22.
「で、どのツラ引っ提げて来れたんだよ。お前」
「ツラて……仕事で来てるのに…」
合同会議の翌日の午後。ブレンの面談のスケジュールが組まれていた。
死んだはずの末皇子が連邦にいる事が他の帝国軍人に知られるわけにはいかないため、エイン家で行われる事になっていた。
が、片手に少し大きめの袋を持ったアリエリアナは、玄関に立っている不機嫌なルドヴィクに阻まれて、立ち往生している。
「何か言う事あるよな?」
「何のことかわからないわ」
「丸め込んだ覚えは無いんだがな」
「な…っ!まさか盗聴!?怖い!!」
アリエリアナの顔色がスッと青くなる。
「お前の高笑い、廊下に響いてんだよ」
今度は赤くなった。信号みたいだ。
「アリエリアナ」
「うぅ………ごめんなさい」
「もー、パパ!いつまで玄関にいるの?」
ルドヴィクの後ろからフィリアの元気な声が近付いてきた。
「こんにちは、アリエリアナ様!どうぞ上がって。パパは早くそこ通してあげて」
フィリアに促され、アリエリアナもホッとした表情を浮かべた。
お邪魔しますと中へ入ると、靴がいくつか並んでいる。
「そこで靴脱いで入れよ」
「あ、はい。お邪魔します……」
帝国では、家の中では室内履きを使う人もいるが、基本的に靴を履いたまま家に入る。他国の軍事施設以外入る経験など初めてのアリエリアナは、好奇心で目をギラギラ輝かせた。
「その目やめろ。余計な事しそう」
「どんな目?だって個人宅なんて初めて!特に連邦のお家って資料にも載ってなかったから、ワクワクしちゃう!」
ルドヴィクは呆れたように言うが、本人に自覚は全く無いらしい。
リビングに通され、4人掛けのダイニングテーブルでブレンが先に座って待っていた。
「こんにちは、アリエリアナ様」
「こんにちは、ブレン。今日はよろしくね。フィリアさん、もし貴方が良ければブレンの隣に座ってもらえる?」
邪魔にならないよう自室に戻ろうとしていたフィリアは、呼び止められてキョトンとしている。
「何で?」
「ブレンが緊張してしまわないように。あ、それと…これ。2人にお土産」
手に持っていた袋の中から、4リットル程は入っていそうな大きな牛乳のボトルをドンと出した。
「でっかい!」
「うわー!!うわー!!!牛乳だ!!アリエリアナ様ありがとう!!」
ブレンは初めて見る巨大なボトルに目を丸くし、牛乳好きのフィリアはピョンピョン跳ねて喜んでいる。
「おい、甘やかすなよ」
「良いじゃない、お土産なんだし。こっちでは高いけど、帝国では平民が普段使いしてる物だから。期限近くなってきたらシチューにしてあげて」
「はあ…お前達、いつも通り1日1杯までだからな」
フィリアもブレンも2人同時に不満そうな顔で「はーい」と返事をした。その様子を見て、アリエリアナは思わずクスッと笑ってしまった。
「タブレットより重い物持てないのに、重かったんじゃないか?」
「これでも一応、子育てしてたんだから」
幼児くらいなら抱き上げられた。今は持ち上げられないが。
「え、アリエリアナ様子供いるの?」
キッチンで飲み物を用意していたフィリアが耳聡く食い付いてきた。ルドヴィクの表情が固まる。
「確か、女の子でしたよね?」
「そうなんだ?」
アリエリアナの子供の話など、どこにも出したことがない。もちろん、ブレンが目覚めてからも、そんな話は一度もしていない。
以前、2人だけの秘密と約束して、ただ1人にだけ話したことがある。これはマヌエルの記憶だ。
子供達2人のやり取りを見ながら、ルドヴィクとアリエリアナは今はこのまま様子を見よう、とアイコンタクトをとった。
アリエリアナはダイニングテーブルの椅子に座り、首元から小さなロケットペンダントを出して中を見せた。
明るい金髪に近い色の髪をした、産まれたばかりの赤ん坊の写真の隣には小さな花のドライフラワーが1つ飾られている。
「えぇ、女の子よ。可愛いでしょう?あ、これは内緒ね。この子のためにも、ここだけの秘密にしてちょうだいね」
「紙の写真初めて見た。この花は娘さんから?」
フィリアが写真の隣の面のドライフラワーを指差す。
「こっちは……夫から初めて貰った花束の…」
あの日、道の端に落ちていて、随分とボロボロになっていたが、捨てられなかった。散乱した小花の中の1つを、フィリアの写真と共に身につけていたのだった。
(言うことはできないけれど……)
写真を覗き込むフィリアとブレンを見つめ、温かいようで少しだけ寂しいような気持ちをぐっと飲み込んだアリエリアナは、笑顔で言った。
「では、始めましょう!」
その場からルドヴィクがいなくなっていた事には、誰も気付かなかった。




