29.
「ねえええええルドヴィク君?いつも言ってるけどホウレンソウって知ってる?緑の葉じゃないやつ」
第16小隊の管制担当として機体のルートの再計算を強いられる羽目になったダリウスに詰められ、ルドヴィクはそっと目線を逸らした。
「訓練生にできたんだから、正規軍人にだってできるだろ」
多分そうだろうけど…と、成人男性4人が詰め込まれた狭い機体の中は無言になる。進路を第653小隊の方向へ動かしながら、操縦士のステンは口を開いた。
「…で、プランは?」
「注水しながら近くまで行って、俺が船外行って回収。その間敵が攻撃してきそうだったら対応してくれ。回収後は排水と並行しながら全速力で海域を離れる。以上」
「それそのままフィリがやってたやつじゃん!」
オペレーター席のキーアンも叫ぶ。
「実習機よりはスピード出るだろ、これ」
「はあ…もう五体満足のこの状態で、今すぐ帰ってモイラの顔見て安心したい…お家帰りたい……」
言いながらため息を吐くダリウスに、キーアンとルドヴィクが「このロリコン!」「犯罪者!」とからかうと、ダリウスは「だーもう!」と2人を一喝した。
「違う!!純粋に!シンプルに!今すぐ日常に戻りたいだけ!!」
心から叫んでいる間に、機体の中に海水がどんどん注水されていく。命がかかっている状況なのに、いつもの調子でやり取りする声を聞いていたステンが、呆れながら心の中で「それ死亡フラグにならないと良いなぁ…」と思った頃には、機体の中は海水で満たされていた。
“ハッチ、開けてくれ”
酸素発生装置を咥え、手話で会話する。ルドヴィクは水中銃を持ち、船外へ放出された戦闘員の元へ急いで泳ぐ。その間に、キーアンが船内から牽引用のワイヤーを壊れた653小隊の戦闘機に巻き付ける。ダリウスは船内にまだ残っていた戦闘員達と連絡を取り、安否を確認していた。
“全員、軽い打撲や打身程度らしい。ルディの方は?”
“カメラでは戦闘員の所に着いたように見える”
船外の戦闘員は、辛うじて酸素発生装置は咥えたままだが、意識は無さそうだ。確認している間も、黒い敵がルドヴィクのゴーグルの端にチラチラと映る。
(うぜぇ)
玩具だと思っているのか、単純に獲物を横取りされるのが嫌なのか、腕のような物が伸びてくる。ルドヴィクはそれを撃ちながら、衝撃を利用し戦闘機方向へ後退する。その間も、水流に混ざった壊れた戦闘機の破片がルドヴィクと救助した戦闘員を襲う。致命傷を負う前に戻らなければ。ルドヴィクは自身の戦闘服のポケットから水中用の手榴弾を出し、銃の先で敵の方向へ飛ばし、敵にぶつかったところで銃の引き金を引いた。
ボンと水中に鈍い音と衝撃が走る。敵は爆発で動けない。その隙にルドヴィクは戦闘員と共に船内に戻り、ハッチを閉めた。
“発進する!”
ステンが合図を送っている間に、ルドヴィクは席に戻りベルトで体を固定した。締め終わるのとほぼ同時に機体が急発進し、慣性で体が後方に持っていかれる。同時に排水も行われ、徐々に機内に空気が充満していく。水を抜いた分軽くはなったが、牽引している戦闘機分の重さで思ったより速度が上がらない。
「ルディ!後方に敵が追ってきてる!!」
ダリウスから指示を受け、ルドヴィクは狙撃席用の視界カメラを後方に切り替えた。
「キーアン、ありったけの小型爆弾撒いてやれ」
「全部!?」
「少しは機体軽くなるだろ」
「誤差レベルでしょ!?」
ルドヴィクに言われた通りに撒いた小型爆弾が、機体後方で弾けた音が微かに届いた。それでも敵数体がまだ追ってくる。
このままだと、敵まで一緒に目的海域を出てしまう。
「っこの、しつけぇんだよ!!」
ルドヴィクが機体機銃のトリガーを引いた。
合同本部のモニターでは16小隊の青い点が赤い点に追われながら海域内から出ようとしている。この海域から1匹たりとも敵を逃して欲しくない。本部内の人間が固唾を飲み見守っている。
「何をしてるの!?観戦している暇は無いのよ!アエリュシオン軍担当オペレーター、空挺部隊に再度空域内に敵を固定するよう伝えなさい!10カウント後、全速力で空域から退避できるよう準備!」
アリエリアナの鋭い声で本部内が再び動き出した。オルアンは万一に備え、先に退避させた戦闘部隊を海域外付近に戦闘体制のまま待機させ、ラウロはいつでも雷を稼働させられるようモニターを注視している。本部内の職員達も、各部隊との細かいやり取りを続けていた。
アリエリアナの見ているチェス盤上の青い点から、赤い点達が距離を取った。
今だ!!
「カウント開始!10、9、8、7、」
空挺部隊が大きく回りながら敵を1箇所に集める。
「6、5、4、3、2、1」
空用のチェス盤の青い点が速度を上げ、空域からの離脱を始めた。
海用の青い点も海域から出るまであと少しだ。だがまだ敵の赤い点が数体、後ろを追っている。
(まだ…まだ…)
握りしめる手は震え、心臓はドクドクと早鐘を打つように鳴っている。
「アエリュシオン軍、空域離脱完了!」
「16小隊はまだか!!」
オルアンが悲鳴のように叫ぶ。
16部隊の青い点が海域の線に到達した。
「アエリュシオンの雷、発動!」
「撃て!!」
アリエリアナの声を合図にラウロが指示すると、空から大きな光の柱が雲と海に大きな穴を開けた。
大規模なエネルギーに、モニターから見ていた司令官達や職員達も言葉を失う。雷が消え、敵の数を確認していた管制担当が、震える声で小さく呟いた。
「空・海の敵……殲滅を、確認………」
次の瞬間、本部内は歓声に包まれた。その場に力無く座り込む者もいれば、泣きながら抱き合う者や、ハイタッチする者もいる。
浅い呼吸のまま、いまだ心臓の音が落ち着かないアリエリアナのもとに、オルアンがやって来た。
「アリエリアナ殿、感謝する」
「閣下も、お疲れ様です。そしてわたくしも感謝いたしますわ。他国軍のわたくしが意見を通させていただいて…閣下はやり辛かったでしょう?」
「いや…あなたは我が軍の軍人達を、最後まで諦めないでくれた」
オルアンの差し出した手と握手すると、彼は少し震えていた。よく見ると少し目が赤くなっている。
「船外に排出された戦闘員、あれは私の息子なんだ」
「そう…でしたか。では、感謝はぜひ、第16小隊の方達へ」
「あぁ」
敬礼をし、オルアンは連邦軍戦闘部隊へ帰還命令や処理をするために席の方へ戻って行った。アリエリアナは彼を見送ると、傍に大きな人が立っている事に気付いた。
「アエリュシオン軍司令官閣下、この度は雷の使用許可、ありがとうございました」
深々とお辞儀をすると、ラウロは「良いって良いって」と手を横に振った。
「ラウロで良いのに」
「そうは言いましても、まだ作戦中ですわ」
「まだ終了合図出してないもんね。良いの?」
「えぇ。勝利したばかりですから、まだ余韻に浸らせてあげましょう。ところで、今回は必要になりましたが、それでも雷を使用するには手順があると伺っております。なぜ発動権限をわたくしに?」
アリエリアナの問いに、ラウロはにっこりと笑みを深めた。
「ステラから君のことは聞いていてね。俺の従妹だったんだ」
ステラ…アリエリアナの中で昔の記憶が溢れてくる。流れ星のように落ちていった、アリエリアナの生涯唯一の友人。
「お従兄様………」
呟くと、アリエリアナの目から涙が溢れた。
「ステラは悔いたりしない。だから君のせいじゃない。さあ帝国軍司令官閣下、戦後処理はあるけれど、一旦終わらせよう」
ラウロに優しく手を引かれ、司令官席からゆっくりと立ち上がる。アリエリアナはスッと深呼吸した。
「総員、作戦終了です!長い時間ありがとう。ひとまずお疲れ様です!」
その場にいたすべての人間がアリエリアナの方を向き敬礼した。
手を下ろし、数秒後にはまたガヤガヤと賑やかな空間に戻る。ホッと胸を撫で下ろし、エイレーネーを呼んだ。
が、声が出ない。
視界が少し歪んで見える。
パタッ タタッ
静かな音を立てて、床に何かがいくつか落ちた。それを確認しようと下を見る。
血だ。一体どこから?アリエリアナが自身の鼻の下を触ると、ぬるっとした何かが手についた。
(やだ、鼻血……)
ポケットからハンカチを取り出そうとするが、目の前がぐるぐるとゆっくり渦を巻き始めた。
「今回の戦闘での損害、負傷者は多数。ですが死者数、アエリュシオン軍3名、帝国軍12名、連邦軍6名、計21名です!!」
管制官からの報告を受け、本部内がまた歓声に沸いた。
「大規模戦闘だったのに、21名?」
「すごい!快挙ですよ!?」
功績を伝えようと探すエイレーネーの目に、床に崩れ落ちるアリエリアナの姿が映った。
「閣下!!!」
エイレーネーの悲鳴は、目を瞑り動かなくなったアリエリアナの耳には届かなかった。




