25.5−1
オルカニア帝国軍少佐のダリウス・シアルドは、最近家でも忙しかった。
自身の所属である前線部隊の上司から、最近頻発しているコロニー内のシステム不具合の観察を頼まれていたのだ。
「そんなの、ちゃんとした部署があるじゃないですか」
「そこで収まるのなら、別部署の君に頼まないよ。でも君、そういうの得意でしょう?改竄記録、見つけたの君だしね」
詳しくは教えられないが、観察以外はしなくて良いから、と。
国に趣味まで把握されると、今後何も楽しめなくなりそうだ。別の趣味探そうかな…友人のルドヴィクのように料理などもやってみようか…いや、面倒だ。今は一人暮らしでは無い。年頃の少女を預かっているのに、彼の家のように仲間の溜まり場になってしまったらモイラが怖がりそうだ。
こうして、職場ではできない頼まれた仕事を、家に帰ってまでやる事になってしまった。そのうちしっかり代休つけてもらおう。
上司から堂々とシステムに入る権利をもらい、担当部署でもないのに不具合の頻度の観察をしているが、それまでは定期保守のお陰で起こらなかったような不具合が、どうも2年くらい前から少しずつ増えているように見える。それでも定期保守でカバーできるくらいの回数だが…そしてここ数ヶ月で、その頻度が上がっている。
(部署の担当官が総入れ替えでもされたのか?)
そんなわけが無い。生活に密着しているシステムだ。軍も適当な人員配備などするはずが無い。
考えてみるが、今は何も思いつかない。そもそもダリウスに与えたれた権限は“観察”だけなのだから、彼は職務上、これ以上の追求はできない。職務上は。
凝った首筋と肩をほぐしていると、ノックをする音が聞こえた。モイラだ。ダリウスは立ち上がり、部屋のドアを開いた。
「少佐、今お時間良いですか?」
モイラがダリウスを訪ねてくるのは、勉強の事で質問する時くらいだ。どうぞ、と快く返事をすると、モイラはいつもホッとした表情を浮かべた。
そんなに硬くならなくても良いのに、と毎回思う。
「その、この本に“コールドスリープ”の開発の話が載っていたんですけど…何故、開発が廃棄されたんですか?」
「あぁ、何だっけ…俺らが生まれる前くらいの話だから、聞き齧った程度でも大丈夫?」
モイラは、はいと頷いた。
コールドスリープの開発・実験案は、最初は老化を停止、延命目的で始まったらしい。長い時間冷凍睡眠させ、未来に若々しい状態のまま覚醒させる。それが可能か否か。開発されれば実験のし甲斐がありそうな内容だったが、連邦人の長命という特性や、合理主義と相性が悪かった。開発の途中で開発費の無駄と軍に判断され、計画は頓挫、廃棄された。
「いくら今より未来を生きれるかもしれないとは言っても、一時停止させてるだけだもんな。寿命が伸びるわけじゃ無い。だから無駄って判断されたって聞いたな」
「そうなんですね…ありがとうございます」
部屋に戻るモイラを見送り、ダリウスは再び自室の椅子に体を預けた。
(今日はコールドスリープの話を聞く人間が多いな)
今日行われた合同会議で暴れ回っていた帝国軍司令官のアリエリアナ・ククルスカにも、聞かれていたのだった。
時間は少し遡り、会議後。どこからか女の高笑いが聞こえて、イライラしているルドヴィクと共に部隊に戻ろうとしていた時、上司から「帝国軍閣下の部屋に呼び出されているよ」と耳打ちをされた。
大きな声で聞き返そうとしたが、ルドヴィクの苛つきの原因になっている人物の話を、彼の耳に入れるのは悪手だ。そのまま小声で上司に尋ねると「なんかね、聞きたい事があるみたい」と言う。
数回しか会った事が無いが、その数回全て面倒そうな女という印象しか残らなかった。正直言ってダリウスは会いたくなかったし、いっそ回れ右で家までダッシュしたかった。しかし相手は他国の要人。拒否できる権利は無い。ため息を吐きながら、帝国軍に貸している執務室へ向かった。
「閣下、連邦軍のダリウス・シアルド少佐が到着しましたよ」
ブレンを医務室に運んだ時について来た側近(確か、ファビオと言っていた)が、アリエリアナに声をかけダリウスに中に入るよう促した。が、呼んだ本人であるアリエリアナは、執務机で資料が載っている端末を見ながらブツブツ呟いたり、両手で顔を覆って「うーうー」と言っていたりの繰り返しで全く気づいていない。見かねたファビオがアリエリアナに近付き、彼女の細い両肩を掴んで左右に大きく振った。
「閣下ぁー!お客さん来てるんですってー!!」
「わあああああやめて!?酔う!!ファビオ!もう、この馬鹿犬!離しなさい!!良い子だから!!」
「犬じゃないですってば!」
呼び出しておいて何てもの見せられているんだろう。
アリエリアナは少し乱れた衣服を手で整え、何事も無かったような笑顔でダリウスに座ったまま向き合った。
「来て下さってありがとうございます、シアルド少佐。貴方に聞きたい事があります。“コールドスリープ”ってご存知?」
「理論上は、人体を低温状態で眠らせ人体機能を停止・代謝を低下させ、長時間生命維持をする装置のことであります」
ダリウスは待機姿勢のまま、いかにも軍人らしく答えた。アリエリアナの笑顔が少し深くなる。
「そうね………もうちょっと楽にして構わないわ。帝国に残して来た側近から、帝国政治部の方でこの装置の名前を耳にするようになったと報告がありました。我が国の科学力では、開発は難しい案件です。そこで貴国から製品の輸入の話なのかと思ったのです。これはかなり個人的な興味ですから、先日お顔を見る機会があった貴方に聞いてみたのです」
「はあ…」
アリエリアナ机に肘を立て、組み合った両手の上に顎を乗せてニコニコしている。
「で、教えていただける?」
「製品化はされていません。昔行われていた研究で開発の段階まで進んでいましたが、現在は全て廃棄されています」
「ふぅん?そう…」
値踏みをするように目を細めて見るアリエリアナ。この目を細めた時の角度、視線の落とし方…どこかで……
「………何か?」
無意識に、ダリウスもアリエリアナを観察していたようだ。声をかけられ、ハッと気付いた表情が面白かったのか、彼女はふわりと笑った。
「少佐、お疲れなのね」
笑った時の表情……小さな頃から面倒を見ていた、友人の娘にそっくりだ。そういえば、あいつ…単純に人として合わなくて雑な話し方をしていたと思っていたが、そんなまさか…
「閣下」
言うつもりはなかった。しかし言葉が勝手に出てしまっていた。
「エイン中佐とは、お知り合いだったのですか?」
握りしめた手が汗で湿っている。
アリエリアナは少し思案する表情をし、人差し指を唇の前で立て悪戯っぽく笑いながら、「しー」と口止めの仕草をした。ルドヴィクがたまにするソレで、ダリウスは察してしまった。
「聞きたい事は以上です。お疲れ様でした」
「失礼します!」
アリエリアナとのやり取りを思い出し、もう既に家に帰って来て数時間経ったのに、自室で思い出しただけでもゾッとした。
(この件はこれ以上首を突っ込みたくない!)
何も知らないし聞いてもいない!と両手で頭を抱えながらうんうんと唸る。他の事を考えよう、何か他の事を……
一生懸命別の事を捻り出そうとするダリウス。今日は本当に胃もたれしそうなくらい濃度が高すぎた。大体、何故呼び出されたのは自分だったのか。聞きたいだけなら、ルドヴィクでも良かっただろう。今の状態の彼に聞けるのならだが……
ダリウスは大きなため息を吐いた。
「そういえば……コールドスリープの開発者って、まだ存命だったよな…」
こんなに長くなるはずじゃ…半分に切りました。




