?」
「大丈夫です!」
子供達2人の健康状態を不安に思いながら、ルドヴィクは自宅の鍵を開けてブレンを中に入るよう促した。
「ルドヴィクさんは仕事ですか?」
「………あぁ。今日は海出ると思うから、多分帰るのは明日だな。ブレンは大丈夫だと思うけど、ちゃんと歯磨いて遅くならないように寝ろよ?」
「はーい。行ってらっしゃい」
いつもなら、そう言って送り出してくれるのは自分の娘なのだが……。
(いや、自分が悪いんだしなぁ)
複雑な気分が顔に出ないように、口を少し上げ薄く笑う。
「行ってきます」
アリエリアナが倒れてから1週間が経つ。
通常勤務が開始されたのと同時に、先日の大規模戦闘の報告作業も行うため、相変わらず任務を掛け持ちしている者たちの負担は変わらない。
勤務が始まってからのルドヴィクは、出勤前と退勤後に長くて十数分程度、意識が未だ回復しないアリエリアナの病室を訪れていた。あまりにも長く居ると医務官から苦情を受け、さらにエイレーネーから刺すように睨まれる為、この状態に落ち着いている。
(多分次は殴られるどころじゃなくて、本当に刺してきそうだもんな、アイツ。)
自発的な呼吸はできている。機械や管の数は減ったが、いつ目覚めるかわからない。医務官の話では、脳波を見るかぎり眠っている状態らしい。
「あまり脳を働かせて欲しくはないんですが、これ以上投薬するとこの方、他の人より薬の影響が大きいようなので。よくこんな状態で、今まで帝国の戦場に立っていられましたね」
医務官が病室を出て行った後、ルドヴィクはベッドの横に置いた丸い簡易椅子に座り、機器に影響が無いよう注意を払いながらアリエリアナの手を優しく取った。倒れる前と同じ、手入れのされた指先と爪。きっとエイレーネーが世話をしているのだろう。いつ起きても良いように、いつもと同じ状態に整えている。
「アリエラ」
もうそろそろ起きろよ。
病室に入れるようになってから、何度名前を呼んだだろう。
目を覚ますのを待っているのは自分だけでは無い。案じている者はたくさんいる。
「アリエラ…」
もう一度名前を呼んだ時だった。
ルドヴィクが取っていた手に、ピクリと若干の反応があった。
ビーッ!
コンマ何秒か。戦闘部隊中でもエリート集団である前線部隊ご自慢の反射神経を使い、枕元のナースコールを押す。すぐにバタバタと、医務官と看護官が走って来た。
「遅ぇーよ!」
「お、遅くない……」
普段そこまでの瞬発力を求められない医務官は、はあはあと肩で息をしている。が、すぐに自分の職務に向き合った。
「中佐、何か異変がありましたか?」
「アリエラの手が少し動いた!」
「………それだけですか?」
「それだけって」
今まで我慢してきた医務官も、そろそろ堪忍袋の尾が切れる寸前なのだろう。ワナワナと握った拳が震え、マスクや帽子で隠れて少ししか見えない素肌には青筋が見える。
怒りの雰囲気を察知した看護官は、二歩、三歩と医務官からゆっくり離れた。
「良い加減にしてください中佐!心配なのはわかりますけどね、私を含めスタッフにこれ以上の負担をかけるようでしたら……」
医務官の怒声に隠れ、何かが静かに音を立てる。違和感に気付いた医務官とルドヴィクは同時にその方向を見ると、ベッドに眠っているはずのアリエリアナが、薄目を開けて彼らを見ながら、ゆっくりと口を動かしていた。
「 」
ずっと喋っていなかったのと、水分が不足しているせいだろう。口を動かしては弱々しく咳をしている。
「アリエラ!」
「あ、中佐待って!!」
医務官の静止も聞かず、ルドヴィクは備え付けられていた吸飲みを手に取り、アリエリアナを抱き起こし口に入れさせた。
「誤嚥してしまいますよ!?」
本当にこの男は何一つ話を聞かない。医務官は看護官に手で指示し、ルドヴィクを引き離そうとしたが、アリエリアナの掠れるような声を聞き、一度手を止めた。
「うぃ か、ゔぃー か……?フィリ が、いないの」
「フィリ?大丈夫だ、フィリならいるから」
「あの ね、ヴィーカ、あなたに、だいて もらいたくて、わたし たちの、」
何を見ているのだろうか、ぼんやりとしたアリエリアナの両目から涙が溢れる。
「あぁ、大丈夫。フィリは元気だから。毎日笑って、余計な事して、今日も腹一杯イモ食うらしい」
「………そう、よかった」
壊れやすいガラス細工のように優しく抱きしめるルドヴィクの言葉を聞き、安心したのか、ふわりと幸せそうに笑い、アリエリアナはまた眠ってしまった。




